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商標登録出願における「ぎりぎり」戦術について

栗原潔弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授
(GYRO PHOTOGRAPHY/アフロ)

久しぶりにITmediaに商標関係の記事を書きました。記事のポイントは、商品やサービスの普通名称や単にその内容を記述しただけの商標、いわば、「そのまんま」の商標は登録できないということです。

もし、リンゴを指定商品にして普通名称である「アップル」を商標登録できてしまい、リンゴをアップルと呼べるのは特定の企業だけということになったら大変なので、これは当然です。同様に、リンゴを指定商品にして「おいしいリンゴ」も登録できません(長期的使用によって市場での識別性を獲得していれば別ですが例外的ケースです)。商品の質を表わしただけの商標(記述的商標)であり特定企業が独占すべき商標ではないのは同じだからです。

ITmediaの記事ではスペースの都合で書きませんでしたが、指定商品の範囲を少し広げて、たとえば「果物」を指定商品として「アップル」を商標登録出願しても、リンゴについては普通名称であることを理由として、リンゴ以外の果物については、商品の質の誤認を招く商標であるという別の理由により拒絶されるのでどちらにしろ登録できません。

一方、コンピューターを指定商品にして「アップル」を商標登録出願すると、アップルはコンピューター関連では普通名称ではないですし、消費者は商品の質を表わしただけとは考えない(コンピューターにリンゴが入ってるとは思う人はいない)ので(類似先登録がなければ)登録可能です。

普通名称を登録することは不可能ですが、記述的商標については、どこからどこまでが「商品(サービス)の質を表わしたに過ぎない」とされるかの判断には微妙な部分があります。最近の不服審判(審査で一度拒絶になり特許庁に再審査が請求された事件)から例を見てみることにしましょう。

ドクター中松創研を出願人とする「ドローン練習場」(指定役務:ドローンの遠隔操縦に関する訓練のための施設の提供)は拒絶審決となりました(審査での拒絶が覆りませんでした)。審決のポイントを以下に引用します。

請求人は、「ドローン練習場」という言葉は請求人が創作したものであり、自他役務識別機能を有している旨主張している。

しかしながら、本願商標である「ドローン練習場」の文字が、請求人に係る造語であることを客観的に証する証拠の提出はなく、また、本願商標は、よく知られた「ドローン」及び「練習場」の文字からなり、構成全体として「ドローンの操作を練習する場所」程の意味合いを理解させるものである。

してみれば、本願商標をその指定役務について使用しても、役務の質、用途を表す語として理解されるものというのが相当である。

一方、「インバウンドコーディネーター」(指定役務:技芸・スポーツ又は知識の教授等)は不服審判で拒絶査定が覆され登録となりました。同じく審決のポイントを以下に引用します。

本願商標構成中の「インバウンド」の文字は、「航空機・船舶で本国に向かう便。外国人の訪日旅行。」を意味する語であり,「コーディネーター」の語は「調整係。複雑化した機構の中で,仕事の流れを円滑化させる専門職。」を意味する語(ともに「コンサイスカタカナ語辞典第4版」株式会社三省堂)である。

しかしながら、これらを結合した「インバウンドコーディネーター」の文字は,辞書等に掲載されていない語である。

また、当審において職権をもって調査するも、本願の指定役務を取り扱う業界において,「インバウンドコーディネーター」の文字が、役務の具体的な質や内容を表示するものとして、取引上一般に使用されている事実を発見することはできず、また、その他、取引者、需要者が、本願商標を役務の質を表すものとして認識するというべき事情も見当たらない。

そうすると、本願商標は、全体として原審説示のような意味合いを暗示させる場合があるとしても、これが直ちに本願指定役務について、役務の質を具体的かつ直接的に表したものと理解、認識させるとはいい難い。

自分の感覚的には「インバウンドコーディネーター」もそのまんま(記述的商標)のようにも思えますが、特許庁はそう判断しませんでした。やはり、グレーゾーン的なものはあると言えます。

どの辺が境界線なのかを事前に知る目安としては、ネットで検索してみることが有効です(実際、審査官・審判官も世の中でどのように使われているかを判断する上でネット検索を使っています)。"ドローン練習場"は約34,600件ヒットするのに対して、”インバウンドコーディネーター”は約600件ヒットとかなり少ないので、それほど一般的な言い回しではないことがわかります(それでも、審査官・審判官によっては記述的だと判断する人がいてもおかしくないと思いますが)。

たまに、記述的かどうかのぎりぎりの線の商標の出願依頼が来ることがありますが、その場合には拒絶になるリスクを説明した上で納得いただければ受任しています。このような商標は「インバウンドコーディネーター」の例でもわかるように、もし登録できれば「おいしい」商標であることが多いです(その代わり、長期的に普通名称化してしまい商標権の効力がなくなるリスクは考慮しなければなりません)。記述的ぎりぎりを攻めて無事登録できた他のパターンとしては、伊藤園の「理想のトマト」などがあります(こちらは審判を経るまでもなく一発登録されています)。

特許の場合でも、進歩性を否定されてもおかしくない広い範囲のクレーム(俗にチャレンジクレームと呼んだりします)で出願し、特許化できればラッキーという戦術を取ることがよくありますが、商標で記述的ぎりぎりセーフを狙うのはそれに似ています。

ただし、特許の場合には進歩性を否定されても補正でクレームの権利範囲を狭くする(あるいは、最初から範囲の狭い従属クレームを作っておく)ことで対応できますが、商標の場合は出願後は商標自体の補正はできませんので、出願し直しになってしまう点には注意が必要です。

弁理士 知財コンサルタント 金沢工業大学客員教授

日本IBM ガートナージャパンを経て2005年より現職、弁理士業務と知財/先進ITのコンサルティング業務に従事 『ライフサイクル・イノベーション』等ビジネス系書籍の翻訳経験多数 スタートアップ企業や個人発明家の方を中心にIT関連特許・商標登録出願のご相談に対応しています お仕事のお問い合わせ・ご依頼は http://www.techvisor.jp/blog/contact または info[at]techvisor.jp から 【お知らせ】YouTube「弁理士栗原潔の知財情報チャンネル」で知財の入門情報発信中です

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