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「昭和おじさんの栄光」をアップデートせよ【八代充史×倉重公太朗】最終回

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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「昭和のおじさんの栄光」を令和にアップデートせよ【八代充史×倉重公太朗】第3回

日本の企業や労働経済の実態は、さまざまな課題を抱えつつ変化を続けています。終身雇用制度に代表される昭和的な価値観が大きく変化し、多くの課題に直面しています。こうした実態をふまえながら、過去に勝ち得た栄光を、いかにバージョンアップして令和に伝えるかを話し合いました。

<ポイント>

・雇用社会は時代に合わせてどう変わるべきか

・サービス残業や長時間労働の背景

・人生における働くことの重要な意味

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■日本の雇用社会の良い面と変えるべき面

倉重:ヨーロッパのようにインターンで低賃金労働をして、スキルを身に付けなければいけない社会に比べたら、日本は随分恵まれていますよね。

八代:もちろんインターンをして、社会を覗くことは必要です。「このような会社だったら、自分がイメージしているものと全然違うからやめておこう」ということもできます。インターンをすること自体は別に構わないです。ただ、インターンであっぷあっぷしてしまっている学生もいるので、「それはどうなのか?」と疑問に思います。

倉重:それは学生らしくないですね。

八代:「大学になんで来たの?」と聞いたときに、答えが「就職サイトに登録するため」では少し寂しいではないですか。

倉重:フランスのグランゼコールのように、13歳などすごく小さい頃から勉強していないと入れないような社会もあります。そうでないとエリート層になれないので、やはり選択というのはだいぶ早い段階しかできないのです。生まれなどにもかなり左右されますよね。

八代:そうですね。

倉重:日本は大学さえ入ればある程度選択肢は開けていますし、私も中学の時は偏差値が37で、慶應など全然入られる感じではありませんでした。大学受験の時にはすごく上がったので、遅咲きの人に対しても優しい社会だとも思います。

八代:ヨーロッパは貴族がいると言われています。特に大陸ヨーロッパ、イギリスもそうですけれども、やはりまだまだ階級社会です。私もイギリス人の知り合いがいるのですが「自分たちは社会を先導する。lowerの人たちは、金融のことなどは分からないから、僕たちが教えてあげなければいけないのだ」と、日常会話として言うのです。

倉重:悪気があって言っているわけではないのですね。

八代:やはり階級社会ですと、ある意味で特定の階層に生まれた人たちは、その階級に従ったキャリアを選ぶということなのかと思います。

 こうした社会階層が、会社の中の階層にも反映しているかもしれません。昔に比べると緩くなっているのかもしれませんが、まだまだあるのではないかと思います。

 日本でも戦前は似たようなことがあったと思います。戦後の日本は全く様変わりしましたが、例えば「早慶卒はいくら」「東大卒はいくら」というように、初任給がはっきりと違っていた時代がありました。今そのようなことをしたら、ネットで徹底的にたたかれるでしょう。

倉重:それは炎上します。でも、日本の雇用社会は、変えるべき点もあるのですが、学生さんや若い人にとってみれば、悪くない面も結構あるということですね。

八代:やはり大学教育によってリテラシーは向上していますし、大学も非常に数が増えました。非常に多様性に富んでいるとは思いますけれども、とにかく大学進学率の向上は、社会のリテラシーのレベルを引き上げていると思います。卒業生が企業に入り仕事をすることによって、ある意味でボトムアップの人材育成を促進すると思います。

 ただ逆に言えば、物事は何事もトレードオフなので、先ほど言ったエリートの養成が難しくなっています。明示的にはっきりとした形で社員を早期選抜していくことを、表に出すことが難しいという問題があると思います。

倉重:あらためて、雇用社会全体という意味では、先生の目から見て、時代に合わせるために、どのように変わっていくのが望ましいとお考えでしょうか。

八代:基本的に新卒採用するかしないかは、企業の裁量に属することです。会社が新卒採用をしたい理由があれば、この仕組みは続くでしょうし、ジョブ型についても、導入したい企業はすればいいし、導入したくない企業はしなくてもいいと思います。

重要なのは労働市場の健全な流動性が担保されることです。やはり新卒採用ですから、最初に入った企業が絶対にハッピーだということはあり得ないと思います。

 今までも七五三といわれているように、新卒3年で中卒の7割、高卒の5割、大卒の3割は転職していくというのがいわれています。それはあくまで第2新卒レベルの話です。もう少し上の世代においても、やはり転職流動性というのが高まり、雇用のミスマッチが解消していくことは必要です。本人が自分の会社の中での立ち位置を考えて、より良い仕事先を見つける道がないと、企業や労働市場に健全性が損なわれると思います。

 ただ、それで辞めざるを得ないようにすると、今度はハラスメントになってしまいます。どうしたら健全な流動性が担保されるのかは、社会全体としていろいろと考えていく必要があるのではないかと思います。

