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クリスチャン・ルブタンの「赤い靴底」商標が日本において拒絶

栗原潔弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授
出典:特許情報プラットフォーム

昨日に続いてファッションネタ2連発です。

中川隆太郎弁護士のツイートで知りましたが、フランスの高級ハイヒール、クリスチャン・ルブタンのレッドソール(赤い靴底)の商標登録出願(商願2015-29921)が7月29日付けで拒絶査定になっていました。

このレッドソールは、いわゆる「新しいタイプの商標」制度が日本で始まった時に、位置商標の例として挙げられていたと思います。赤色を使った靴というだけでは識別性がなく商標登録は不可能ですが、ハイヒールの靴底部分が赤いという位置による特徴を出せば商標登録され得るというのが位置商標のポイントです。(追記:位置商標というのは私の勘違いで「色彩のみから成る商標」として出願されていました)本商標は、日本で位置色彩のみから成る商標制度が始まった初日(2015年4月1日)に出願されていますので、出願人も権利化の意欲満々であったことがうかがわれます。

もちろん、位置商標として出願すれば絶対登録されるとは限りません。特に、商品の外観デザインと認識される場合には、その商標が色彩のみから成る商標の登録には「使用による識別性」(セカンダリミーニング)を獲得している、つまり、ほとんどの消費者がその商標を見れば「ああ、あの商品ね」とわかるレベルになっていることが求められます。一般に、セカンダリミーニング獲得の立証には、市場シェア、広告宣伝予算、メディアでの取り扱い、消費者調査等々、膨大な証拠の提出が必要となり大変な作業となります。位置商標関連でセカンダリミーニングを立証でき、無事登録できた例としては、日清のカップヌードルのカップの装飾などがあります(関連過去記事)。

商標の審査経過を見るとわかりますが、本商標にはクリスチャン・ルブタンからセカンダリミーニングに関する膨大な証拠資料が提出されていると共に、競合他社からの情報提供(刊行物等提出)も行なわれています(赤い靴底の靴はクリスチャン・ルブタン以外にも数多くあるので識別性はないと主張することが目的です)。また、第三者による審査経過資料の閲覧請求も相当な件数(200件以上)行なわれており、業界における注目度が高いことがうかがわれます。

しかし、特許庁は以下のとおり、セカンダリミーニングを否定し、商標登録を認めませんでした。

我が国において、出願人の高級ブランド「クリスチャン・ルブタン」の商品が「レッドソール」であるとの認識はある程度浸透しているものであり、なかでも、芸能人、セレブ、海外ブランドを好む富裕層を中心とした一部の需要者においては、「レッドソールといえばクリスチャン・ルブタン」との認識があることも推認できます。

 しかしながら、上記のとおり、類似する商品が本願商標の出願時から現在に至るまで流通していること、出願人がこれらの類似する商品に対して積極的に法的措置を行っているとはいえないこと、それなりの需要者がこれらの類似する商品を購入していることからすると、一般の需要者はこれらの類似する商品も含めた女性用ハイヒール靴の靴底部分に付されている赤色の色彩から特定の者(クリスチャン・ルブタン)を認識しているとはいい難い状況であるといわざるを得ません。(中略)

 そうすると、商品「女性用ハイヒール靴」の靴底部分に付した赤色である本願商標は、自他商品の識別標識として認識されているとまではいうことができず、使用された結果、需要者が何人かの業務に係る商品であることを認識することができるに至っているとはいうことができません。

出願人の上申書によれば、レッドソール商標は海外47国において有効に登録されており、2019年5月22日、EUにおいて無効審判請求が棄却された(商標の有効性が再確認された)とのことです。また、身近にいる女性に「赤い靴底のハイヒールと言えば?」と聞いたところ「ルブタン」と即答が返ってきたので(サンプル数1ではありますが)日本でもセカンダリミーニングは確立しているようにも思えます。私見ですが、特許庁の判断はちょっと厳しいように思えます。

なお、「類似する商品が本願商標の出願時から現在に至るまで流通していること、出願人がこれらの類似する商品に対して積極的に法的措置を行っているとはいえないこと、それなりの需要者がこれらの類似する商品を購入していること」といった要素が決め手の一つになったのは、過去に書いたギブソンのフライングVのケースレスポールのケースと同様です。権利を守りたいなら積極的に摸倣を禁止する姿勢を示さなければならず、真似されっぱなしにしておいて後になってから権利を主張しても認められにくいということです。

今後、クリスチャン・ルブタンは、ほぼ確実に不服審判を請求することになるでしょう。審査段階では消費者に対する第三者調査が提出されていなかったようなので、それをちゃんと準備すれば登録に至る可能性は十分にあるのではと思います。

弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授

日本IBM ガートナージャパンを経て2005年より現職、弁理士業務と知財/先進ITのコンサルティング業務に従事 『ライフサイクル・イノベーション』等ビジネス系書籍の翻訳経験多数 スタートアップ企業や個人発明家の方を中心にIT関連特許・商標登録出願のご相談に対応しています お仕事のお問い合わせ・ご依頼は http://www.techvisor.jp/blog/contact または info[at]techvisor.jp から 【お知らせ】YouTube「弁理士栗原潔の知財情報チャンネル」で知財の入門情報発信中です

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