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中小企業の採用は「一本釣り」が狙い目【碇邦生×倉重公太朗2/4】

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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中小企業にとって、新卒採用で一定数の母集団を集めるのは大変なことです。しかし碇先生は、「中小・ベンチャー企業のほうが、採用で大企業に勝てる」と言います。彼の話の中には、規模の小さな会社ならではの採用活動のヒントが散りばめられていました。

<ポイント>

・中小・ベンチャーの採用活動はコミュニティーに出向いていく

・ベンチャーの広報の仕事の90%は、自社の社長をタレント化していくこと

・採用の広報の基本は、「リアリスティック・ジョブ・プレビュー」

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■独自の人事制度を作るには

倉重:雇用主としていいとアピールするためには、賞をとる以外に何かありますか。

碇:あとは自社独自の人事制度を作ることです。これは、本田宗一郎の片腕だった藤沢武夫さんは「人事制度は絶対まねしてはいけません」とおっしゃっていました。

 なぜかというと、「人事制度は自社が一番欲しい人を採るために、最適なものを作るべきだ」と言い続けてきたのです。彼がトップだったころは、「うちは他と同じことをしない」とずっとおっしゃっていました。

どうしても人事制度は、似たり寄ったりになりやすいので、そこの誘惑とどう戦うのか。あとは法律の制限があるので、同じにしないといけないところもあります。同じにすべきところと個性を出すところのバランスが大切です。

倉重:ツイッターなどを見ていても、「福利厚生で漫画の購入費用を出します」「ジムに通う代金を出します」とアピールしている会社も見かけます。

碇:アメリカのシリコンバレーでも、最初に手を付けたのはそこです。ゲームルームを作ったり、お昼寝ブースを作ったり、福利厚生の充実から始めていく会社さんは多いです。

 ただ、そこで終わるとプロ野球選手の年俸のように、「うちのほうがいい」と条件を上げていく合戦になるのです。

そうすると、コストがガンガン上がってくるので企業としてはきつくなります。アメリカでも「これ以上人件費を上げたり、労働条件を上げたりするゲームは意味がないから、誰かがやめると言わなきゃいけない」と、言い始めているところです。

倉重:マネーゲームになってしまいます。

碇:完全にマネーゲームです。コロナ前にアメリカに行った時に話したのですが、ツイッターでもそのゲームはやっていけません。

倉重:ツイッターがきつかったら、どこが勝っているのでしょうか。何社かしかなさそうです。

碇:ルールを無視しているのは、Netflixだと言っていました。やはりそこは、Googleの倍ぐらい払うらしいです。平均給与が確か4,000万ぐらい。あそこは恐ろしいことになっているらしいです。

倉重:ベンチャーなどの小さいところは、非金銭報酬の部分でいかに頑張るかという感じですか。

碇:そこに挑戦していたのは、ザッポスやリカルド・セムラーもそうですが、ちょっと前に日本でもはやった「ティール組織」です。

 「働くことを仕事ではなく遊びにしましょう」というものです。会社のミッションやパーパスに従うのであれば何をしてもいい。「ここは皆さんが自己実現する場であって、仕事をする場でもないし、お金を稼ぐ場でもない」という形で、働く人に魅力を付けていく会社さんは増えてきているのかと思います。

リカルド・セムラーは、ブラジルのコングロマリットなので従業員人数も数千人単位でいます。基本的には社員にプロジェクトや仕事を立案させ、人を集めて、好きなものを作らせます、

倉重:プロジェクトの人たちに、採用なども任せているのですか。

碇:「プロジェクトをやりたい」と言って採用された人が、その会社の子会社の社長になったりします。

倉重:裁量を持たせて、責任を取る権限も持たせるのですか。

碇:日本ではIT会社で、掲示板サービスを主にしているミクルさんという会社が同じような取り組みをしています。ミクルの福井社長が、セムラーのことは全く知らず同じことを思いついたらしく、同社をつくる時に、「仕事は自分で作ろう」と言いました。同社は「家族を幸せにする会社」をビジョンに抱えて、入るメンバーは「パートナーがいない人は不採用」、「2日働いたら必ず次の日は休む」、「オフィスは持たない」、「スケジュールにはまず家族の予定を入れる」、「会議はしない」、「自分の部下は自分が連れてこなくてはならない」などのユニークな経営で、十数年その事業形態を続けています。

倉重:本当ですか。それはどのような人がマッチするのでしょうか。

碇:やはりアイデアがどんどん出てくることが大事なので、アイデアマンが欲しいそうです。彼は「ひらめき財団」というアイデアをどのようにして出すのかというシンクタンクも立ち上げています。

