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社員の才能を生かせ!~タレントマネンジメント入門~【石山恒貴×倉重公太朗】第3回

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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タレントマネンジメントを導入すると、貢献度の高い社員や、そのポテンシャルを秘めた人材を選抜することがあります。そのときに重要な役割を担うのが、HRビジネスパートナーです。現場から詳細な情報を吸い上げながら、会社の方向性と個人のキャリアのバランスを取るという難しい役割を果たしています。HRビジネスパートナーがいることで、経営陣と現場をつなぎ、タレントマネンジメントを効果的に運用することができます。またこの仕組みは、従来の日本型雇用の在り方と矛盾するものではありません。この機能を活用するには、どうしたらよいのでしょうか?

<ポイント>

・生まれながらで普遍的なA級の人材と、B級の人材があるわけではない

・人事と経営層の信頼関係がタレントマネンジメントには重要である

・タレントマネンジメントはダイバーシティーと相性が良い

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■典型的な日本企業がタレントマネンジメントを活用できた理由

倉重:ご著書にはサトーホールディングスさんという会社さんの例が挙げられていました。これはかなり日本企業らしい会社ですね。

石山:そうですね。サトーさんに行って、人事の方にお話を聞くと、「自分たちはいわゆる日本型の会社だ」ともおっしゃるわけです。

倉重:自分たちでもそう思っているのですね。

石山:ただ、僕などからすると、ある意味ものすごく特徴的な面もあります。昔から玉石混交採用をしており、多様性を重視している会社なのです。2010年当時の社長は、新聞の連載で、一部のエリート、いわゆる学歴だけで優秀だと思う人だけに任せてしまうと大変なことになるとおっしゃっています。

倉重:事業がうまくいかなかったときに大変だということですね。

石山:そうですね。「多様性を重視したほうが経営的にはいい」ということを昔から言っているところです。抜てき人事も試みているので、そういう意味では伝統的大企業とは違う側面もあります。日本企業的な特徴が一番出ているところは、全社員参加型経営です。「三行提報」というものがあって、社員一人ひとりが毎日3行会社に提案するという仕組みがあります。全社員が等しく経営に参加できるのが、いわゆる一番日本企業らしいところかなと思います。

倉重:「もっとこうしたほうがいいのではないか」「こういう工夫が考えられないか」ということを皆が3行で提案できるということですね。

石山:そうです。

倉重:玉石混交の採用、「駄目な社員を採れ」「今は駄目でも将来有能に変身する」という言葉がありました。まさにこういう時代にぴったりな作業方針だと思います。

石山:そうです。ある意味、タレントマネジメントらしいタレントマネジメントをしていると言えなくもないですね。

倉重:昔からしていたとも言えますね。入社したばかりのころは包括アプローチですから、誰がタレントというものでもなく、おそらく適者開発だったと思います。そこから社長がぱーんと抜てきすることがあるのですよね。社長はどういう基準でしていたのでしょうか。

石山:それが今のサトーホールディングスのタレントマネジメントの変革の方向性とも関わってくるわけです。昔は非常に有能だと思われていた人を徹底的に鍛える社長塾のようなものもありました。いろいろな手段を通して、最後に幹部などが「あの人ならいけるのではないか」という見立てで抜てきしたこともあります。たぶん今サトーさんが考えているのは、それを体系的にしていくことです。コンピテンシーやアセスメントなど、社長や幹部の見立て以外の方法を入れようとしているのだと思います。

倉重:それまで勘や経験でしていたことを、データや客観性を取り入れて精度を高めていくということですね。

石山:そうですね。

倉重:思い切り日本企業のような会社が、今までの蓄積をさらによくするためにタレントマネジメントをしているというお話を聞くと、導入できない会社はないのだなと思いますよね。

石山:おっしゃるとおりだと思います。そこを一番に言いたくて、このサトーさんの話を入れました。

倉重:やるのなら、経営層がかなり関与しなければいけないですね。これは事業戦略そのものですから。

石山:そうですね。正解はないと言いましたが、経営層が人任せというか、あまり時間を割かないのは良くありません。「これ、しておいて」ではタレントマネジメントは難しいのではないかと思います。

倉重:この記事を読んで「タレントマネジメントというのが大事らしいから、人事、何か企画を考えてしてくれよ」という話ではないですね。

石山:それは典型的なManagement by Magazineというやつですね。

倉重:本当にそうですね。そもそも会社としての方向性があって、「経営層はどういう人が欲しいのですか」という話ですから。人事と経営層の信頼関係がそこから派生して重要になってくるということですね。

石山:そうですね。だから経営者が時間を割くということですが、そこを専門的に支えて二人三脚する部隊が必要です。それが人事だと思います。

倉重:本を読んで難しいと思ったのが、「選抜」です。どこかのタイミングでする必要がありますよね。そのときに顕在化している能力だけで見るのか、それとも「抜てきしたらできるはずだ」という潜在的な可能性を見るのか、どういう基準で自社にあてはめたらいいのかがすごく難しいと思いました。

