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日本型雇用の新しいグランドデザインを探る【鶴 光太郎×倉重公太朗】最終回

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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コロナで浮かび上がった雇用システムの問題点と、新しい働き方のグランドデザイン

【鶴 光太郎×倉重公太朗】第4回

鶴光太郎さんは、慶應義塾大学の大学院商学研究科教授として、2012年から教鞭をとられています。普段から若い世代と接している鶴さんに、「若者に向けた、今の時代の生き方」についてメッセージを伺いました。その答えを聞くと、「コロナを言い訳にして駄目になってしまっている人」と、「コロナの中でも成長している人」の違いが見えてきました。

<ポイント>

・コロナ時代は、「己と徹底的に向き合う時期」

・企業のウェルビーイングを充実させるためにできること

・企業が優秀な人たちを採用するために必要な条件

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■若い人に向けた今の時代の生き方

倉重:若い人に向けた今の時代の生き方について聞いてみたいです。先生は学生さんにどのようにアドバイスされますか?

鶴:コロナ時代は、「己と徹底的に向き合う時だよ」と学生にも言っています。人となかなか会えない。みんなでわいわい騒ぐこともできない。昔は食堂に一人でいると「ぼっちだ」「あいつは友達もいないのか」と言われました。でも、今は友達と一緒に食事をすること自体ができません。そういうときに一人になって、自分というものを徹底的に見つめていないと、人間は成長できないと僕は思っています。

 つまり、己という存在を徹底的に客観的に見て考えるということです。スポーツ選手の話を聞くと、コロナの中で試合ができなくなっています。そこでもう一回トレーニングに励んで、体をつくり直して、徹底的に自分に向き合った人がものすごく成長したり、全然次元の違う活躍をされたりしています。彼らを見て、「みんなそうだな」と思っています。

こういう状況の中で、コロナを言い訳にして駄目になってしまっている人と、コロナの中で徹底的に自分と向き合って成長している人とでは、はっきりと差が付いているなと思います。

倉重:自分探しは別にインドに行かなくてもできるのですよね。

鶴:そうです。本当に自分探しをしている間は、「まだ自分を見つめていない」ということです。言葉の中にもそれが現れています。「どこかに行けば自分が見つかるのではないか」と思っているけど、自分はそこにいます。自分から逃げているから探しに行っているわけですよ。僕は自分探しという言葉はあまり好きではありません。自分探しとは、ずっと見て見ぬふりをしている自分と向き合うということです。

倉重:いいですね。

■これからの日本のあるべき姿

倉重:改めてお聞きしたいのですが、これからの日本の働くということはどうあるべきですか。

鶴:今先進的な取り組みをしている企業について聞いていくと、いくつかのキーワードがあります。今は業界や経済自体が自動的に成長するという時代ではないので、イノベーションを起こすしかありません。企業がイノベーティブになるためには、個の従業員がイノベーティブにならなければいけないのです。でも、イノベーションは三人よれば文殊の知恵というところがあって、多様な人たちがインタラプトすることによって生まれてきます。企業における多様な人材や多様な働き方はイノベーションを起こすためにものすごく重要だなと思います。

 それと、イノベーションを起こすためには、常に人材や企業が成長するという目標に向かっていかないと駄目だと思います。成長とイノベーションは同じ意味なのかもしれないのだけれども、個々の従業員が成長していくためには、どうしたらいいのか考えます。別に成果主義だからといって成長はしません。成果主義はある意味では過去形の話なのです。

 成長というものはもっとフォワードルッキングでどうやって伸ばしていくかという話です。僕は「二つの自立」と言っているのだけれども、自分で立つ、それから自ら律することがしっかりできる人材を育てていかなければいけないし、従業員に対しても自立を意識させます。その中で、キャリアも自分で考えていきます。

ジョブ型の話とも関連していくのですけれども。自立というものは、その企業の社会的目標に対してものすごく強烈な共有を持ちながらも、ある種冷めて距離を持てるということです。「自分のやるべきことができなかったり、評価をしたりしてくれないのだったら、俺はいつでも辞めてやる」という感覚です。

