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今さら聞けない労務管理のキホン教えちゃいます 第2回

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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近年、働き方改革にともなう労働環境の変化に伴い、さまざまな法改正がなされています。会社も、その動きに則した柔軟な就業規則の作成や、従業員が働きやすい労働環境の構築が求められています。ところが、会社が「良かれ」と思ってしたことが、社員の間で不公平感を生んでしまいトラブルになることもあるそうです。会社内の不公平感をなくし、調和を保つ方法を、社労士の漆原香奈恵、佐藤麻衣子先生に聞きました。

<ポイント>

・一律でなく、柔軟な選択ができる職場環境が求められている

・時代の変化が速いからこそ人事が先回りする

・民事上の個別労働紛争は、いじめ、嫌がらせが圧倒的に多い

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■小さな会社でも、労務管理を進めるコツ

倉重:まいこ先生は、中小企業に向けてどんなことを言っていますか?

佐藤:悩ましいと思うのが、スタートアップ企業です。成長するスピードを、労務管理のルールのせいで足を引っ張っているような印象を持たれることがどうしてもあります。

 大きな企業だと労務トラブルを経験したり、メンタル疾患が出たりしているので厳しく言えるのですけれども、まだそういった経験もなく、「周りのフリーランサーがガンガン仕事をしているのに、会社は早く帰れと言うのでもどかしい」というときに、どうすべきかは悩みます。いま関与することが利益になっているのかなと。法律上のルールや過去の事例を言うしかないときもあるのですが。

倉重:「スタートアップで労働時間なんて気にしていられない」というのだったら、思いを同じくするメンバーだけで取締役をしてくれという話ですよ。

佐藤:管理監督者や裁量労働制を適用してはいけないのかという案も出てきますよね。ただ、お互いの合意があればいいという問題ではなく、拡大解釈をして労務トラブルになってしまったら、過重労働や未払い残業など会社への影響も大きいので、労働法のルールについてはぜひ知ってほしいと思います。

倉重:スタートアップの最初期の創業メンバーだったら、それこそ寝食を共にして働くことがあるかもしれません。しかし、人を雇い始めたステージで労務トラブルを起こしてしまうと、そこにかかりっきりになってしまいます。それで会社の成長が大きく阻害されることもありますし、上場審査などでは大きな弊害となります。スタートアップこそ労務問題などしている場合ではありません。

漆原:1回の心理的負担が大きいですから。

倉重:ましてやスタートアップだから人事総務担当者などいません。社長と1対1だったら、「取りあえずわれわれの言うことを聞いてくれ」という感じですよね。

佐藤:土台がやはり大切で、勤怠や給与マスターがちゃんと整備できていたほうが後の伸びは大きいと思います。

倉重:確かに。土台がしっかりしていれば、さらに人を拡大する時期になったときにもスムーズですよね。

佐藤:そうです。ルールがないと、「あれ? これ、どうしたらいいんだっけ?」という感じのまま、人だけ増えていきます。期日にも間に合わずお手上げみたいな感じになってしまいます。最初に整理しておいてほしいという気持ちはすごく持つようになりました。

倉重:労働時間というのは、賃金や健康に直結する話なので、まずここでつまずかないようにするのは、企業の規模の大小問わず大事なことですね。かなえ先生、労働時間で気をつけておくべきことはありますか?

漆原:スタートアップ企業さんへの労働時間など適切な労務管理をコツコツ整備していくための説得として、助成金なども提案できるといいですね。厚生労働省管轄の雇用関係の助成金は、労働時間管理も適正に行われている必要がありますから、出勤簿や雇用契約書、賃金台帳などを提出します。なので、労務管理ができていないところは基本対象外になります。しかも、スタートアップのときこそ使える助成金はたくさんありますから。そういうものを活用しながらうまく労務管理に慣れていただくのも一つの方法かなと思います。

