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今さら聞けない「ジョブ型」雇用ってなに?【山本紳也×倉重公太朗】第3回

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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コロナをきっかけに働き方は大きく変わりました。リモートワークが増え、「顔を合わせない中でメンバーシップ型を維持するのが難しい」「ジョブ型に切り替えたほうがいいのでは」と言った議論が盛んになっています。経営コンサルタントの山本紳也さんは、ジョブ型にせよメンバーシップ型にせよ、仕事の軸として大事なことは「アカウンタビリティ」だと話します。働く人や組織がどういった成果を出すことが、自分の責任を果たしたことになるのか」ということを明確化し、目標にする働き方です。副業解禁などの動きもある中で、日本の働き方はどう変わっていくのでしょうか。

<ポイント>

・仕事を時間で評価する時代ではなくなってきている

・アメリカのIT系企業は古いジョブ型から脱却しつつある

・市場価値調整が日本にはない

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■ジョブでもメンバーシップでもない、「アカウンタビリティ」とは?

倉重:山本さんのブログにも書かれていましたけど、テレワークをするようになって、ジョブ型そのものではないけれども、ジョブを多少なりとも意識はするようになってきています。そういう中で問われるのはアカウンタビリティ、つまり責任感だと書かれていました。この話を少しお願いしてもいいですか。

山本さんのブログ

山本:今回の在宅オンライン勤務で皆が気付いたと思うのですが、もう仕事を時間で評価する時代ではなくなってきているのです。ここは法的な問題もありますけれども。

倉重:労働時間の問題は置いておいて。

山本:では、何が一番大事なのか、どこに軸を置くかというと、やはり先ほど話された「役割責任」だと思うのです。会社側は明確に責任を与えて、社員はそれを全うするという責任感を持ち、達成できているかどうかで評価をすることが軸になります。そういう意味でアカウンタビリティと書きました。世の中「メンバーシップ型か」「ジョブ型か」という議論になっていますが、仕事を全うする上で大事なのはアカウンタビリティだと思います。

 そこを軸にしてよりジョブ型に近づけて、自由度と選択肢、責任度合を高めるのか。あるいは、アカウンタビリティを軸にして、頑張っている時間まできちんと見てあげるメンバーシップ型に近いアカウンタビリティ型にするのかは、今後試行錯誤される気はしています。

倉重:そうですね。

山本:でも、やはり責任は明確にしなくては駄目ですね。

倉重:そうですね。表面だけのジョブ型議論をしてしまうと意味がないと思っています。ただ、今の日本型雇用の中でも「今日のあなたの仕事はこれです」「今月はこれが目標です」「そのための役割はこれです」と、一応決めようと思えば決められるわけです。その中でも「仕事は会社が決めることだ」「能力開発は会社でやるものだ」「異動に関しては全て受け入れろ」という話だと、また選択できない雇用慣行になってしまいます。それは、ジョブ型の表面をなぞったもので、たぶん失敗するだろうと思うわけです。

山本:そうですね。難しいのは、やはり雇用の流動性とどうからめていくかということです。

倉重:本当の意味でのジョブ型が成り立つには、一人ひとりの成熟した労働者が、自立し、対等な契約を結んでいくというイメージです。今のまま働く意識も変わらず、ジョブ型にするのは難しいのではないかと思ってしまいます。

山本:全くその通りだと思います。そこは徐々にやっていくしかないでしょうね。どうも最近、あまりに軽く議論がされているのが引っ掛かります。

それともう一つ、最近この議論を世の中でうたっている人が評論的になっているというか、発信者と受信者のスタンスが一致していないのです。とくに増えてきているのは、スタートアップベンチャーや、フリーランスで仕事をしている人たちです。僕もそうですが、彼らはジョブ型が合っているのです。

倉重:個人事業主マインドを持っている人ですから。

山本:そうです。そういう人たちが発信している「みんなジョブ型になれば、僕みたいにハッピーになれるよ」というトーンは違和感があります。

倉重:確かにそれは、また違いますね。

山本:やはり価値観や性格、家庭の事情、あるいは自分のライフスタイルなどを鑑みるとメンバーシップ型が合っている人たちも沢山いるはずなのです。僕はそういう場を残すべきだと思っています。皆で「ジョブ型がいいんだ」と言い出してしまうと、ジュブ型がいいと思っている会社にとっては好都合でしょうが、メンバーシップ型でうまく働けてハッピーだった人たちまで、ジョブ型に引っ張られておかしくなるのではないかという不安があります。