 逆に言うと従業員と企業が自立的なものを維持できるように、ある種の緊張感があるほうが良いのです。

倉重:それが対等な関係ですよね。

鶴:いかに緊張感を持ちながら、従業員が企業にコントリビュートできるのかが重要です。企業も「この人はわれわれのところでやってもらいたい」と思えば、きちんと評価をしていきます。結果としてその人は動かなかったとしても、そこには強烈な緊張感があり、常に出入りは自由な可能性はあります。でも、結果として長期雇用になり、定職率が高くなっているということです。

倉重:本当ですよね。従業員に評価されなければ辞められてしまうという緊張感があればブラック企業などは存続し得ないと思います。

鶴:そうなのですよ。お互いがやるべきことをして、お互いが満足する関係を作るのです。先ほど言ったウィンウィンの関係ですよね。ウィンウィンの関係をつくっていくという意味合いの中には、従業員の自律性が大事だし、企業が従業員のウェルビーイングをどう高めていくのかという配慮もあります。

 「両立は可能で、綱引きではない」というところが背後にあって、「お互い成長を目指していこう」と共有するものがますます大事になっているなと思います。

倉重:ありがとうございます。そのためのグランドデザインを本当は国が示してほしいなと思います。

鶴:そうですね。まあ少し頼りにならないですが(笑)。

■鶴光太郎先生の夢

倉重:あとは皆さんに聞いているのですが、先生の夢を教えてください。

鶴:僕は60歳のシニアですが、以前「いつでも自分は23歳の時の気持ちで仕事をしなければいけない」と拙著で書いたことがあります。世界的な経済学者がそう言っていて、僕は非常に感銘を受けました。23歳という年齢は、これから社会に出ていくという一つのタイミングですよね。大学を卒業して、非常にたくさんの可能性を持っています。不安がありながらも、「これから意欲を持ってやっていこう」という気持ちがありますよね。年をとると、これまで自分が何をしたのかと振り返ることばかりが多くなってしまいます。

倉重:過去に生きているわけですね。

鶴:それが一番駄目だなと思っています。過去のことはどうでもよくて、23歳の時は、「自分がどのようになっていくのか」「何をやるのか」ということしか考えていなかったと思うのです。そういう気持ちをずっと持ち続けて、振り返るのではなくて、何か新しいものにもチャレンジし続けたいと思います。今僕が教えている学生とずっと同じ気持ちでやれたらいいなと考えています。それが夢といえば夢かもしれません。

倉重:素晴らしいですね。やはりずっと好奇心旺盛でいたいですね。

鶴:そうですね。そういうものがどんどん衰えてきたと感じていたので、やはり気持ちが大事だなと、年を取ってから思うようになりました。

倉重:ありがとうございます。

■リスナーからの質問コーナー

倉重:この対談は視聴者が私の友人に限り数名いるのですが、少し質問を募りたいと思います。では、小屋松さん。

小屋松:貴重なお話をありがとうございました。小屋松と申します。福岡県でITのエンジニアとして働いています。私のような一般社員が、鶴先生がおっしゃっていたような、労使のウィンウィンだったり、ウェルビーイングを充実させたりすることにコミットするにはどうしたらいいのでしょうか。従業員でも貢献できることを教えていただければなと思います。

鶴:やはり僕はコミュニケーションだと思います。従業員のウェルビーイングを高めていくには、これまでの綱引きのように「賃上げだ」と声を上げる次元ではなくて、もう少し企業と自分たちのベクトルが一致することが非常に大事なことだと思うのです。これまでは長時間労働であうんの呼吸をつくることが日本の企業のやり方だったと思います。そういうことではなくて、例えば働き方改革でも、「企業がこの制度を導入しようとしている意図は何なのか」ということを、きちんと従業員が理解をしているほど、企業の生産性は高いという共同研究の成果も出ています。

 すごく大事なことは従業員がどのように思っているのか、どのような理解をしているのかということです。なかなか企業、経営側は分かっていないところがあるので、お互いに機会を見つけてコミュニケーションをしていき、どのようにしたら誤解がないか、理解度を高められるのかを探ります。

そうすることが実はその企業や従業員のパフォーマンスを高めていくことにつながるという印象を持っています。積極的に自分たちの考え方や、自分たちはどういう気持ちで仕事をしているのか意見を交わしたり、共有できたりする場が、僕はますます重要になっていると感じています。

