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2つの最高裁判決、結論が逆となった理由~日本版同一労働同一賃金問題のその先へ~

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)
(写真:アフロ)

 先週、正社員と非正規雇用者の同一労働同一賃金に関する2つの最高裁判決(正確には5事件ですが13日と15日に出されたものをまとめて表記します)が話題となりました。

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 13日の大阪医科薬科大学事件・メトロコマース事件は賞与・退職金を支給しないことが「不合理ではない」(=支給しなくて良い)とされ、15日の日本郵便(佐賀・東京・大阪)事件では、各種手当・休暇に関する待遇差が「不合理」(=支給すべき)であるとされました。

 非正規雇用者の待遇改善に関する判決なのにどうして結論が違うの?矛盾しているのでは?と思われた方もいるのではないでしょうか。

 しかし、両者の判決は矛盾しておらず、整合的に理解することが可能です。むしろ、最高裁は、近い期日で立て続けに判断を下したことにより一定のメッセージを出そうとしていると考えられます。以下、その点について解説します。

 まず、賞与・退職金についての最高裁判決の読み方は前記事をご覧ください。

(どんな場合でも賞与・退職金を支給しなくて良い訳ではない点に注意が必要です)

 日本郵便事件で問題となったのは、扶養手当(家族手当のようなもの)、年末年始勤務手当、夏季冬季休暇、祝日給、病気休暇そして高裁判断が確定している住居手当です。

 ちなみに、日本郵便事件においても、賞与に相当する夏季冬季手当については支給しないことが「不合理ではない」とされています。

 つまり、手当や休暇と賞与・退職金で結論が分かれたことになります。

 この違いは何故なのでしょうか。

1 手当・休暇に関する考え方

 まず、日本郵便で不合理とされた手当・休暇について、これは既に先行した最高裁判決が2018年6月1日にありました。同一労働同一賃金に関する初の最高裁判決(リーディングケース)であるハマキョウレックス事件・長澤運輸事件最高裁判決(いずれもトラックドライバーの事案)においては、通勤手当・無事故手当・給食手当・作業手当・皆勤手当・精勤手当などが不合理とされており、いずれも手当です。

 「不合理」か否かの判断要素は、1業務内容、2責任、3配置変更範囲、4その他の事情の4つです(労働契約法20条・パート・有期法8条で共通)。この4つの要素から「説明がつかない」ものは、「不合理」とされやすいのです。例えば、多少の業務や配置変更範囲の差があったとしても、通勤手当については正社員も非正規も「通勤」します。同じトラックドライバーであれば「無事故」が求められるので無事故手当を、毎日出勤する必要性がある点が同じであれば皆勤手当や精勤手当の相違については上記4要素で説明がつきませんので、「不合理」ということになります。

 

 一方、ハマキョウレックス事件において「不合理ではない」とされた手当もありました。それは住宅手当です。住宅手当は、正社員には全国転勤があり、住居を転々とする必要があるところ、従業員の住宅に要する費用を補助する趣旨で支給されます。仮に、これが支給されないとすれば、転勤のない非正規雇用者に比べて正社員は転勤の都度住宅費がかさんでしまうことから、正社員にのみ支給することも「不合理ではない」とされたのです(3配置変更範囲の相違。なおメトロコマース事件・日本郵便事件においては正社員に転居を伴う転勤が無いため、相違が説明できず「不合理」)。

 このように、手当については、その支給趣旨が特定しやすく、1業務内容2責任3配置変更範囲4その他の事情の4要素から説明がつかなければ不合理とされやすいため、今回の日本郵便事件における扶養手当(正規であれ非正規であれ扶養する家族が居れば同じ趣旨が妥当)・年末年始手当(同じ年末年始に勤務している)、夏季冬季休暇(夏と冬に休むのは国民的慣習)・病気休暇(ある程度長期雇用者は病気の治療に専念させ、継続雇用を確保する)など、業務内容や責任、配置変更範囲の相違から待遇差を説明できないので、「不合理」とされているのです。

 2 賞与・退職金(・基本給)に関する考え方

 一方で、賞与・退職金については、共通するポイントがあります。それは基本給と連動しているということです。細かな違いはあるものの、多くの会社では基本給をベースに、「○ヶ月分」という賞与の決め方、「基本給×勤続年数」などの退職金の計算を行うという、いずれも基本給をベースとして金額が決まるという仕組みになっており、大阪医科薬科大学、メトロコマースも同様でした。

 ここで、基本給の制度・考え方については、年功序列、成果重視、役割責任や役割期待を重視する、市場価値を重視する、社内バランスと中途入社のバランスを重視する、業務の重要性によって差異を設ける、職務ごとの賃金を設定するなど、本当に企業ごとに様々な要素を様々なバランスで構成していますので、各企業ごとに違いすぎる内容です。

 この違いこそが正に人事裁量であり、企業人事の腕の見せ所なのですが、つまり、基本給とは、賃金の根幹部分であり、この点は正に人事裁量が最重要視される場面で、例えば中途入社の人の賃金水準を決めるなどが正にそうです。

