「渡航歴のない新型肺炎患者発生」の持つ意味

※バスの写真は今回の症例とは関係ありません(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

1月28日、奈良県で海外渡航歴のない新型コロナウイルス感染症の症例が厚生労働省より発表されました。

この症例の発生の持つ意味を感染症医の視点で分析しました。

厚生労働省より発表された情報は以下の通りです。

概要

(1)年代: 60代

(2)性別: 男性

(3)居住地: 奈良県

(4)症状、経過:

1月14日 悪寒、咳、関節痛あり。

1月17日に奈良県内の医療機関を受診し、各種検査異常なく経過観察。保健所に連絡。

1月22日関節痛あり、咳症状増悪。

1月25日に再度受診し、医療機関から保健所に相談し、胸部レントゲン検査により両側下肺野に所見を認めたため、調整の上、奈良県内の医療機関に入院。

1月26日に検体を送付。

(5)行動歴:

1月8-11日に武漢からのツアー客を、運転手としてバスに乗せた。

1月12-16日に別の武漢からのツアー客を、運転手としてバスに乗せた。

出典:厚生労働省. 新型コロナウイルスに関連した肺炎の患者の発生について(6例目)

ポイントは「海外渡航歴のない」というところです。

この方は9日間、武漢からのツアー客たちの運転手としてバスに同乗していたとのことです。

国内で初めてのヒト-ヒト感染例

これまで日本国内で報告されていた5例は「武漢からの渡航歴」のある患者、つまり武漢で感染したことが明白な事例ばかりでした。

しかし今回の症例は武漢や中国のそれ以外の地域への渡航歴のない事例ということで、これまでの5例とは異なります。

武漢からのツアー客たちと9日間行動を共にしており、バスという閉鎖空間で長時間一緒にいたことから、この武漢からのツアー客の中に新型コロナウイルス感染症患者がいたものと思われ、濃厚接触によって感染したものと考えられます。

中国以外ではこれまでにベトナムでヒト-ヒト感染によると思われる新型コロナウイルス感染症の事例が出ていましたが、これに3カ国目として日本が加わった形になります(ドイツ、台湾でもヒト-ヒト感染が確認されました)。

日本国内でヒト-ヒト感染が起こったと考えられる事例が発生したという点でインパクトの大きい事例と考えます。

今回の事例が、世界保健機関(WHO)が「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」を宣言する後押しになる可能性はあるでしょう。

「リンクがたどれない事例」とは言えない

一方で、日本国内での流行拡大の可能性について現時点で過剰に恐れる必要はないと考えます。

ヒト-ヒト感染する感染症のアウトブレイクの際に重要なのは「誰から誰に感染したか」が把握できているかいないかという点です。

例えば、2015年に韓国で輸入例を発端としてMERS(中東呼吸器症候群)のアウトブレイクがありましたが、この際は全ての症例で「誰から感染したか」が把握されていました。

誰から誰に感染したかが分からない事態となれば、すでに国内で蔓延している可能性があるということになります。

今回の事例は新型コロナウイルス感染症と確定診断された症例と接触した事例ではありませんが、武漢からのツアー客と9日間行動を共にしたとのことであり、普通に考えればこの武漢からの渡航者との濃厚接触により感染したと考えられ、リンクがたどれない症例とは言えないと考えます。

つまり現時点で日本国内で新型コロナウイルス感染症が蔓延している状況ではありません。

今後リンクがたどれない事例が発生する可能性は否定できませんし、それに備えておく必要はありますが、まだフェーズの変わる段階ではなく、今の時点では普段生活する上で「電車で隣に座っている人が新型コロナウイルス感染症かもしれない!」などと不要な心配をする必要はありません。

現状を正しく認識し、こまめな手洗い、咳エチケットといった普段から個々人ができる感染予防をより丁寧に行っていきましょう。

※※当初関係のない写真をイメージとして掲載しておりましたが、今回の症例とは無関係です。紛らわしい写真を掲載して申し訳ありませんでした。