小屋松:ありがとうございます。従業員側も企業と一緒により良くなっていきたいというスタンスでコミュニケーションをとっていけばいいのだと思いました。

鶴:本当にそういうことだと思います。やっているところはやっています。

倉重:ありがとうございます。では津留さん、お願いします。

津留:津留と申します。先に質問した小屋松君と若干かぶってしまってしまうのですが。私は職業が人事コンサルタントです。企業に人事制度を導入するお手伝いをしている人間なのですが、先生が言われていた多様な働き方は私もすごく関心があるし、どの企業さんももっと取り組まれたらいいなと思う一方で、現実に多様な働き方にすごく成功している企業さんは正直言うと全然ありません。それは私のお客さんに限らず世の中でもあまり多くないなと思います。

 登場人物は法律や国、企業と、大体この三者が出てくると思うのですが、先生からは「あまり当てにならない」というお話もあったので、法律論というものは置いておくとして、企業や従業員はもっとどういうことをしたら多様な働き方が広がっていくとお考えですか?

鶴:そもそも論として、僕が申し上げたかったのは、選択肢が増えることです。いろいろな可能性が増えることは、必ずプラスのはずだという発想です。なぜかというと、非常に優秀な人なのだけれども、これまでその会社で働けなかった人に選択肢が与えられます。選択肢を増やすということは、外から優秀な人たちを自分のところで採るということにも繋がるので、僕は多様で柔軟な働き方はすごく重要だと思っています。

 皆さまには釈迦に説法で申し訳ないのだけれども、今はテレワークができるかできないかは、若い人たちにとっては非常に重要になっています。テレワークできないと、「このようなところには行きたくない」ということになります。そういうところを見て、選択肢があるということは、優秀な人たちを採用するためにも重要な条件になっているということに、企業は気が付かないといけません。

いろいろな働き方を提案すると「そういうことは面倒くさいのだよね」となるかもしれません。コストもかかるかもしれません。でもそれにどういうメリットが付いてくるのかというと、採用でもプラス面が大きいし、同じ人でも自分のライフステージによって状況は変わりますよね。結婚したり、子どもができたり、介護したり、状況が変わっていきます。その中で自分がどのような働き方をしたら一番いいのか、自分が楽しくできるのか、集中できるのかも変わってくるはずです。そういう選択肢を残すということが、すでに採った人たちを有効に活用していくという点においても重要だなと思います。

 当然多様な選択肢を用意して適応すればプラスの効果が出てくるはずですし、そういう考え方の下にやらないといけません。ただ「仕方ないよね」「コストだよね」と考えている限りは当然うまくいかないだろうなと思います。その発想をどのように持つかという話だと思います。

倉重:法律で義務付ければ良いという話ではなくて、どう自発的にやるのが良いかということなんですよね。

鶴:結局自分がやることが、企業や従業員にとって素晴らしいよねと思えることが大事です。ではどうしたらいいのか、その発想だと思います。

津留:ありがとうございます。

倉重:ありがとうございます。白石さんお願いいたします。

白石:鶴先生の一ファンとしてお聞きしたいことがあります。透明かつ公正な紛争解決の検討会の時の議論などは私も傍聴していたので、鶴先生が「びしっと議論を封じるようなやりとりは非常に好ましくない。きちんと一歩ずつ前に進むために議論をしていこうではないか」ということを最初の頃におっしゃっていたことを、今お話を聞きながら思い出していました。

 実はお尋ねしたいことが二つあります。鶴先生が今面白いなと思っている新しい社会の流れや、あるいはビジネスモデルがお聞きできるとありがたいなということが一つです。もう一つは制度の改革であったり、社会的なイノベーションに向けて、法律家に期待されるものがあったりしたら、お聞きしたいなと思っています。よろしくお願いします。

鶴:両方ともすごく難しいご質問です。僕が今回コロナになって感じたことは、先ほども対談の中で言いましたが、結局はコロナという状況の中でわれわれの対応も2種類あるということです。一つは、自分ができないことを常に環境のせいにすること。僕はよく学生に「君がそういうことを言っている間は君の人生は変わらないよ」と言うのだけれども、人間は環境があらゆるものを制約します。常にある制約の中でいろいろなものの最大化を考えることが経済学なのだけれども、人間でも人生でも何でも、それで全てが決まってしまうということではありません。環境という制約も変わってくるし、それを乗り越えるようなものが必ず出てきます。それはすごくイノベーションだと思うのです。

