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米朝首脳会談で歴史的和解を期待するのは時期尚早 

黒井文太郎軍事ジャーナリスト
トランプ大統領のツイート「北朝鮮指導者が非核化を話したいから会談したいと聞いた」

北朝鮮は「実験凍結」、米国は「核放棄が前提」

 3月8日、トランプ大統領が、北朝鮮が韓国を通じて申し入れていた米朝首脳会談を受け入れる意向を示した。「米朝直接対話へ」という大きなニュースに、北朝鮮の核・ミサイル開発で緊迫していた米朝関係に、和解を期待する声が高まっています。

 たしかに米朝首脳が直接対話するというのは、和解の可能性を秘めているわけで、期待するのは当然ですが、実際の米朝の言動をみると、いまだに両国には隔たりがあり、和解を期待させるような状況の変化はありません。

 メディア報道では「アメリカは核放棄ではなく、米本土に届く核ICBMの放棄だけで手を打つだろう」とか「北朝鮮は制裁で根を上げ、本気で核放棄を決意したのだろう」などといった憶測が飛び交っています。可能性はいろいろありますので、そうした仮説を検討するのもいいですが、首脳会談開催に合意したことだけで、「米朝ともに和解に方針転換した」と先走る前に、現時点で、どういう状況なのか、客観的な事実を押さえておくことが重要でしょう。

 現時点で両国の立場は、以下のとおりです。

▽米国→「実験凍結だけでは不充分。核放棄が交渉の前提。放棄に向けて具体的な行動をとらないかぎり会談はしない。和解するまで制裁は続ける」

▽北朝鮮→「対話を求める。対話継続の間は新規の実験はしない。軍事的脅威が除去され、体制が保証されるなら核は不要」

 これまでと違う点は1点だけです。北朝鮮が「対話が継続中は新規の実験をしない」と約束したこと。つまり、北朝鮮は実験凍結というカードを切って、対話を要求したということです。当然、対話を求めるのは理由があります。なんらかの利益を得たいからです。その利益について、北朝鮮はまだ具体的に明言していません。事実はそこまでです。

「軍事的脅威が除去され、体制が保証されるなら核は不要」と表明したと伝えられていることについて、これを北朝鮮の画期的な譲歩との誤解がありますが、これは従来の北朝鮮の立場と同じです。北朝鮮は自身の核ミサイル開発をすべて「米国の脅威に対抗するためのもの」として正当化しています。そして、現実として米国の軍事的脅威が存在している以上、「絶対に核戦力は手放さない」と繰り返し宣言しています。核開発・保有の理由を唯一「米国の軍事的脅威」としているわけです。

 他方、米国側は従来と立場を変えていません。対話は望むところだけれども、核放棄が前提だという立場です。今回、首脳会談を受けるとしたのも、あくまで北朝鮮が核放棄の意思があると韓国から伝言されたからということであり、「実験凍結でも構わない」とは決して言っていません。そこは従来と変わっていません。もしかするとその方針を変更する可能性もありますが、言っていません。それが事実です。

北朝鮮の核放棄の条件は「軍事的脅威の除去と体制保証」

 では、なぜ北朝鮮は対話を要求したのかというと、可能性としては2つあります。1つは「軍事的脅威の除去と体制保証が目的」であり、もう1つは「制裁解除が目的」ということです。

 もしも前者が目的なら、交換条件として核放棄の可能性があります。後者であれば、核放棄はあり得ず、北朝鮮側が受け入れるのは実験凍結までとなります。

 米国の立場からすると、核放棄以外に和解はないので、実験凍結だけで制裁解除するかたちでの和解が成立する可能性は消えます。核放棄なら和解ですが、それには米国が、北朝鮮が要求する「軍事的脅威の除去と体制保証」を受け入れる必要があります。現時点で、米政府はこの交換条件について何も語っていません。

 なお、体制保証に関する米政府の現時点の立場は「核放棄するなら体制打倒は求めない」です。「体制打倒は求めない」は一見すると「体制保証」に見えなくもないですが、同一ではありません。「米国は体制打倒の行動は起こさない」と「米国が金正恩体制を保証する」はニュアンスがかなり異なります。

北朝鮮の目的は単なる「体制保証」の約束ではない

 もっとも、この「体制保証」はさほど重要ではありません。北朝鮮にとって重要なのは「軍事的脅威の除去」のほうです。前述したように米国はすでに「体制打倒は求めない」と言っていますが、北朝鮮は黙殺しています。

 これは広く誤解されているのですが、「体制保証」は金正恩政権の側からすると、単に両国間で約束することを意味しません。約束だけでは、米政府の考え次第でいつでも変更される可能性があり、北朝鮮側の安全保障を担保しないからです。したがって、北朝鮮側からみた体制保証とは、リアルに具体的な保証措置を伴うものになります。それが、北朝鮮がいう「軍事的脅威の除去」です。「軍事的脅威の除去と体制保証」はあくまでセットとなります。

 では「軍事的脅威」とは何でしょうか?

