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海外で抗菌薬は買っちゃダメ!

忽那賢志感染症専門医
コンゴ民主共和国で購入した抗菌薬(筆者撮影)

毎年11月は「薬剤耐性(AMR)対策推進月間」です。国民一人ひとりが耐性菌の問題を意識し、取り組んでいきましょう。

主なイベントについては、国立国際医療研究センターAMR臨床リファレンスセンターのホームページを御覧ください。今年は「はたらく細胞」のポスターがフィーチャリングされています。

さて、以前ご紹介しましたように、薬剤耐性菌とは抗菌薬(をはじめとした抗微生物薬)が効かなくなった細菌(などの微生物)を指します。人体の変化ではなく、微生物側に起こる変化のことを指します。私たちの体はたくさんの微生物と共存しています。抗菌薬を使用することで、これらの常在菌から耐性菌が選ばれて、将来薬剤耐性菌による感染症を発症する危険性があるというわけです。抗菌薬は細菌による感染症の治療にとって大事なものですが、必要がないときには使わないことが重要です。

出典:Centers for Disease Control and Prevention
出典:Centers for Disease Control and Prevention

ということで、

・抗菌薬(抗生物質)は必要なときにだけ飲まないと抗菌薬が効かない耐性菌が増える

・かぜやインフルエンザなどのウイルス感染症には抗菌薬は無効である

ということを啓発し不要な抗菌薬処方を減らしていかなければ、このままでは2050年には世界での耐性菌感染症による死亡者ががんによる死亡者を超して1000万人にも達するという試算も出ています。

2050年の死亡者数とその原因(推計)(出典:Resistance: Tackling a crisis for the health and wealth of nations)
2050年の死亡者数とその原因(推計)(出典:Resistance: Tackling a crisis for the health and wealth of nations)

抗菌薬は必要なときにはしっかり使い、必要ないときには温存することが大事なのです。

海外の薬局では抗菌薬が買える

さて、日本では抗菌薬は処方箋がないと入手することはできません。ですので基本的に自己判断で抗菌薬を飲むということはできないのですが、海外(特に途上国)ではどうでしょうか。一般的に途上国では先進国よりも耐性菌の問題はより深刻であり、その要因の一つとして薬局などで抗菌薬が処方箋なしで購入できることが挙げられています。

実際に私が途上国に出張に行った際に、趣味の一環で町の薬局で抗菌薬が買えるかどうか試してみましたのでご紹介します。

ベトナム

ホーチミンの病院の前に立ち並ぶ薬局を2件訪問しました。結果としては、2軒回って2軒ともサクッと買えました。マスクをして熱があってノドが痛いフリをしたら、1軒目はニューキノロン系のシプロフロキサシン(20000ドン=100円くらい)、2軒目はセフェム系のセフロキシム(50000ドン=250円くらい)を売ってくれました。

ベトナムの薬局(筆者撮影)
ベトナムの薬局(筆者撮影)
ベトナムの薬局で購入できた抗菌薬(筆者撮影)
ベトナムの薬局で購入できた抗菌薬(筆者撮影)

この抗菌薬、怪しいんじゃないかと思ってよーく見ると、会社名が「US pharma USA」とあります。

これはいかにもアメリカの会社が作ってそうだから大丈夫か、と思って一応会社名をググってみると・・・思いっきりベトナムの会社でした。いや、さすがに紛らわしいっていうか・・・わざとですよね?

インドネシア

ジャカルタの某巨大百貨店の地下にある薬局に潜入し無垢な瞳で「抗菌薬欲しいんですけど」と聞いてみると、「例えばなんてやつ?」と返事があり、「えーと、じゃあシプロ」「ちょっと待ってね…はい、どうぞ」ということで、あっけなくシプロフロキサシンをゲット!しかも10錠で11000ルピア(83円くらい)という破格の値段です。

ちなみに同僚が別のタイミングで買おうとしたら「処方箋が無いとダメ!」と二度断られたそうで、お店や店員によって対応が違うのかもしれません。

インドネシアの薬局(筆者撮影)
インドネシアの薬局(筆者撮影)
インドネシアの薬局で購入できた抗菌薬(筆者撮影)
インドネシアの薬局で購入できた抗菌薬(筆者撮影)

マダガスカル

さて、ここからはなかなか日本人旅行者の少ない国になります。マダガスカルの首都アンタナナリボ。

マスクを付けて「ノドが痛い、咳が出る、薬ちょーだい(泣)」と訴えると、エリスロマイシンという抗菌薬が出てきました。しかし飲む回数とか日数とか説明一切なしの放置プレイ!お値段は6000アリアリ(200円くらい)!中国製のようです。

