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”鬼滅の刃”ケーキの無許可販売により書類送検:著作権侵害の線引きはどこにあるのか?

栗原潔弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授
出典:いらすとや

「”鬼滅の刃”描いたケーキを無許可販売 自営業者を書類送検」というニュースがありました。「人気漫画”鬼滅の刃”のキャラクターが描かれたデコレーションケーキを作り無許可で販売したとして、30代の自営業者が著作権法違反の疑いで書類送検された」ということです。書類送検ということなので、民事的な差止や損害賠償請求ではなく刑事事件化されたということになります(不起訴になる可能性は高いと思いますが)。

これに関してネットでは「この程度のことで書類送検されてしまうのか」との声も聞かれます。実際、街のケーキ屋・パン屋さんが有名キャラクターが描かれたケーキやキャラクターの形に造形されたパンを販売することはよく見られるでしょう。上記記事のはてブでも「ネイルサロンで爪にキャラを描くことはよくある」とのコメントがあります。

線引きはどこにあるのでしょうか?

法律的な線引きを言えば、著作権者の許可なく、誰が見てもそのキャラクターだとわかる絵や立体物(原著作物の表現の本質を複製したもの)を作れば、個人または家庭内での使用に限定されない限り、複製権の侵害になります。販売すれば譲渡権の侵害、ネットにアップすれば公衆送信権の侵害になります。刑事罰の適用があるかどうか(警察・検察が介入するかどうか)の境目は故意があるかだけなので、誰でも知っている有名キャラクターを比較的リアルにコピーすれば刑事事件化の要件を備える可能性は十分にあります。このパターンの著作権侵害は親告罪なので、起訴には権利者の告訴が必要ですが、告訴や被害届の提出がなくても、法律上は警察が独自に捜査を行うことは可能です(今回のケースで権利者から被害届の提出があったかどうかは不明です(追記:別報道によれば、「インスタグラムで気付いた制作会社が署に被害を相談した」とのことです))。

すなわち、法律的に線引きしてしまうと、おそらく多くの人が考えているよりも遙かに容易に著作権侵害は行われてしまいます。知財の第一人者が「著作権法を侵害したことがない人はほとんどいないだろう。訴える人がいないだけで、形式的には“一億総犯罪者”とも言える」と言ってしまう状況です(参照記事)。

結局のところ、多くの著作権侵害行為は権利者によって「大目に見られて」いるわけであり、一線を越えたと判断されたケースだけが権利行使(あるいは刑事事件化)されてしまうと言えます。今回の場合、「ネットで販売」、「2年で400万円の売上げ」あたりが一線を越えたと判断された理由なのではないかと思います。

たとえるならば、道路交通法を厳格に適用すれば(渋滞していない)高速道路を走っている車のほとんどはスピード違反で道交法違反になってしまうが、現実には常識を超える速度で走らない限り罰則を受けることはないようなものです。著作権侵害についても同様に、法律とは別の建前で運用されてしまっているということです。

ここで、どこまでなら大丈夫と断言することはできませんが、少なくとも「この行為は厳密に言えば著作権侵害、ただ権利者に大目に見られているだけである」という意識を持っておくことは重要と思います。

弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授

日本IBM ガートナージャパンを経て2005年より現職、弁理士業務と知財/先進ITのコンサルティング業務に従事 『ライフサイクル・イノベーション』等ビジネス系書籍の翻訳経験多数 スタートアップ企業や個人発明家の方を中心にIT関連特許・商標登録出願のご相談に対応しています お仕事のお問い合わせ・ご依頼は http://www.techvisor.jp/blog/contact または info[at]techvisor.jp から 【お知らせ】YouTube「弁理士栗原潔の知財情報チャンネル」で知財の入門情報発信中です

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