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ドワンゴvsFC2特許権侵害訴訟のやや詳しい解説(2)

栗原潔弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授
出典:いらすとや(筆者による加工)

ドワンゴvsFC2裁判に関する、前回の記事の続きです(まず、前回から読んでください)。

クレームドラフティング手法による対応は可能か

クレーム(特許請求の範囲)とは、出願書類において特許権の範囲を決める部分です。明細書の記載の範囲内であれば自由に作れるので、新規性・進歩性をクリアーしつつ、できるだけ権利範囲を広くして権利行使しやすいクレームを作るのは弁理士の腕の見せ所です。

今回の訴訟の特許におけるクレームは、コメント配信システム、すなわち、サーバーと端末を含むシステム全体を権利範囲とするものでした。正直、一部海外実施に対する権利行使は行いにくい構成です。

一般に、ネットワークを利用したシステムの発明では、端末の立場から見た処理をクレームにすることで、サーバーが海外にあるシステムに対して権利行使しやすくなるのではないかという点は実務者の間でずっと前から議論されてきました。たとえば、サーバーが海外、端末(ブラウザー)が日本国内にある形態で、クレームに「サーバーがコメントファイルを送信する」と書いてしまうと日本国外で実施されていると解釈される可能性が高くなりますが、同じ処理を「端末がコメントファイルを受信する」と書けば日本国内で実施されていると解釈される可能性が増します。

とは言え、特許発明の特徴部分がほとんどサーバー上で実行され、端末では結果を受け取るだけといったような形態では、端末視点でクレームを作ると、肝心の新規性・進歩性が主張できなくなる可能性もあるので難しいところです。また、特許権の効力は「業として」の実施にしか及びませんので、今回のように、一般消費者を対象とするシステムの場合には、端末側を主体にしてしまうと、「業として」ではないと判断されるリスクがあります(コメント配信システムを提供する企業は、たとえ無料サービスでも広告収益を上げており「業として」の実施と言えますが、使用するユーザーが「業として」実施しているという解釈は難しいです)。

また、システムや(端末等の)装置のクレームではなく、方法クレーム、プログラム・クレームとして構成することも考えられますが、かなり専門的な議論になりますので割愛します。

ドワンゴ側は、ここに書いたようなことは当然に検討を尽くした上で、今回のクレームになったものと思いますが、前回も書いたように、この特許の分割出願はまだ特許庁に係属中なので、別のクレームにより再度訴訟を行うことは原理的には可能です。

特許法改正について

この域外適用問題についてのきわめて参考になる専門的論稿に(ちょっと前のものになりますが)「クラウド時代に向いた域外適用・複数主体問題」(弁理士会会報「パテント」の記事)があります。この記事では、この問題に対応するためには、結局、何らかの形で特許法を改正することが必要ではとの問題提起が行われており、たとえば、発明の実施の定義規定において、物(プログラムを含む)の「使用」の定義規定に「電気通信回線を通じてその物の一部(当該一部が国内にあるか否かを問わない)を利用することにより当該発明の目的を達成する行為を含む」と追加すること等が提言されています(こうするとかなりすっきりすると思います)。この法改正の議論、私が知る限り、あまり進んでいないと思われるのですが、そろそろ真剣に検討すべきタイミングなのではと思います。

米国の状況について

参考として米国の状況について見てみましょう。米国では、Blackberry事件と呼ばれる重要な判例があります。メール配信関連の特許権侵害訴訟において、被告のサーバー群の一部がカナダで稼働していた事例です。判決では、侵害システムの制御が米国内で行われ,使用による利益を米国内で享受している」点に基づき、「管理と使用」が米国内で行われていれば直接侵害が成立するとしました(理にかなった判断という気がします)。ということで、米国においては、サーバーを海外に置くことで特許権侵害を回避するといったことは行いにくいと言えます。

著作権侵害との比較

ツイッター等で漫画村とどこが違うのかという意見も見られたので解説しておきます。漫画村事件では主犯格の人が逮捕前に「漫画村はサーバーが海外にあるので著作権侵害にならない」とうそぶいていましたが、裁判(刑事)ではその点は(少なくとも判決文においては)まったく議論されずに有罪判決となりました。著作権法には、「権利一体の原則」といった考え方はなく、何か一つでも利用行為(送信可能化、公衆送信、複製等)があれば権利侵害になりますので、一部の処理しか日本国内で行われていなくても侵害は成立します。漫画村の裁判においては、少なくともCDNによる配信の設定が送信可能化に相当すると判断されています。

また、ベルヌ条約により(権利期間が満了していない)著作物は世界各国で自動的に(出願や登録の必要なく)保護される点、日本の刑法では著作権侵害罪は属人主義(日本国民の国外犯を罰する)が採用されているという点での相違もありますので、特許の場合とはまったく事情が異なります。少なくとも著作権侵害罪の刑事事件において、サーバーを海外に置くことは、警察の捜査を困難にするという要素はあるかもしれませんが可罰性にはほとんど関係ありません。

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今回の判決は影響力が大きそうですがまだ地裁レベルです。今後の知財高裁の判決を待ちたいと思います(できれば和解はしてほしくないところです)。

弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授

日本IBM ガートナージャパンを経て2005年より現職、弁理士業務と知財/先進ITのコンサルティング業務に従事 『ライフサイクル・イノベーション』等ビジネス系書籍の翻訳経験多数 スタートアップ企業や個人発明家の方を中心にIT関連特許・商標登録出願のご相談に対応しています お仕事のお問い合わせ・ご依頼は http://www.techvisor.jp/blog/contact または info[at]techvisor.jp から 【お知らせ】YouTube「弁理士栗原潔の知財情報チャンネル」で知財の入門情報発信中です

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