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「イノベーション人材」の育て方【碇邦生×倉重公太朗3/4】

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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碇先生は、イノベーション人材を育てるためのファーストステップとして、「隗(かい)より始めよ」という故事成語を例にあげています「隗」とは戦国時代の燕にいた郭隗(かくかい)という人のこと。郭隗は、優秀な人材を登用したがっている燕の昭王に「自分のような凡庸な者を厚遇すれば、より優秀な人が士官してくるでしょう」と進言しました。その考えは、現代日本の人材育成においても活用できるそうです。

<ポイント>

・イノベーションはアウトソーシングできるのか

・ファーストステップは「隗(かい)」より始めよ

・社内でビジネスコンテストをさせない

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■採用にはダイバーシティが必要

碇:以前とある総合商社の人事部長の方が言っていたのですが、人事、特に採用の業務を長年やっていると、数字だけを見るのは楽なのです。要は定石を打っていれば数字は埋まります。

 よく失敗するのは「現場を知っている人間だからユニークなことをしてくれるだろう」と採用を担当させるパターンです。そもそも常識を知らないので、数字を埋めることでいっぱいいっぱいになってしまいます。

 だからまず「数字を埋めることができるのか」が基本にあります。その上でユニークなことができる人間と組ませなければいけません。そうすると、数字をあらかた埋めたうえで、多様な人材を採用しようという余裕が出てきます。

倉重:確かにあえて「変な人を採る」と、言っているところもあります。

碇:採用チームの中に、ダイバーシティを組ませるのです。

ある大手人材会社で、エンジニアの中途採用をするときに失敗していた時期があったのです。何がいけないのだろうと思ったら、採用担当が新卒採用の定石に頭が凝り固まってしまっていて、そこの常識から抜け出せませんでした。

 数を埋めるだけであれば、定石を組めばいいのでできます。そこできちんと辞めない人、いい人を採ろうと思った時に、プラスαで何か入れるために、現場の声を持っている人や権限を持った人間を入れると無茶なことができます。

採用担当だけだと定石に凝り固まってしまいます。

ただ専門家がいないと、訳が分からないことをし過ぎてしまうので要注意です。特に採用関係は下手すると法律違反になってしまいます。

倉重:確かにそうです。新たな採用施策をする時に、どのように効果測定していますか?

碇:これは会社によって目的も指標も違います。

倉重:離職率で見るのか、その後の成績で見るのでしょうか。

碇:多いのは離職率です。ですが、配置担当の人や現場のマネジャーがしくじると、どのような人を採っても辞めてしまいます。なので、採用の効果検証をする時に、まず人事部の体制を変えて、「採用と育成と配置」を同じチームにしてしまうのです。

これは2000年代初めぐらいにアメリカで流行ったのですが、人事部の名前を突然「タレントマネジメント部」と変えました。

なぜ変えたかというと、入社して配属させて育成して、というフローをノンストップで見ないと効果検証ができないからです。きちんと見ようと思ったら従業員がたくさんいますし、いちいち活動を追っかけなければいけません。

 アナリティクスのためのデータアナリストも必要になるので、HRテックの人たちが入ってきます。

2000年代初めから2010年にかけて、アメリカの西海岸を中心として、人事部がタレントマネジメント部になるケースが爆発的に増えたのです。ヨーロッパも同じで、グローバルではひとつのトレンドとなっています。

倉重:日本の場合は、例えば企業文化や理念がいいなと思って入っても、配属ガチャに失敗して一気にやる気を失うことがあります。これは採用が悪かったわけではなく、配属が悪いという話になりますか。

碇:基本的に日本の会社さんは、10年間かけて人を育てることから抜け出せません。だから配属ガチャで初めしくじっても「10年間かけて育てるのだから、2つ目の配属先で修正すればいいでしょう」と思っているところもありました。

しかも初めのところが嫌だと思っても、歯を食いしばって3年間やっているとなじんでくることもあります。長い目で見た時には良いこともあったし、実際働かせてみないと資質は分からないという前提もありました。長い試用期間の間に適性を見て、2つ目の配属先からが本チャンというところが、元々日本の人事システムはあったのです。ただ、そこに耐え切れない人たちがいるので、システム不良を起こしているのです。

