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人事課題を劇的に解決する「サーベイ」とは何か?【伊達洋駆×倉重公太朗】第3回

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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人材獲得の競争や、年功序列・長期雇用を柱としていた「日本型雇用」に行き詰まりを感じるようになってきた近年。とくに2020年からの新型コロナウイルス感染症の流行は、企業の急激な変化を後押ししました。対面が許されない社会情勢において、各企業はインターネットを活用し、これまでとは違った形の組織のありかたや、仕事の仕方を模索しています。そういった変化は、職場にどんな影響を与えたのでしょうか。伊達さんにサーベイから見えてきたことを教えていただきました。

<ポイント>

・不確実性の高い時代だからこそサーベイが重要

・コロナ前後で職場にどんな変化があったのか

・上司部下の関係は、どのように解決するのか

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■サーベイは何人から可能か

倉重:サーベイを取るにあたって、ある程度の人数に聞かないと信頼できる結果にならないのではないかと思いますが、何人ぐらいの会社だったら使えますか。

伊達:さまざまな分析を安定した状態で行おうとすると、100人以上は有効回答が欲しいところです。ただし、本当は逆の考え方を持つことが大事だとも思います。

倉重:どういうことですか。

伊達:人数が少ないと統計分析をしても、統計的に有意な結果が出にくいのですが、それは言い換えると、その結果が偶然得られたものである可能性があるということです。その意味で、むしろ人数が少ないときの方が統計分析を行った方がいいですね。なぜなら、分析結果が誤りやすい状況で、誤りの可能性を少しでも減らすことは大事だからです。

倉重:人数が少ない場合も分析はできますか。

伊達:はい、できます。思うように結果が得られない可能性はありますが、そのことが重要です。もし統計分析をしなければ、本来は有意ではない差に注目して、対策を講じるといったことが起きていたかもしれません。それは問題のある意思決定であり、そうした判断を回避できる可能性を高めるのが統計分析です。

倉重:確かに。それが覆る可能性があると思っておけば間違いにくいですよね。今まで、一番小さいサーベイだと、何人ぐらいがありましたか。

伊達:数十人ぐらいですね。あまりに少なくなると、アンケートよりインタビューのほうがいいという話になります。

倉重:それでも分析はできますか?

伊達:分析のレパートリーは少なくなりますが、できます。

倉重:それで組織課題の解決もできるのですか?

伊達:回答者の人数が少なくなるほど仮説の精度が求められます。仮説を挙げる段階に時間をかけますし、分析結果のみで判断することは避けます。その結果が他の職場でも見られることか、先行研究と矛盾していないかも見ていきます。

倉重:今までの日本型雇用はある程度どこの会社も似たようなことをしています。「このようにすればいい」という勝ちパターンがあった時代から、今は不確実性の強い時代に入ってきました。だからこそ、各社はサーベイを活用すべきではないかと思います。

伊達:組織サーベイは定量的な結果が出てくるアナリティクスという印象が強いと思います。もちろんアナリティクス的な部分はありますが、実際に組織サーベイを導入したクライアントからは、設計の段階とフィードバックの段階に大きな学びがあったという話をたくさん聞きます。

倉重:「ああでもない」「こうでもない」「これが原因だろうか」と探る中で、いろいろな見え方ができるわけですね。

伊達:そうです。そこがすごく大事だったということです。もちろん分析結果も大事ですが、派生的に得られたものも大きいのです。

■テレワーク以前の組織課題が浮き彫りになるケース

倉重:本当にここ最近、「テレワークだからうまくいかない」という課題が増えてきました。ところがよく話を聞いてみると、元からあった組織課題が浮き彫りになっているケースが多いと実感しています。

伊達:今年に行った組織サーベイの中で、「テレワークが成果指標に対してネガティブな影響を及ぼしているのではないのか」という仮説の下、設計したものがあります。ただし、先行研究を見てみると、テレワークは必ずしもネガティブな結果をもたらしているわけではないため、「テレワーク以外も影響指標として入れておいたほうがいいのではないか」と提案しました。ふたを開けてみたら、テレワークの影響はほとんどなかったのです。

倉重:何が原因だったのですか?

伊達:テレワークそのものではなく、組織と個人の関係性に問題がありました。その会社が組織マネジメントのあり方を変えたことに対して、従業員は公正だと思えていないことが様々な悪影響を与えていました。

倉重:面白いですね。それはクライアントの皆さんも意外という感じでしたか。

伊達:「本当に意外です」とおっしゃっていました。ただ、人はやはり自分が信じていた仮説が棄却されてしまうと、なかなか受け入れにくいものです。

倉重:信じたくないと、こんなものは間違っていると言いたくなりそうです。

伊達:そのときに重要になってくるのが、研究知見です。分析の結果、成果指標との関連性が認められた影響指標については、「こういうメカニズムで結果が出てきたのだと思われます」と伝えると、「なるほど」と理解を促すことができます。

