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人権団体「メモリアル」に解散命令 ~国内外で憎悪と分断を煽るプーチン政権「ナチス体質」な歩み

黒井文太郎軍事ジャーナリスト
ベラルーシとの合同演習を視察するプーチン(2021年9月:ロシア大統領府広報)

独裁者として意に沿わぬ言論は圧殺

 12月28日、ロシア最高裁判所は、国内の人権団体「メモリアル」に解散を命じました。ソ連崩壊後にスターリン時代の人権弾圧を記録してきた同団体ですが、プーチン大統領がかねて批判していました。最高裁の決定は、プーチン大統領の意向を受けたものです。

 ロシアでは今や完全にプーチン大統領が独裁権力を保持しており、反対派を弾圧しています。民主化デモは内務省部隊に弾圧され、多くの参加者が逮捕されました。著名な民主活動家のアレクセイ・ナワリヌイ氏は毒殺未遂の果てに収監され、今も獄中で健康状態が危ぶまれています。

選挙で権力を得た後、反対派を弾圧へ

 そんなプーチン大統領ですが、それでも彼はクーデターで政権に就いたわけではなく、合法的な民主的選挙でロシア国民に選ばれています。国内では前政権時代の特権階級を排除し、たまたま好調だった石油価格上昇で経済をいくらか立て直し、ロシア人のナショナリズムを煽り、欧米への憎悪を煽り、一時は三流国家に成り下がっていたロシアの「大国への復活」を国民にアピールしてきたのです。

 そして、権力を固めた後に、自分に反対する者は圧殺する方針を強化してきました。年毎に専制度を高めるプーチンをかつてのスターリンになぞらえる向きもありますが、ポピュリズムから独裁への歩みは、むしろナチス台頭のそれに近いといえます。

日本ではあまり知られていなかったプーチンの危険性

 そうしたプーチンの危険性は、日本では最近まであまり注目されてきませんでした。政府は領土問題への期待からプーチン政権との親密さをアピールするほどでしたし、主要メディアでも習近平批判の強さに比べ、格段に緩いものでした。

 筆者も2000年代はイスラム・テロ問題や中国サイバー工作問題などを主に執筆しており、ロシア問題はあまり書いていませんでしたが、2011年以降に中東シリアで紛争が発生した頃から「プーチン問題」を書き始めました。テレビ番組でプーチン問題について解説する機会も何度かいただきました。しかし、当時はあまり反応はありませんでした。

 ちなみに当時の拙稿記事の一例は以下になります。

▽「反米のカリスマ」プーチンの危険なチキンゲームは続く(黒井文太郎:JBPRESS 2014.3.24)

 あるいは以下なども↓

『黒い皇帝 プーチン』(2014年6月:宝島社)所収「シリア内戦 死者16万人 A級戦犯こそプーチンだ」(黒井文太郎)
『黒い皇帝 プーチン』(2014年6月:宝島社)所収「シリア内戦 死者16万人 A級戦犯こそプーチンだ」(黒井文太郎)

 ちなみに、いくつかこちらのYAHOO!ニュースにも寄稿しています。

▽軍用神経剤による暗殺、ニセ情報工作、傭兵部隊工作~プーチンの悪事のデパート「ロシア情報機関」前編 2018/3/15

▽同 後編 2018/3/15

▽ナワリヌイ暗殺未遂に使われたのは「ノビチョク」 ~プーチンの終身大統領化で暗殺工作もイケイケ状態 2020/9/3

 ところで、そんなプーチン体制のナチス的な危険な歩みについての拙稿を、かつてネット上に掲載していたのですが、サイト閉鎖によって現在は消滅しています。分断と憎悪がどう構築されてきたかの経緯をまとめていますので、以下に再掲します。

「21世紀最凶の殺戮者」プーチンがもたらす憎悪の世界

「21世紀最凶の殺戮者」プーチンがもたらす憎悪の世界

(以下、初出はiRONNA:2018年3月)

 プーチン大統領は、世界にケンカを売る「皇帝」としてロシア国民の高い支持を受けている。タイプとしては、大衆扇動型のヒトラーに近い。ロシアのメディアを支配し、巧妙にロシア国民の心理を操作している。