倉重:入社前に「あなたの配属はここです」と、最初から言っておいたほうがいいですか。

碇:今、そのような会社さんが増えています。これを変えるためには、今の人事の人たちの頭の中を切り替えなければいけません。恐らくそれを歴史が長い大企業が自力で変えることは何大抵の努力ではできません。アメリカでも、AT&Tなどは歴史のある大企業は変われないということで大いに苦しみました。アメリカの場合は、新しい会社が次々と出てくるので、それと同時に人事に関するシステムもアップデートされます。古い会社も生き残るために追従します。

日本では企業の新陳代謝がなかなか起こりません。ただ、面白いと思うところは、「新しいことをやらないとうちの会社がつぶれてしまうから、上に歯向かってでも変えてやる」という人たちが出てくるのです。

 初めは制度疲労などを起こしてゴチャゴチャしますが、5年10年かけてアップデートしていく会社がチョコチョコあります。

有名どころだと暴露本も出した富士通さんもそうです。新しいことをどんどん取り入れていくと、外れもするのですが成功もします。

倉重:成果主義の導入が難しかったようですね。

碇:暴露本が出た時には確かに失敗しています。ですが富士通の歴史を見ていると、本が出た2~3年後ぐらいに、日本型の成果主義としていち早く定着しました。暴露本で書かれたのは試行錯誤している段階で、一番カオスだった時の話です。

■イノベーションを起こす人材はどのようにして生まれるのか

倉重:ちょうど最後のテーマにつながります。

会社が危機にひんしている時など、自然発生的にイノベーションを起こす人が出てくることがあります。危機的状況ではなくても、イノベーションを起こす人はどのように育てればいいのでしょうか?

碇:大企業のイノベーション人材に関しては、内心諦めている会社が多いのではないかと思っています。自分のところで変えようと思うと、しがらみも大き過ぎてしまって大変ですから、ベンチャーなどに投資してイノベーションのアウトソーシングをしようと考えている会社さんが多いと思っています。

私はそれに賛成していませんし、まずい方向に進んでいると思っています。最近の日本の大企業さんは、「自分たちでやるのが難しいところは、外にやってもらおう」という考えが非常に強いのです。

 例えばなかなか英語に変えることができなくて、海外展開できなかったから、海外売上比率を高めるためにM&Aに走りました。M&Aでも失敗して、東芝さんなどいろいろな会社さんが大損をしました。

 本当は、自分たちで頑張らなければいけないところを任せようとして失敗しているのが、今一番のまずいところだと思っています。

倉重:自分のコアバリューなのだから、自分でやらなければいけないという話です。

碇:イノベーションを起こす時、自社の人たちを育成する時に何をやらなければいけないかというと、ファーストステップは「隗(かい)より始めよ」なのです。

まず自社の中にいる優秀な人を探して、厚遇するところから始めてください。その人たちは同じ人事制度の中で運用はできないので、ジョブ型採用にしても別会社化してしまってもいいです。イノベーションを期待して候補者たちに新しい部署を作っても構いません。ヨーロッパでよく見られるのは、「マネジャーになるために自分で部署をつくれ」というものです。

倉重:ジョブ型だからジョブが空かない限りは、マネジャーになれないわけですね。

碇:会社は大きくなっていくし、売り上げも上がります。マネジャーだったら自分で事業部をつくれます。

当然1人ではつくれないので、ヤングリーダーシップチームという、大体20代から30代前半ぐらいの会社の中で、ちょっと頭が飛び抜けている人間や、「やりたい」と言って手を挙げてくる人間たちを、業務時間の10~20%を社内副業のような形でアサインして、チームを組んで事業にあたってもらいます。

新しくつくった事業が花開いて成功したら、「幹部候補になってください」と、ルートに乗せることができます。

 まずは「隗より始めよ」で社内のイノベーション人材を育てるキャリアパスのルートを作るのがファーストステップかと思います。

倉重:評価を含めて、きちんと処遇することですね。

碇:その時に、稟議(りんぎ)書を作っていけないと思っています。これは、ネスレジャパンさんがイノベーションをできなかった理由だったそうです。ネスレジャパンさんが日本に進出してからカフェバリスタができるまで、ネスレグループの中でずっとイノベーションランキング最下位層でした。

カフェバリスタがはやってイノベーションを起こして一気にランキングトップまで上がるのですが、この時に稟議書を作って何回も承認をもらうプロセスをやめました。若い人間はたくさん出てくるのですが、稟議を回している間にアイデアの尖ったところが指摘されて、どんどんありきたりで丸まったものになってしまいます。そこで、社長直下で承認不要にしました。

もう一つは、「社内でビジネスコンテストをさせない」ということです。社内でやると、ビジネスプランコンテスト向けのビジネスをつくってしまいます。

倉重:聞こえがいい、見栄えがいいものですか。

碇:評価をする役員が、普段から持っている問題意識をテーマにするのです。問題意識が発案者のリアリティから出ていないのでイマイチ成功できません。本当に自分たちがお客さんを見て一番やりたいことで、お客さんが欲しいと思っているものを、持ってこなければいけないのです。

倉重:撤退条件だけを決めておく感じですか?

