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2つの新型コロナウイルスワクチン これまでに分かっていることとまだ分かっていないこと(追記あり)

忽那賢志感染症専門医
(写真:ロイター/アフロ)

ファイザー社/ビオンテック社(BNT162b2)モデルナ社(mRNA-1273)による2つの新型コロナウイルスワクチンの第3相試験の結果が発表されました。

新型コロナワクチンは世界中で待ち望まれたものであり、いずれも「90%を超える効果」という素晴らしい結果のように思われます。

この2つの新型コロナウイルスワクチンについて、私たちはどのように捉えればよいのでしょうか。

mRNAワクチンとは?

開発中の新型コロナワクチンの種類(Nature Materials volume 19, pages810-812(2020))
開発中の新型コロナワクチンの種類(Nature Materials volume 19, pages810-812(2020))

WHOによるとすでに臨床試験が行われているワクチンは48種類、前臨床試験が行われているものは164種類のものが開発されています。

開発中のワクチンには、従来のワクチンにも用いられてきた不活化ワクチンや生ワクチンという形態だけでなく、近年エボラワクチンなどに用いられているウイルスベクターワクチン、新しい技術であるDNAワクチン、RNAワクチン、抗原提示細胞ワクチンなど様々なプラットフォームで開発が進められています。

mRNAワクチンの作用機序(NIH Director's Blogより)
mRNAワクチンの作用機序(NIH Director's Blogより)

今回発表されたワクチンはmRNAワクチンという種類のものであり、抗原タンパク質の塩基配列を作る情報を持ったmRNAを投与し、細胞内でmRNAが抗原タンパク質に翻訳されて免疫が誘導されるというものです。

これまでに国内では承認されたmRNAワクチンはなく、新しい技術を用いたワクチンです。

効果90%は他のワクチンと比べてどうか?

予防効果とは?(筆者作成)
予防効果とは?(筆者作成)

ワクチンの予防効果とは、「ワクチンを接種した人が、接種していない人と比べて、どれくらい感染を減らせたか」を意味します。

例えば、40000人の参加者のうち、20000人がワクチン接種群、20000人がワクチン非接種群に割り付けられたとして、非接種群では50人感染したのに対し、ワクチン接種群では5人しか感染しなかった、という場合に「感染していたはずの45人(90%)の感染を防いだ」という意味で90%の予防効果があった、と表現します。

「ワクチンで90%以上の予防効果」というのは、他のワクチンと比べてどうなのでしょうか。

例えば、最も効果が高いワクチンの一つとしては麻疹ワクチンが挙げられ、予防効果は95%と言われています。

一方、インフルエンザのワクチンは、シーズンによっても異なりますが、一般的には50%程度の予防効果です。

新型コロナウイルス感染症はウイルス性呼吸器感染症であることから、一部では新型コロナワクチンもインフルエンザワクチンの予防効果に近いのではないかという予想もされており、ワクチンの承認をする機関である米国食品医薬品局(FDA)は予防効果50%以上を承認の基準にしていましたが、これを大きく上回る予防効果が示されたことになります。

ということで、基本的には良いニュースだと私は考えています。

重症化を防ぐ効果や、ハイリスク症例への効果は?

ファイザー/ビオンテック社、モデルナ社のmRNAワクチンの比較(DOI: 10.1056/NEJMoa2035389、N Engl J Med 2020; 383:2603-2615を参考に筆者作成)
ファイザー/ビオンテック社、モデルナ社のmRNAワクチンの比較(DOI: 10.1056/NEJMoa2035389、N Engl J Med 2020; 383:2603-2615を参考に筆者作成)

2つのワクチンの結果(モデルナ社は中間解析)を表にまとめています。

ワクチンは感染を防ぐ効果が最も期待されるものですが、それ以外にも評価するポイントとして、

・重症化を防げるのか

・重症化リスクの高い人への効果

・ワクチン効果の持続期間

・安全性

などが挙げられます。

重症化を防げるのか

ワクチンの効果には、感染を防ぐ効果とは別に「重症化を防ぐ効果」も期待されます。

感染を防ぐことはできなくても、ワクチンを接種することで重症化を防げるようになれば、それだけで非常に大きな価値があります。

例えば、インフルエンザワクチンは、接種してもインフルエンザに罹ることはありますが、重症化を防ぐ効果があるとされています。

今回の2つのワクチンでは、

・ファイザー/ビオンテック:ワクチン投与群のうち8名が感染し重症1名、プラセボ群のうち162名が感染し重症9名

・モデルナ:ワクチン投与群のうち5名が感染し重症0名、プラセボ群90名が感染しうち重症11名

となっており、まだ発表されていない詳細なデータを確認する必要はありますが、重症化を防ぐ効果も期待できそうです。

重症化リスクが高い人にも効くのか

「ワクチンを最も必要とする人に、ワクチンが十分効果を発揮するのか」というのも重要なポイントです。

ワクチンを最も必要とする人とは、新型コロナに感染した際に重症化するリスクが高い、高齢者や基礎疾患を持つ方です。

例えば、高齢者はインフルエンザに罹ると重症化しやすいためインフルエンザワクチンを接種することが推奨されていますが、ワクチンによる予防効果は一般成人と比較して低いと言われます。

これは、高齢者の免疫反応が減弱しているため、ワクチンを接種しても十分な免疫が得られないためと考えられています。

今回のワクチンも、新型コロナで重症化リスクが高いとされている、高齢者、基礎疾患のある人で効果があるかどうかは非常に重要なポイントですが、ファイザー/ビオンテック社のワクチンは「65歳以上のワクチン有効率94%」と発表されており、高齢者でも効果が期待できそうです。

安全性は?