倉重:日本では過労死の問題などもありますけれども、弁護士会でタイの労働省に意見交換へ行った時にも、「なぜ日本人はKaroshi(過労死)するまで働くのですか?」と英語で聞かれました。流動性が担保されている国からすれば、やはり理解できない、なぜ辞めないのだろうというように思ってしまうのですね。

八代:そうですね。逆に言えば年功序列の議論は、がんがん働いても、たらたら働いても、文字通りの年功序列だったら一律に給料が上がっていく訳ですから、過労死するまで働く必要はないと思います。だから私は、絵に描いたような年功序列だったら、過労死やサービス残業というのはないと思います。もちろん、それを肯定しているわけではありません。

倉重:確かにそうですね。

八代:みんなが上司に認められたい、もっと昇進していい仕事をしたいという思いが、長時間労働の背景にあります。サービス残業や長時間労働というのが全否定されるものでもないと思います。「さはさりながら」という点もありますが、働き方を変えることによって、生産性を上げましょうということ自体は、間違っていないと思います。

倉重:悩ましいですよね。長時間労働による健康被害というのは、もちろんあってはならないのですが、一方で若い人などは、ある程度一定量の量をこなすことによって仕事を覚えたり、今までになかった視点を持ったりすることができます。

八代:働き方改革をすれば、本当に従業員には優しい社会が登場するかもしれないけれども、高度成長期を支えた人たちにとっては、「それでいいのか」という思いがあるでしょうね。

倉重:「本当の優しさとは何か?」という話ですよね。口うるさく指導されないことは一見楽なことのように思えるかもしれませんが、何十年かたって、使えない人になってしまった時に、誰が面倒を見てくれるのだという問題があります。

八代:伊藤忠商事の会長を務めた丹羽さんなどは「『働き方改革』が日本をダメにする」」という文章を、『文藝春秋』2019年6月号に寄稿されています。それはもちろん賛否両論で、当然「何だよ」というような反論は出てくると思います。おそらく丹羽さんがおっしゃるのは、仕事というのは上司と部下との密な関係の中で覚えていくものだから、何時になったらさよならという慣行で、本当に一人前の企業人が育つのかということだと思います。

 ただ、それは確かに昭和の発想なのかもしれないので、重要なのは昭和や平成の時代のおじさんたちが勝ち得た栄光を、いかにバージョンアップして令和に伝えていくかということだと思います。

倉重:全くそのとおりです。今、この連載をしている意味の核心の話なのですが、働き方改革の流れの中で、「長時間労働は駄目だ」「有給休暇は5日取りなさい」などが決められ、働かないことがいいことだというイメージを持っている若手の方なども現にいらっしゃるのです。

 このようなものは、将来的にものすごく残酷な結果になり得ます。今はいいのかもしれませんが、日本企業に余裕がなくなってきた時、選別や雇用のパイが少なくなった時に、「どこでも働けない人」を生み出すおそれがあります。やはり会社が強制して研修や勉強をさせることができないので、自分でやる人とやらない人との差がすごくついてしまっているのです。果たしてこれは本当に優しいのだろうかと疑問に思います。

八代:現在、国の支援制度を悪用した、「モラル・ハザード」が起こっています。それと同様に、人事制度を悪用するケースも出てくると思います。優し過ぎる制度というのは、長期的に見れば倉重さんがおっしゃったような問題が生じるし、短期的にはモラル・ハザードという問題が出てきます。

 ただ、制度改革に完全なものはないわけで、「モラル・ハザードが起こるから、現状を変えなくていい」ということでもないと思います。やはり昭和の時代に培った、おじさんたちの栄光というのを、令和の時代のOSにインストールできるかという話ではないかと思います。

倉重:アップデートするということですね。あとは、働くということの楽しい面です。人生の3分の1、場合によっては、半分くらい働くわけですから、それがつまらなかったら人生の質も下がりかねません。働くことの楽しさも、きちんと伝えていきたいと思っています。最後のほうなので、先生から見て働くとは何かというのをあらためて聞かせてください。

八代:われわれは幸い好きな仕事をしていますが、多くの人たちは、自分が好きな仕事をするのは、なかなか難しいのではないかと思います。人生における働くことの重要な意味は、やはり他人の役に立つことです。どのようなことでも他人の役に立つことが重要だと思います。

 仕事というのは、何か自分が活動することによって、例えば、企業であればいい製品を開発することによって、お客さんの役に立つということです。私はあまりできていませんが、大学だといい教育サービスを提供することで学生の役に立つということだと思います。自分が他人に対して役に立っているという意識を持てるのが、多分いい仕事なのではないかと思います。

 1回でそのような仕事に巡り合えるのは難しいので、仕事を変わることも必要です。そのような意味で、仕事の流動性が担保されていることが大切です。従来は企業の中に労働市場がありました。企業がいろいろ考えて仕事を与え、自己実現を通して、自分が他人の役に立つという意識を持たせることができました。

