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サイバーエージェント人事責任者に聞く若手育成のヒント(前編)

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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「最近の若手は受け身で、マネジャーをやりたがる人がいない」「リーダー候補が不足している」とお悩みの会社は多いと思います。時間をかけて若手社員を教育しても、うまく育たなかったり、辞めてしまったりすることもあるでしょう。どの企業も悩む「若手が育たない問題」にどう対処すればいいのでしょうか? 若手社員を次々と重要なポストに抜擢しているサイバーエージェントのCHO、曽山哲人さんをお招きし、若手育成のヒントを伺いました。

<ポイント>

・サイバーエージェント流の育成は、どの企業でも真似できるのか?

・若手育成の基本は自信を持たせること

・オンラインでも新人の育成はできるのか?

・「働かないおじさん」も抜擢で変わるのか?

・部下に任せたいけど心配なときは「報連相」のタイミングを先に握る

・仲間からのフィードバックで成長を促す「グロースファインダー」とは?

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■サイバーエージェントの人材育成の教科書は?

倉重:今回は、2回目の登場ということで、サイバーエージェント人事役員の曽山さんにお越しいただきました。よろしくお願いします。

曽山:サイバーエージェントの曽山といいます。百貨店の伊勢丹に新卒で入りまして、紳士服部門配属とともにeコマースを手伝ったらすごく売れたのです。それで、「ネットが面白い」と思って当時20名ぐらいのサイバーエージェントに転職をしました。6年間のインターネット広告の法人営業を経て、2005年から人事を担当しています。社員20人の時に入って6,000名の会社に成長していく過程での混乱も見ています。

倉重:曽山さんが運営するYouTubeチャンネルの登録者は1万人を超えていて、人事系では一番人数が多いチャンネルではないかと思いますし、本も出版されています。今回は最近出された『若手育成の教科書』のエッセンスや、本に書き切れなかったことも含めてお伺いできればと思います。

若手育成はどの企業でも悩んでいることです。「うまくいっているのはサイバーエージェントだからでは?」と思う人がいるかもしれません。サイバーエージェント流の育成は、どの企業でもできることですか?

曽山:そのまま真似するのは無理だと思います。反対にサイバーエージェントで他の会社の育成方法を真似してほしいと言われても無理です。元々の事業戦略が違うし、いる人も違うので、丸々同じものを適用できるわけがないというのが前提です。

 ただし、概念化や理論化をすれば、サイバーエージェントが行っているのは、他の会社から学んだことなのです。例えば日本企業で言えばリクルートやソニー、グローバルカンパニーであればP&GやGEなどなど。それらの考え方を基にサイバーエージェントの戦略と人に合わせた教育をしているのです。僕は「考え方を真似する」というのを意識しています。

倉重:今回はまさに、この本に書いてある仕組みをどのように学んだのかを聞こうと思っています。

曽山:一番大きいのは経営方針です。例えばサイバーエージェントはインターネットという比較的新しい産業を軸にしているので、若い人だろうが、経験ある40代50代だろうがスタートラインは一緒なのです。

例えば私は47歳なので、ビジネス経験は20年以上ありますが、最近の新しい分野の答えを持っているわけではありません。だとしたら、若い人に任せたほうがやる気や体力、やり抜く気合いも違います。僕ら世代も頑張りますけれども、打率で考えると若手のほうが経済合理性は高いのです。

倉重:確かに。勉強するスピードも違うでしょうしね。

曽山:失敗したときのマイナス幅も若手のほうが少なくて済みます。もしキャリアがまだ1年目か2年目だったら、失敗しても財産になります。ですが、経営幹部が新規事業だけに時間を割いてしまって失敗したら、会社にとってはマイナスが大きくなります。

■若手の7~8割は何をやりたいのか決まっていない

倉重:『若手育成の教科書』には「一番大事なのは自信を持たせることだ」と書いてあります。どういうところからその考えに至ったのですか?