倉重:なるほど。やはり無理やり形だけジョブ型に合わせにいくとおかしなことになりますね。

山本:そういう気はします。

倉重:実際にコンサルをされて、たくさんの企業と関わる中で、うまくジョブ型に移行しているところはありますか。

山本:旧来のメンバーシップ的なものが残っていながら、働き方や働いている人の意識はジョブ型になっている点では、リクルートは昔からそうです。サイバーエージェントや外資系企業でも、そういうところは多い気がします。

ただ、それは制度の問題ではなくて、本人がやりたい仕事ができているか、本人が納得してその仕事に就いているかという話です。長年、上司も部下もそうだと、考え方やカルチャーがジョブ型になっています。

倉重:なるほど、人事制度ではなく企業文化が重要ということですね。

山本:そう、文化です。そういうところはあるのではないかと思います。

倉重:文化をこれから作るのはどうしたらいいのでしょうか。

山本:それが簡単にできれば、コンサルティングは儲かって仕方がないのでしょうね(笑)。こういう時に、よく出てくるリクルート、サイバーエージェント、グローバル企業で言えばGoogleなどは、変革してそうなっているのではありません。創業者が最初からそういう組織を創ろうと思って創っている会社なのです。

倉重:なるほど。

山本:スターバックスもそうで、創業時から明確なビジョンがありました。出来上がった文化を途中から変えることは、とても難しいのです。後から文化を大きく変えて成功した企業の事例はなかなか出てきません。

倉重:これは絶望的な話になるかもしれないです。

山本:今は過去をベースの働き方の話をしているけれども、在宅オンラインで色々気付いたように、やはりICTデジタル化、AI化の中で、いろいろな働き方改革が出てくると、仕事の成り立ちやプロセスの在り方も変わってきます。働き方もそれに合わせて変わってくると思うのです。

このジョブ型、メンバーシップ型というのは、違う視点も含めていろいろな働き方が出てくるはずです。アメリカもIT系を中心に、古いジョブ型ではなくなっています。先の見えない時代、いつ仕事が変わるかわからない時代には、ジョブディスクリプションでガチガチに定義したジョブ型ではなく、大きな責任や役割だけを決めて契約する、先に出たアカウンタビリティ型のような組織が増えているように思います。このような変化の中で、どう変えていくか、変わっていくかというのは、たぶんすごく難しい問題ですが、エキサイティングでもありますよね。

倉重:その時に重要なキーワードになるのが先ほどから出ている「選択」だと思っています。労働者は自ら納得して選択できるかどうかだし、企業はそれに対応したメニューを複数用意できるかという話ですよね。

山本:正に。教育もひと昔前のゆとりからはだいぶ変わってきているという話もありますが、アクションラーニングにすればいいかというと、そんなに単純な話ではないと思います。学校教育や会社の在り方が、徐々に変わってきます。毎日の過ごし方や働き方を、本人に考えさせることで、少しずつ本人の意識も変わっていくでしょう。それを生かすようなマネジメントや会社のスタイルになっていかざるを得ないのだと思います。

倉重:なるほど。好むと好まざるとに関わらず、そういう方向にはなっていくだろうと。

山本:最近はよく心理的安全性のことが言われていています。ベタな話ですが、上司が「お前はどうしたいんだ?」と聞いたのに、「そんなこと、うちの会社でできるわけないだろう」と否定してしまったり、「人事に希望を出しているけど、それが通ったことはない」という話を耳にしたりすることはよくあります。表面的には、いろいろ言っているし意識はしているのだけれども、実態が全然ついてきていないというケースです。人事制度や、評価、報酬といった話だけではなくて、現場の在り方や、普段のコミュニケーションの取り方を意識して変えていかなくてはいけません。個を生かす前に、自分のやりたいこと、なりたい姿を考えるような場をどうやって作っていくのか。それをセットで考えていかないと、先ほど言われた自立のようなところまでいかないと思います。

