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”MAC”は日本ではコンピューターの商標として周知ではないと特許庁が判断(追記あり

栗原潔弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授
(写真:REX/アフロ)

ツイッターアカウントの”商標審決”経由で知った異議申立の決定に特許庁の興味深い判断がありました。問題の商標は、”macrevive”(登録6468806号)、指定商品は「未記録のハードディスク」等、権利者は深川市海貝利科技有限公司という中国企業、登録日は2021年11月10日です。実際の使用例を調べると、MacBookの換装用SSDに使用されています。古いMacBookをSSDの容量増と高速化で生き返らせる(revive)というイメージを狙っているのだと思います。

当然予測されるように、この登録に対して米アップルが異議申立を請求していました。理由は、商標法4条1項15号(他社の商品との混同)です。意外にもアップルは9類ではMACを商標登録できておらず(もちろん、MACBOOK等では登録できています)、また、仮に登録されていても”MAC”と”macrevive”が類似するかは微妙なのでこうするかないと思います。また、日本の消費者の視点で考えると、”macrevive”という商標でMacBook専用のSSDを販売していれば、誤認混同狙いとされてもしょうがないと思います。

しかし、2023年1月28日付の異議申立決定で特許庁は意外な判断を行いました(決定文には直リンが張れないので、上記の登録のリンク先から「経過情報」→「審判情報」と進んで審判記事 2022-900030 のリンクをクリックしてください。)

異議申立において、当然ながら、アップルはMACがコンピューターの呼び名として周知である(ゆえに誤認混同を生じる)ことを立証するために多数の証拠を提出していますが、これに対して、特許庁は以下のように判断しています(太字は栗原による)。

 引用商標を使用した商品「パーソナルコンピュータ、オペレーティングシステム」(以下「申立人使用商品」という。)は、我が国において遅くとも2009年頃から現在まで継続して販売されているといえるから、申立人の業務に係る商品として当該商品(パーソナルコンピュータ、オペレーティングシステム)の需要者の間である程度知られているということができる。

 しかしながら、申立人使用商品の我が国における販売数量、売上高など販売実績を示す主張はなく、また、それを客観的に確認できる証左も見いだせない

 そうすると、申立人使用商品に使用されている引用商標は、本件商標の登録出願の時及び登録査定時において、申立人の業務に係る商品「パーソナルコンピュータ、オペレーティングシステム」を表示するものとして、いずれも需要者の間に広く認識されていたものと認めることはできない。

要するに、(海外の状況は別として)日本においてはMACという商標はコンピューターを表示するものとして(ある程度知られてはいるが)周知ではないと言っているわけです。その結果、商標法4条1項15号には該当しないという結論になっています。これは意外に思う人は多いのではないでしょうか?

異議申立の維持決定に対しては取消訴訟は提起できませんので、おそらく、この後、アップルは無効審判を請求することになるでしょう。その時に、日本での販売実績を示せば(示すまでもなく審判官の職権で調査すれば分かる話と思いますが)、この登録を無効にできる可能性は十分にあると思います。

追記)冒頭で書いたツイッターアカウント「商標審決」の中の人に情報提供頂きましたが、既に2022年5月にも"Maclogic"(登録6370191号)の異議申立でも同様の判断がなされています(太字は栗原)。なお、その後、アップルによる無効審判は請求されていません(ただし、登録権利者はウェブサイトの制作コンサルティング会社であり、アップルとは直接競合していません)。

しかしながら、申立人が我が国において引用商標を使用した時期及び期間、地域、宣伝広告の事実について具体的な主張及びそれを裏付ける証拠等の提出はなく、また、我が国における引用商標を使用した商品の販売数量、売上高等の量的規模を示す証拠など、客観的な使用事実に基づいて引用商標の使用状況を把握する証左は見いだせないから、引用商標の周知性の程度を推し量ることができない。さらに、職権調査によれば、近年(2020年及び2021年)、「パーソナルコンピュータ」に関する「Mac」又は申立人の我が国の市場シェアはさほど大きいものとはいえないこともうかがえる。(栗原注:上にIDCの調査で8%程度との記載あり)

そうすると、申立人が提出した証拠によっては、本件商標の登録出願時及び登録査定時に、引用商標が申立人の業務に係る商品「パーソナルコンピュータ、オペレーティングシステム」を表すものとして、我が国の一般的な需要者の間に広く認識されていたものと認めることはできない。

市場シェアの大きさが周知性の判断に影響するのは当然として、市場シェアが大きくないので周知性がないというロジックはどうなのでしょうか?日本の自動車市場におけるフェラーリの台数シェアはおそらく0.1%程度と思いますが、「フェラーリ」は自動車の商標として周知ではないのでしょうか?

アップルとしては、”MAC”のパーソナルコンピューター市場における周知性の立証のために、第三者機関による調査を行う手もあると思います。ただ、ひょっとすると、若者も含めて調査すると、私のような老人が考えているよりも認知度が相当に低かったりするのかもしれません。

弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授

日本IBM ガートナージャパンを経て2005年より現職、弁理士業務と知財/先進ITのコンサルティング業務に従事 『ライフサイクル・イノベーション』等ビジネス系書籍の翻訳経験多数 スタートアップ企業や個人発明家の方を中心にIT関連特許・商標登録出願のご相談に対応しています お仕事のお問い合わせ・ご依頼は http://www.techvisor.jp/blog/contact または info[at]techvisor.jp から 【お知らせ】YouTube「弁理士栗原潔の知財情報チャンネル」で知財の入門情報発信中です

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