曽山:例えばサイバーエージェントに入ってくる新入社員が100人いたとします。全員が入社時に手を挙げて「これをやりたいです」と主張してくるわけではありません。確かに1~2割ぐらいはそういう人材がいます。意欲があって、「こんな未来をつくりたい」と思っているリーダーシップがあるタイプ、または未来のビジョンを掲げて大きなことを言うタイプです。けれども、若手の7~8割は何がやりたいのか決まっていません。私もそうでしたし、それで全く問題ないのです。「ネット業界が面白そうだから、チャレンジしてみたい」という思いをもって入社してくれています。

倉重:最初はそんなものですよね。

曽山:ほとんどの大学生はそうです。こういうタイプの社員は他のさまざまな会社にもいると思います。その人たちに対して何をするのかというと、同期の中でがんばっている若手の抜擢をするのです。「やりたい」と手をあげたら1年目2年目に抜擢することもあります。最初はうまくいく事例もあれば、失敗する事例もあります。毎年脈々と続けていると成功事例が増えるわけです。2~3年もたってくると7~8割の普通と思っていた人たちが、「あれ? もしかしたら自分もできるかもしれない」と思えるようになります。

倉重:実例を見ていますからね。

曽山:くわえて普段の仕事でも、例えば営業でも企画でも、なるべく大きな仕事を渡します。できるようになると自信がつきますよね。別に起業のことを考えていなかったとしても、新規事業に携わっている同期がいたら、「自分もやろうと思えばできるかもしれない」と思います。そうすると「自分もやりたい」と思ったときに手を挙げやすくなるのです。足元の小さな業務で成功体験を積み重ねてあげて、「もっとできるのでは?」と期待をかけてあげると、「できるかも」と思いますよね。それが自信をつけていく上で大事だと思います。

■新人教育はオンラインでも問題ないのか?

倉重:なるほど。特に今はコロナでまん延防止の影響もあり、出社の機会が減っていると思います。特に1年目の育成はオンラインでは難しくないですか?

曽山:極めて難しいです。基本的にはリアルをきちんと活用します。リクルートの創業者の一人である大沢武志さんという方が書いた『心理学的経営』という本があります。この本に社会人になったり転職をしたりするとときには「3つの適応が必要である」と書かれています。

 1つが「職務の適応」。これは仕事、ジョブに対する適応ですよね。2つ目が「職場への適応」。人間関係やオフィスを含めての適応です。そして3つ目が「価値適応」。自分の価値観と他の価値観を交わらせる適応です。この3つの適応をしないと基本的に人は職場に溶け込めないということでした。

これがリモートだけでできるのかというと、極めて難しいです。できないとは言いませんが、リアルのほうがやりやすいのは間違いありません。なぜそう思うかというと1年目から「出社したい」という声があがっているからです。もちろん「リモートのほうがいい」という人もいますが、若年層になればなるほど、「出社したい」という声は圧倒的に多くなります。

オフィスといういつでも声を掛けられる雰囲気の中で自分が主体的に動きたいという声もありますし、何より情報が入らないことを不安視しています。

倉重:家に1人だとなかなか情報は入らないですね。

曽山:私は「受け身の情報」と言っているのですが、例えば5~6人で1つの座席の島があるとしたら、「エースのヤマダさんは午前中に電話をしまくっているな」「企画をバンバン出しているな」ということが見えますよね。先輩同士の会話でも、怒られたり褒められたりしている内容がわかります。この受け身の情報がオンラインだとゼロに近い。そこの情報が入らないがゆえに任された役割しかやらなくなるので、当然ですが孤独になります。

倉重:そう思っている人は会社を問わず凄く多いですね。

曽山:精神的にも職場適応がすごく苦手で、難しくなるということもあります。受け身の情報が入らないと仕事のノウハウも入手できないので職務の適応もできません。そうすると3つ目の価値適応もすごく時間がかかります。リアルでは受け身の情報が入ってくることが最もオンラインと違う点になります。

■経験の浅い社員を抜擢するメリット

倉重:それを前提として、本にあるとおり、若手育成のためのプロセス、「抜擢」「決断」「失敗」「学習」をしていく「自走サイクル」について聞いていきたいと思います。

抜擢という言葉だけ聞くと、「1年目の人にそんなプロジェクトができるのか」と思う人もいるかもしれません。どのようなことを任せるのですか?

