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日本国内の設備から海賊版サイトを配信する米Cloudflareブロッキングを無効化する新サービス開始

楠正憲国際大学Glocom 客員研究員
米CDN大手CloudflareのMatthew Prince CEO(写真:ロイター/アフロ)

政府がISPに海賊版サイトの遮断を要請と報道

4月6日付の毎日新聞の報道によると、政府は国内に拠点を置くインターネット接続業者に対し、ネット上で漫画や雑誌を無料で読めるようにしている海賊版サイトへの接続を遮断する措置を実施するよう要請する調整に入った。

ISPによるサイトへの接続遮断はブロッキングと呼ばれ、通信の秘密との関係で重大な問題をはらんでいるが、日本ではブロッキングの許容性を慎重に検討した上、ISPは児童ポルノに絞っては「緊急避難」に当たると判断し、2011年から事業者による自主的な取り組みとして実施されてきた。

今回の要請に法的根拠、法的効果はなく、事業者が要請を受け入れた場合には、司法の場で電気通信事業法第四条の定める通信の秘密に抵触すると判断される可能性があり、その場合のリスクはISP自身が負わねばならない。

記事によると政府は海賊版サイトの遮断が「緊急避難」に当たると整理したいようだが、長らくブロッキングについて検討した憲法学者や弁護士からは、海賊版サイトの遮断を緊急避難と整理することは難しいとの声明が相次いでいる。

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6日の会見で松山科学技術相が示した方針によると、いまのところ「著作権者や出版社の被害を踏まえ、プロバイダーに協力をお願いする」ことにとどめるとしているが、かかる「要請」が自主的取組の範囲を越えて、事業者に対する強制性を帯びることがあれば、通信の秘密や検閲禁止を定めた憲法21条に抵触する虞がある。

日本国内の設備から海賊版サイトの配信を一手に担う米Cloudflare

遮断が噂されている主な海賊版サイトは海外に拠点を持つと主張しているが、実際には海賊版コンテンツの配信を日本国内の設備から行っている。サイバー攻撃に耐えて漫画や映像のように大きな画像データに対する大量のアクセスを効率的に捌くには、日本を含む各国に配信拠点を持つ代行業者に配信を委託する必要があるからだ。遮断が噂されている海賊版サイトは、いずれも米Cloudflareに配信を委託している。同社は東京・大阪のデータセンターに配信設備を保有し、執筆時点で日本国内のインターネットエクスチェンジやデータセンター事業者の回線を経由して海賊版コンテンツを配信している。J-Streamの調査によると2017年10月時点で、日本語のWebサイト配信で3割近くのシェアを持つ国内最大手だ。

総務省の電気通信事業参入マニュアルによると「コンテンツの媒介」は登録または届出を要する電気通信事業とされているが、同社が届出を行っているかどうかは確認できていない。同社は日本語のホームページを持たないが、昨年から日本国内に販売代理店を拡げてDDoS対策をはじめとしたセキュリティー対策需要でシェアを伸ばしてきた。

今年4月1日からはDNSブロッキングの無効化サービスを提供開始

さらにCloudflareは今年4月1日から、新たに1.1.1.1というDNSブロッキングを迂回して自由にサイトを閲覧できるサービスを開始した。日本のISPによるブロッキングでは、一般に名前解決(Domain Name Serviceと呼ばれる、ホスト名をIPアドレスに変換する過程)に介入してサイトを遮断するが、ISPとは別のDNSサーバーを指定することで簡単に回避できる。

外部へのDNS通信を遮断することで外部DNSの参照を制限することもできるが、1.1.1.1では更にDoH (DNS over HTTPS)と呼ばれる技術でDNSの問い合わせを暗号化されたWebアクセスに偽装し、外部DNSへの通信の遮断も迂回できる。同社はこのサービスを通じて、ISPによる利用者の追跡や、政府による検閲から消費者を守ることができると主張している。DoHはMozilla Firefoxが評価し、Android 9.0の開発版に組み込まれていることから、近いうちに一般の利用者が簡単に使えるようになる可能性がある。プライバシーのためにDNSを用いたISPによる利用者追跡を回避できるようにすべきとの主張には説得力があり、AppleやMicrosoftが追随することも考えられる。

児童ポルノのブロッキングが開始された7年前からDNSブロッキングの効果は限られていたが、GoogleやCloudflareによる公衆DNSサービスの提供や、DoH技術の標準化・主要ブラウザの対応によって、遠からず全く実効性を期待できなくなる公算が大きい。

裁判所の命令を無視してきたCloudflareの姿勢に変化の兆し

これまでも数多くの海賊版サイトの配信を代行し、配信停止の裁判所命令を受けても顧客に通知するだけで、サービスを止めないことで知られていたCloudflareだが、最近その姿勢に変化が見えつつある。例えば有料の論文を無料で検索・ダウンロードできる論文海賊版サイトSci-Hubは、多くの出版社から訴訟を受け、多額の賠償金の支払いを求められ、たびたびドメインを停止されてサイト名を変えながらもサービスを続けてきた。

ところが2017年6月、アメリカ化学会(American Chemical Society, 略称ACS)は判決(Case 1:17-cv-OO726-LMB-JFA)で損害賠償だけでなく「インターネットの仲介業者を通じてSci-Hubに対して何らかの措置を行う権利」を認められ、この措置として検索エンジンやISP、ドメイン登録業者などに対してSci-Hubのドメイン名をブロックする内容が示唆されていた。この判決を受けたACSの働きかけに従ってCloudflareは今年2月にSci-hubに提供していた配信代行サービスを停止した。

