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新型コロナはいつから世界に広がっていたのか

忽那賢志感染症専門医
nextstrain.orgより

新型コロナウイルス感染症の流行拡大は続いており、6月末までに世界での感染者は1000万人に達する見込みです。

当初、武漢市の海鮮市場から広がっていったと考えられていた新型コロナウイルスですが、徐々に新しい事実が判明してきました。

武漢では海鮮市場での流行前に感染者が発生していた

新型コロナウイルスは2019年12月に武漢市で発生し、武漢から世界に広がっていったというのが一般的な認識かと思います。

武漢市での新型コロナ流行初期の対応(doi: 10.1056/NEJMoa2001316.)
武漢市での新型コロナ流行初期の対応(doi: 10.1056/NEJMoa2001316.)

ご存知の通り、武漢で流行が認知された当初は海鮮市場に関連する症例が多かったということで、ここで売られていた野生動物が感染源でありヒトに感染するようになったのではないかという推測もありました。

しかし、この海鮮市場とは全く関連がない症例が2019年12月上旬の時点で複数報告されており、この海鮮市場が新型コロナウイルスの起源ではない可能性が指摘されています。

2019年12月頃の新型コロナ症例の発生状況(Lancet. 2020 Feb 15;395(10223):497-506.)
2019年12月頃の新型コロナ症例の発生状況(Lancet. 2020 Feb 15;395(10223):497-506.)

この図で水色が「海鮮市場と関連のある症例」で緑色が「関連のない症例」です。

12月以前からすでに海鮮市場とは関連のない症例が複数報告されていたことが分かります。

では結局当初流行の発端と考えられていた海鮮市場は何だったのかと言うと、流行初期にみられた一つのクラスターだったのではないかという見方もあります(doi: 10.3390/jcm9020488.)。

ではいつ頃から新型コロナウイルスはヒトの間で広がっていたのでしょうか。

結論から言うと「まだ分かっていない」のですが、私たちが初期に認識していたより前には世界に広がっていた可能性があります。

ヨーロッパでは2019年12月の時点で新型コロナウイルスが見つかっている

イタリアでは、2019年12月にミラノとトリノから収集された排水から新型コロナウイルスが検出されたと発表されています。

Italy sewage study suggests COVID-19 was there in December 2019

新型コロナウイルスは患者の便中からも検出されることが分かっており、排水からウイルスを検出することで地域における流行を早期に検知できるのではないかと考えられています。

日本でも山梨県の排水から新型コロナウイルスが検出されたことが報告されています。

イタリアのミラノ、トリノの2019年12月の排水から新型コロナウイルスが検出されたということは、この時期にすでにイタリア国内で新型コロナウイルスのヒト-ヒト感染が起こっていたことを示唆します。

イタリアではその後、大規模な流行が起こっていますが、その発端がこの2019年12月の感染例かどうかまでは分かりませんが、私たちが新型コロナウイルス感染症を認識する前からすでに世界に広がっていたというのは驚くべき事実です。

また、フランスでも2019年12月当時に原因不明だった肺炎症例の保存してあった鼻咽頭拭い液の検体を調べたところ新型コロナウイルスが検出されたという症例報告が出ています。

この患者は直近の海外渡航はなく、フランス国内で感染したと考えられています。

フランスでも2019年12月の時点でヒト-ヒト感染が起こっていた可能性があることになります。

スペインからは、なんと2019年3月のバルセロナで収集された排水から新型コロナウイルスが見つかったとのことです。

バルセロナ大学の研究室が2018年1月から2019年12月までの排水を解析したところ、2019年3月12日の排水から見つかったようで、これ以外の排水はすべて陰性だったそうです。

検出されたとする排水のリアルタイムRT-PCRを見てみると、Ct値というウイルスの増幅回数が40近いので偽陽性の可能性も残る気がしますが・・・本当だとすると武漢での流行が始まる9ヶ月も前にスペイン国内で新型コロナウイルス感染症の症例が存在したことになります。

なお、アメリカで2019-2020シーズンにインフルエンザが猛威を奮っていた時期に「インフルエンザではなく実は新型コロナウイルス」なのではないかというデマが拡散していましたが、その後の調査によって2月下旬までに新型コロナウイルスはアメリカに侵入していたものの、限定的であったことが分かっています。

日本でもっと前に新型コロナが広がっていた可能性は?

日本で最初に新型コロナ患者が報告されたのは2020年1月16日です。

この第一例の患者さんは1月6日に武漢市から日本に帰国しており、1月14日に診断されています。

ではこれよりも前に新型コロナが日本国内で広がっていた可能性はあるのでしょうか。

これまでにそのような事実は確認されていませんが、中国との往来が最も多い国の一つである日本に、ヨーロッパよりも先に新型コロナウイルスが侵入していた可能性は十分にあるでしょう。

2019年の時点では未知の病原体であるため診断する方法もなく、また9割以上の人が回復する感染症であることから、実際に国内に侵入していたとしても見逃されていたでしょう。

しかし、2019-20シーズンのインフルエンザ・肺炎における超過死亡に大きな変化がなかったことなどからも、少なくとも大規模な流行が起こっていたということはないと考えます。

いずれにせよ、こうした新興感染症は海外から持ち込まれ国内で広がるというパターンが多く、早期に未知の感染症を検知するためには、海外渡航歴のある受診者の診断・サーベイランス体制の強化が国内の重要な課題です。

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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