倉重:これは、個の在り方が問われるし、人との関わり方が変わるという話ですものね。そういう意味で、もし日本型雇用が変わっていくとしたら、どういう方向が良いと思いますか。

山本:難しい質問ですね。最もありそうなのが、職種ごとに仕事や役割責任、働き方が違ってきているので、ゆるく職種ごとに社員区分ができて、その区分ごとに雇用契約内容が異なる。但し、その職種の中では専門性を問われるものの異動もある、ある種メンバーシップ型の要素も残しつつ、ジョブ型要素が強くなる。そんな方向性が今後模索されるのだと思います。ただ、逃げるわけではありませんが、多分一つの正解はないと思います。もう今の時代、会社ごとに違うだろうし、違うべきだとも思います。そう考えると、やはり、専門家であるはずの人事が、メンバーシップ型、ジョブ型、あるいは世の中にある会社と社員の関係性をとことん勉強しなくてはいけない。よく見ると、欧米の会社だって、メンバーシップかジョブにキレイに分かれてはいません。Googleなどはどちらでもなくて、先ほど僕の話したアカウンタビリティ型に近いわけです。

倉重:なるほど。確かに先が見えない未来に向かっていく仕事では、かっちりと仕事の範囲は決めない方が良いですものね。但し、役割に見合った責任は持っていただくと。

山本:そういうところをきちんと勉強して、何が違うか、どういう利点とマイナス点があるか、ビジネスと関連付けて、人事がきちんと語れるようになる必要があります。「こういう働き方や仕事のやり方、組織の形があります。社長、役員の方々、どうしましょう」と話せるようになる必要があるのです。「私は人事の専門家として、いろいろな会社を研究して、かつ、自社の今のビジネスの状況を考えると、こういうスタイルがいいと思うのですけれども、皆さんで議論してもらえませんか」と社長に提案する。そういうステップで考えられると、「うちはこういう考え方なので、こういう働き方を推奨します」と話せるようになります。また「うちはこういう会社なので、働きたい人は応募してください」「こういう人生を送りたい人は来てください」と語れるようになります。そう簡単には十社十様にはならないと思うのですけれども。会社のカラーや文化が明確にできるので、転職する人や学生も、自分で考えて会社を選択するようになります。そして、ベストマッチが図れます。

 その流れの中で、ある程度メンバーシップ型でありながら、それぞれのアカウンタビリティを明確にしていき「仕事の責任は問います」という形ができるのでしょう。

 とはいえ、そう簡単に辞めてもらうことはできないでしょうが、ある程度きちんとメリハリをつけた人事にしていく必要があると思います。セカンドチャンス、サードチャンスまで与えるのか、チャレンジすることと失敗することは何が違うのか、そういう会社の考え方をマネジメントが共有できる状態を作っていかなくてはいけません。会社のカルチャーを作っていくというのは、やはり軽視してはいけない思います。

倉重:そうですね。Googleなどの外資系企業でも、ジョブはあるけれども、その他と関連する仕事や、部署横断的なプロジェクトもあったりします。「契約に書いていないことはやらないよ」ということがジョブ型と考えてしまうと、おかしな話になりますよね。

山本:そうです。最近、コンサル会社を含めいろいろな人が出しているメッセージや宣伝を見ると、「ジョブ型に移行するためのジョブ・ディスクリプションの書き方」というような記事が多く出てきています。ある意味、ジョブ・ディスクリプションと言っている時点で、もう古いのです。ジョブ・ディスクリプションの書き方は、アメリカでは50年前のコンサルです。少なくとも、今グローバルで活躍している会社は、そこに対する議論はどこもしていないと思います。

倉重:むしろ、どうやったらクロスボーダー的に個人の、部署の、会社の垣根を超えて仕事を発生させるかということですよね。

山本:そうです。アカウンタビリティだけを押さえて、詳細な中身を規定する必要があるかどうかは、議論されなくてはいけません。これだけ世の中が変わってきて、新しい技術や新しい考え方が出てくる時代に、ジョブ・ディスクリプションでガチガチに縛っていては絶対に駄目です。

倉重:アカウンタビリティを果たすには、どうしたらいいのですか?

