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著作権法上「キャラクター」とは何を意味するのか?

栗原潔弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授
出典:いらすとや

先日の記事では、漫画の二次創作作品を勝手にアップロードすることが違法であるとした判決について書きました。原著作物の著作権者の許可なく作られた二次的著作物であっても(その二次的著作物の著作者の)許可なく利用すれば(原著作物の著作権者の権利に加えて)二次的著作物の著作者の権利を侵害するという点は教科書通りの話です。

ただし、記事中で引用した判決文中の「本件各漫画のキャラクターが原著作物のそれと同一あるいは類似であるからといって,これによって著作権侵害の問題が生じるものではない」という部分に違和感を覚えた人も多いのではないでしょうか?「キャラクターは著作物ではない」というのは判例によりほぼ確定した考え方ですが、いくつか考慮すべき点があります。

まず、著作権法の文脈における「キャラクター」とは何かを考えてみましょう。ここでは、「キャラクター」と「キャラクターの絵」を分けて考えることが重要です。漫画の場合は、作品の登場人物とその絵が不可分に結び付いているので、絵から独立したキャラクターというのは想像しにくいと思いますが、たとえば、「シャーロックホームズ」「銭形平次」等々、特定の絵とは結び付きがあまりない、小説上のキャラクターを考えてみればわかりやすいでしょう。(微妙にニュアンスが違いますが)「設定」と言い換えた方がわかりやすいかもしれません。

『中山著作権法』(第3版)では、キャラクターを「小説や漫画等に登場する人物や動物等の姿態、容貌、名称、役柄等の総称を指し、小説や漫画等の具体的表現から昇華したイメージ」としています。著作権法の大原則は「表現を保するがアイデアは保護しない」ですので、「キャラクターの絵」は保護されても、アイデアである「キャラクター」そのものは保護されないのは当然と言えます。

おそ松さんを例に取ると、「キャラクター」とは顔がそっくりの男子六つ子、名前の最後が「松」、やんちゃな性格等々であり、「キャラクターの絵」とは赤塚不二夫先生の漫画に基づく例の絵(前髪ぱっつん、大きな目と口、赤塚先生に特徴的なのどちんこ(?)の表現等々)(口では説明しにくいですが)ということになります。

これを前回の記事の判決で対象になった作品に当てはめてみましょう。今回の判決で問題になった作品の中で「おそ松さん」が原著作物であるとされているものの一部を見てみると(ちょっと自分で買うのは厳しいものがあるので公式の販売サイト(とらのあな同人)のサムネイルで確認しました)、「キャラクターの絵」としては全然似ておらず二次創作の作者さんの絵柄になっています。また、(全ページを確認したわけではありませんが)ストーリーやせりふにおける類似点もないように思われます。一致点は、主人公の六つ子であることと名前(一松、カラ松等)という「設定」だけです。

この種の二次創作であれば、原著作物(おそ松さん)の著作権を侵害しないというのが前回の記事の判決のポイントのひとつです。ただし、この訴訟には、「おそ松さん」の著作権者が当事者として参加しているわけではないので、仮にそのような訴訟があれば別の結論が出る可能性はなくはありません。

さらに、とらのあな同人でのリサーチを進めると「おそ松さん」ベースのBL作品でも主人公の顔の造形が類似しているものがあるようです。つまり、「キャラクター」(設定)の類似だけではなく「キャラクターの絵」が類似していると思われる作品もあります。この種の二次創作作品に対しても前回記事の判決が適用されるのではないことに注意が必要です。権利者が大目に見ている状態と思いますが、それ自体は第三者がどうこう言う話ではありません(著作権法の基本的作りは、「他人の著作物を勝手にコピーしてはいけない」ではなく、「著作物をコピーして良いかどうかは著作権者が決められる」です)。

なお、キャラクターの名前については、別途、不正競争防止法や商標法等で保護される余地はあります。また、法文上明記された権利ではないですが、判例上ほぼ確定している商品化権の権利が関係してくる可能性はあります。ここで論じているのは、あくまでも著作権法の枠組みの中の話である点にご注意下さい。

しかしながら、この理屈を現実に当てはめてみると、たとえば、人気漫画のキャラ設定だけを拝借し、名前も絵もせりふも直接的には使用しないオリジナルのストーリー展開の小説や実写版映画を作成しても著作権侵害に問えないことになりますが、これは明らかに「業界の仁義」に反します。前述のとおり、商品化権に基づき訴えることは可能ですが、差し止めが困難等の問題があります。かと言って著作権法で保護せよというのも上記の「表現を保するがアイデアは保護しない」という大原則を覆すので難しいところがあります。『中山著作権法』では「不正競争防止法的な保護のほうがキャラクターの実体に即した保護を与えることができよう」との示唆がされています。

弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授

日本IBM ガートナージャパンを経て2005年より現職、弁理士業務と知財/先進ITのコンサルティング業務に従事 『ライフサイクル・イノベーション』等ビジネス系書籍の翻訳経験多数 スタートアップ企業や個人発明家の方を中心にIT関連特許・商標登録出願のご相談に対応しています お仕事のお問い合わせ・ご依頼は http://www.techvisor.jp/blog/contact または info[at]techvisor.jp から 【お知らせ】YouTube「弁理士栗原潔の知財情報チャンネル」で知財の入門情報発信中です

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