碇:そうですね。まずはスモールスタートで実践してみて、行けそうかどうかを判断して、行けそうなら本格的に投資をします。反対に、目が出なさそうであれば撤退します。たとえば、ネスレさんが、阪急の駅のキオスクを実験場にして次から次へと新しい面白いことをしていました。

 あとはサイバーエージェントさんの場合だと、ヤングリーダーチームのようなものをつくって、「合宿の間に1個新規事業をつくりなさい」と決めます。その時に役員は口出しをしては駄目なのです。

倉重:いいですね。正解はもちろん1つではないのですが、誰かに忖度(そんたくして)するのではなく、内面にある「こうしたい」とあふれ出るようなものをいかに引き出すかが大事です。

碇:お客さんを見なくなってしまう現象は結構あって、資金調達をする時もお客さんを無視して、ベンチャーキャピタルから「うん」と言ってもらうための事業をつくる現象が起こりがちです。

倉重:今日のお話で耳が痛い人事の人はたくさんいそうです。

碇:私がリクルートにいる時に、某社の同じ会社の複数の新規事業チームが「このような新規事業を考えたのですが、アドバイスをください」と来たことがあるのです。

 恐らく時期的に、何かのコンペがあったのでしょう。3つのチームから話を聞いたら、全員同じものを持ってくるのです(笑)。普通に考えたら、同じものを3つのチームが持って来るわけありません。「皆さん、お客さんを見ていますか?」という話です。

倉重:上司に気に入られそうなテーマを使って忖度していたのですね。

実際皆さん明日からどうしようと悩ましい方も多いかと思います。これからの時代の人事に対するアドバイスを、碇さんからお願いしたいと思います。

碇:人事の方々はお客さんが2人います。

1人は誰かというと、当然自分のところの従業員です。従業員が「自分たちは素晴らしい組織で働いているのだ」と思うためにサービスを提供しなければいけないし、そのための施策を考えるのがまず1つです。できるだけ現場に出て現場の声を聞いてください。そうすると、「今会社の中でこのような人が欲しい」「今は要らないのだけれどもこのような人が将来必要になってくる」という話が聞けます。

 あとは自社で欲しい人や、「育成できる・できない」という要件の切り分けです。そうすると自社の育成課題と、採用する時に見なければいけない課題が見えます。

 採用する時に見なければいけないのは、育成できない要件です。育成できるところは、後から育成すればいいのです。

お客さんの2人目は、社外に向けて「すごく環境のいい会社だ」「この会社で働いていることは素晴らしい」と、発信することです。

外に向かって自分の会社の労働環境が素晴らしいことをPRする広報は、皆さんなのです。

 売るための商品が良くないと広報できません。だから人事は、人事にとっての商品である従業員の価値を高めなくてはなりません。言い換えると、人事だけで1つの会社のようなものなのです。従業員という商品を作り込み、競合他社、他の会社よりも素晴らしい組織をつくります。その組織をつくったら、今度は外に向かって売らなければいけません。実は人事はものづくりなのです。

倉重:人事はものづくりでもあり、営業でもあるのですね。その上で自分たちの会社に何が足りないかを考えてほしいと思います。

■碇先生の3つの夢

倉重:毎度最後に伺っているのですが、碇先生の夢をお伺いしたいと思います。

碇:私の夢は、今のところ3つ持っています。

1つは自分の教え子からユニコーン企業を出すことです。特に地方発ユニコーン企業を出したいと思っています。これをやりたいと思わなかったら、私はリクルートにずっといます。

2つ目は、世界で実現している新しい働き方を入れることです。それができるのは東京ではなく、地方だろうと思っています。なぜかというと、ザッポスもラスベガスですし、リカルド・セムラーもブラジルです。面白い働き方をしているところは、意外と田舎にあるのです。

