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海賊版サイト撲滅へ向けて今すべきこと

楠正憲国際大学Glocom 客員研究員
Cloudflareの設備を収容するEquinixのデータセンター設備(写真:ロイター/アフロ)

政府が4月13日に決定した「インターネット上の海賊版サイトに対する緊急対策」(案)は、サイトブロッキングをISPに要請することはなかったが、名指しした3サイトに限って緊急避難としてサイトブロッキングを行うことが適当とした。しかしながら古くから確立している緊急避難について、政府が見解を出したからといって裁判所が採用する必要がないとの指摘もあり、引き続きISPは難しい判断を迫られることになる。

間違っていた海外から配信という前提

座長の中村伊知哉氏の投稿によると、ブロッキングに踏み切った背景として、民間もDMCAテイクダウンなどの措置を取っても有効ではなく、手詰まりだったという。

そして昨今の事態の悪化に関して、サーバが置かれているとみられる外国の政府等に官民で交渉してもラチがあかず、民間もDMCAテイクダウンなどの措置を取っても有効ではなく手詰まりな状況でした。これが国内サーバであれば、ブロッキングなどの悠長な措置ではなく、著作権法違反で警察がしょっぴき叩き潰すのですが、日本人が日本語で商売していても海外にあるという事情で放置されている、これに対する止血が求められていたわけです。

出典:海賊版サイトブロッキングの政府方針が出ました。

しかしながら筆者は先週の記事で、漫画村の配信元がEquinixの日本国内にあるデータセンターに収容されたCloudflareの設備であることを明らかにした。漫画村は国内で配信されており、中村伊知哉氏の言葉を借りれば日本の著作権法違反で警察が逮捕できるということだ。当初の要請であったはずの「国境を越える悪質侵害サイト対策」からは、そもそも逸脱していたのだ。

国内から配信されていると広く知られるようになった先週後半から漫画村へのアクセスは難しくなり、GoogleはハーレクインのDMCA通知を受けて漫画村のトップページを検索結果から落とした。にも関わらず知的財産戦略本部は3サイトを名指ししたブロッキングの容認に踏み切った。

他の実効的な代替手段の不存在(1. 当該ドメインに含まれるサイトが、著作権者等の権利行使や削除要請に真摯に対応しない、2. 侵害者又は運営者が特定できず、権利行使や削除要請が困難である、3. 刑事訴追で起訴されてもサイトを閉鎖しない等、諸般の事情を総合的に考慮した上で当該ドメインをブロッキングの対象とすることがやむを得ないと認められる場合)

出典:インターネット上の海賊版サイトに対する緊急対策(案)

今回の緊急対策の中で、サイトブロッキングで通信の秘密を侵害するにあたり、緊急避難による違法性阻却を満たすための手段の補充性を担保する条件として他の代替手段の不存在を挙げている。

名指しされた3サイトのうち2つはCloudflareを使って配信している。しかしながら漫画村やAnitubeについて、Googleに対するDMCA通知は多数送られているが、Cloudflareに対する通知は確認できていない。もちろんCloudflareに対してDMCA通知を送ったからといって、海外の事例を見る限り、すぐには遮断されない公算が大きい。米国で裁判を起こして判決を勝ち取るには時間がかかる。

とはいえ日本から配信しているということは、日本で裁判を起こして仮処分命令を取り得るということだ。米国で訴訟を起こすよりは権利者にとってはずっとハードルが低いだろう。にも関わらずCloudflareやEquinixに対して配信停止を求める訴訟を国内で起こしたかどうか確認できない。

政府は今回サイトブロッキングを容認した3サイトについて、どのようにして「他の実効的な代替手段の不存在」を確認したのか、国民とISPに対して明らかにする義務があるのではないか。そうしなければISPは、ブロッキングを行うことが実際に違法性阻却される可能性が高いかどうか確認しようがない。

3サイトのうちMiomioのみは中国から直接配信されており、日本で訴訟を起こすことも、米国で訴訟を起こすことも難しい。従って緊急対策でサイトブロッキングの条件としている「他の実効的な代替手段の不存在」を満たす可能性がある。とはいえ他の2サイトと比べて日本での利用者数が少なく、漫画村やAnitubeと比べて影響は限定的だ。また配信の2割近くは海外向けなので、サービスそのものを停止させる方策を見つけない限り、海外での利用も含めた被害を根絶することは難しい。

海賊版サイトを止めるために進めるべき対策

現時点ではISPの法的リスクをとった「忖度」に頼らざるを得ず、利用者が簡単に迂回できてしまうサイトブロッキングよりも効果的な手段はいくつもある。裁判所の差止命令によって海賊版サイトそのものを停止した方が確実な効果を期待できることは明らかだ。

多くの権利者にとって調査や法的措置のハードルが高い。まずは現行の制度で海賊版サイトに対してどういった打ち手があるのか、海賊版サイトの構成や配信元を調べる方法、国別の法律と遮断に要する手続きといった基礎的な情報でさえ現時点では十分にまとめられていない。相談窓口を用意して、海賊版サイトの解析に強いエンジニアや、開示請求や差止請求の手続きに強い弁護士を紹介できるとよい。