 北朝鮮側からすると、まず間違いなく在韓米軍の存在はそれに入ります。それに加え、在日米軍も北朝鮮にとっては軍事的脅威ですし、グアムの戦略爆撃機も、米本土のICBMも、東アジアではないどこかの海に潜む戦略原潜も、遠方の海洋に展開する空母打撃群も、すべてが北朝鮮にとっては軍事的脅威です。その軍事的脅威の範囲について、北朝鮮は具体的に明言していません。

 また、トランプ政権の側も、核放棄の条件として北朝鮮が挙げている軍事的脅威の除去に関しては、まったく黙殺しており、現時点では韓国が伝言した「(条件によっては)核は不要」との部分を「核放棄の意思がある」とだけ言及しています。故意に拡大解釈しているわけです。

 交渉の入口ですから、やがてそこで妥協が図られるのかもしれませんが、今の状況では、米国は、北朝鮮が制裁に困って接近してきたと見なしており、北朝鮮に対するハードルを下げる可能性は小さいでしょう。

「圧力から対話」ではなく「対話を圧力に」の段階

 まとめますと、北朝鮮は「軍事的脅威が除去されれば核は不要」とだけ言っており、自ら核放棄に意欲的であるわけではありません。北朝鮮が韓国に託した米国への伝言のメインは「新規の実験を凍結するので、和解のための対話をしたい」です。ところがトランプ政権は、韓国からの伝言を故意に拡大解釈し、「北朝鮮は核放棄の意思がある」とだけ採り上げて、北朝鮮への圧力に利用しようとしています。圧力から対話に転じたという単純な話ではなく、対話を圧力にするという方向です。

 繰り返しますが、米国は従来どおりの核放棄前提です。両者の要求には大きな隔たりがあり、対話が妥協する余地はありません。少なくともどちらかが大きく譲歩しなければ、話は進みません。いずれどちらか、あるいは両者が譲歩する可能性はありますが、現時点では両者ともにその可能性については一切言及していません。

 これが現時点での事実です。

 以上は、北朝鮮と米国の両者の主張からみた現時点での状況です。両国の状況を客観的にみても、北朝鮮が米国の軍事的脅威が残るなかで核放棄に踏み切る可能性はほとんどなく、現状優位に立つ米国側が現時点で譲歩する可能性も非常に小さいといえます。

 従来から北朝鮮報道では、北朝鮮側の公式の主張を検証した分析ではなく、彼らが言ってもいない「裏の狙い」を勝手に忖度した言説がメディア上に非常に多くみられます。今回の報道では、トランプ大統領の意思についても、同様の忖度が多く見られます。可能性の一つとして検討することは有益ですが、思い込みで判断すると将来予測を誤ります。

 いずれにせよ、両国ともに戦争は望んでおらず、今後も駆け引きが続くでしょうが、現状は両国の条件はそう変化しておらず、和解がいっきに進むと期待するのは時期尚早でしょう。

(※ちなみに筆者は第一報から懐疑的でした。第一報直後から、ツイッターでも以下のように投稿しました)↓

@BUNKUROI

3月9日

米朝首脳会談の話はビッグニュースで、期待値が一気に上がっているが、和解に向かうと判断するのは時期尚早ではないか。

現時点の米国の主張→「非核化前提。和解するまで制裁続ける」

北朝鮮→「軍事的脅威が除去されたら非核化」

これに米国が「非核化とのことなので会談に応じる」と

3月9日

トランプは「制裁が効いて音を上げてきた」と見ますから、北朝鮮に対してハードルを下げることは考えにくいでしょう。北朝鮮側の条件である「軍事的脅威の除去」の棚上げを狙っていくでしょうし、そうすると北朝鮮側がどこまでそこの要求を下げるかとなりますが、生存がかかってるので譲れないのでは

3月9日

米朝首脳会談での3か国の利益

北朝鮮→しばらく実験を保留して裏で開発。その間、非核化チラつかせて交渉に持ち込んで制裁解除

韓国→とにかく米朝戦争回避

米国→北朝鮮の思惑わかったうえで話に乗り、交渉で圧力かけていく

こんなところでしょうか

軍事ジャーナリスト

1963年、福島県いわき市生まれ。横浜市立大学卒業後、(株)講談社入社。週刊誌編集者を経て退職。フォトジャーナリスト(紛争地域専門)、月刊『軍事研究』特約記者、『ワールド・インテリジェンス』編集長などを経て軍事ジャーナリスト。ニューヨーク、モスクワ、カイロを拠点に海外取材多数。専門分野はインテリジェンス、テロ、国際紛争、日本の安全保障、北朝鮮情勢、中東情勢、サイバー戦、旧軍特務機関など。著書多数。

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