 彼自身も新しい会社をつくりたいと思い、靴ひもを留めるアイテム「ソレナー靴ひもクリップ」を自分で作ってみたら結構ヒットして、WBSのトレたまにもピックアップされていました。

 アイデアがあふれてきている会社さんには、それをやりたくてたまらない人たちが集まってくるのです。

彼のミクルでの成功の始まりは、「マンションを買う時に信頼できる情報がネット上に全然ない」という気づきでした。きちんとした口コミで、マンションを買ったことがある人同士のコミュニケーションが取れる情報交換掲示板を作ったのが最初です。

倉重:確かにニーズに沿っています。

碇:そのようにして、お客さんが欲しいものを立てるという企画力が、掲示板の命になります。このような掲示板で次々と企画を立てていくと、小さな事業がたくさんできます。入ってきた人たち全員、決められた仕事がないので自分で自由に作って、それが拡大していく感じです。

■中小・ベンチャー企業の採用は基本的に「一本釣り」

倉重:大きな企業とは別に、中小やベンチャー企業で「どのように採用をやろうか」と考えている人たちに、どうアドバイスをしますか。

碇:中小、ベンチャーのほうが、実は大企業よりも勝てると思っています。大企業は数を採らないといけないので、旧態依然とした採用システムから抜けることは難しいのです。

 ベンチャーは急拡大しているといっても、1年間で200人も300人も採ることはなく、多くても100人程度です。候補者のコミュニティーに行けば引っ張ってこられるわけです。

極論を言うと全部コミュニティー型で、一本釣りでもいいのではないでしょうか。

倉重:きちんと相手のことを長期間見た上で、価値観も知る必要があるということですか?

碇:というよりは、そのコミュニティーに入っていくのです。エンジニアが欲しいと思ったら、自分たちが採用できるところに行きます。地理的に大分県であれば、西日本ならカバーできます。

 西日本の各都道府県で、プログラミングが好きな趣味の人たちが集まれるプログラミング大会を3~4社ぐらい集まって開けばいいのです。

その大会でグランプリを取ったり、目立ったりした子たちを覚えておいて、「よかったらうちに来ませんか。今どのような仕事をしているのですか。官公庁のデータサーバーを作っているのですか。それよりももっとクリエイティブなことをしたくないですか?」と、引っ張ってくることができます。

あとは社長をいかにしてタレント化していくか。ベンチャーの広報の最重要ミッションは、自社の社長をタレント化していくことです。

倉重:社長がカリスマっぽくなれば、すごく採用しやすいでしょう。

碇:面白いと思ったのは、「夢を語れ」というラーメン屋さんが東京にもありますが、今、佐賀県鳥栖に創業者がいて店をしています。なぜ鳥栖にいるかというと、彼はラーメン屋を辞めてアプリ開発をしたいと考えているのです。

 夢を語る「DREAMSPARK」というアプリを開発したくてメンバーを集めています。なので、夢を集めてくるのが得意な人が欲しいのです。それを発信していたら、西宮の有名な予備校の名物講師が大ハマリして福岡に移住してきました。予備校講師のキャリアで稼いでいたのに、全部捨てて今はアプリ開発のリーダーをしています。

それほど能力が高い人であっても、社長に魅力があって夢を語っていると来てくれるのです。

倉重:社長がYouTube、インスタ、ツイッターで思いを語ることは、お金をかけずにできますし、それに共感した人を採用するのであれば話が早いです。その思いがあるのか、社長に問われます。

碇:それ以降は広報の仕事です。人事でもいいのです。特に人事の採用は広報マンでもあるので、自分の会社がどれだけ魅力的かと社内外に発信します。

倉重:そのようなことを理解している人は、どれだけいるでしょうか。

碇:個別に見ると、たくさんいます。

 先ほど言った三幸製菓さんなども、新潟の食品会社でいながらすごくブランドが立っていて、たくさんの人が来ます。あとは関西の東海バネさん、あとはタマノイ酢です。

 タマノイ酢は、商品開発が非常に面白くて若手に任せるので、食品関係のエンジニアで、商品開発をしたい子に人気がある会社なのです。

倉重:それはある程度任せると、発信しているのですか。

碇:発信しています。だからその業界では有名です。バイオ系の学生、発酵系の学生でタマノイ酢に入りたい学生は多いです。

倉重:きれいごとだけではなく、どう働いているか本当の中身を伝えるのですね。

碇:もちろん中身がないのに、発信だけしても駄目なので、まずは中身がきちんとあることが前提です。

倉重:採用広報的なものを見ると、きれいごとっぽいだけのものが多いではないですか。

碇:多いです。これは完全に逆効果です。採用の広報の基本は、「リアリスティック・ジョブ・プレビュー」です。これは「現実にある労働条件、労働環境、働き方のネガティブなこと、ポジティブなこと全部つまびらかに公開する」ということです。

倉重:つらいところも含めてですか?