ワクチンは主に健康な人を対象に接種されることから、安全性が重要になります。

新型コロナワクチンは、何十億人という人が接種対象となる可能性があることから、接種が開始されるためには安全性が十分に検証されることが必要不可欠です。

今回の2つのワクチンについてはGrade 3(重度)の副反応として倦怠感、頭痛、局所の腫れ、筋肉痛、関節痛などが見られたとのことですが、重度のアレルギー反応や重症の発疹などを起こす可能性は高くはなさそうです。

なお軽微な副反応を含め安全性を検証した第1相試験では、生活に支障のない範囲での局所の疼痛や倦怠感、微熱の頻度はファイザー社/ビオンテック社ワクチンモデルナ社のワクチンともに非常に高く、接種を受けた半分以上の人で接種部位の疼痛や倦怠感が見られています。また、どちらも2回接種するスケジュールですが、1回目よりも2回目の方が副反応の頻度が高いようです。

しかし、こうした軽度の副反応は新型コロナを予防するためには許容範囲と考えて良いでしょう。

しかし、4万人のワクチン接種では分からない副作用が、今後報告される可能性はあります。

例えば、デング熱ワクチン(DENGVax)は、2つの第3相試験で効果が確認されたため、各国で承認され市場で接種が開始されましたが、その後「(これまでデング熱に罹ったことがない人が)デング熱ワクチンを接種した後にデング熱に感染すると、むしろ重症化するリスクが高くなる」ということが分かりました。

このように数万人の大規模な研究でも、時間が経ってみなければ分からない重大な問題が見つかることはあります。

安全性に関しては、ワクチンの有効性以上に慎重に評価が行われなければなりません。

また、今回の2つの新型コロナウイルスワクチンは、小児が対象とはなっていないことから、小児に対するワクチンの安全性と有効性も評価が必要となるでしょう。

持続期間

この2つの新型コロナワクチンは2回のワクチン接種が必要であり、いずれのワクチンも2回目の接種以降から現時点までの効果について検証しています。

現時点では長くても3ヶ月までの効果ですので、長期的な効果についてはまだ分かっていません。

極端なことを言えば、3ヶ月後までは90%以上の予防効果があるかもしれませんが、半年後には50%に下がっているかもしれません。

新型コロナに自然感染した人でも、長期的には抗体価の低下が報告されており、中には再感染する人も報告されています。

これまでの感染症の常識では、自然に感染するよりも強い免疫をワクチンによって得られることは稀であり、新型コロナウイルスワクチンでは長期的に効果が維持されるのか注目されるところです。

今後、長期的なフォローアップを行い、この効果がどれくらい続くのか検証する必要があります。

物流上も解決すべき課題が

ワクチンは熱や凍結によって品質が劣化することがあります。

例えば、アジュバントと呼ばれる成分が凍結によって沈殿し、ワクチンの効果が落ちてしまうことがあります。

しかし、品質の劣化は外観からは分からず、効果がすぐには分からないことから、保管・配送時の温度管理(コールドチェーン)はワクチンの品質を保つ上で非常に大事なポイントになります。

多くのワクチンの最適な保存温度は2~8とされていますが、今回のファイザー社/ビオンテック社のmRNAワクチンは-70以下という非常に低い温度を保つ必要があるとのことで、配送だけでなく、接種する医療機関での保存も問題となります。

モデルナ社のワクチンは-20で保存し、2~8でも30日間保存可能とのことであり、ファイザー社/ビオンテック社のものに比べるとコールドチェーンは保ちやすいと言えます。

日本全国でコールドチェーンを保ちながらワクチン接種を行うためには、搬送方法や保管方法の整備が必要となります。

私たちは今回の2つの新型コロナウイルスワクチンの結果をどう受け止めるべきか

以上のことから、私たちは今回の結果をどう受け止めればよいのでしょうか。

まず、予想以上の予防効果が示されたことは、このコロナ禍にあって、明るいニュースといえるでしょう。

前述のようにまだ明らかになっていないことはあるものの、とても期待できるワクチンであることは間違いありません。

ただし、詳細なデータはまだ未発表ですので、今後出てくるであろう詳細をじっくりと吟味しつつ、有効性と安全性が担保されたワクチンが接種できる日を待ちましょう。

しかし、これらワクチンが私たちのもとに届くのはまだまだ先のことです。

ファイザー社のワクチンはすでに米食品医薬品局(FDA)に緊急使用許可が申請されたそうですが、日本に入ってくるまでにはもう少し時間がかかるでしょう。

こうしたワクチンの良いニュースを聞くと「これでコロナも終わりだッ!」と思いたくなりますが、現時点では今の感染対策をしばらく続ける必要があります。

このニュースに気を緩めることなく、一人ひとりが

・屋内ではマスクを着ける

・3密を避ける(特に職場での休憩時間や会食)

・こまめに手洗いをする

といった、基本的な感染対策がおろそかにならないように注意しましょう。

※図表に「感染予防効果」と記載していましたが文中の記載にもありますように正しくは「発症予防効果」のため修正しました。

手洗い啓発ポスター(羽海野チカ先生作成)
手洗い啓発ポスター(羽海野チカ先生作成)
感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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