曽山:私自身の抜擢された経験としては、社会人2年目の4月にサイバーエージェントに入社したのですが、1年目の8月にはマネジャーを任せてもらいました。入社時は20人くらいの会社でしたが、人数がどんどん増えていたので、誰かが中間管理職にならないといけませんでした。当時3人ぐらいの部下を任せてもらったのですが、そのときプレイヤーとマネジメントが全然違うことが体で分かったのです。本をいくら読んでも、勉強にはなりますが実践しないと身につきません。抜擢してもらったおかげで、足りないことを認識して学習し、成長できました。

倉重:最初は曽山さんも失敗したのですね。

曽山:何度も失敗しました。具体的には3人の部下のうち、1人はスーパーエースですごく相性がよかったのです。言えば全部やってくれて結果も出ました。もう1人は言うことを聞いてくれなくて、結果も全然出なかった。当時、サイバーの中に2人怖いマネジャーがいると知られていたのですが、その1人が僕でした。

倉重:全然想像がつきませんね。あんなに爽やかにYouTubeをしているのに。

曽山:昔は本当にひどかったので、怒られたことが何回もあります。そしてひとつの転機がありました。言うことを聞いてくれていなかったメンバーが、隣の部署に異動した翌月に全社MVPをとったのです。

倉重:曽山さんの元を離れたとたんに活躍したのですね。

曽山:そうです。すごくショックで、一隣の部署のマネジャーに話を聞きに行きました。「何をしたんですか」と聞いたら、「いやいや、何もしていない。やりたいようにやらせただけだ」と言われました。この答えにものすごくパンチを食らったのです。それまでは指示命令型で、「俺の言うことを聞いていれば大丈夫だからこうやってくれ」と言っていた。真逆のスタイルを見せつけられたのです。

倉重:マイクロマネジメントですね。

曽山:スーパーマイクロマネジメントでした。異動した彼はのびのびと仕事したら全力が出たのです。いい意味でショックを受けて、自分のマネジメントスタイルを根底で否定しなければ駄目だということに気づきました。これは早く抜擢されたからこそ早く気づけました。その体験がなければよくて本で読むだけでしょう。

倉重:そこに気付いてよく変えられましたね。

曽山:なにせ前の部下が異動してすぐに業績を上げましたから、大きなショックを受けました。今までのやり方は本当によくないと気づいたのです。でも、マネジメントスタイルを変えるのは難しくて、結局3年から4年かかりました。反省はしていたのですが、なかなか詰めマネジメントを変えられなかったのです。

倉重:自分を変えるのは本当に難しいですよね。

曽山:ただ、その3年間で褒めることも学びました。褒めてくれるけれども理詰めが怖い上司です。あまりに僕の詰めがひどいと思ったのでしょう。人事から「曽山さん、コーチングの研修があるのですが、1泊2日で受けに行きますか?」と声をかけられました。

 その2日のコーチング研修に行ったことで、僕のマネジメントスタイルは大きく変わったのです。何が学びだったかというと、「答えは上司の中にはない」ということです。「答えは本人の中にある。だから聞かなければ駄目だ」ということをコーチングの研修で学びました。

倉重:1人でしゃべっていてもしょうがないと。

曽山:それまで、ざっくり言うと9割5分ぐらい僕がしゃべっていました。あまりに詰めた後で「何か言いたいことはある?」と聞くので、相手は萎縮してしまって何も言えません。本当に良くなかったと反省しています。

