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今さら聞けない労務管理のキホン教えちゃいます 第1回

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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今回のゲストは、社会保険労務士の漆原香奈恵さんと、佐藤麻衣子さんです。お二人は、2021年9月に、『人事労務・総務担当者の人へ 労務管理の基本的なところ全部教えちゃいます!』を上梓しました。マンガ形式で読みやすくなっており「中小企業の総務部の初心者」が、労務管理についてひと通り把握できるようになっています。お二人に、今の時代に求められる労務管理の基礎知識、そして人事の役割について改めて伺いました。

<ポイント>

・コロナで浮上してきた人事の新しい課題とは?

・人事労務に求められるのは手続きだけではない

・人事のクリエイティブさが大事になっている

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■なぜ勤怠管理を厳しくする必要があるのか?

倉重:今日は社労士の佐藤先生と漆原先生にお越しいただいています。よろしくお願いします。お二人は『人事労務・総務担当者の人へ労務管理の基本的なところ全部教えちゃいます!』という本も書かれている労務管理のエキスパートです。「働き方改革」の必要性が高まる中で、人事はどんなことをしているのか、話を伺えればと思います。まずお二人に自己紹介をお願いしていいですか。

漆原:社会保険労務士の漆原です。よろしくお願いいたします。本では「かなえ先生」として登場しています。国や自治体とのお仕事の関係で、両立支援や労務監査のような仕事しているので、多くの企業の人事・総務、経営者とお話する機会があります。労務管理がすごく重要だと日々感じていますので、この度本を執筆させていただくことになりました。よろしくお願いいたします。

倉重:最近、労務管理についてのご相談も非常に多いですか?

漆原:労務管理自体が社会保険労務士のお仕事にはなりますので、開業してからずっと顧問業務として対応させていただいています。働き方改革にともない、有休管理や同一労働同一賃金、時間外労働などの労働時間管理についての企業の意識は高くなってきていると感じています。

倉重:労基法などを守る必要性は昔から変わっていませんが、その重要性が高まっているということですね。「働き方改革」と言われる中で労働管理をめぐる問題が新聞の1面に出ることも結構ありますし、法律を守っていない企業への社会的な批判は高まっていますので労務監査のニーズは増えています。では、「まいこ先生」、お願いします。

佐藤:社会保険労務士の佐藤麻衣子です。

 私は開業して今7年目です。実務で就業規則を作ったりしていますが、アウトソーシングというよりはコンサルのような関わり方のほうが多いですね。今回の本の中にもありますが、テレワークの導入に特に力を入れています。あとは定年後の処遇対応など、新しく出てきた問題の解決のために、企業の人事に入って、「こうしたほうがいいですね」と提案する形で仕事をしています。

倉重:なるほど。テレワークや高年齢者雇用など、今までなかった問題に企業は直面しています。どう対応するのかは、企業で結構違いますよね。

佐藤:業種や、企業文化、地域によってネックになるところが全然違います。

倉重:テレワーク一つとっても、コロナが収まったら完全に元に戻すのか、新しい働き方を継続するのかでかなり分かれますよね。どちらが正解という話ではありませんが、人事として何を考えるべきなのか、今日はいろいろなテーマからお話していけたらと思います。

 労務管理にはさまざまな側面があって、採用から退職、ひいては年金までつながっています。人事以外の社員や一般人からすると、「人事や総務は何をしているのだ」と思うかもしれません。仕事の意味や、やりがい、最近の課題などをお話しできたらと思います。

 労働時間に関しては、かなえ先生が本にも書かれていると思いますが、最近はどのような問題が多いですか?

漆原:テレワークがしやすい環境が進んでいる中で、事業場外みなし労働時間制が実際に適正に運用できるのかということや、1日8時間、1週間40時間という枠を柔軟にした変形労働時間制について、「うまく会社に合った形で活用できないか」というご相談をいただいたりしています。

倉重:事業場外みなし労働時間制が使えるかどうか、業態としてテレワークと相性が合うかどうかという問題もありますね。そもそも勤怠管理を何のために厳しくするのかと聞かれたら、何と答えますか?

