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コロナ禍で働く人の意識はどう変わるか~3000人意識調査の分析~【江夏幾多郎×倉重公太朗】第3回

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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日本の雇用慣行には、コロナ以前からほころびが見えていました。これまでの雇用関係では企業が従業員の雇用を保障する一方、従業員は企業の人事権に服することが、実質的に義務化されていました。しかし、人口が減り、労働力不足になる未来に向かって、企業は採用競争力を高めていかなければなりません。3000人超の意識調査の結果から、アフターコロナでどのような会社や働き手が求められているのか、江夏さんと一緒に考えました。

<ポイント>

・自分の信念を貫く人が、ポジティブな変化を起こしつつも仕事エンゲージメントを下げる理由

・経営理念の実現を意識している人ほど、ポジティブな職務行動が引き起こされる

・状況の変化への対応を可及的速やかにしていくという柔軟性が企業に求められている

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■ウィズコロナ時代の働き手に求められること

江夏:現在、出版のために報告書で出したものよりもより正確な調査を行っています。今回の調査では、個人の気質に関して、周りに同調せずに自分の信念を貫く程度について聞いています。「上司や同僚が『これをやれ』と言っている。でもやりたくない。そういう時はどうしますか」とか。あるいは、「上司や同僚は別にあなたに求めていないけれども、あなたが嫌なことをやっている。あなたは合わせますか」とか。自分の信念を貫く人のほうが、労働時間は短いし、孤立感も抱かず、仕事の中で前向きな変化を起こす傾向があるのです。しかし、仕事エンゲージメントは低くなります。こういうことが統計的に強く出ているのです。自分を貫くほど、状況にがっかりしてしまうかのようです。

倉重:それは以前から変わったということではないですよね?

江夏:変化を追っていないので、正直変わったかどうかは分からないのですが、自分の信念を貫いて、周りに流されないという人ほど孤立感を持たないというのは、「人付き合いなんて、必要に応じてやるだけで十分だ」みたいなところがあるのでしょうね。そもそも人間関係を作れているということの定義が、周りと同調しながら生きている人とは違うのでしょう。

倉重:「あいつとは別に仲良くしなくていいや」とか「上司に何を言われても気にしねえよ」という感じなのでしょうか。

江夏:そういうところですね。グラフを見るとやや少数派ではありますが、このコロナのご時世でも、自分を貫く人ほど孤立感を感じにくいし、仕事の中で積極的なアクションをしているという結果が出ているので、ウィズコロナの働く人の素養の一つになるかもしれません。ただ、そういう人ほどエンゲージメントを感じにくいというのは、企業側としてはずいぶんともったいないことをしているわけで、対処が必要になると思います。

周囲の状況への順応姿勢についての度数分布
周囲の状況への順応姿勢についての度数分布

倉重:そうですね。そうなってくると、メンバーシップ型で社内向けの仕事をしているよりも、ジョブ型的に「自分はスペシャリストとしてこの分野をしていくのだ」という気持ちがあるほうが強いと思ってしまいますね。

江夏:メンバーシップかジョブかということは、やや慎重に検討したいところです。強い帰属意識を持ちながら周りにがんがん働きかけたり、自分の信念を押し通したりという人もいると思います。そういう人たちの集団があってもいいでしょうし。

倉重:それは理想的な集団ですね。

江夏:自立した個人がジョブベースで契約するのとは別の世界に、我慢して働きながら徐々に会社に依存するしかなくなる人を多く生み出すメンバーシップ雇用がある、というベタな二極ではありません。

倉重:確かにそうですね。みんな帰属意識が高く、それぞれ前向きに頑張っている組織なら、それは非常に強いと思います。

江夏:そういう人たちが「自分を高く買ってくれるところで働く」となるのか、あるいは「私の生涯を賭けてこの会社を良くしていく」となるのか、それぞれだろうなとは思います。

倉重:高度経済成長期の日本企業はそんな感じだったのだろうと思ってしまいますね。

江夏:本当にそう思います。少し話はそれますが、ダイバーシティーマネジメントの文脈では、「日本企業は男性、日本人、ある年齢層中心で、価値観は均質であり続けた」と言われています。ただ、それこそ高度経済成長期の職場は、今ではハラスメントと見なされかねない部分も含め、自分を出してがんがん意見を言い合っていた印象があります。直接経験したわけではないのですが。確かにデモグラフィーという意味では均質的だったかもしれませんが、内面での多様性は結構あったのではないでしょうか。

倉重:そうですね。人事や経営層が意識しなければいけないところがあり、これからどうしても漠として不安感があります。上からの雇用維持や給与水準の維持といったことに関する情報発信が、「企業として今後こういう方向に行きますよ」というメッセージも含んでいるのではないかと思います。そういうものがなくて不安だと感じる人が多いのですか?