コロナというものはわれわれにとっては災いでしかないという意味で「コロナ禍」と言われています。その中でみんなが創意工夫をして、発想の転換で新しい製品を作ったり、畑違いのビジネスに参入したり、人間の底力を感じる場面もすごく大きいです。だから、コロナ禍という言葉を使うのは、僕は大嫌いで、むしろ世の中には素晴らしい種がたくさん落ちていると思っています。

リモートでも「これはできないだろう、あれはできないだろう」と思ったことが、次々に覆されるということを自分で経験してみて、「人間というものは本当に小さいよね」と思いました。思い込みを全部外してやれば、全然違ったものが生まれてきていると感じます。

 本当に制約があるからこそ生まれるものがあるし、今はコロナが起きているので、いろいろな創意工夫や全てのものが本当に素晴らしいし、いとおしく見えると気持ちになります。すみません。2番目は何でしたでしょうか。

白石:社会制度の変更などですね。

鶴:それこそきょうも少し出ましたが、比較制度分析では、法制度の役割は非常にはっきりしています。元々制度はどこから出てくるかというと、法律ではないところで、民が自由にインタラプトして、ある種の秩序として出てくるわけです。だんだんそれが定着していくと、違った行動をする人が出てきます。やはりきちんとした法律で制度をしっかりしたものにして、守らない人がいたらペナルティーを付けるというのが法制度の役割だと思います。

 そもそも先にあるのは、民の自由なインタラプトで生まれたプライベートオーダーで、外側の枠として法制度というものは当然出てきます。歴史的な背景で考えてもその部分があると思っています。

民が自由にインタラクトして変わろうとしている時に、外側の枠組みが旧態依然としたものであれば、変わろうと思っても変われません。外側の法制度をぶち壊していかないと、最適なものにはならないのです。今は何か新しいものができたときに、うまく法律的なものにするという取り組みも生まれつつあると思います。

 労働であれば、自営業やワーカーをどのようにしていくのか、制度的なものはあるのかもしれないのだけれども、中身が変わりつつあるのに外側の法制度が本当に古くなって、がちがちになっていては、何も変わりません。 

僕は規制改革会議でそこを変えることにチャレンジしたつもりでした。まさにそこを時代の流れとして、枠の中にはまっている元々の民がどのようにしたいのか、何が窮屈になっているのかを見ました。

別にそういうことはないのに、政府の人たちが「アメリカのやり方はいいよね」と言って、外側を無理やり変えようとしていないか。法律家はそこを見極めることを常日頃心掛けています。非常に見識も要るし、時代の流れを読むことも要求されるのではないのかなと思います。

白石:ありがとうございます。

倉重:ありがとうございます。本当にきょうはお話を伺って、われわれも労働分野で新しい最高裁判決を取るぐらいの気持ちでやっていかなければいけないかなと思いました。とても刺激を受けました。きょうはありがとうございました。

鶴:どうもありがとうございました。

(おわり)

対談協力:鶴 光太郎(つる・こうたろう)

慶應義塾大学大学院商学研究科教授

1960年東京生まれ。84 年東京大学理学部数学科卒業。

オックスフォード大学 D.Phil. (経済学博士)。

経済企画庁調査局内国調査第一課課長補佐、OECD経済局エコノミスト、日本銀行金融研究所研究員、経済産業研究所上席研究員を経て、2012 年より現職。

日経スマートワーク経営研究会座長、

経済産業研究所プログラムディレクターを兼務。

内閣府規制改革会議委員(雇用ワーキンググループ座長)(2013~16 年)などを歴任。

主な著書に、『人材覚醒経済』、日本経済新聞出版社、2016(第60回日経・経済図書文化賞、第40回労働関係図書優秀賞、平成29年度慶應義塾大学義塾賞受賞)、『雇用システムの再構築に向けて―日本の働き方をいかに変えるか』、編著、日本評論社、2019などがある。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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