北朝鮮の謎の特許出願について

(写真:ロイター/アフロ)

「北朝鮮、神経ガス原料の特許申請=国連機関が手続き支援」というニュースがありました。

国連機関の世界知的所有権機関(WIPO、本部ジュネーブ)が1年以上にわたり、北朝鮮によるシアン化ナトリウムの製造法に関する特許申請手続きを支援していたと報じた。

この物質は神経ガス「タブン」の原料となるため、国連安保理決議は北朝鮮への輸出を禁止している。

ということだそうです。「北朝鮮」「神経ガス」「国連機関が支援」と「パワーワード」が並んでいるのでちょっとどきっとしてしまいますね。私は国際政治の専門家でも、軍事の専門家でも、化学の専門家でもないので、特許関連の事実関係だけを整理してみたいと思います。

見出しで「国連機関」と呼ばれているのはジュネーブにあるWIPO(世界知的所有権機関)のことです。特許や商標の国際的出願を司っている組織で、弁理士であればしょっちゅうやり取りをしています。

そして、北朝鮮は、日本は国家として認めていないものの、PCT(特許協力条約)、パリ条約、ベルヌ条約等の知的財産関連の主要国際条約に加盟しており、知財に関して言えば必ずしも「ならずもの国家」というわけではありません。

今回の話は、北朝鮮の個人が「PROCESS FOR PRODUCTION OF SODIUM CYANIDE」(「シアン化ナトリウムの生産方法))という名称の国際出願(PCT出願)を行なったという話です。「国連機関が支援」とは言っても、通常の国際出願の手続が行なわれているだけでありWIPOが特別な支援をした形跡はありません。

特許出願書類はこちらです。特許性に関する見解書が既に出ていますが、新規性はあるが進歩性はないという判定になっています。特許出願の内容はシアン化ナトリウムの製造プロセスそのものであって、兵器や神経ガスに関する言及はありません。なお、日本は北朝鮮を国家として認めていませんので、この国際出願を日本に移行して権利化することはできないと思われます(判例あり)。

一般論として、軍事的に重要なアイデアを国際出願することはきわめて考えにくいです。特許出願の内容が強制的に公開されるからです。なお、(日本は例外ですが)多くの国では軍事関連技術については秘密状態を維持したままでの国内特許の取得が可能になっています(あくまでも国内出願の話です)。

シアン化ナトリウム自体はメッキ等工業的によく使われる物質なので、別に謎でも何でもなく、単にビジネス目的で特許出願しただけというように思えます。ただ、神経ガスの材料となり得ることから禁輸措置が取られているこの物質の北朝鮮国内での製造能力があるということのひとつの傍証にはなるかもしれません(特許出願は書面だけの話なので実際に製造施設が稼働しているかどうかはまた別の話ですが)。

化学専門家、軍事専門家の方のご意見もお待ちしています。