ブロッキング要請の前に権利者と政府がやるべきこと

海賊版サイトの対策としてブロッキングを利用することは、2011年に児童ポルノに対するブロッキングが始まる前から繰り返し働きかけが行われ、直近でも2016年2月に内閣官房 知的財産戦略推進事務局で提起され、直近では今年2月に集中的に検討されている。

昨年4月の検討資料によると世界42ヶ国でブロッキングが導入されているという。しかしながら紹介されている主要国においては、議会での立法または裁判所の判例に基づいてブロッキングを実施しており、行政が単独で事業者にブロッキングを命令している可能性があるのは新興国に限られる。

上記から考えても、まず行うべきはサイトの差止め請求である。実際に裁判所の仮処分や差止命令が行われたにも関わらず、海外のサイトから無視された実績を積み重ねれば、立法事実として今後の制度改正に結びつけることができる。

日本国内の設備から海賊版サイトを配信しているCloudflareに対しては、日本国内で仮処分・差止請求を行うこともそうだが、DMCAに基づき削除のための通知を送ることが効果的であろう。DMCAに基づく通知をCloudflareが無視するのであれば、負担は大きいものの、米国で著作権侵害に基づく訴訟を起こすことも考えられる。多くの利用者は海賊版サイトのURLを暗記しておらず、検索エンジンから流入するケースが多い。問題のサイトが著作権を侵害する違法なサイトであることを認める判決が得られれば、検索エンジンに対しても有効な請求ができる。

一般社団法人コンテンツ海外流通促進機構の資料によると、大手検索エンジン会社に、リーチサイトを検索結果に表示しないように求めても「リーチサイトの法的位置づけが不明確であるので対応は難しい。」と回答されるという。

実際にリーチサイトの法的位置付けが不明確で、裁判所の判例に於いてもリンクや参照が著作権の侵害に当たらないとする判決が出ていることに起因しているようだ。6日の記者会見でも、いわゆる「まとめサイト」(リーチサイト)についても著作権侵害として、差し止め請求や刑事罰の対象とする法整備を検討するとしている。

ネット上の主権を取り戻すと同時に法の支配に対する尊重を

先に紹介したJ-Streamの調査結果によると、日本語で配信されているWebサイトのうち、日本国内のCDN事業者を経由しているものは1割以下に過ぎない。日本国内の企業であっても、海外クラウド事業者にサーバーを置き、海外事業者に配信を委託して、日本国内の設備から日本国内の利用者に対してサービスを提供することは当たり前のこととなっている。

米国に拠点を置く事業者が日本国内に設備だけを置き、海賊版サイト運営者から金銭を受け取って日本国内の設備で日本居住者に対するコンテンツの配信を代行し、他人の通信を媒介しているにも関わらず、これらの事業者に、電気通信事業者の登録や届出の必要性を含め、日本法適用の回避又はその旨の主張を許すのだとしたら、まるでネットが米国の治外法権となっているようなものだ。

まず、少なくとも日本国内の設備から日本居住者に対して提供されているサービスに対しては、日本の裁判所で訴えを提起できる可能性があるのだから、権利者として、まずは、日本のルールに基づいて権利行使をするとともに、もし、その過程において、日本の著作権法やその他の法律において支障があるのであれば、その支障を是正するための法律を整えるべきであろう。

サイト運営者を誤魔化し、あたかも運営者が海外にいるかのように振る舞うだけで、簡単に日本国内のルールを潜脱できてはならない。そのために仮にブロッキングが効果的であるならば「通信の秘密」とそれ以外の法益とを比較衡量する必要があるだろう。

しかしながら国として守るべき法益は著作権だけではない。名誉毀損も、テロ対策や治安対策も、薬物売買や日本で登録していない仮想通貨交換業者や海外の違法なオンラインカジノの取締も、それぞれ経済的利益だけでなく回復不可能な人格権の侵害が生じ得る重要な課題だ。著作権に例外を認めて行政だけの判断でのブロッキングを認めては、蟻の一穴となって政府にとって不都合なあらゆるコンテンツやサービスを遮断することに道を開きかねない。

何をどこまでブロッキングするかは、国会で民主主義の手続きを経て立法し、司法の正当な手続きを通じて執行されるべきだ。通信の秘密は戦後憲法で定められた重要な権利であり、先の戦争での反省に基づく重要な教訓だ。どれほど権利者にとって緊急性があったとしても、法の支配のための正当な手続きに要する時間は、自由と民主主義を守るために払うべきコストではないか。

筆者とブロッキングとの関係について:筆者は2008年から情報セキュリティ・ネットワーク技術の専門家として青少年インターネット利用環境整備法の立法過程に関わり、参議院 内閣委員会で民間参考人として答弁した。その後のブロッキングの検討においても警察庁 総合セキュリティ対策会議、総務省 インターネット上の違法・有害情報への対応に関する検討会、経済産業省 違法・有害情報に関する法的課題検討WG、あんしんネットづくり促進協議会、児童ポルノ流通防止協議会などを通じて児童ポルノのブロッキングの在り方についての検討に2011年まで携わった。

国際大学Glocom 客員研究員

インターネット総合研究所、マイクロソフト、ヤフーなどを経て2017年からJapan Digital DesignのCTO。2011年から内閣官房 番号制度推進管理補佐官、政府CIO補佐官として番号制度を支える情報システムの構築に従事。福岡市 政策アドバイザー(ICT)、東京都 DXフェロー、東京大学 大学院非常勤講師、国際大学GLOCOM 客員研究員、OpenIDファウンデーションジャパン・代表理事、日本ブロックチェーン協会 アドバイザー、日本暗号資産取引業協会 理事、認定NPO法人フローレンス 理事などを兼任。FinTech、財政問題、サイバーセキュリティ、プライバシー等について執筆。

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