漆原:従業員の健康を守って、長時間労働による過労死などの健康障害を未然に防止する必要があると伝えます。会社にとっても、勤怠管理をしないことで未払残業を請求されたり、過労により労災認定された従業員を職場から出したりするリスクはできるだけとり除きたいですから。職場で働くことで健廉を損ねないように管理することが大切なのですよね。

倉重:労働基準法でもいろいろな労働時間管理の制度があります。フレックスタイム制や裁量労働制、事業場外みなし労働時間などの制度がありますが、そもそも何時間働いているのかが分からなければ、安全配慮のしようもないですものね。

漆原:そうですね。やはり従業員の労働時間の実態をしっかりと把握しておかないと。万一裁判にまで発展してしまったときには、実際に働いていた時間の立証をすることになります。

倉重:「働き方改革」の意味が間違って伝わってしまうと、「残業時間を減らしましょう」が目的になってしまいます。仕事量が変わらなければ、「取りあえずタイムカードを切って、サービス残業で仕事を終わらせました」という話になりかねません。

漆原:実際に持ち帰り残業をしている従業員の話もあります。仕事の量を減らさずに、労働時間を短縮して、効率ばかりを求め過ぎてしまうと、労働時間内に終わらなかった残りの業務を持ち帰って残業するなどの問題が出てきます。仕事をしている時間の実態をどう把握するのか会社内で話し合って、人事、労務担当者が仕組みを作っていく必要があると思っています。

倉重:今は特にテレワークで「仕事を始めます」「終わります」とチャットで伝えていますが、それ以上何も見なくていいのかという話ですね。パソコンの起動時間やメールを送っている時間も人事はチェックしたりします。従業員からは鬱陶しいと思われることがあるかもしれませんが、安全配慮やワークライフバランスを保つための働き方ができているのかを人事は見ています。決して嫌がらせをしているわけではありません。まいこ先生はいかがですか?

佐藤:最近はクラウドの勤怠管理も増えていますし、「労働時間を把握できない」というのは通用しないと思います。言い方が悪いですけれども、ごまかせなくなっているので。実態の労働時間を減らすなら、本質的に「この仕事をやる必要があるのか」というところまで入っていかないと、労働時間管理の話ができないと感じます。

倉重:そもそもなぜ残業が発生してしまっているかも見ないといけませんよね。

佐藤:そうです。残業を減らしてくださいと言うだけだと「人もいないので無理です」で終わってしまうので。

倉重:「とにかく減らせ」「でも今までどおりの量をこなせ」では、無理がありますよね。

佐藤:残業時間の上限規制が施行されて36協定を見直すことになった時期は、実態を変えるための研修や、現場を変えるコンサルの勉強のほうに力を入れるようになりました。

倉重:いいですね。どうやって実態を変えるのですか。

佐藤:経理の帳簿づけのような感じで、まず何をしているのかを書き出してもらいます。いろいろなことがあらわになるので、嫌がられることもありますが、人事労務の仕事はそういうところにも手を突っ込んで、実態から労働時間を減らすというような、法律と関係ないことも求められるのだなと思います。

倉重:まさにそこが本質です。勤怠管理は単に労働時間を集計して賃金を払うという機能だけではなくて、「なぜこの残業時間になっているのか」と書き出して問題を把握することによって無駄を発見して、減らしていくことも大きな意味で人事の役割ですよね。それが会社内の働き方を変えるということになっていきます。単に労働時間をストップウオッチで計る人ではないわけです。人事のクリエイティブさが、すごく重要だと思っていますけれども、かなえ先生、どうですか?