倉重:なるほど。最初はご負担でしょうから、助成金も使いながらというのは本当そうですね。スタートアップはそこでつまずいている場合ではないし、中小企業も人員を割けないという理由で、労務問題を起こしてしまうときついです。経験した会社であれば本当によく分かると思います。とはいえ、「経験してください」と言うわけにもいかないので。経験せずに済むのが一番いいですね。経営者の方も、人事総務の人が地味に仕事をしていることがむしろ大事で、それが続いているから平穏な会社の生活が回っているということを理解して欲しいですね。

 

■働き方の不公平感をなくしていくには

倉重:ハラスメントや育休の問題についても、ご相談を受けることがあるのではないでしょうか。最近ご相談が多いことについて、かなえ先生からお願いします。

漆原:最近は女性の育休だけではなくて、男性の育休のご相談もかなり増えています。「法改正に備えて、男性の育児休暇に対して何をしたらいいのか」というご相談も出てきていました。育児と仕事との両立、介護と仕事との両立というのは、従業員に長く働いてもらうことで会社にとってもメリットになります。優秀な従業員に育児や介護と両立しながらでも長く勤めていただくということは大事です。その時々のライフステージによって柔軟な働き方を選択できるようにしておくことで、時間に余裕ができたときにフルタイムで会社に利益を生んでくれる働きをしてくださいます。育児や介護の度に従業員が退職してしまい、一から新たな従業員を雇い入れて育てるよりも、会社の業務に慣れている方に長く働いていただいたほうが良いはずです。それは、少子高齢化による人材不足の時代においても大切になってくると考えます。

倉重:いい人と長くお付き合いするためには、お休みも必要ということですね。

漆原:そうです。人材も本当に不足してくる時代ですから。

倉重:昭和の時代は、結婚あるいは出産のときに辞めてしまう人が多かったわけですが、それではもったいないという話ですよね。仕事ができる方がいなくなって、またゼロから育てるということを繰り返すのは機会損失ですし、お互いにとってよくありません。できる限り調和を図っていければといいと思います。一方で、すごく手厚い支援をされている会社では、独身の方やお子さんのいらっしゃらない方から、働き方の意味で不公平ではないかというようなご意見が出ることはありませんか?

漆原:「資生堂ショック」といわれた事態が以前ありましたね。会社帰りのOLが買い物に来る17時以降に売場は混むのに、時短勤務の社員は帰宅時間になります。独身や既婚者でも子どもがいない女性社員は、土日や遅番シフトに偏りがちになります。「プライベートの時間が取れない」といった不満が噴出された内容だったかと思います。また、配慮をしてもらっている育児中の社員も、「土日や遅番ができる日もあります」とは言い出しにくい状況でした。

その対策として、同じ接客ノルマを課すようにしたり、時短勤務の人でも、できる範囲で土日や夕方のシフトにも入るよう要請したり、一律で過剰な優遇は廃止したという記事を目にしました。

上司との面談などによって個々の実情を把握して、会社の特徴にあった公平性のある制度をバランスよく設計することが大切だと思います。個々の事情を取り入れるのは、大変な手間がかかりますが、社員の納得感が生まれるという面もあるのでしょうね。一律ではなく、柔軟な選択ができる職場環境が求められる時代だと感じます。

倉重:一律ではないというところがポイントですよね。個別的なマネジメントが必要です。一律に甘やかすというような発想だと、見え方に不公平感も出てきてしまうでしょう。逆マタハラという言葉もあるみたいですが、マタニティーではない人が「あの人たちは優遇されている」という不公平感が問題になっています。妊娠だけではなく、介護や病気でもそういうことが起こり得ます。そういったコミュニケーションが一人ひとりとできているかどうかが大事なので、人事も大変だなと思っています。みんなとコミュニケーションをしなければいけないので。そこまで考えたら、人事のやることはとても多いですよね。休んでいる間も情報をキャッチアップしてもらったり、キャリアをどうするのか話していく必要もあります。

漆原:人事のほうでうまく制度を運用していくことが大切です。例えば、経営者自ら、オープンに子どもの運動会や配偶者の誕生にお休みしたり、従業員の家族が参加できるバーベキューなどのイベントを開いたりしている会社があります。お子さんの体調不良等でお休みしなければならないときには、他の従業員も「○○ちゃん大丈夫!?」といった感じで、心配して積極的に休ませてくれるという関係を築いている会社もあります。そういう明るい雰囲気や、「お互いさま」の温かい雰囲気を作れる制度やイベントなどを提案できるのも人事や総務のポジションだったりもしますよね。