倉重:今とは全然違いますね。

曽山:メンバーにコーチングを使って質問をするようになってからは、「曽山さん、何か気持ちが悪いです」と言われるようになりました。でも、みんな顔が笑っているし、意見を言ってくれるようになったのです。これはすごくいいと思いました。そしてそこから業績も大きく伸びるようになったのです。「どう?」と聞いて、本人に意見を言わせてから動いてもらうと、みんなが責任をもって行動することが分かりました。

倉重:当事者意識を持つのですね。

曽山:みんな自分が言ったことは守ります。それがすごく大事です。

倉重:自ら失敗して、学習するというプロセスを回したのですね。話を戻しますと、1年目や2年目の若い人をどうやって抜擢するのですか?

曽山:例えば自分が営業のマネジャーだった場合、強化したいことがありますよね。「競合情報を調べる」「担当クライアントの情報や決算情報をまとめる」等いろいろあると思います。やりたいけれどもやれていないことを書き出して、メンバーに丸々「よろしくね」と言って渡すのが一番効果的です。書き出したことはやりたいことであり、業績につながることが分かっています。

ベストなのは、「チームでどのようなことを強化しなければいけないか」をみんなで出し合えることです。マネジャーの視点も伝わりますし、メンバーの目線も分かります。やることのリストを作ったら責任者を決めていきます。これを「責任者宣言」と呼んでいるのですが、何がやりたいか手をあげてもらいます。その上で、責任者は自分がすべき項目や、何がやりたいのかを発表します。自分が言ったことなのでやる気も出ますし、組織にコミットしてくれるので一番お勧めです。

倉重:やはり自分で言わせて、責任者にしないと意味がないのでしょうか。

曽山:必ずしも「責任者」という言葉を使う必要はありませんが、「自分が最終意思決定者である」「自分が動くとチームのためになる」という意味付けはできます。単なる作業を渡されても、やりたくないですよね。「意味のない作業は嫌だ」と誰もが思うはずです。意味付けするために、「責任者」という言葉を付けたほうが分かりやすいのです。

■抜擢は早めにしたほうがいい理由

倉重:抜擢は入社後、何年目の人にでもやるのですか。

曽山:早いうちからできるに越したことはありません。

倉重:若い人には早めにしたほうがいいかもしれませんが、中途で入ってくる人はどうですか?

曽山:中途のメンバーでも抜擢します。例えば20人の部署に中途のメンバーが5人来たとします。その5人の誰かに「中途メンバーでのコミュニティーをつくって盛り上げるのをよろしく」という形で責任者を任せたりすることがあります。

倉重:早めにやっておいたほうが会社になじむ機会も多いですよね。

曽山:基本的に期待されたら悪い気はしないのが人間の根本なので。仕事を押し付けられたら嫌ですけれども、「君はこういう才能があるはずだからぜひやってほしい」と言われたら悪い気はしないだろうと考えています。中途社員こそ、会社の溶け込みという点で言えば抜擢していったほうがいいです。

倉重:なるほど。今の日本企業では、「働かないおじさん」が話題になったりします。やる気がないというか、いまいち積極性がない人もあえて抜擢するのですか?

曽山:働かないおじさん問題も、根本でやる気がない人もいるかもしれないですけれども、ずっと期待をされてこなかったので、ざっくり言うとすねている状態だと思います。

倉重:今さら「やる気を出せ」と言われても無理だよと。

曽山:その場合はきちんと対話して、どういうことを本人がやりたいと思っているのか、なかなか言わないかもしれないけれども聞き出します。その上で「あなたにはこれを期待している」と明確に伝えて、「会社のため、チームのために力を貸してほしい」と言ってあげたら、「そんなに言うならやってやるよ」という感じになるわけです。

倉重:心を解きほぐすところから入るのですか。やはり第一優先は本人の意思ということですね。

曽山:本人の意思は大事です。例えば曽山のチームに10人いるとします。メンバーを見て、「彼らの才能は100%中、何%生かせているだろうか」ということをいつも意識しています。