倉重:ニューヨークではないのですね。

碇:レッドブルなども面白い会社ですが、本社はオーストリアの田舎です。Googleも基本田舎にあります。今スコットランドにある人口1万5,000人ぐらいの小さな港町でも「ブリュードッグ」というベンチャー企業が、世界のクラフトビールブームを作っています。

首都の恵まれているところからは生まれてこないのは、日本の過去のイノベーションもそうです。松下村塾は山口県萩のド田舎の寺子屋で10歳前後の子どもたちに教えていたら、その子たちが成長して革新を起こしていました。

倉重:良い景観から生まれるものですか。

碇:地方を相手にして何かをやろうと思ったら、しがらみはたくさんあるのですが、地方の人をお客さんにしようと思わなかったら、しがらみはあまりないのです。

 しがらみがないほうが面白いことができるのであれば、できるだけ本社から遠いほうがいいのです。一番物が集まっているところから遠くにいるほうが自由なことがしやすいというのは歴史が証明しています。

ですから地方から世界に向けての面白い組織をつくりたいというのが2つ目です。

倉重:いいですね。3つ目は何でしょうか。

碇:3つ目は、私は研究者なので、新しいイノベーションを生み出す組織の在り方を、理論として世界に出したいと思っています。

会社のメンバーの1人は、ケンブリッジでデザインマネジメントの博士号を取って来ました。また、研究パートナーには、オックスフォード大学の教員で、デザインイノベーションの研究を工学領域で行っているメンバーです。

彼らと一緒に、全く新しいイノベーションの生み出し方のプロセスの理論を作りたいと思っています。

そのヒントは日本にあると思っています。例えばマツダのロードスターや、日産のシーマを生み出す時に、感性エンジニアリングという人間工学の理論を使いました。この理論は最近の日本ではあまり注目されていませんが、世界では未だに注目を集めています。この理論を作った長町教授と一緒にプロジェクトをしていると、まず開発チームの組織体制と権限を持っているかを非常に重要視されます。組織作りとリーダーシップが、イノベーションを生み出す工学的アプローチの前提だというのです。

 1970年代、80年代に日本が「Japan as No.1」と言われていたころのイノベーションの仕組みは、研究すると今でも通用するところがたくさんあります。

この前スタンフォード大学 d.school のバリー・カッツ教授と話していた時にも、彼がデザインマネジメントで言っているプロセスがどれだけ重要なのかと聞いたら「あのようなものは論文用で書いているから、要らない」と言われました。

 なぜかというと、実際の現場ではプロセスどおりに進むわけがありません。それをやる時に一番大事なものは組織づくりなのです。

デザインマネジメントでまず取り組むべきなのは、組織づくりとチームビルディングとリーダーシップだと言っていました。組織やチームができていないと、どれだけ素晴らしいマネジメント手法も機能しません。実はHRの研究者がこの分野で活躍できることは、すごく多いのではないかと思います。

倉重:まさに、HRのど真ん中ではないですか。

碇:スタンフォードにしろ、日本の昔のものにしろ、結局評価されていて世界的に広まった学術理論を作った人が、「組織のチームビルディング、リーダーシップが肝だった」といっています。そこをきちんと作り直せば、日本から世界に向けての新しい学術理論ができそうだと思って動いている感じです。今は協力企業を探しています。

倉重:ご協力いただける方は、ぜひご連絡ください。

(つづく)

対談協力:碇 邦生(いかり くにお)

大分大学経済学部講師 合同会社ATDI代表 

2006年立命館アジア太平洋大学を卒業後、民間企業を経て神戸大学大学院経営学研究科へ進学し、ビジネスにおけるアイデア創出に関する研究を日本とインドネシアにて行う。

15年からリクルートワークス研究所で主に採用と人事制度の実態調査を中心とした研究プロジェクトに従事。

17年から大分大学経済学部経営システム学科で人的資源管理論の講師を務める。

22年に経営学の知見を社会実装することを目的として合同会社ATDIを創業し、教職に就く傍ら、大学発シンクタンクの代表も務める。

現在は、新規事業開発や組織変革をけん引するリーダーの行動特性や認知能力の測定と能力開発を主なテーマとして研究している。

また、起業家精神育成を軸としたコミュニティを学内だけではなく、学外でも展開している。日経新聞電子版COMEMOのキーオピニオンリーダー。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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