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薄毛の人はコロナが重症化しやすい?

忽那賢志感染症専門医
(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

新型コロナに感染すると女性よりも男性の方が重症化しやすいとされます。

これについて、薄毛が関係しているという仮説があり、それなりに信憑性があるためご紹介致します。

新型コロナは男性の方が重症化しやすい

先日の国内新型コロナレジストリのデータでもご紹介しましたが、日本のデータからは男性の方が女性よりも入院する事例が多く、また重症化しやすい傾向が示されています。

他国でも同様の傾向があり、

・日本の入院患者全体のうち男性は58.9%を占め、さらに重症者全体の78.9%を占める(国内227施設で症例登録された全国の入院例2638人

・イタリアの流行初期に新型コロナで死亡した人の7割が男性だった(イタリアでの3月17日までの統計データ

・男性は女性よりも入院リスクが2.8倍(ニューヨークの単施設5279人

・女性は男性よりも病院内で死亡するリスクが0.81倍(イギリスの208の急性期病院に入院した患者20133人

となっており、女性よりも男性の方が重症化しやすい、死亡しやすいということが世界中から報告されています。

ではなぜ男性の方が重症化しやすいのでしょうか?

いくつか仮説が提唱されていますが、その中の一つ「アンドロゲン仮説」をご紹介致します。

薄毛の人に新型コロナの重症者が多い?

この仮説はスペインから提唱されました。

スペインの病院に入院していた新型コロナ患者の男性41人のうち、29人(71%)がAGA(男性型脱毛症; Androgenetic Alopecia)であったというものであり、これはスペインの男性におけるAGAの頻度である31%‐53%よりもずっと多いものであるとのことです。

これに続いて、やはり同じくスペインから175人のAGAに関する解析が報告されました。

入院患者175人のうち122人が男性であり、男性のうち79%がAGAであったとのことです。また女性でも42%がAGAと判定されており、特にこの集団では年齢が高い女性にAGAが多かったとのことです。どちらの集団も、スペインの一般的な集団におけるAGAの頻度よりも高いことから、AGAがあることが新型コロナの重症化に寄与しているのではないか、と筆者らは述べています。

薄毛と新型コロナ、どういう関係があるのか?

DHTとAGAとの関係(筆者作成)
DHTとAGAとの関係(筆者作成)

AGAは、アンドロゲンの一種であるジヒドロテストステロン(DHT)と呼ばれるホルモンが関与しているとされます。

DHTは毛髪の元となる細胞である毛母細胞のアンドロゲン受容体に結合し、毛母細胞の働きを低下させる作用があります。

AGAの方ではこのDHTが多く発現しています。

新型コロナウイルスの細胞への侵入経路(https://doi.org/10.1161/CIRCULATIONAHA.120.046941より)
新型コロナウイルスの細胞への侵入経路(https://doi.org/10.1161/CIRCULATIONAHA.120.046941より)

一方、新型コロナウイルスがヒトに感染する際には、TMPRSS2と呼ばれる酵素がウイルスのスパイク蛋白質を活性化することで、ACE2受容体を介してウイルスは細胞内に侵入することが分かっています。

TMPRSS2をコードする遺伝子は、男性ホルモン、特にDHTがアンドロゲン受容体(毛髪細胞だけでなく肺細胞などの細胞表面にも発現している)に結合すると活性化され、TMPRSS2が増加します。

つまり、DHTという男性ホルモンが多ければ多いほど、DHTはアンドロゲン受容体と結合し、TMPRSS2が増加することで新型コロナウイルスが侵入しやすくなるというわけです。

新型コロナウイルスの細胞侵入とAGAとの関係(https://doi.org/10.1161/CIRCULATIONAHA.120.046941をもとに筆者作成)
新型コロナウイルスの細胞侵入とAGAとの関係(https://doi.org/10.1161/CIRCULATIONAHA.120.046941をもとに筆者作成)

まだ査読前論文ですが、イギリスからこの仮説を裏付ける研究が報告されています。

この報告によると、男性のアンドロゲンの濃度と新型コロナの重症化が関連しているとのことであり、これらをまとめると

・AGAではアンドロゲンの一種であるDHTが多く発現している

・DHTがアンドロゲン受容体に結合しTMPRSS2が増加することで新型コロナウイルスが侵入しやすくなる

・アンドロゲンの濃度が高ければ新型コロナが重症化しやすい

ということになり、AGAの方は新型コロナが重症化しやすいのではないか、ということになります。

このアンドロゲン仮説は、男性が女性よりも新型コロナに罹患すると重症化しやすいのかを説明できる可能性があるだけでなく、思春期までは女児と同様に男児もアンドロゲンをほとんど産生しないため、10歳未満の小児が新型コロナでは重症化しにくいのかの理由の一つになるかもしれません。

この仮説が治療につながる可能性も

アンドロゲンが諸悪の根源であるのならば、当然このアンドロゲンを減らせば新型コロナの治療につながるのではという発想が出てきます。

前立腺がんの治療としてアンドロゲン抑制療法(androgen deprivation therapy:ADT)という治療が行われることがありますが、イタリアのヴェネト州68の病院で新型コロナと診断された9280人の患者と、感染していない住人とを比較したところ、ADTを受けている前立腺がん患者は、ADTを受けていない患者に比べて新型コロナ感染のリスクが4倍低かったという報告があります。

つまりアンドロゲンが低い方が、新型コロナへの感染リスクが低くなることを示唆する観察研究です。

すでにこのアンドロゲン抑制療法を行うことで新型コロナの予後を改善するかどうかという臨床研究も開始されています。

現時点では結論は出ていませんが、アンドロゲンというホルモンへの介入による新たな治療薬の開発につながる可能性があります。

というわけで、今回ご紹介した「薄毛の人は新型コロナに罹ると重症化しやすいのか?」という命題はそれを裏付ける報告が複数出ているものの、BCG仮説などと同様、まだ結論が出ていません。

また現時点では有効な治療的介入や予防法もないことから、薄毛であっても特別な対応は必要なく、普段からできる手洗い、屋内でのマスク着用、3密を避けるといった基本的な感染対策が重要であることに変わりはありません。

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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