倉重:潜在能力ということですか。

曽山:仮に全員10%の力しか出せていなかったら、とてももったいないじゃないですか。全員の才能をあと90%発揮できたら業績が上がるわけです。「新しい人を1人採用するより、今いる人のポテンシャルを引き出したほうが、時間もコストも費用対効果が良い」というのが抜擢の考え方です。

 この景況感で採用が難しくなっている今、社内の人の才能を生かすほうがゼロから採用するよりコストパフォーマンスが高いと思います。

倉重:確かにそうですね。ただ、「この人は才能がありそうだ」「まだまだポテシャルが発揮できていないぞ」というのはどうやって判断するのですか?

曽山:感覚的なものです。「彼の才能は100%中何%だろう。まだ余力がありそうだよな」という感じで見ています。ほとんど「100 %出せている」なんて僕は言えません。本当にいい意味で仕事に夢中になっていて、結果も出ている人が自分の部署に何人いるかと考えると「いやいや、10人中10人とは言えないな」というのが僕の感覚です。

■流動性の高いサイバーエージェントの社内転職制度

倉重:今サイバーエージェントさんでは、部署や配属、担当の仕事は自分で手を挙げて決めるのですか。それともある程度配置転換で決まるのですか?

曽山:基本的には本人意思が優先されます。社内転職の制度もあって、自分で手を挙げて異動することも実現できています。例えばキャリアチャレンジ制度では、年に2回求人がある部署から写真付きの求人票が公開されます。毎半期200から300職種ぐらい出るのです。メンバーの雰囲気やどのような想いで仕事をしているのかを自分で見てエントリーできます。

倉重:かなりジョブ型っぽい感じの運用ですね。

曽山:ジョブ型とメンバーシップ型、両方の要素があります。年間で100人ぐらいの応募があって7割ぐらいは異動できているので、自分の意思表明で異動ができるタイミングは毎年あります。

倉重:基本的に自分が希望したところに行っているのですか。

曽山:そうです。僕らは毎月全社員にコンディションを聞く、「GEPPO(ゲッポウ)」と呼ばれるアンケートを実施しています。「あなたの今のコンディションは晴れ、くもり、雨のうちどれですか?」と、5分程度で回答が終わるような質問を毎月聞いています。ここで半年から年に1回ぐらい、将来やりたい仕事やチャレンジしたいジャンル、業界を書いてもらっています。これが僕らのタレントデータベースになっているのです。例えば音楽関係で新しい事業を立ち上げることが決まった場合、音楽に関連するワードを検索すると候補者リストがすぐに作れます。

倉重:今仕事では関わりがなくても、「やりたい」と思っている人が分かるのですね。

曽山:候補者を若手から経験者まで出したら、新規事業の担当役員に見せて、「誰を抜擢しますか」と相談するのです。当然どこの部署からも引き抜きになるので役員会に持って行って、「新規事業をこのメンバーでやらせるつもりです。マイナス部署があるけれども全社的にはプラスだと思います」と言って決議を取ります。

倉重:なるほど。実はある分野がすごく好きだけど、仕事にできなかったという想いを抱えている人が社内にいるかもしれないですよね。

曽山:他にも「最先端のAIの分野をやりたいです」「DXをやりたいです」といった声が多数集まっています。

倉重:毎月アンケートを取ることが活かされているのですね。これは大事ですね。

曽山:本人意思を尊重します。もちろん会社の戦略上、「ここを増強するから異動してくれる候補はいないか」という辞令的な異動はありますけれども、定期的な異動はしていません。

■抜擢で穴が空いたポストはどうすべきか?

倉重:サイバーの管理職は、みんなそういう意識で抜擢できているのですか?