山本:アカウンタビリティ、日本語に訳すと結果責任、あるいは説明責任という言葉です。やっぱり重要なのは成果だと思います。「これをやってください」と単に役割を付与するだけではなく、「こういうアウトプットを期待していますから、あなたの成果として考えてください」という目標を明確にしなくてはいけません。もう一つ重要なのは、成果責任とともに権限をセットで与えるということです。

 本人が「分かりました。受けます」とサインしたところで、それを達成するために必要な権限やリソースが与えられていないと、目標が「絵にかいた餅」になってしまいます。そういう意味で、役割責任と権限がセットになったアカウンタビリティ・ディスクリプションのようなものがあるといいかもしれません。

倉重:重要なのはそこですね。やはり「ジョブ」と言ってしまうと、業務や作業というイメージを持ってしまいがちですが、そうではなくて、何をすべき役割なのか、責任をどこに負っているのか、それに伴う権限がどこまであるのか、明らかにすべきはこちらですよね。ジョブ型というものを本当に「業務」と捉えてしまうと混乱すると思います。

山本:そうですね。そういう意味では、人事も社員も、そして学生も混乱しているかもしれません。米国型というか、ジュブ型の世界スタンダードともいえる、大手人事コンサルティング会社のジョブの考え方についても少し話しましょう。

コーンフェリーヘイのジョブグレーディングシステム、マーサーでいうとポジションエバリュエーションシステムは、基本ホワイトカラー用だと思った方が良いでしょう。元来、ブルーカラーの作業者の差を細かく測るようにはできていません。

 この類の報酬調査レポートでは、指数的にカーブが上がります。旧来の日本企業の報酬カーブは直線に近く、それほど指数的に上がるということはないので、違和感を覚えた方も多いと思います。ただ、あれは軸が給料の話です。ただ、実は給料だけではなく、グレードそのものが、ポジションが上がると共に指数的に上がるような作りになっています。責任の重さや影響力のウエイトがとても高くなっています。責任の範囲が課から部に、部から事業本部に、事業本部から会社全体に上がることによって、グレード自体が指数的に上がるつくりになっているのです。

 だから、どんなに素晴らしい技術を持ったエンジニアの仕事でも、その責任の大きさが大きくならない限り、等級は上がりません。仕事の大変さ、量や煩雑さの問題は考慮されないません。仕事に要求される知識やスキルなどの専門性はもちろん反映されますが、責任範囲のウエイトには及びません。いかに事業や会社に影響する大きな責任を負っているかが点数を大きく左右します。本社の経営企画や人事企画の仕事というのは、担当者レベルでもやっていることが全社に影響を及ぼすため、結構高いポイントが付くのです。ただ、これも欧米的に、本当に専門家が責任を負っている仕事という前提とセットになっています。「全ての責任は部長」というのとは違います。システム自体がそういう作りになっているのです。

ただ、そこにはもう一つ日本とは大きく異なるポイントがあります。グレードはあくまで社内の序列です。報酬水準はその序列ではなく市場価格で決まります。市場での需給バランスです。ある特定技術を要する仕事の場合、グレードは高くならなくても、仕事の市場価値が向上すれば給料ははね上がります。そこが「グレード序列=給与序列」という日本とは、根本的に異なるところです。

倉重:市場価値調整があるということですね。

山本:そうです。そこの明確な縦横の軸が日本にはありません。そういうことを全て含めると、日本企業が簡単にジョブ型に移行できるかというと難しいところだと思います。

(つづく)

対談協力:山本紳也(やまもと しんや)

株式会社HRファーブラ代表 (元PwCパートナー)

上智大学 国際教養学部 非常勤教授

早稲田大学 国際教養学部 非常勤講師

IMD Learning Manager & Business Executive Coach

1985年慶応義塾大学理工学部卒業後、エプソンにてソフトウエアエンジニアとして従事後、イリノイ大学MBA修了。その後、約30年(内15年間PwC)に渡り組織人事コンサルタントとして活動。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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