 もっとも、プーチンは2000年に大統領になった直後から、世界にケンカを売っているわけではなかった。挑戦的な姿勢を明確に示したのは、2011年のシリア紛争からだ。

 それまで国際紛争の処理は米国が主導してきたが、プーチンはそのとき初めて国際社会に正面から逆らい、国連安保理のアサド政権を非難する決議案を拒否権により葬った。プーチンの欧米に対する対決姿勢は、2014年のクリミア侵攻、2015年のシリア軍事介入で決定的となり、2016年には米国大統領選にも介入、いまや「世界の敵ナンバー1」と言ってもいい存在になっている。

 プーチンが2000年代、対外的に比較的おとなしかったのは、まだロシアの国力が1990年代のどん底時代から回復しきっていなかったからである。2010年代にいっきに勝負に出てきたのは、当時のオバマ米政権が「世界の警察」から降り、「米国はもう何も手を出さない」ことが明らかになったからだ。

ロシア国内ではもともと強権的ファイターだった

 ただし、プーチンはその前から、ロシア国内と周辺国に対しては常に強権的なファイターだった。大統領就任直前の1999年には、大統領が重度のアルコール依存症でレームダック(死に体)状態だったエリツィン政権末期の首相として、チェチェンへの軍の派遣を主導し、第2次チェチェン紛争を仕掛けた。

 チェチェンへの攻撃は、一般住民の巻き添えを一顧だにしない苛烈なもので、プーチンはそれを10年間も続けた。2008年にはグルジア(ジョージア)に部隊を差し向けて撃破し、多くの死傷者を出した。軍を直接侵攻させないまでも、2000年代を通じてウクライナで反ロシア派の追い落とし工作を続けた。

まず国内でメディアを支配

 また、プーチンは大統領に就任すると、エリツィン時代に権勢をふるった新興財閥や野党指導者を、旧KGB系諸機関の総力を挙げて追い落とし、自らの権力基盤を固めた。

 まずは「メディア王」ウラジーミル・グシンスキーを2000年に逮捕。主要メディアをプーチンが支配した。

 2003年には石油業界大物のミハイル・ホドルコフスキーを逮捕し、シベリアの刑務所送りにした。ロシア最大の新興財閥だったボリス・ベレゾフスキーは2001年に身の危険を感じてイギリスに亡命し、反プーチン活動を続けていたが、2013年に自宅で変死を遂げた。

反対派は暗殺

 野党指導者でも、エリツィン政権時の第1副首相だったボリス・ネムツォフが2015年にモスクワ市内で射殺されるなど、有力者の暗殺や不審死が相次いだ。

 プーチン政権を批判するジャーナリストも同様で、2006年に反政府系紙「ノーバヤ・ガゼータ」の著名記者アンナ・ポリトコフスカヤが自宅アパートのエレベーター内で射殺されるなど、毎年複数人のペースで殺害されている。元情報機関員だったアレクサンドル・リトビネンコが亡命先のイギリスで放射性物質により暗殺されたのも2006年だ。

 こうしたプーチン批判派で、国内外で殺害された人数は2018年時点で30人以上に上る。今回、旧ソ連が開発した軍事用神経剤「ノビチョク」で暗殺未遂に遭った元情報機関員セルゲイ・スクリパリのように、殺害されないまでも「攻撃」された人数を含めると、少なくとも40人以上が被害を受けている。

 多くのケースで犯人は不明だが、これだけプーチン批判派ばかりが襲撃されるというのは異常であり、ロシア情報機関による犯行とみていいだろう。このように、暗殺も厭わぬ反対派つぶしを、プーチンは権力奪取後から一貫して続けているのだ。

2018年までにプーチンに責任がある殺戮犠牲者は数十万人!

