今年の3月に、いくつかの有名YouTubeチャンネル名が関係ない第三者によって商標登録出願されたケースが弁理士界隈でちょっと話題になりました。この中の1つの「くまクッキング」の出願が8月20日付で登録査定となってしまいました。登録料が納付されればこのまま登録になってしまいます。指定役務は41類の「技芸・スポーツ又は知識の教授、セミナーの企画・運営又は開催、電子出版物の提供,教育・文化・娯楽・スポーツ用ビデオの制作」等です。

この出願には刊行物等提出(情報提供)がされています。内容はウェブからでは見られないですが、4条1項10号(未登録周知商標と類似・同一)により拒絶にすべきという主張が中心になっているものと思われます。しかし、審査官はそれにもかかわらず、拒絶理由通知を行うことなく登録査定を出しました(情報提供はあくまでも参考情報であり審査官はそれに拘束されません)。おそらくは、「くまクッキング」の周知性が十分ではないと判断したものと思います。

ランキングサイトによると、現時点で、「くまクッキング」は、現在の登録者数23万4000人(ランキング2301位)、累積閲覧数約2517万です。それなりに有名ではあると思いますが、ラーメン二郎の記事でも書いたように、特許庁における周知性の判断は、特定のコミュニティ内ではそこそこ有名だが、その外部では広く知られているわけではないタイプの商標にとって不利になってしまうように思えます。

弁理士有志による異議申立請求の動きもあるようです。一般に異議申立では審査段階よりも取引の実情が重視されますので異なった結論が出る可能性もあります。さらに、無効審判請求も可能ですが、異議申立の場合とは異なり、無効審判は利害関係者しか請求できませんので「くまクッキング」の中の人等が請求人になる必要があると思われます。

このまま登録が維持されると、本家の「くまクッキング」が権利行使される可能性が生じます。先使用権を主張できる可能性はありますが、商標の先使用権は周知性が要件になっているのでまたちょっとやっかいなことになり得ます。また、本家の「くまクッキング」の中の人が商標登録出願を行おうと思っても少なくとも41類については先願主義により登録できません。これに伴い、たとえば、今回の「くまクッキング」の権利者が、便乗商法的に「くまクッキング」と銘打ったセミナー等を行っても、本家の「くまクッキング」の中の人が権利行使できない可能性が生じます(商標が未登録でも不正競争防止法による権利行使は可能ですが、ここでもまた周知性・著名性の要件が出てきてやっかいです)。

結局、やはり「くまクッキング」の中の人が先に出願しておくべきだったという結論になってしまいます(商標は先願主義なので後の同一・類似の出願は拒絶されます)。(追記:YouTuberの方によっては身バレ、本名バレを気にする方もいるかもしれません、そのような場合でも信頼できる人に代わりに出願して権利者になってもらいライセンスを受ける、あるいは、事務所に所属して法人名義で出願してもらうなどの方法があります)。商標登録出願は権利を得るという点だけではなく、他人による権利の横取りを防ぐという防衛的な意味でも重要です。最低限の1区分であれば商標登録は総額10万円以下で可能です。ビジネスとして収益化を目指すYouTuberであれば、自分の名前(芸名)、あるいは、自分のチャンネル名を商標登録出願しておくことは、将来の保険として十分検討に値すると思います。

以下、いくつか一般的な考慮点を書きます。

本名そのもの、または、本名を含む場合

本名でYouTuberとして活動し、かつ、チャンネル名もその本名を含む場合です。たとえば、数学系YouTuberの「鈴木貫太郎」さんなどのケースです。他人の氏名を含む商標の出願は商標法4条1項8号により拒絶されますので、第三者の勝手出願は基本的に心配する必要はありません。

4条1項8号 他人の肖像又は他人の氏名若しくは名称若しくは著名な雅号、芸名若しくは筆名若しくはこれらの著名な略称を含む商標(その他人の承諾を得ているものを除く。)

鈴木貫太郎さんはかなり有名と思いますが、周知・著名である必要はありませんので、本名かつ氏と名両方であればこの規定が適用されます。また、たとえば「鈴木貫太郎の勉強チャンネル」、「鈴木貫太郎数学道」のように、氏名を”含む”商標でも拒絶されます。審査官が審査段階で見逃す可能性もありますが、異議申立を行えば確実に取り消せます。異議申立の期間(公報発行日から2ヶ月以内に)を過ぎてしまった場合には、無効審判を行えば無効にできますが、利害関係が求められるため、その本名の本人が請求する必要があるでしょう(なお、登録から5年経過していると一種の時効なのでもはや無効にできません)。なお、外国人の名前の場合には「本名はミドルネームを含み、ミドルネームなしの場合は略称とする」というちょっと常識に反する運用がされているので注意が必要です。

また、この規定は、本人が自分の氏名を出願した場合にも適用されますので、同姓同名の可能性がまったくない場合を除き、本人が自分の氏名(あるいは、氏名を含む)商標を出願しても拒絶になります(この規定が、デザイナーの名前をブランド化することが多い、ファッション業界の商標登録に与える影響について過去に書いています。)鈴木貫太郎さんに同姓同名がいるかは微妙(軍人の鈴木貫太郎は故人なのでこの規定には関係ありません)ですが、たとえば、(明らかに同姓同名がいる)山本一郎さんが「やまもといちろうチャンネル」を出願しても拒絶になるでしょう。他の誰が出願しても拒絶になりますので、敢えて商標登録出願する必然性は薄いです。

著名な芸名を含む場合

この場合も、上記の4条1項8号により、本人または本人の許可を得た人の出願でなければ、拒絶されます。上記の4条1項8号の規定をよく読むとわかりますが、本名の場合には著名性は不要ですが、芸名(筆名)や略称の場合には著名性が必要です。ゆえに、既に有名になっている芸能人であれば、自分の芸名やその略称を含むYouTubeチャンネル名(たとえば、「カジサックの部屋」)をわざわざ商標登録する必然性は薄いです。

ところで、今回調べてわかりましたが、ちょっと意外なことに、「ヒカキン」(HIKAKIN)や「はじめしゃちょー」、さらには、それらを含むチャンネル名も現時点では商標登録されていません。ここまで著名になってしまうと第三者に勝手出願されて登録されてしまう可能性はまずないので特に問題はないと思います。ただし、このレベルの著名度に至るまでは、今回の「くまクッキング」のように、一部ではそこそこ有名だがそれ以外ではまだ著名とまでは言えない状態があったはずなので、これから有名になることを目指すYouTuberの方は自分の名前あるいはチャンネル名の商標登録を検討されてもよいでしょう。