短期的には日本国内に配信拠点を持つCDNに対する差止請求を有効に機能させることが最も効果的だ。業界が影響を受けるほどの大規模な配信には国内ISPと直結したCDNサービスが必要となるからだ。DMCAに頼らずともプロバイダー責任制限法に基づく開示請求や日本の裁判所からの仮処分命令に迅速に対応してもらえる関係を構築する必要がある。

現状のプロバイダー責任制限法では削除の判断をISPに委ねているが、それで対応が進まないのであればDMCAのように削除義務を規定することも考えられる。無料のCDNサービスの中には電子メールアドレスの登録だけで利用できるものもあり、海賊版サイトの運営者に辿り着けないケースが多い。必要に応じてホスティング事業者やCDN事業者に対して本人確認義務を課すことも検討すべきだ。

さらに海賊版サイトの多くは広告収入を目的としており、広告配信やコンテンツ配信には日本国内に拠点を持つ事業者を利用しているケースが多い。漫画村やAnitubeの場合でも、広告主や広告業者については日本国内の事業者が多く関与していたようだ。

例えば海賊版サイトの温床となっている広告主→広告業者→海賊版サイト→米コンテンツ配信業者→国内データセンター業者のバリューチェーンに対して、それぞれの段階で有効な執行手段を制度化し、契約にあたって本人確認義務を徹底することができれば、海賊版サイトの資金源と配信手段を同時に奪うことができるのではないか。

なぜ知的財産戦略本部はブロッキングにばかり執着するのか

なぜ知的財産戦略本部はサイトブロッキングの実施に執着するのだろうか。会議で一貫してサイトブロッキングの実施を求めてきたのは一般社団法人コンテンツ海外流通促進機構(略称:CODA)である。

同機構は2016年2月に知的財産戦略本部でサイトブロッキングの実施を提案し、今年2月も遮断すべきサイトのリスト管理団体として名乗りを挙げている。4月13日の緊急対策もCODAによる被害推計を根拠としているが、官邸に報告された数字は「水増し」されている疑義がある。

同機構の請け負っている公共事業は法人インフォで確認できる。2017年3月期の売上は2.66億円で収支は419万円の赤字、売上の大半を占める1.99億円が知的財産権ワーキング・グループ等侵害対策強化事業(知的財産権侵害対策強化事業)である。同事業は平成22年度から平成30年度までを予定しており今年度で終了する。

果たして行政によるブロッキング以外の、差止請求手続きの簡素化や司法的ブロッキングなど、機構の事業に結びつきにくい提案を積極的に行える立場にあるのだろうか。

今後の対策は中立的な機関が消費者・事業者・専門家を入れて推進すべき

当初は「国境を越える悪質侵害サイト対策」のために検討されたはずのブロッキングが、早くも国内から配信されているサイトに対して容認されてしまった。なぜ他にも手段があるにも関わらず、漫画村やAnitubeのブロッキングが適当とされたのか。これまでよりも透明性の高いかたちで現状の被害と対策の有効性について検討する必要があるのではないか。

実際に海賊版サイトを撲滅するためには、権利者だけでなくISPやホスティング事業者、クラウド事業者、広告業者、CDN事業者など幅広い関係者の協力が不可欠だ。迅速な対応を考えるためには著作権法の専門家だけでなく、プロバイダー責任制限法に強い弁護士や、諸外国に於ける違法サイトの実情やテイクダウンの手続きに詳しい専門家の協力も必要となる。憲法上の諸課題をクリアするためには法学者の力を借りる必要もあるだろう。

今後の検討に当たっては、政府と権利者だけで議論するのではなく、協力が必要となる様々な事業者や、実際に影響を受ける消費者も入れて、相互に信頼しあって検討を進めない限りは、実効的な対策の立案と実施は難しい。今回の緊急対策では、唐突にISPに対してだけ法的リスクを押し付ける進め方となってしまい、出だしから信頼関係の構築に失敗してしまったのではないか。

今後はこういうことのないように、オープンかつ検証可能なかたちで海賊版サイト対策を立案すべきだ。例えば被害規模を推定するのであればデータソースと計算方法を公開する必要がある。そうしなければ妥当性について議論できないからだ。海賊版サイトの協力者に対する法的措置の有効性についても情報を共有し、サイトブロッキングに限らず実効性の高そうな手段について意見を出し合い、試行錯誤していく必要がある。

多くの方の関心と活動が功を奏して漫画村は先週後半に消えたが、海賊版サイト対策はまだ始まったばかりだ。

国際大学Glocom 客員研究員

インターネット総合研究所、マイクロソフト、ヤフーなどを経て2017年からJapan Digital DesignのCTO。2011年から内閣官房 番号制度推進管理補佐官、政府CIO補佐官として番号制度を支える情報システムの構築に従事。福岡市 政策アドバイザー(ICT)、東京都 DXフェロー、東京大学 大学院非常勤講師、国際大学GLOCOM 客員研究員、OpenIDファウンデーションジャパン・代表理事、日本ブロックチェーン協会 アドバイザー、日本暗号資産取引業協会 理事、認定NPO法人フローレンス 理事などを兼任。FinTech、財政問題、サイバーセキュリティ、プライバシー等について執筆。

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