漆原:人事のやりようによって、個々の従業員が業務の棚卸をして、業務の見える化をしたり、細分化して属人的な業務を減らしたりして、効率化をはかる機会を設けることもできます。また、従業員ひとり一人の状況を個々にくみ取るのはすごく大変ですが、手間を惜しまずに面談の時間を割くことによって、時間外労働がどのように発生しているのか、把握する機会になるのかなと思います。やはりコミュニケーションは面倒くさがらずにできるだけ時間をとって行うことが大事だと思います。

倉重:中小企業の顧問先では「うちは中小なのでそこまでやっていられない」という人はいませんか?

漆原:顧問になる前は、「法定内の労働時間と言われても、結局それどおりには仕事を回せないのが実際のところだ」といったお話を伺うところから入っていきます。社会保険労務士として開業してから11年以上が経過するのですが、労務管理ができていないことでトラブルに発展したり、経営が悪化したりという話はよく伺います。例えば、労働時間管理をしていなくて未払残業を請求されたり、ハラスメントで退職者が多くて経営悪化したりするといったケースです。でも、「労務管理をしっかりしているからトラブルが起きた」「経営が悪化した」ということは聞いたことがありません。

「法定通りの労働時間では、現実的に仕事は回らない」とか、「両立支援をしていたら経営が成り立たない」なんて、頭を固くせずに、ぜひ、柔軟に取り入れながら改善していってほしいと思います。

倉重:なるほど。労務管理をやり過ぎて倒産したということではないと。

漆原:はい、それは聞いたことがないので、まずは一歩チャレンジしてみるというところから入っていただきたいなと思います。

倉重:それこそ過労死などの問題が起こって、後で訴訟されたり、労基署が入ったりしてしまうともうリスクが大き過ぎるという話ですね。日々コツコツ積み重ねることが大事であると。

漆原:はい。そう思います。

倉重:一見地味なのだけれども、そこをしっかりしておくと、平穏無事でいられるということですね。トラブル対応でわーっとしているほうが危ないわけですから、労務管理は地味で目立たないのが一番いいのです。人事が何のために働いているのかということを、ちゃんと周りの人も分かってあげると、もっと協力的になるのかなと思います。

(つづく)

対談協力

漆原香奈恵(うるしばらかなえ)

特定社会保険労務士・キャリアコンサルタント・アンガーマネジメントファシリテーター

平成22年に仕業事務所や人事・総務での勤務経験を生かして、かなえ社会保険労務士事務所を20代で開業。平成30年、合同会社かなえ労働法務を設立。二児の母。

企業向けには、バランスのいい人事・労務サービスを提供している。柔軟な働き方、育児・介護・傷病と仕事の両立支援や労務監査実績は250社以上になる。

年金事務所などの相談員を経て、障害年金請求代理業務にも注力し、請求手続きのみならず不服申立てまでサポートしている。

著書に、「人事労務・総務担当者の人へ 労務管理の基本的なところ教えちゃいます(共著)/ソシム」「障害年金の手続きから社会復帰まで(単著)/秀和システム」「知りたいことが全部わかる!障害年金の教科書(共著)/ソーテック社」がある。

佐藤麻衣子(さとう まいこ)

株式会社ウェルスプラン 代表取締役、ウェルス労務管理事務所 代表

社会保険労務士/CFP

信託銀行勤務を経て2015年独立。会社員時代、仕事と育児の両立や生活設計に悩んだ経験から「企業も人も豊かになれる、時代に合った職場づくり」をコンセプトにテレワーク導入、就業規則の見直し、人事評価制度の構築など多様な働き方を実現する人事労務コンサルティングを提供。2019年に株式会社ウェルスプランを設立し従業員の将来設計を支援する確定拠出年金の導入、投資教育・ライフプラン研修にも注力している。著書『30代のための年金とお金のことがすごくよくわかって不安がなくなる本』(日本実業出版社)『人事労務・総務担当者の人へ 労務管理の基本的なところ全部教えちゃいます』(ソシム)

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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