 それが与えられている限りは、今までの仕組みでもいいかと思いますが、会社の中で自己実現の機会が与えられなくなっているのなら、労働市場を企業の外につくる必要があります。企業を超えた労働市場を通じて、自己実現を図る仕組みが求められているのです。

 先ほど申し上げたように、従来の「企業内流動性」の仕組みがなくなるとは思いませんけれども、それだけでもいけないのではないかと思います。それをどのように作るのかというのは、先ほどの「おじさん文化を令和にバージョンアップしていく」ということとつながるのではないかと思います。

倉重:例えばベーシックインカムをもらえて、生活に困らないで生きていけるといったらどうするかというと、最初の1年間は楽しいかもしれないけれども、やはり飽きると思います。おっしゃったように、誰かの役に立っている感覚がないと、人生はつまらないのではないかと思います。

八代:アメリカなどでは純粋にお金のために仕事をするという世界もありますし、それこそ30代で一生使えないほどのお金を稼ぎ、あとはどこかへ引退して優雅に暮らすという世界もあります。ただ、お金だけではない価値観。「仕事を通じて他人の役に立てる」という意識を与えられるようにしなければいけないと思います。

倉重:あるいは、定時で帰ってプライベート優先で、それなりの収入が得られる働き方も一つの選択ですよね。

八代:選択肢がいろいろ与えられる社会が望ましいと思います。

倉重:そのようなことだと思います。ちょうどいい感じで、あっという間にお時間が来ました。最後に少し先生の夢をお伺いして終わりたいと思います。

八代:夢ですか。私も仕事以外に趣味がいろいろあれば、定年になったら職業生涯を引退してもいいのですが、そのような器用な人間ではないのです。大学を定年しても、可能であればしばらくは仕事を通じて社会と関係を持ち続けたいです。そのような仕事に巡り合えるかどうかは分からないし、あまり大きな夢ではないですが、仕事を通じて社会に貢献していきたいと思います。

倉重:どのような形であれ、生涯現役ということですね。

八代:われわれの仕事は、毎年必ず学生と1年ずつ年が離れていきます。私も初めて教壇に立った時には、15~16しか違わなかったですが、もう今の3年生は2000年、早生まれだと2001年ですから、9.11の年に生まれた学生です。

倉重:孫の世代ですか。

八代:そのようにだんだんと年が離れてきているので、正直、学生にものを教えるというのは、そんなに長い間できる仕事ではないと思います。若者と接するのには結構体力も要りますし、気力も必要です。最近は幸か不幸かコロナ渦で飲み会がないので、そちらのほうで疲れることはないのですが、一時は随分大変でした。

 いつまでできるかは分かりませんけれども、定年後もご縁があれば仕事を通じて社会との関わるような機会を持ちたいと考えています。

倉重:いいですね。あとは、ゼミ生のOBなどに向けて、何かメッセージなどはありますか。

八代:ゼミ生のOBは、コロナ渦で大変だと思います。OBの皆さんと話をすると、ほとんどはオンラインワークですが、外資系のコンサルでも出社しなければできない仕事があるようです。オンラインで仕事をすることも大事ですが、会社というのは、やはり対面でなければできないこともあります。いずれにしても、その会社の中での人間関係やコミュニケーションも絶やさないでいただきたいと考えています。

 今年はゼミを開講して25周年で、本当は記念のOB会を盛大に行いたかったのですが、オリンピックと同じで、25周年を来年に延期したいと思います。

倉重:来年ワクチンパスポートを持ってやればいいですね。1時間にわたりありがとうございました。

八代:こちらこそありがとうございました。

(おわり)

対談協力:八 代 充 史(やしろ・あつし)

慶應義塾大学商学部教授。博士(商学)。

1982年3月慶應義塾大学経済学部卒業。

1987年3月慶應義塾大学大学院商学研究科博士課程単位取得退学。

1987年5月~1996年3月まで日本労働研究機構(旧・雇用職業総合研究所)に勤務。

1996年4月~慶應義塾大学商学部助教授。

2003年4月~現職。

主要著書

『大企業ホワイトカラーのキャリア-異動と昇進の実証分析』日本労働研究機構、1995年。

『管理職層の人的資源管理―労働市場論的アプローチ』有斐閣、2002年

『ライブ講義 はじめての人事管理(第2版)』(共著)、泉文堂、2015年。

『日本的雇用制度はどこへ向かうのか―金融・自動車業界の資本国籍を越えた人材獲得競争』中央経済社、2017年。

『人的資源管理論―理論と制度(第3版)』中央経済社、2019年。

その他、

管理職層の人的資源管理―労働市場論的アプローチ』により2004年度慶應義塾賞受賞、、日本生産性本部経営アカデミー人事革新コースコーディネーター。東京労働大学講座運営委員。日本労使関係研究協会常任理事。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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