江夏:今回の調査では「あなたの所属企業は何をやっていますか?」ということを調べましたが、雇用維持や賃金水準などに関する話を社員向けに出している企業が、そうでない企業と比べてやや少ないという結果は出ていました。今後を見据えた能力開発機会の提供についても同様です。将来を見据えた指針の提示や事業や業務体系の見直しについても、それほどアクティブではありません。半面感染リスクを下げるといった目先のコロナ対応や、ワークライフバランス対応は割とされていました。先行きが不透明なので仕方がない部分もありますが、雇用や経営の根幹に関わること、長期的視点に立つこと以外から、手をつけてきた感じです。

所属企業による対応の度数分布
所属企業による対応の度数分布

倉重:目の前のことは対応した、ということですね。

江夏:また、これらの項目の間では、相関自体は強く出ました。例えば、社員向けの雇用についてきちんと話している組織は、能力開発機会も豊かに提供する傾向があります。ですので、今回は個別の施策の効果ということは見ていませんが、全体として、目先のコロナ対応に留まらない、長期的で包括的、かつ具体的な経営対策をしていることの影響は調べました。社員の積極的な行動や新しい領域を開拓すること、これまでの価値観を見直すことを促す傾向が顕著に出て来ました。

 その半面、従業員の積極的な心理を促すという点については、全体的にはあるのですが、行動への影響と比べるとやや弱いものに留まりました。

倉重:コロナに関しては、緊急対応のフェーズはもう終わって、各企業は当面どう向き合っていくかということを問われていると思います。その中で、人事や経営層は、毎日必死にどうしていこうと検討されているはずです。日々業種・業態をどうするか、事業転換するのかまで含めて考えている企業が非常に多いかと思います。もちろん言える範囲、言えない範囲があるとは思いますが、それが全く従業員に伝わっていないと、「今何を考えているんだ、この会社はどうなろうとしているんだ」という不安になってしまいますよね。

江夏:それはあると思います。繰り返しになりますがこのような不透明な状況なので、従来の経営計画のように確かなものはなく、絶え間ない試行錯誤や頻繁な軌道修正が求められるかもしれませんが、こうした経緯について従業員と合意を取りながら、企業として常に指針を持ち続けることが必要でしょう。なお、4月以前も含めて、企業がこれまでしてきたことが7月時点の就労者の心理や行動にどういう影響を及ぼしているか調べてみたところ、「これだけコロナ対策をしてきました」というところに関しては、7月時点の従業員の心理や行動には特段影響しないことが分かりました。

倉重:そうなのですか。

江夏:4月時点の心理や行動には割と影響があったのですけれども。ですので「コロナ対策をやっています」というだけでは、企業から従業員の働きかけとしては不十分です。むしろアフターコロナを見据えた経営としてどこを目指すのか、「あなたたちとはこういう関係でやっていきたい」というビジョンを、実際の施策やアクションの裏付けをとりながら発信していることのほうが、従業員にとっては重要なことなのです。状況の変化への対応を可及的速やかにしていくという柔軟性を企業が発揮することが、従業員の心理や行動をより前向きなものにするという結果が出て来ました。

倉重:いいですね。これは各企業にとって本当にすごく大事なご指摘だなと思いました。目の前のことで対応に追われていますから。これは緊急ではないけれども重要なことですよね。われわれはどこに向かうのかと。

江夏:そうです。目線は数年後とか、場合によっては10年後に関わることをすぐにやっていく。「だからこれから1年かけて検討します」では少し遅いということです。

倉重:「われわれはどういう企業になります」とか「そのためにどういう従業員であってほしい」ということ。あと「経営層は意見を発信する」ということですね。

江夏:そうですね。企業の仕組みを変えようと思ったら、場合によっては労使協議などがあるのでしょうが、使用者側と労働者代表側の両方が従来のスケジュール感で大丈夫というふうに思っていたら、従業員の失望のようなものを招くのでしょう。

倉重:「もう春闘が終わったから、来年の春でいいか」ではないですよね。

■経営理念の有用性が示された

江夏:分析して面白かったのは、経営理念の有用性が見出されたことです。仕事の中で経営理念を意識したり活かしたりしている人ほど、ポジティブな職務行動が引き起こされる傾向があります。ここでいうポジティブな職務行動とは、仕事エンゲージメントが高い、既存業務の改善と新規領域への挑戦を共に行う(両利き行動)、周囲との関係構築に勤しむ、仕事の面での変化を実際に生み出す、という事柄です。