 もっとも、プーチンが「殺害」した人数は、こんなものではない。前述した第2次チェチェン戦争では、国際人権団体「アムネスティ・インターナショナル」の調査では、一般住民の死者2万5000人に加え、おそらく死亡したであろう行方不明者が5000人。つまり計約3万人もの一般住民が、プーチンが命令した戦争により殺害された。

 また、2018年時点でもう7年も続いているシリア紛争では、もっとも現地情報を集積しているNGO「シリア人権監視団」によれば、プーチンの命令でロシア軍が直接殺害したシリアの一般住民は、身元が確認された人だけで約7000人。ただし、ロシアの支援によって生き延びたアサド独裁政権陣営が一般住民を少なくとも12万8000人以上を殺戮しているので、合わせて13万5000人以上ものシリアの一般住民の犠牲者は、プーチンが殺したようなものだ。

 他にも前述したグルジア(ジョージア)戦争や、今も続いている東ウクライナでの紛争などを含めれば、プーチンは数十万人もの命を平然と奪っている21世紀最凶の大量殺人犯にほかならない。

プーチンのメンタリティはソ連共産党&KGBの遺伝

 そんな人殺しのプーチンの特徴は、平然とウソがつけることだ。クリミアにロシア軍を送っておきながら「ロシア軍の兵士はひとりもいない」と断言し、シリア空爆に踏み切る直前まで「軍事介入などしない」と宣言。シリアではその後も前述したように一般住民を殺戮しまくっているが、一貫して「攻撃対象はテロリストだけ。一般の住民はまったく攻撃していない」と平然とウソをつき続けている。

 そんなプーチンのメンタリティーは、まさに欺瞞と詭弁の塊だった旧ソ連共産党とKGBの遺伝だ。2018年3月11日に公開されたプーチン賛美ドキュメンタリー映画「プーチン」で、プーチンは自分の祖父がレーニンとスターリンの料理人だったことを誇示しているが、つまりはレーニンやスターリンに憧憬があるのだろう。また、プーチンは14歳でKGBに採用の方法を聞きに行ったという逸話があるくらい、少年時代からKGBに憧れていたことも広く知られている。

プーチンが仕掛ける分断と憎悪

 目的のためには殺人も平然と行い、平然とウソもつく。ウソまみれの宣伝で自国民を洗脳するばかりか、ウソを拡散して世界を操ろうとする。プーチンの情報機関は、米大統領選のときにSNSでニセ情報を拡散して介入したことにとどまらない。イギリスのEU離脱やスペインのカタルーニャ州分離独立騒動でも大規模な扇動工作をしていたことが判明している。

 また、欧米各国で移民排斥、宗教差別、極右運動を扇動し、社会の分断を図っているが、欧州の極右勢力には直接、資金投入して工作をかけていることもわかっている。これは、冷戦時代にKGBが正式な作戦として米帝国主義陰謀論やユダヤ陰謀論などを西側メディアに仕掛けたり、西側の左翼組織に極秘裏に資金を投入したりといった裏工作をしてきたことの、まさに再現だ。

 冷戦当時はもっぱら左翼が工作対象だったが、現在、ロシア情報機関に操られているのは右翼が多い。欧州の極右などは軒並み反米で、プーチン支持者になっている。私たちがネット上で日々接している言説でも、社会の憎悪を煽るような情報は、その出所がロシア情報機関発のフェイクニュースであることが珍しくない。

 プーチンは権力を手に入れた瞬間からロシア国内で強権的な支配を一貫して強化してきたが、2010年代からは世界にもその邪悪な手を本格的に広げてきた。

 今後も抵抗する者たちは暗殺され続け、紛争地の罪なき人々は虐殺され続ける。そして社会には悪意のフェイクニュースが溢れ、差別や憎悪が広がっていくことになる。(了)

軍事ジャーナリスト

1963年、福島県いわき市生まれ。横浜市立大学卒業後、(株)講談社入社。週刊誌編集者を経て退職。フォトジャーナリスト(紛争地域専門)、月刊『軍事研究』特約記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て軍事ジャーナリスト。ニューヨーク、モスクワ、カイロを拠点に海外取材多数。専門分野はインテリジェンス、テロ、国際紛争、日本の安全保障、北朝鮮情勢、中東情勢、サイバー戦、旧軍特務機関など。著書多数。

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