碇:入った後にがっかりするというのが、一番駄目でやる気を失ってしまいます。ネットにも悪いことを書かれるので、会社の評判は傷つくし、次の応募者は来ません。それどころかお客さんも「あの会社はひどい会社だ」と見るわけで、いいことはゼロです。

倉重:本当です。だまして入れても、何の意味もないのです。

碇:例えば不動産会社でも「うちに来ると休みなどはありません。労基署に怒られないギリギリのラインで頑張っていますが、3年間頑張ったら1、2億円を個人で稼げるようなプレーヤーで、独立している人間がゴロゴロいます。だから20代で1億円を稼ぎたかったら、うちに来てください」と言えばその人間は来るわけです。

倉重:それは夢があります。

碇:だまして連れてくると駄目なので、つらいことを言いつつ、それよりも多くのメリットがあることを伝えます。従業員価値提案、「エンプロイー・バリュー・プロポジション」というのですが、「うちの会社に来てこの仕事をすると、直近数年間でこのような経験ができて、このようなメリットを得ることができます」と書きます。その時にはネガティブなことがないと、嘘に見えます。楽しいことだけで成功する人は、存在しません。

倉重:それをきちんとしておけば、入った後に「このようなはずではなかった」ということも起こらないのですね。

碇:がっかりするのがよくいうリアリティショックで、入る時の期待と入った後の期待が違っている例です。

 もっとよくあるのは、「自社の社員はすごいのだ」と言い過ぎてしまい、入った後に一緒に働く人たちが緩くて拍子抜けしてしまうというケースです。特に、最近ではテレワークが増えていて、拍子抜けする新入社員が多いと聞きます。会社で直接会うことがなく、リモートでしか仕事をしていないとなると、上司が部下にどのように仕事を振ったらいいのか分かりません。

 ただでさえ仕事を振るのが大変で、何やらせていいか分からない新入社員たちがテレワークしていると、マネジメントの難易度が跳ね上がります。

その結果、彼らに振る仕事がないので放置されてしまうのです。すごく初歩的で誰でもできることしか任せなくなってしまうので、アルバイトと同じような運用になっています。

やりがいもないし、苦しいことがないので成長もせず、いざ大変な仕事をする時に「なぜこの人はトレーニングを受けていないのだろう?」ということになってしまいます。

倉重:上司もリモートでの仕事の振り方を分かっていないのですね。

碇:コロナで今ちょうど3年目になりました。本来であれば3年目で一人前になってきたころですが、1年目、2年目、3年目の人たちが同じような感じに見えます。

倉重:今まで何をやっていたのだと。それではせっかくがんばって採用した人が「辞めたい」となってしまいます。

■内定辞退はどのようにして防ぐのか

倉重:2つ目のテーマに入ります。「辞めたい」と言う人は試用期間が終わるか、終わらないぐらいのところで、結構増えてくるのではないかと思いますが、この者への対応はまたあるわけですか。

碇:「辞めたい」という人を防ぐには、入社前からモチベーションを高めていくことが大切です。しかし、企業の採用の人たちは、入社までの間に「うちの会社で働いていたらワクワクする」「モチベーションが上がる」という仕事への動機付けを意識しているケースをほとんどみかけません。

内定辞退されないためにはいろいろことをしています。1つはチヤホヤすること。内定者を表参道にある有名なイタリアンなどに連れて行きます。バブルのころだと、ディズニーランドを貸し切ったりして、チヤホヤしていました。それは別に仕事に対するワクワク感ではなく、お客さんとして楽しいところしか与えていません。

もう1つは、今「オワハラ」と言われていますが、プレッシャーを与えて会社のことしか考えないように仕向けます。大学があるにもかかわらず、課題をみっちり入れてしまって、自分の会社のことしか考えられないようにすることです。そのために卒業論文が書けない学生もたくさんいます。会社の課題が多過ぎて、卒業論文などはやっていられないという学生は、結構います。