倉重:こういう価値観の大転換が起こり得るときは、われわれが何のために存在するのかという根幹の部分がすごく大事だという気がします。

江夏:そうですね。経営理念を意識したり、仕事の中で理念をどう体現するかを工夫したりするのは、愛社精神や会社への依存心が強い人ではなくとも、「この数年で私はこれを達成したい。それを達成する場でありパートナーがこの組織だ」というところもあるでしょう。組織に身を置いている以上、その期間が一時的とは言え、理念の実現に全力を注ぐことが自分の成長やキャリアにつながることだという考えがあらわれています。

倉重:そうですね。組織の方向性と自分のやりたいことが、この数年は一致しているということですね。それは意外なことでしたか?

江夏:私自身は経営理念という抽象的で精神的なことに正面から向き合うことが個人や組織の学習やイノベーションに繋がり得ると考えていますが、多くの人はそう捉えていないのではないのかと思っていたのです。イベントをしているだけで、形骸化した理念に醒めている人が多いのではないかと思っていました。

倉重:確かに社長が適当に作ったとか、無理やり暗唱させているようなところは全然駄目ですが、うちの事務所も従業員と一緒に考えて、共感を得られるような経営理念だと効果があるなと思いました。

江夏:今回は、質問の仕方が特徴的だったのかもしれません。「日ごろの仕事の中で経営理念を生かしていますか」という聞き方でした。「意味はありますか」とか「職場で唱和していますか」という聞き方はしていません。

■コロナにおける会社の姿勢が個人の後押しになっている

倉重:また、調査結果には「心理面では後ろ向きでも、行動面では前向きである」というご指摘がありました。このあたりはどういう意味ですか。

江夏:普通の状態だと、心理的にネガティブな人は行動もネガティブだし、心理的にポジティブな人は行動もポジティブということが多いでしょう。前向きに行動していたら気持ちまで前向きになるという、逆のこともあります。

ただし、こういうご時世なので、心理的あるいは行動的にネガティブになりやすかったり、両者が連動するところは弱まったりする可能性があります。「正しく恐れる」ではありませんが、生活面や社会面、経済面、あるいは疫学的なリスクを意識しながらも、閉じこもらない生き方を実践することはすごく大事なことだと思うのです。

倉重:そうですね。今は生存本能が優位に働いていますからね。

江夏:リスキーな状況を恐れるあまり、仕事の流れをフリーズさせたり、従来のやり方を繰り返したりするだけでは駄目だとは思うのです。もちろん、そういう心理と行動が引き裂かれたような状況がどれだけ持つのか、5年、10年それを続けるのがいいことなのか、そもそも可能なのか、ということは慎重に検討すべきですが。

倉重:緊張しながら生きていくということですものね。

江夏:そういう人がどの程度いるのだろうと思って分析しました。心理的にポジティブかネガティブか、行動面でポジティブかネガティブかで、4象限に分けてみたのです。現状心理的にはネガティブ方面が強いけれども行動面ではポジティブ方面が強いという人が全体の4分の1よりもやや多かったのです。

倉重:なるほど。だから今後は、心理的にポジティブというのは難しい状況ではあるけれども、「それでも何とかしよう」という心の表れでもあるのでしょうか。

江夏:そうですね。そういう人がいましたということですね。不安定な心理状態の中でも積極果敢に状況に適応しようとしている人はどういう属性を持っているのかを調べてみました。

倉重:どういう人が不安定な状況でも強いのかという点こは興味があります。

江夏:所属する会社が将来の経営方針を示し、それに即した実際の対策を行っている人ほど、心理的な不安定さの中でも行動面での積極果敢さが現れる確率が高い、ということが分かりました。会社の姿勢が個人の後押しになっているということでしょう。

ほかに、職務特性の話になりますが、仕事のプロセスに加えて、結果、つまり仕事の出来不出来がほかの人の動向に大いに左右されることがあります。そういう職務に従事する人ほど、消極的な心理と積極的な行動が同時に強くなる確率が高まります。同僚の動きに振り回されやすいというしんどさの中でも、あるいはそうだからこそ、懸命に仕事に取り組むわけです。

倉重:不安定だからこそ、もがいているのですね。

江夏:本当は前向きな心理で前向きな行動をするほうがいいのでしょう。ただ、日本の就労者の少なくない部分が、つらい心理なりに積極的あるいは着実にやっている、やろうとしています。そういう人が一定のボリュームでいることが、良いことなのかどうか、正直分かりません。

