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症状がない人もマスクをつけるべきか?

忽那賢志感染症専門医
(写真:長田洋平/アフロ)

新型コロナは発症の2~3日前に感染性のピークがあることが明らかになってきています。

これらのデータを踏まえて、無症状者であってもマスクをつけた方が良いのでしょうか?

濃厚接触者の定義が変更に

先日濃厚接触者の定義が変わったことがニュースになりました。

「発症2日前」「1メートル内」「15分以上」=濃厚接触者の定義変更―感染研

これまで濃厚接触者の対象が「発症日以降」だったのが「発症2日前」に変更になっています。

ある人が新型コロナウイルス感染症と診断された場合に「その人が発症した日からさかのぼって2日前までに、目安として1m以内にマスクなしで15分以上会話をするなどの接触をした人」が濃厚接触者と定義されます。

これはつまり、新型コロナは発症する前から人に感染させうることを意味します。

発症前から人にうつすとはどういうことなのか

「8割おじさん」こと北海道大学 西浦博先生は、新型コロナの流行早期から「新型コロナは発症前から感染性があるんちゃうか」とおっしゃっていました(どうでもいいですが、サイエンス誌に日本の対策が紹介されており8割おじさんが「80% uncle」と直訳されておりウケました)。

"80% uncle"氏は、中国での感染事例を解析し新型コロナのserial interval(一次感染者の発症から二次感染者の発症までの間隔)が潜伏期よりも短いことを2月中旬の時点で論文で指摘しています。

つまり潜伏期よりserial intervalが短いことから、新型コロナでは発症前から感染性があることを流行早期からみぬいていたということです。さすが我らがエイティーパーセント・アンクルです。

しかし、この「潜伏期よりserial intervalが短い」というのは臨床医の感覚からはにわかに信じがたく、私もしばらくは「そんなことあるわけないっしょ」と思っていました。

潜伏期とserial interval(一次感染者の発症から二次感染者の発症までの間隔)doi: 10.1016/j.ijid.2020.02.060.より
潜伏期とserial interval(一次感染者の発症から二次感染者の発症までの間隔)doi: 10.1016/j.ijid.2020.02.060.より

図で見ると、Aがこれまでに知られている普通の感染症、Bが新型コロナになります。

これまではAのように「呼吸器系感染症は発症してからが感染性のピーク」と理解されてきました。

インフルエンザの潜伏期とserial interval(https://doi.org/10.1038/s41591-020-0869-5より作成)
インフルエンザの潜伏期とserial interval(https://doi.org/10.1038/s41591-020-0869-5より作成)

例えばインフルエンザは、発症直前からウイルスを排出しており感染性があることが知られていますが、感染性のピークは発症から1日後になるため「serial interval>潜伏期」となります。

SARSの潜伏期とserial interval(https://doi.org/10.1038/s41591-020-0869-5より作成)
SARSの潜伏期とserial interval(https://doi.org/10.1038/s41591-020-0869-5より作成)

SARS(重症急性呼吸器症候群)は発症時点では感染性は弱く、発症から10日後頃が感染性のピークになります。

ですので「serial interval>>潜伏期」となります。

これらの感染症では、発症している人に対して感染防止策を行えば良いので対策がシンプルでした。

新型コロナウイルス感染症の潜伏期とserial interval(https://doi.org/10.1038/s41591-020-0869-5より作成)
新型コロナウイルス感染症の潜伏期とserial interval(https://doi.org/10.1038/s41591-020-0869-5より作成)

しかし、このように新型コロナウイルス感染症では、発症前に感染性のピークがあるため「serial interval<潜伏期」となるというデータが集積してきました。

例えば、ドイツから以下のような「発症前の感染性」を証明した事例が紹介されています

ドイツでの発症前の感染伝播事例(N Engl J Med. 2020 Mar 5;382(10):970-971.)
ドイツでの発症前の感染伝播事例(N Engl J Med. 2020 Mar 5;382(10):970-971.)

中国からドイツに出張した方が感染源となり4人の新型コロナ患者が発生した状況を時系列で示しているものですが、感染源となった方(Index case)は1月19〜22日まで会議に参加していますが、このときは無症状であったとのことです。

1月20、21日に同じ会議に出席した「患者1」は会議で無症状のIndex caseと同席しており、その後1月24日に発症しています。

1月21、22日に同じ会議に出席した「患者2」は会議で無症状のIndex caseと同席しており、同じく1月24日に発症しています。

さらに興味深いことに、「患者3」「患者4」はIndex caseとは接点がありません。この2人はそれぞれ1月20、21日と1月22〜24日に「患者1」と接していただけです。しかしこの2人も後にそれぞれ新型コロナと診断されています。

つまり「患者1」と「患者2」は発症前のIndex caseから感染しており、「患者3」「患者4」は発症前の「患者1」から感染したものと考えられます。

というわけで、これまでの感染症の常識からは考えにくいことですが、新型コロナは発症前から感染性があるようです。

症状がない人もマスクをすべきか?

発症の2日前に感染のピークがあるということになれば、必然的に「症状がないときにも常にマスクをすべきではないか」という議論が生まれてきます。

これまで(新型コロナ流行以前は)基本的には病院以外では症状のない人がマスクをつけるメリットはないとされてきました。

しかし、CDC(米国疾病予防センター)は「無症状の患者や発症前の患者から感染が広がることがあるため、特に流行地域では、症状がなくてもマスクの着用を推奨する」と発表しました。

これはかなり大胆な方針転換ですが、これまでは主にインフルエンザのような発症後に感染性のピークがある感染症を対象にしていたため「症状のある人」にマスク着用を推奨していたのが、新型コロナのように発症前に感染のピークがあり、無症状者からも感染しうる感染症を想定すれば「全員マスク推奨」というのは妥当かもしれません。

ただし、理論的には正しいように思われる推奨ですが、これにより本当に新型コロナウイルスの伝播が防げるのかは現時点では不明です。

マスクだけでは感染予防にはならない 自身の予防のためにはこまめな手洗いを

また、CDCは「人に新型コロナをうつさないようにマスクをつけましょう」と言っているのであって、マスクをつけた自分自身の感染予防になるというわけではありません。

残念ながらマスクを着用した人が感染を予防できるという科学的根拠は今のところはありません

確かによく鼻や口を手で触ってしまう人にとってはマスクを着用するメリットがありそうですが、逆にウイルスで汚染しているマスク表面を触った手で目や鼻を触ることで感染してしまうこともあるかもしれません。

自身の予防のためにはマスク着用以上に、手洗いをこまめに行うことが重要です。

というわけで現時点での私のマスク着用に関する考え方は「無症状であってもマスクを着用することで他者への感染は減らす可能性が高いが、自分を感染から守るためには他の感染対策もしっかり行うことが重要」というものです。

マスクをつけているから自分は安心、と思わず基本的な感染対策もおろそかにしないようにしましょう。

手洗い啓発ポスター(羽海野チカ先生作成)
手洗い啓発ポスター(羽海野チカ先生作成)

羽海野チカ先生の手洗い啓発ポスターはこちらからダウンロードできます。

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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