倉重:そこまでして、何か良いことがあるのでしょうか。

碇:当然入る時には学生はやる気がなくなるわけです。「この会社に入って良かったのかな?」と不安になることは多々あります。

「入社前に何をしていますか」という実態調査はたくさんあるのですが、それによって入社している時のモチベーションが高い状態になっているのかという因果関係モデルは、誰も学術的にもやっていないですし、実務的にも調査されていません。

倉重:仮説の段階ですか。

碇:各社で「こうだろう」と思っていることをしています。検証もされていないので合っているかもしれませんが、間違っているかもしれません。

 特に日本の新卒採用は特殊です。内定を出してから実際に入社するまでに半年近くあります。この問題に対して世界はどうしているかといったら、内定を出したら直ぐに働かせます。日本以外だと在学中に内定を出すことはあまりせず、出したとしてもインターンシップからなのです。

倉重:青田買い的なことはあまりないのですか?

碇:あるといえば、あります。すごく優秀で、インターンシップで「うちに来て」というのはありますが、ほとんどはそうなりません。大体2~3社インターンシップを繰り返しています。

倉重:日本の場合にも内定出した後にバイトさせるというのがあります。でも、あまりやり過ぎると学生生活との両立に支障がありますね。どうしたらいいのでしょう?

碇:日本企業がしなければいけないのは、長期のインターンシップで働かせることです。

倉重:それは内定後ですか。

碇:内定前でも後でもいいのですが、内定後でも無給インターンでもいいと思うのです。例えばキャンプ用品屋さんであれば「好きなキャンプ用品を使って内定者同士でチームを組んで、YouTubeをやってください」ということです。

倉重:それは楽しみながらできそうですね。

碇:なおかつ、新卒で今入ると結構な確率で現場に行かされて「若いのだからデジタルマーケを担当して」と言われることが多いのです。ツイッター担当などはそうです。

今うちの学生も、企業のYouTubeをやっている子たちがいます。

倉重:それは内定していますか?

碇:内定ではなく、アルバイトとしてやっています。クリエイティブ関係の志望者で、学業もしっかり両立できていて、週1回YouTubeをあげています。彼らに「大変?」と聞いても、「10分ぐらいの動画だったら大丈夫」と言いますし、チームを組んでしています。

倉重:学生生活と両立できる範囲で、かつ、楽しみながらできるようなものですね。

碇:自社の仕事のイメージができます。会社に入った後にも、何かそこで生かせるようなスキルができるところがいいと思います。テクノロジーを使うと、結構いろいろなことができます。

倉重:確かにそうです。単純作業だけをさせていたら嫌になってしまいます

碇:「eラーニングで勉強して」というのが多いです。

倉重:これは、頭の痛い人事の人もいるのではないですか(笑)。やらせがちです。大学で授業を聞いているのに、なぜまた授業を聞かなければいけないのかとなります。

碇:あとは全国に営業所があるのなら、住んでいるところの近くで定期的にかばん持ちをさせるというのもあります。受付に座ってもらって現場を見ながらワクワクさせます。

倉重:確かにどのような流れか分かります。1日ぐらいならいいだろうという話だし、それでイメージが湧けばいいと思います。あまりにも違ったら辞めてもいいですし。

碇:先ほど言ったリアリスティック・ジョブ・プレビューの話です。

倉重:入社後に分かるよりは、内定時点で分かったほうがお互いに損しないと思います。今日お話を聞いていて、数字で追っていっては駄目だと思いました。「何人採らなければいけない」「内定辞退率は何%に抑えなければいけない」と決めて無理をするとお互いに不幸になります。

(つづく)

対談協力:碇 邦生(いかり くにお)

大分大学経済学部講師 合同会社ATDI代表 

2006年立命館アジア太平洋大学を卒業後、民間企業を経て神戸大学大学院経営学研究科へ進学し、ビジネスにおけるアイデア創出に関する研究を日本とインドネシアにて行う。

15年からリクルートワークス研究所で主に採用と人事制度の実態調査を中心とした研究プロジェクトに従事。

17年から大分大学経済学部経営システム学科で人的資源管理論の講師を務める。

22年に経営学の知見を社会実装することを目的として合同会社ATDIを創業し、教職に就く傍ら、大学発シンクタンクの代表も務める。

現在は、新規事業開発や組織変革をけん引するリーダーの行動特性や認知能力の測定と能力開発を主なテーマとして研究している。

また、起業家精神育成を軸としたコミュニティを学内だけではなく、学外でも展開している。日経新聞電子版COMEMOのキーオピニオンリーダー。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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