石山:そこを探求したいという想いもあって、この本を書きました。いろいろな論文に書いていますし、それこそカゴメさんや味の素さんなどを調査して、理解したいという気持ちもありました。タレントはある程度生まれや才能などの固定的なものだという考え方が強いのです。仮に生まれつきのものであれば変わらないので、その要素を見つけて、評価して選抜すれば良いわけです。

倉重:そんな簡単な話ではないと思いますね。

石山:そうなのです。タレントが変わるもの、伸びるものだと考えると、今見えている部分だけで評価してはいけません。最後にいきなり玉虫色の話になってしまいますが、評価すべきポイントは、顕在化している領域と潜在的な領域のどちらもあると思うのです。今成果を発揮している人だけではなくて、ポテンシャルを持っている人もいます。その人がどんなキャリア意識を持っているのか、人生にどんな目的や意味、意義を持っているのか。あるいはなぜこういうリーダーシップを取るのかは、場合によってはその人にインタビューをしなければ分かりません。

倉重:そうですね。自分のことを振り返っても、労働法に出会う前は、何のやる気も出なかったし、自分に自信もありませんでした。自分の適職にあった瞬間にがーっと力が湧いてきて、パフォーマンスを出していると思うのです。そういう人は大勢いるのではないでしょうか。

石山:そうですね。環境がフィットして、そこでものすごく力を発揮することはありますよね。

倉重:この対談では、以前作家の山口周さんに出ていただきました。広告代理店に勤めている時は本当にダメで、怒られまくっていて、すぐに辞めたそうです。でもコンサルに出会って思索を巡らせることにはすごくフィットして、「今の自分の方向性を見付けた」とおっしゃっていました。たまたmたある会社でダメであっても、それは別に才能がないとか、タレントがないとかいう話ではないですよね。

石山:まさにそうだと思います。

倉重:そのあたりは誤解されがちだと思います。

石山:ですから、生まれながらで、かつ普遍的なA級人材や、B級人材というものがあるわけではないのです。「ここに来たらものすごく力を発揮する」とか、「こうやったら伸びる」という無限の可能性はありますよね。

倉重:全くですね。一人一人が持っている才能を開花させるのがタレントマネジメントだと思います。

石山:ですから、金太郎飴のように皆に同じことをして、A、B、Cと分けるのはタレントマネジメントではないのです。人それぞれ伸びる環境が違います。本人がそこに行きたいという気持ちもあるだろうし、周囲がそれを見出して開発することの両方が必要だと思います。

倉重:よく「短所を削るより長所を伸ばしたほうがいい」と言われます。「長所を伸ばす」と言うのは簡単ですが、人事制度としてどのようにしていくのか。研修メニューを多様化する、あるいは先ほどのキーポジションを示して方向性を自分で選択してもらうなど、その企業に合ったやり方をすべきということですよね。

石山:そうですね。倉重さんが弁護士という職業に出合って力を発揮したのは、誰かが「あなたはもう弁護士しかないから、絶対にやりなさい」と言われたわけではないですよね。

倉重:むしろ「公太朗の公は公認会計士の公だ。会計士になれ」と税理士の両親から言われて育ってきました。

石山:そうすると、自分で試行錯誤したあげく、弁護士を選んだわけですよね。

倉重:そうです。会計士の勉強があまりにもつまらなかったので、放り投げて、違う資格にシフトしました。

石山:結局、個人が「そうしたい」という気持ちを持っていないとまずいですよね。

倉重:なるほど。「どうありたいか」は与えられるものではないので、自分で選択していくことが重要ですね。

石山:そうですね。そこのキャリア自律がどうしても必要です。

倉重:確かにキャリア自律の重要性は書かれていました。自分で選択するからこそ力を発揮できるものもあります。

石山:そうですね。先ほど倉重さんがおっしゃったように、自分の弱みを補正することは大事です。しかし、苦手分野の補正は効率が悪く、爆発的な力は発揮できません。僕は、給与計算は絶対に無理という自覚はあります。

倉重:人事だったのに(笑)。ミスしたときの影響が大きいですからね。

石山:そこを一生懸命頑張っても、たぶん無理だと思います。

倉重:それは得意な人がやればいいですね。

石山:そう思います。

■HRビジネスパートナーの本質

倉重:HRビジネスパートナーの重要性をあらためてお伝えいただきたいです。これがある日本企業はまだまだ少ないと思います。

石山:そうですね。先ほど「カゴメとグローバル企業のHRビジネスパートナーは違う」と言いましたが、本質では共通しています。「現場のことを経営者より分かっている」ということです。

例えば経営者が経営課題を実現するために、「この直線ルートで行きたい」と言ったとします。それは経営者の役割だと思うのです。でもそのときに、HRビジネスパートナーは「その直線ルートで行ったら、この人はかえってやる気をなくしてしまうから、ここは少し迂回したほうがいいですよ」と言えるのが強みだと思います。