 よって、この点に裁判所が口を出し過ぎるということは、手当は通常金額が一律であるのに対し、基本給は各人の人事考課などにより異なるのことから、これを突き詰めると裁判所が賃金設定や人事考課をする話になってしまい、企業の人事権が認められなくなってしまうので裁判所としても、よほど不合理という場合でない限りは踏み込みづらいのです。

 (裁判所が給与水準を決める社会というのはもはや資本主義と言えるでしょうか・・・)

 そして、賞与・退職金のベースとなる基本給については、1業務内容2責任3配置変更範囲4その他の事情という4要素が相応に異なっている場合には、人事裁量の範囲内であるため、「不合理ではない」のです。

もっとも、これは4つの要素に相応の違いがある、という前提に注意を要します。大阪医科薬科大学もメトロコマース事件も、業務内容・責任の相違、そして配置変更範囲の相違が丁寧に認定された結果、両者の相違は「不合理ではない」とされています。

3 両判決の違いは整合的

 このように、手当・休暇等の労働条件については支給趣旨が単一に特定されやすいため、4要素から説明がつかなければ不合理とされ得る一方で、基本給・賞与・退職金についてはその支給趣旨の複雑さ、企業人事権の肝中の肝であることから、相応の相違があれば不合理とはされにくいという違いがあり、両判決の整合性は保たれていると言えます。

 なお、同一労働同一賃金に関する実務対応としては様々考えられるところですが、個人的に重要と考えているのが人事考課の部分です。

 例えば、日本郵便において、正社員の人事評価は,業務の実績そのものに加え,部下の育成指導状況,組織全体に対する貢献等の項目によって業績が評価されるほか,自己研さん,状況把握,論理的思考,チャレンジ志向等の項目によって正社員に求められる役割を発揮した行動が評価されていました。

 一方で、契約社員は「基礎評価」として、服装等のみだしなみ、時間の厳守、上司の指示や職場内のルール遵守等、「スキル評価」としてその習熟度に対する評価が行われています。

 つまり、正社員は会社の基幹職として育成されているため様々な評価項目がありますが、契約社員は基本的に「その仕事をずっと担当する」という役割期待の違いです。役割期待が違うと、自ずから業務内容、責任や配置変更範囲が変わってきますので、待遇差を説明しやすいことになります。

 したがって、正社員と非正規雇用者の人事考課について違いがあるか、自社の人事考課シートを確認してみてください。万が一、ここに違いが無い場合、役割期待が同一であり、4要素に差異はないということになりかねませんのでご注意を。

 4 「働いたら負け」なのか

 最後に、筆者としては、先週出された両判決の結論には概ね納得なのですが、1つだけどうしても気がかりな点があります。それは、日本郵便(東京)事件における夏季冬季休暇の損害認定に関する以下の部分です。

「郵便の業務を担当する時給制契約社員である第1審原告らは,夏期冬期休暇を与えられなかったことにより,当該所定の日数につき,本来する必要のなかった勤務をせざるを得なかったものといえるから,上記勤務をしたことによる財産的損害を受けた

出典:日本郵便(東京)事件最高裁判決より引用

 同事件では夏季冬季休暇の相違は不合理とされていますから、損害賠償の対象になるとしているのですが、その理屈として、不合理にも休暇が与えられなかったことにより「本来する必要のなかった勤務をせざるを得なかった」とする考え方の背景には、「働く」=「辛いこと」、「義務」、「出来る限り避けるべきこと」という労働観があり、まるで「働いたら負け」と言っているようです。

 もちろん、不合理な待遇差については筆者としても是正すべきと思いますし、本件の結論自体も極端におかしいとも思いません。しかし、この理由付けは疑問と言いますか、正直言って、このような考え方が大多数になってしまうと、「このままで日本は大丈夫か?」という不安を覚えます。

 「働く」ということは、金銭を得るため、生活のために「仕方なく」行うことで、悪いことでしょうか?楽しいことは何もありませんか?何の魅力もないものでしょうか。達成感、自己肯定感、自己効力感、高揚感、感謝されてうれしい気持ち、やって良かったなという想い、メンバーと共に苦難を乗り切るなど、あまり強調しすぎると「ブラック企業のやりがい搾取だ!」と言われそうですが、それでもなお、「働く」ことの価値は金銭以外にもあると筆者は考えています。

 いくらテクノロジーやAIが発展しようと、時代が変わろうと、我々は(私は)「働く」ことをやめません。それは、「働く」ことそれ自体には価値があると信じているからです。

 今回の最高裁判決は、非正規雇用の処遇という問題を超えて、我々は「何のために働くのか?」という問いを突き付けているように感じます。

 働き方改革、ジョブ型雇用へのシフト、コロナ禍による労働観の変化など、様々なパラダイムシフトが起きているニッポンの雇用社会、今後、どのような働き方・生き方を目指すかについて働く人、一人一人が考えて行くべき時代になったと言えるでしょう。

※本記事は一般向けに、分かりやすい論点のみを解説しています。人事向け詳細解説記事は追って掲載予定ですが、ご質問・ご意見はTwitter(@kurage4444)までお寄せください。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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