なお、マダガスカルでは耐性菌などの概念は全く浸透しておらず、ペストという重症感染症が街中で流行ったときはパニックで人々が薬局に抗菌薬を買いに押し寄せて品切れになったそうです。

マダガスカルの薬局(筆者撮影)
マダガスカルの薬局(筆者撮影)
マダガスカルで購入できた抗菌薬(筆者撮影)
マダガスカルで購入できた抗菌薬(筆者撮影)

コンゴ民主共和国

先日、コンゴ民主共和国の中でエボラ出血熱が流行している州に隣接している「チョポ州」という州の州都であるキサンガニ市の病院に感染対策の指導に行ったのですが、休日に薬局に行ってみました。

コンゴ民主共和国は病院のアクセスがあまりよくないためか、街中に薬局がたくさんあります。

果たしてここでは抗菌薬は出てくるのか・・・。

ちょっといかつい店員さんに「抗菌薬、シルブプレ」とお願いしてみると、ムスッとした顔でアモキシシリンを出してくれました。お値段4000コンゴ・フラン(260円くらい)。

コンゴ民主共和国の薬局(筆者撮影)
コンゴ民主共和国の薬局(筆者撮影)
コンゴ民主共和国で購入できた抗菌薬(筆者撮影)
コンゴ民主共和国で購入できた抗菌薬(筆者撮影)

ということで、けっこうどこでも抗菌薬が買えてしまいました。

なお、残念ながらアメリカ、イタリア、イギリス、トルコといった先進国では購入できませんでした。いや、別に残念じゃないか。

途上国で抗菌薬を飲むと耐性菌を持ち帰ることに

自分でやっといて言うのもなんですが(買っただけで飲んではいません)、海外で抗菌薬を買うのはやめましょう。なぜなら、途上国での抗菌薬の服用は耐性菌を持ち帰ることに繋がりかねないからです。

途上国に旅行するとよく体調を壊し、特に旅行者下痢症と呼ばれる胃腸炎になる方が多いですが、大事なのは十分な飲水であり、ほとんどの場合抗菌薬は不要です。

旅行者下痢症は食べ物に付着した病原体によって起こる感染症です。途上国ではまな板や包丁、食器などが汚染されている場合も多く、サラダやカットフルーツなど火が通っていない食べ物には病原体が付着している可能性が高く、ときには耐性菌が体内に入ることもあります。

海外旅行中に抗菌薬を飲むと、現地で食べ物から体内に入った病原体の中で耐性菌だけが生き残り、腸内で増殖し身体の中に持ったまま耐性菌を日本へ持ち帰るリスクが高くなると言われています。

というわけで、海外で安易に抗菌薬を買って飲むのはやめましょう。また、日本で処方されたものを持っていって海外で飲むのも同様に耐性菌を日本へ持ち帰るリスクになります。肝心なときに抗菌薬が効かないなんてことになりかねませんよ。

最後に、海外旅行でのAMR対策8か条をご紹介いたします。安全に海外旅行を楽しみましょう。

■海外旅行でのAMR対策 8か条

1. 現地ではまめに手洗いを行う

感染を防ぐ手段は手洗い。海外では手洗い場が少ないが、ウェットティシュよりも水で流すことが効果的。

2. 加熱した食品を食べる

野菜サラダやフルーツなど生ものには菌がついていると考えて。特にカットされたものはリスクが大きい。

3. 屋台の食品は食べない

菌に汚染されているリスクが高く、加熱されたものでも口に入れない方がいい。

4. ペットボトルや密閉容器に入った飲料を飲む

途上国では水道水や氷は口にいれず、水分をとる場合はペットボトルや密閉容器に入ったものをとる。

5. 旅行の1カ月前にはワクチン接種を行う

ワクチンで予防できる感染症は多くあるので事前に予防接種を行う。マラリアなどワクチンはなくても予防薬がある感染症もある。トラベルクリニックを1か月以上前に受診するのがお勧め。

6. 軽い下痢なら整腸剤で様子をみる

下痢を起こしてもすぐに抗菌薬をのまずに、軽い場合は整腸剤などで様子をみる。軽い場合は2~3日で自然治癒することが多い。

7. ひどい下痢になったら現地の医療機関にかかる

下痢が重い場合は、現地の薬局で薬を買ったり、自己判断で抗菌薬を服用せず、医療機関にかかる。

8. 自己判断で抗菌薬を服用しない

熱や下痢で抗菌薬を自己判断で服用しない。抗菌薬は必ず医師の指示とおりに服用する。

出典:AMR臨床リファレンスセンター

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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