曽山:それこそ私が人事本部長になった時は、人を異動させるたびに揉めていました。社員を引き抜かれる側からしたら本当に大変ですよね。「曽山が独断で決めている」となると変な感じになるので、もめそうな案件は全部役員会決議を通すことにしました。担当役員が全員集まっている中で、「この人を引き抜くけれども、プラマイどうですか?」と質問します。僕がよく言っているのは、「プラス・プラスで考えましょう」ということです。「会社と個人がプラス・プラスだったら異動させましょう」とみんなの前で議論します。

では、異動させて穴が空いた部門をどうするのかというと、2つしかありません。1つはNo.2を引き上げることです。大体これで解決します。ほとんどの部署が、すごく不満を言いますけれども、大体No.2を引き上げると組織が回るケースが多いです。

倉重:そこでまた抜擢が発生するわけですね。

曽山:「No.2はまだ若すぎて無理だ」という場合は穴埋めをするための決議をもう一回役員会で取ります。穴埋めをすると決まったら、私の直下に社内ヘッドハンティングチームを置いているので、候補を全社で集めて役員会に持っていきます。これをずっと繰り返しているので社内の流動性が保たれているのです。

倉重:それも人事が勝手に決めているわけではなくて、本人の意思を優先していますし、データに基づいているので、かなり合理的ですね。

曽山: 1年間で大体6割の社員は何かしらの異動が起きています。隣の部署に異動というレベルのものもありますけれども、60%は年に1回は動いているという感じです。それが平均値なので、多い人によっては1年で2~3回動いている人もいます。

倉重:それはいいですね。抜擢プラス異動の仕組みと合わせてカルチャーができているという感じです。「決断経験が人を成長させる」というお話ですけれども、普通の会社で「任せる」と言ったとしても、結局上司の確認が必要で、決断できていないケースもあります。決断をさせるように持っていくためのコツはありますか?

曽山:僕は先ほど言ったとおり駄目駄目の詰め型マネジャーだったので、任せるねと言ったのに、すごく細かくマイクロマネジメントをしていました。「あれはどうだった?」「これはどうだった?」と頻繫に聞いていたので、相手も疲れてしまったという失敗経験があります。

 おっしゃるとおり、任せるのはすごく難しいですよね。「おまえにこれを任せる」と言ったけど、すごく気になるのが先輩や上司の感情だと思います。僕がいつもアドバイスしているのは、「報告・連絡・相談のホウレンソウのタイミングを先に握れ」ということです。

例えば「君にこれを任せるね。次、報告はいつぐらいにしてくれる?」というふうにのんきに聞きます。

倉重:堅い感じの言い方ではないのですね。

曽山:堅い感じで聞くと「これをやらなければ」という圧がかかるのでよくありません。気軽な感じで「どれぐらいで報告してくれるかな?」と聞くと、「では1カ月後に」と返ってきたりします。「ごめん、ちょっと私が状況を早めに知りたいから、2割ぐらいの状態でもいいから来週もらえる?」という形で依頼します。一回は相手に言わせることがポイントです。結果的には自分がしてほしいようにするのですが、最初は自分で決断させます。そこを切り分けて考えることが大事です。

倉重:この話はYouTubeでもありましたね。

曽山:たくさん見ていただいてありがとうございます。本当にみんな苦労しているので。任せ過ぎてトラブルになってから気付くか、任せないで細かくマネジメントして嫌がられるかの2極です。

倉重:「明日欲しい」という上司と「1カ月後でいいや」と思っている部下では、それは当然に事故りますよね。

曽山:決断自体ではなくて、報連相のタイミングを握るのです。決断を奪うと任せている意味がないので。これは後から自分に対して突っ込んで反省したことですが、マイクロマネジメントは「信用していない」というメッセージになることがあります。マイクロマネジメントをされると分かりますけれども、「本当に自分は信用されていない」と感じます。一方でマイクロマネジメントが必要な時もあります。トラブル時や超大型投資のときにどうしても必要であれば、先に「マイクロマネジメントをするから」と言ったほうがいいです。