例えばサイバーの曽山さんは、今はコロナ禍だから分かりませんが、以前はランチも夜の飲みも社員と会いまくっていました。

倉重:曽山さんには今度この対談に出て頂く予定です。現場のことを知るのは人事としてとてもいいですね。

石山:現場の情報を良く知っているということが、ビジネスパートナーの本質なのかと思います。

倉重:HRビジネスパートナーと言ってしまうと、「外資系の制度か」と思われるかもしれません。ですが現場の一人ひとりに声をかけたり、喫煙所でタバコを吸ったりコーヒーを飲みながら話を聞いたりすることは、古き良き日本企業がしていたことだと思います。

石山:確かにそういうところはあります。昔の信頼される人事部の人は、タバコ部屋に入ると、「ちょうどいいところに来た。今こういうところに困っていて」と相談されたりするわけです。そうすると、タレントマネジメントと言わなくとも、ある意味、頭の中に相場感が形成されていて、経営者と話しつつ、現場の状況に合わせてローテーションをしていくことができていました。それをもう少し体系的にしたほうがいいのではないかという話です。

倉重:個人の行動や努力に頼ってきたものをきちんと組織化するということですね。

石山:あと、昔ながらのやり方には透明性やフェアネスがあるのかという疑問もあります。

倉重:そうですね。たまたま喫煙所で会える人の話しか聞かないのではダメですからね。そこに多様性をどう織り込んでいくかという感じですかね。

石山:そうですね。おっしゃるとおりだと思います。

倉重:外部環境変化も、コロナ禍の今はすごく分かりやすいですね。いろいろな価値観や考え方を持っている人が強いということですね。

石山:そこはダイバーシティーの議論で言うと、表層的ダイバーシティーと深層的ダイバーシティーがあります。表層的ダイバーシティーは、性別や国籍など目に見えるものです。深層的ダイバーシティーは、見た目では分からない価値観の違いなどです。むしろその価値観の違いが大事だという話もあります。

よくあるダイバーシティー議論では、表層でも深層でも、違う人たちを入れてしまうと、その人たちで固まって、職場が分断されてしまうという議論があります。タレントマネジメントという考えがある程度浸透していくと、むしろ違う人たちがいることが弱みから強みに転じます。タレントマネジメントは、違う才能をそれぞれの場所にフィットさせて適所適材を目指します。そういう意味では、価値観の違いと非常に相乗効果があるのです。今後の方向性としても、やはりそれなのかと思います。

倉重:なるほど。よく考えてみると、高度経済成長期の日本も「同質的な労働者」と言われますが、本当に皆同じ価値観や考えだったのかというと疑問です。むしろ自由闊達的な議論もあったのではないかと思います。

石山:そうですね。たとえば『プロジェクトX』を見ていると、「本社に隠れてプロジェクトしたらうまくいきました」というのが結構あります。いわゆる闇プロジェクトのようなものです。昔の人がみんな同質的だというのも実はミスリードで、多様性はあったと思います。

倉重:そうですね。やはり失われた20年、30年を経て、日本型雇用のいいところもなくなっていったような気もしています。

石山:そうですね。常々変えていかないと、いいところの維持もできません。

(つづく)

対談協力:石山恒貴(いしやまのぶたか)

法政大学大学院政策創造研究科 教授 研究科長

一橋大学社会学部卒業、産業能率大学大学院経営情報学研究科修士課程修了、法政大学大学院政策創造研究科博士後期課程修了、博士(政策学)。一橋大学卒業後、NEC、GE、米系ライフサイエンス会社を経て、現職。越境的学習、キャリア形成、人的資源管理等が研究領域。人材育成学会常任理事、日本労務学会理事、人事実践科学会議共同代表、NPO法人二枚目の名刺共同研究パートナー、フリーランス協会アドバイザリーボード、早稲田大学・大学総合研究センター招聘研究員、一般社団法人トライセクター顧問、NPOキャリア権推進ネットワーク授業開発委員長、一般社団法人ソーシャリスト21st理事、一般社団法人全国産業人能力開発団体連合会特別会員、有限会社アイグラム共同研究パートナー、専門社会調査士

 主な著書:『日本企業のタレントマネジメント』中央経済社、『地域とゆるくつながろう』静岡新聞社(編著)、『越境的学習のメカニズム』福村出版、2018年、『パラレルキャリアを始めよう!』ダイヤモンド社、2015年、『会社人生を後悔しない40代からの仕事術』(パーソル総研と共著)ダイヤモンド社、2018年、Mechanisms of Cross-Boundary Learning Communities of Practice and Job Crafting, (共著)Cambridge Scholars Publishing, 2019年

 主な論文:Role of knowledge brokers in communities of practice in Japan, Journal of Knowledge Management, Vol.20,No.6,2016.

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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