倉重:そうですね。無理がたたって疲れてしまうのか、それとも未来が開けてやっていけるのかはまだ分からないですからね。

江夏:そういう意味では、この仕事の特性というのは大きいことだなと思います。

倉重:なるほど。さて、今は私がこの調査で聞きたいことをいろいろ聞いてきましたが、江夏先生がこの調査を設計して、まとめて、いろいろ感じられたことを最後にフリーに語っていただきたいです。

江夏:先ほど言ったことの繰り返しになりますが、働く個人がこういう状況に行動面、心理面の両方で適応するために必要なこととして抽出されたのは、もともと日本企業の経営課題だと言われていたことなのです。

倉重:例えばどのような点でしょう?

江夏:「あなたの役割はこうですよ」ということを会社や上司から示されて、「私の役割はこれなんだ」ときちんと意識できる。あるいは、自分が「やりたい」「やるべき」だと思っていることについて、会社や上司と交渉して実際にやれる。これはジョブディスクリプションを公式的に導入しなくても実現できます。

倉重:その会社で今やっている仕事の意味とか?

江夏:そうです。そういうことについての合意形成です。さらには、自覚された役割を実行するために働く人自身に裁量が与えられているということ、あるいは将来の仕事やキャリアについての目的意識を持つことなどです。

倉重:成長の実感があるとか?

江夏:そうですね。あるいはエンプロイアビリティなどの仕事能力、困難な状況でもへこたれずに済むような心の有り様(レジリエンス)、社内外での人脈、こういった様々な「資本」を蓄積できている人が状況にうまく適応できています。社員一人ひとりが自らの力を素直に発揮しやすいような職務環境の整備。強いビジネスパーソンとなるための能力向上の機会提供。これらを特に近年の日本企業は十分に行ってこなかったということが言われています。企業としては、あるいは働く個人としては、長期的に見て重要な取り組みを先送りせずに、日ごろから蓄積していくことが大事なのだということがあらためて実感できました。

倉重:本当ですね。コロナ、コロナで緊急対応を言われて、目の前のことだけしているのではなく、自分にとって大事なことは何なのかと。

江夏:ですので、元々は「コロナ調査」だったのですが、発見された事実はコロナとはあまり関係なくて、普通の組織論や人的資源管理の調査結果のようになってしまいました。半分残念なのですが、「ああ、昔からの課題の重要性がこういう状況でも重要なんだな」ということがあらためて認識されたというところが、調査をやった上での私の一番の感想です。

倉重:それはすごく大事です。コロナ対応だけで終わってしまうと、本当に実際、本来持っていた課題が何も解決していないということになります。

江夏:そうです。コロナ対応は、コロナが過ぎたら終わりです。今後も感染症と共に生きざるを得ないということも言われますから、ずっと効果が続いていく、効果を積み上げていくような対応をしなければいけません。そういう時こそ、働く側も働いてもらう側も、長期的な、かつ前例に囚われすぎない目線を持たないといけないと思っています。

倉重:経営側もあらためて方向性、理念を提示して、どういう従業員になってほしいかをきちんと語ってほしいなと思いますね。

江夏:ですから、ジョブ型かメンバーシップ型かといった話は、そういう文脈ですべきなのです。コロナのドタバタの中でも、会社は従業員と共に何を成し遂げたいのか。より多くの人により多く報いるために、どういう事業創出や社員への機会提供を行うのか。大きなグランドデザインの中で説明しないと、人事施策の一つひとつについて社員も納得しないだろうと思います。ちなみに、メンバーシップ型でのみならず、ジョブ型でも社員の能力開発投資を惜しむべきではありません。そうでないと、社内のポストにマッチした人々を揃えられませんから。

倉重:そうですね。グランドデザインという意味では、それこそ国も、これからの20~30年、あるいはもう少し長いスパンで、「そもそも日本で働くというのはどういうことだ」というグランドデザインを持つ必要がありますね。さらに企業の中、個人としてのキャリアデザインをするという話ですものね。

江夏:おっしゃるとおりだと思います。

倉重:非常に転換点だなということはあらためて意識しますし、だからこそ、本質的な、これまで持っていた課題が重要だという話にも納得です。

(つづく)

対談協力:江夏 幾多郎(えなつ いくたろう)

神戸大学経済経営研究所准教授

1979年生まれ。一橋大学商学部卒業,同大学にて博士(商学)取得。名古屋大学大学院経済学研究科を経て2019年より現職。専門は人的資源管理論,雇用システム論。主著に『人事評価における「曖昧」と「納得」(NHK出版)など。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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