 

倉重:確かに休みを取る側の意識も大事ということですよね。「当たり前だろう」「権利だろう」ではなくて、絶対にその仕事は誰かがやるという側面があるわけですから。 

 一方で、私はよく思うのですけれども、育児短時間勤務にするときに、給与も減らす会社が多くありませんか。

佐藤:私は銀行員時代に時短勤務になったのですが、復帰当初はボーナスが出ませんでした。当時2009年から2010年だったので、今ほど意識もなかったのかもしれないのですが。

倉重:ゼロですか。

佐藤:時短を取っているとすごく迷惑もかけるのですけれども、その分給与もちゃんと減っているのだよとみんなに言いたかったです。私は減ることを知らなかったので、そういう説明もほしいなと思います。

倉重:今はさすがに、ボーナスゼロはアウトだと思いますけれども。

佐藤:もちろん評価期間の関係もあると思いますが、こちらからは聞けなかったですね。

倉重:単に「時間比例で減らします」というのは、一見筋が通っているように見えます。しかし中には、時短でも頑張って成果を出している方もいるのでないですか? その辺のだらだらしているおじさんよりよっぽど頑張っているのに給料は8分の6にされるというのは、ちょっと不公平だなと思うときもあります。

佐藤:そのときは、まだ女性活躍推進前だったこともあると思いますが、時短だと昇給もないと先輩から聞いてショックでした。時間で計るという理屈は分かるのですけれども、利益や貢献度がベースではないのだなと、ちょっともやっとしました。

倉重:要するに、時短を取る人は昇級などのトラックレースから外れてしまうということですね。

佐藤:いわゆるマミートラックですね。

倉重:やる気をなくしますよね。「ああ、私は要らないのですか」というような。

佐藤:私ももっとチャレンジしたくて独立したのかもしれません。労働時間で判断する会社はやはり多いと思います。

倉重:本当に労働時間だけで考えていいのでしょうか。「時短だからその分減らします」というのは、仕事によってはそれでいいのかもしれませんが、成果を出している人には、それ以上に報いるというパターンがあってもいいのではないかと思います。かなえ先生、どうですか。

漆原:私は逆に、能力のある社員は、評価によって元々賃金が高いですから、ノーワークノーペイの原則として働いていない分を引かれるのは、育児短時間勤務などにおいては公平でいいのかなと思います。不満を持っているフルタイムの社員に、働いていない分はお給料が少なくなっていることを理解してもらえば、不公平感もやわらぎますよね。制度を知らないことによって不公平に感じていらっしゃる方が割と多いです。

倉重:育休の話そのものではないのですけれども、最近は「週休3日にします」というような会社もあります。でも残念なのが、賃金も5分の4にするということです。どうしても根本が労働時間の発想なのです。

漆原:そうですね、それは分かります。

佐藤:遅刻や早退した時間は、就労時間から引きますけれども、確かに一律にというのは変なのかもと思ってしまいました。

倉重:われわれのようにフリーランスだったら、成果を出すかどうかだけではありませんか。成果を出しているのに減額されるということは、不公平な場合もあります。でも、工場だったら、そこにいなければいけないから、減額しないと不公平かもしれません。業種やその会社の働き方によっても違うのかもしれませんが、それを考えるのがわれわれと人事の仕事です。単にスケジュールを回すだけではありません。4月から三六協定の締結や、労働保険更新、マンスリーイベントのようなことがありますけれども、手続きだけこなしていたらそれなりに忙しいので、ついそれだけで終わりがちなのです。

しかし、どこに問題があって、うちの会社では何を改善すべきかと考え続け、実行するのが、人事の本質かなと思います。あとハラスメントはどうですか?