倉重:それならば納得性もあります。占いのような話ではないですから。

伊達:「この数値とこの数値が関係していました」だけでは、人は動きませんし、考えを変えていくのはなかなか難しいです。

倉重:コロナ禍において、この1年ほどで行った調査にはいろいろと面白そうなものがありそうな気がしますが、具体例としてはいかがですか。

伊達:面白いものがたくさんあります。多くの調査では、コロナ前とコロナ後だと何かしら差が出てくる傾向がありますが、中には全然差が出ない会社もあります。

倉重:何も変わらないということですか。

伊達:そうです。パルスサーベイという、1カ月に1回、多いところでは1週間に1回、短い質問項目に回答してもらうサーベイがあります。

倉重:毎日、従業員の体調を5段階で聞くような会社もありますからね。

伊達:そういうイメージです。緊急事態宣言が出る前後や、テレワークなどの制度が始まる前後でサーベイすると、明らかに結果が変わりそうですよね。

倉重:そう思います。

伊達:明らかに変わると思いきや、数年ほどのデータを分析してみても、数値が変わっていない会社もあります。職場で働いている人たちが工夫をして、何とか現状を維持しようと努力していたのです。例えば、テレワークになったときに、「今までのようなコミュニケーションは難しいかもしれないけれども、こういうツールを使ってやりとりしてみよう」という工夫をしているわけです。その頑張りによって元の状態が維持されていました。努力の結果、以前と変わらないという結果が得られていたのです。もう一つ、先ほどのケースに似ていますが、もっと大切なことがわかりました。

倉重:何でしょう。

伊達:もっと深刻な問題が潜んでいたということです。その会社では、人事評価の手続きに対する公正感が芳しくありませんでした。

倉重:もっと大きな不満があったということですね。

伊達:そうです。テレワークよりも前に壁が立ちはだかっていました。その壁で目の前が何も見えていないので、それを取り除かないとテレワークどころではないということでした。その会社には、「目の前に大きな壁があるので、その後ろにあるものがほとんど見えていない状態です」とお伝えしました。

倉重:それに全く人事側も気付いていなかったのですね。

伊達:また、組織サーベイのデータを統計分析することのメリットとして、成果指標に対する影響指標の影響力の相対比較ができる点があります。

倉重:影響の強さが分かるわけですね。

伊達:そうです。この点はなかなか実践知や感覚だけでは難しいため、重宝します。

■日本企業では、上司の影響力が大きい

倉重:組織ごとによってもそれは当然違いますから。サーベイは重要なものだと私自身が思い始めてきました。今まで伊達さんがいろいろな日本企業の組織改革を見てこられて、共通する課題をお感じになることはありますか。

伊達:2つあります。一つは上司と部下の関係です。大抵の会社において、上司と部下の関係性を影響指標に入れますね。どのような成果指標であっても、上司と部下の関係性を巡る指標は影響しているものです。やはり上司の影響力は大きいといえます。

倉重:これは海外に比べても高いですか。

伊達:海外の場合は、上司との関係によって雇用を失うリスクがあるため、上司部下関係の短期的な影響力はもっと大きいかもしれません。実際に、上司部下関係の質を表すLMX(Leader-menber exchange)という概念も海外発です。日本の場合は、上司と部下の関係性が長期にわたってキャリアに影響を及ぼすことがわかっています。

倉重:それは割とどこの会社でもある課題ということですね。

伊達:興味深いのが、上司部下関係は複雑で、同じ上司でも、関係が良いと認識している部下もいれば、そうではない部下もいます。

倉重:確かにそうです。

伊達:全ての部下が大いに満足している上司は、なかなかいません。部下の人数が増えてくればくるほど、うまくいっていない関係性も出てきます。

倉重:確かにあります。テレワークになってチャットが増えたことで、上司から指示がバンバン飛んでくるようになりました。実際に、チャットは短文で、要件だけが来るので怖いという相談があったのです。でも、結局、「それは元から仲が悪いのでは?」という話になりました。テレワークが原因ではなく、上司との関係性が問題というのは、割とどこでもありそうですね。

伊達:はい、ありますね。

倉重:上司部下の関係は、どう解決するのでしょうか。

伊達:上司部下関係について何度も対策を検討する中で学んだことがあります。当初の提案はまずかったと途中で気付いたのです。

倉重:何を提案されていたのですか?

伊達:初めは「上司にマネジメント教育を行っていきましょう」と提案していました。管理職研修を実施したり、面談の機会を義務付けたりするなどの対策でした。ところが、ある会社でマネジャーに関する調査をしたときに、この提案はあまり良くないなと気づきました。マネジャーは本当に忙しいのですよね。

倉重:余裕がないということですね。

伊達:そうです。元より余裕がない上に、次から次へ新しい仕事がくる。板挟みにもあう。組織サーベイを行えば、原因にされてしまう。マネジャーが置かれている状況は非常に過酷なものでした。

そんな中で、上司部下の関係をより良いものにしていくためには、マネジャーだけが行動するのでは限界があります。部下側も行動変容していく必要があるわけです。よくある行動変容の方向性は、セルフマネジメントの強化です。自分でできることを同僚や先輩の助けも借りながら自律的に進めるように促します。セルフマネジメントが意外にできていない企業もあり、上司に対する部下の依存度が高くなってしまいがちでした。

倉重:してくれる、言ってくれることを待ちますと。

伊達:上司と部下の両面からアプローチしていかないと、やはりうまくいかないと感じたところです。

倉重:それは本当に普遍的な話ですね。

(つづく)

対談協力:伊達 洋駆(だて ようく)

株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役

神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『オンライン採用 新時代と自社にフィットした人材の求め方』(日本能率協会マネジメントセンター)など。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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