倉重:緊急時は違った運用をすることを明確にするのですね。

曽山:「すごく重要だから、俺も責任を取るのでよろしくね」というような感じです。僕もサイバーエージェントの人事制度の中で「自分がフルコミットしてやるべきだな」と思うときには、「自分が旗振りをして細かく見るから」と伝えるようにしています。逆に任せるときの報告は頻度を少なめにする。順調に回ったら、定例自体をさらに減らすにするなど、報連相のタイミングをどんどん少なくしていきます。減らせば減らすほど任せられていると感じるので、マイクロマネンジメントと逆になるのです。

倉重:これも気付いたきっかけがあったのですか?

曽山:気づいたきっかけは、人事オリジナルのフィードバックをしあうワークショップです。成長材料を見つけるワークで、自分たちで「グロースファインダー」と名付けました。Zoomでもリアルでも良いのですが、例えば私のチームの5~6人がこの部屋に集まったとします。そしてまず私だけひとり、5分から10分ほど部屋を出ます。

 そして残った5~6人が、ホワイトボードやDocsなどに私のいいところを書き出すのです。その後、直してほしいところも書きます。ポイントは筆跡をばれないようにすることです。必ず司会が1人いて、ホワイトボードだったら司会の人が全部書きます。Docsだったら書いた履歴が分からないようにテキストファイルにするなど、ちょっとした工夫が必要です。

 5分10分経過して、「曽山さん、いいですよ」と言われたら部屋に戻ってきます。するといいことと課題点が書いてあります。司会がみんなの意見を代弁してくれるので、まず誰が言ったか分かりません。かつ最初に褒めが入るので、何の迷いもなくうれしいです。その上でこういうことを直してほしいと言われます。例えば「報告が多過ぎる」とか「細かい」「怖い」「直してほしいかも」という意見です。僕らはよく「かもトーク」と言うのですが、不満やネガティブなことを言うときは「かも」を付けるとすこし柔らかくなります。

倉重:確かにそうですね。

曽山:ストレートに言われるとショックですけれども、「かも」をつけると緩い感じになります。伝わり方が違うので、「ネガティブサイドは絶対“かも”トークで」と言っています。「かも」がついていても、いちいちショックですけれども全部見ます。

 その中にルールがあって、ネガティブなフィードバックについては、言われた人が1個ずつに見解を述べなければいけません。「自分は気付いていなかった」「知らなかった」という感想を言って、最後ちょっとおしゃべりしたら、マストワンと僕らは言っていますけれども、1つ選んで「自分はこれを変える」とみんなの前で宣言します。

 これを1人当たり大体20分か30分ぐらい、5~6人で3時間ぐらいかけて行うのです。1回やるととても仲良くなります。全員で褒め合って課題点を出し合い、言いたいように言い、みんなの前で「変える」という宣言を出しているのです。こ

倉重:いいですね。それは定期的にやるのですか。

曽山:たまに思いついたとき、「そろそろフィードバックが欲しいな。みんなやろうよ」とお願いする感じです。毎週の定例があれば週に1人ずつやってもいいと思います。そのワークを通して僕は自分のマネンジメントが「細かすぎる」と気づけたのです。

(つづく)

対談協力:曽山哲人(そやまてつひと)

株式会社サイバーエージェント 常務執行役員CHO

上智大学文学部英文学科卒。高校時代はダンス甲子園で全国3位。

1998年に株式会社伊勢丹に入社し、紳士服の販売とECサイト立ち上げに従事。

1999年に当時社員数20名程度だった株式会社サイバーエージェントに入社。

インターネット広告事業部門の営業統括を経て、2005年人事本部長に就任。

現在は常務執行役員CHOとして人事全般を統括。

「クリエイティブ人事」「強みを活かす」「若手育成の教科書」などの著作のほか、ビジネス系YouTuber「ソヤマン」などSNSでも情報発信中。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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