漆原:改めて厚生労働省の資料を見ると、民事上の個別労働紛争は、いじめ、嫌がらせがダントツに多いのです。しかもかなり増加傾向にあります。ほかの労働相談、解雇などの件数は少し減っているのに対して、いじめや嫌がらせだけ急激に増えているというデータが出ています。このようなデータからも「ハラスメントの対策をしっかりしましょう」という法改正になったのですよね。

倉重:労働局への個別労働紛争の相談件数も、今8年連続1位くらいで、殿堂入りするレベルなのですけれども、確か8万件の相談があったと思います。ハラスメントの中でも、裁判で訴える人はかなり少ないのです。そもそも労働事件の裁判は年間3,000件くらいです。その中の8割9割が解雇や未払残業代。パワハラで訴えるのは、100件もありません。8万件相談があって、裁判所に行ったのは100件くらいだとすると、残りの9割9分は社内で解決するのか、何か交渉をしているということです。ここは人事がなんとかしなければいけない場面です。まいこ先生はハラスメントで悩むときはありませんか。

佐藤:やはり無自覚系ですね。ジェンダーではなくて、年齢のギャップを感じる方が多いです。よかれと思っていったのにハラスメントだと言われたとか。いま学校では「何々くん、何々ちゃん」ではなくて「何々さん」というような性別の差に気づかった教育の世界で生きているのです。生きている時代が全然違います。お互い普通にコミュニケーションをしているつもりなのに、上から見たら下は失礼だし、下から見たら上の人の言動はあり得ないということが起こりがちだと思うのです。時代の変化が速いからこそ人事が先回りして、特に研修には力を入れるべきだと思います。

倉重:ビシバシ業務量を増やして仕事を覚えてきた世代は、「厳しく接するのが愛だ」という感覚を持っている人もいますよね。でも、それが伝わらなくて、「なんだこのパワハラ上司は」と思われるということですね。

佐藤:ボタンの掛け違いみたいなものなので、トラブルになる前に芽を摘むような対応が必要だなと思います。

倉重:そこのアンコンシャスバイアス、無意識な思い込みに気づけるのかどうかが大事ですね。自分がやっていることを相手がどう思うのか。「あれ? やばいのかな」と気づかせるような研修を人事は企画しなければいけません。

佐藤:先に研修ができたほうがいいですね。問題が起きてからだと、本当に後の祭りですから。

(つづく)

【対談協力】

漆原香奈恵(うるしばらかなえ)

特定社会保険労務士・キャリアコンサルタント・アンガーマネジメントファシリテーター

平成22年に仕業事務所や人事・総務での勤務経験を生かして、かなえ社会保険労務士事務所を20代で開業。平成30年、合同会社かなえ労働法務を設立。二児の母。

企業向けには、バランスのいい人事・労務サービスを提供している。柔軟な働き方、育児・介護・傷病と仕事の両立支援や労務監査実績は250社以上になる。

年金事務所などの相談員を経て、障害年金請求代理業務にも注力し、請求手続きのみならず不服申立てまでサポートしている。

著書に、「人事労務・総務担当者の人へ 労務管理の基本的なところ教えちゃいます(共著)/ソシム」「障害年金の手続きから社会復帰まで(単著)/秀和システム」「知りたいことが全部わかる!障害年金の教科書(共著)/ソーテック社」がある。

佐藤麻衣子(さとう まいこ)

株式会社ウェルスプラン 代表取締役、ウェルス労務管理事務所 代表

社会保険労務士/CFP

信託銀行勤務を経て2015年独立。会社員時代、仕事と育児の両立や生活設計に悩んだ経験から「企業も人も豊かになれる、時代に合った職場づくり」をコンセプトにテレワーク導入、就業規則の見直し、人事評価制度の構築など多様な働き方を実現する人事労務コンサルティングを提供。2019年に株式会社ウェルスプランを設立し従業員の将来設計を支援する確定拠出年金の導入、投資教育・ライフプラン研修にも注力している。著書『30代のための年金とお金のことがすごくよくわかって不安がなくなる本』(日本実業出版社)『人事労務・総務担当者の人へ 労務管理の基本的なところ全部教えちゃいます』(ソシム)

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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