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新型コロナ 回復者血漿療法とは?

忽那賢志感染症専門医
回復者血漿の採取の様子(羽海野先生作成)

アメリカのトランプ大統領は、新型コロナウイルス感染症の治療として回復者血漿を緊急承認したことを発表しました。

新型コロナ回復者の血漿使う治療法、米が緊急許可

新型コロナに対する治療薬として効果が認められている薬剤として、抗ウイルス薬のレムデシビルとステロイドのデキサメタゾンがあります。

この他にも様々な治療薬が検討されていますが、その中の一つに回復者血漿療法があります。

回復者血漿療法とはどのようなものか、そして現時点での国内での状況についてご紹介します。

回復者血漿とは?

回復者血漿療法の流れ(いらすとやより筆者加工)
回復者血漿療法の流れ(いらすとやより筆者加工)

回復者血漿とは、特定の感染症から回復した人の血漿を指します。

血漿とは、血液の中から赤血球・白血球・血小板などの血球成分を取り除いたものです。

この血漿の中にはウイルスなどの病原体を不活化する様々な抗体が含まれます。抗体は「Y」の形をしています。

抗体(Wikipedia、いらすとやより筆者加工)
抗体(Wikipedia、いらすとやより筆者加工)

回復者血漿と一般的な血漿との最大の違いは、回復者血漿は特定の感染症(例えば新型コロナ)から回復したドナー(献血者)から得られることです。

感染症から回復した人は、その感染症に対する抗体を有しているため、回復者から血漿を提供してもらい、これを投与することで新しく感染した患者の治療に役立てることができます。

古典的にはスペイン風邪の患者に対する治療としても行われており、当時の投与例を解析したところ有効性が示された、とする報告があります。

近年では、H5N1鳥インフルエンザエボラ出血熱などの重症感染症や、新型コロナウイルスと同じコロナウイルスによる感染症であるSARS(重症急性呼吸器症候群)MERS(中東呼吸器症候群)などにも回復者血漿療法は行われてきました。

このように回復者血漿による治療は、いわば感染症に対する古典的な治療法の一つと言えます。

新型コロナに対する回復者血漿療法の現状は?

新型コロナに対する回復者血漿療法は、中国やアメリカなどから複数の臨床研究が報告されています。

最もエビデンスレベルの高いランダム化比較試験(RCT)はこれまでに1つだけ中国から報告されています。

このRCTでは、酸素投与が必要であり、人工呼吸器が必要なほどではない、中等症の患者グループでは有効性が示されました。

中国で行われたRCTのうち中等症患者の累積改善率(doi:10.1001/jama.2020.10044)
中国で行われたRCTのうち中等症患者の累積改善率(doi:10.1001/jama.2020.10044)

一方で、患者全体および重症グループ(人工呼吸管理を必要とした患者)では有効性は示されませんでした。

ただし、この臨床研究は中国での流行の後半に行われたため、途中から患者登録が激減し、予定の患者数を達成しないまま終了してしまったため、症例数不足が原因で重症グループでの有効性が示されなかった可能性があります。

また、アメリカからは後ろ向き研究ですが、回復者血漿投与群で死亡率が低下したという報告も出ています。

日本国内では国立国際医療研究センター(感染症で有名な病院)が回復者血漿投与の臨床研究を準備中であり、すでに回復者血漿の採取・保存については4月末から行われています。

「現時点で140例以上の回復者の抗体測定を行い、37例の回復者血漿を採取し保存している」と先週行われた第94回日本感染症学会総会・学術講演会において研究代表者の忽那賢志氏(てへん)は発表しました。

回復者血漿はどのように採取される?

回復者血漿を採取するためにはいくつかの条件があり、

・新型コロナに感染し回復した後に十分な期間を経ている

・新型コロナに対する十分な抗体がある

・輸血によって感染し得る感染症(B型肝炎など)がない

・貧血がない

などの条件を満たした回復者から血漿採取を行います。

血漿採取の様子(筆者撮影:供血者の方からは写真使用に関する同意取得済み)
血漿採取の様子(筆者撮影:供血者の方からは写真使用に関する同意取得済み)

回復期血漿は、通常「血球分離機」という機械を用いて行われます。

血漿の採取は、2本の末梢静脈ライン(脱血用と送血用)を使用して、約1時間程度で行われます。

通常、200〜600mlの血漿が採取されることが多く、国立国際医療研究センターでは体重によりますが一般的な献血と同様に400ml採取しています。

採取後は後の投与のために冷凍庫で大事に凍結保存されます。

新型コロナ回復者血漿療法によって、新たに感染した方の救命につながる可能性があります。

回復者血漿の提供に関する研究にご参加いただける方は、こちらのホームページから注意事項をご確認の上、ご予約ください。

※過去に新型コロナに感染したことが分かる書類(診断書など)をお持ちでない方は本研究には参加できませんので何卒ご了承ください

新型コロナ回復者の抗体検査・供血についての臨床研究 参加者募集のお知らせ(国立国際医療研究センター)
新型コロナ回復者の抗体検査・供血についての臨床研究 参加者募集のお知らせ(国立国際医療研究センター)

新型コロナに対する回復者血漿の安全性は?

さて、アメリカでの緊急承認を受けて、今後この治療法は国内ではどうなるのかが注目されるところですが、すでに安全性についての懸念が報じられています。

米、コロナ回復者の血漿使用を許可…安全性の検証不十分との懸念も

これまでにアメリカでは20000例を超える新型コロナ患者に投与されており、副作用については従来の輸血と同等であったと報告されています。

従来の輸血の副作用とはつまり、アレルギー反応、肺障害(TRALI: 輸血関連急性肺障害)、心不全などです。

これに加えて、回復者血漿療法では抗体依存性感染増強 (ADE:Antibody-dependent enhancement)という反応が懸念されています。これは病原体に対する抗体が、細胞へのウイルスの侵入をむしろ増加させ、疾患を重症化させてしまう現象であり、デング熱などでこうした現象が知られています。

同じコロナウイルスであるSARSコロナウイルスでは、サルの実験で抗体によって肺障害がみられたという報告があり、新型コロナでもこのADEが懸念されていましたが、これまで5000例に投与してもADEはみられなかった、という報告もすでに出ており、今のところ少なくとも頻度が高い副作用ではなさそうですが、引き続き注意が必要な副作用です。

まだ日本人患者に対する安全性は検討されていませんので、国内ではまずは安全性の評価から行われることになるでしょう。

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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