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非正規雇用のボーナス・退職金に関する最高裁判決をどう読むか

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)
(写真:cap10hk/イメージマート)

第1 最高裁判決が出た同一労働同一賃金問題とは

 10月13日に1.大阪医科薬科大学事件、2.メトロコマース事件という2つの大きな最高裁判決が出されました。

日本経済新聞2020/10/13 15:09 (2020/10/13 21:34更新)

「非正規に賞与・退職金なし「不合理」といえず 最高裁」

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO64929970T11C20A0000000/

「非正規従業員に賞与や退職金が支払われなかったことの是非が争われた2件の訴訟の上告審判決で、最高裁第3小法廷は13日、不支給を「不合理とまでは評価できない」との判断を示した。いずれも二審の高裁判決は一定額を支払うべきだとしていた。原告側の逆転敗訴が確定した。」

出典:日本経済新聞

これらの判決は「非正規だから賞与や退職金を払わなくて良い」という単純な話ではありません。

そのため、本判決を受けて、企業はどうすべきか、同一労働同一賃金を巡る2つの最高裁判決について、企業側弁護士の立場から一般の報道よりも少し深堀した解説を行い、本件の問題点は何だったのかを明らかにしたいと思います。

※賞与・退職金以外の論点もありますが、問題の本質を分かりやすくするためにここでは割愛します。

※判決分析・実務対応の詳細は別途、当事務所HPやウェビナーにて行います。

第2 そもそも何が問題なのか?

 同一労働同一賃金とは、国が進める正社員・非正規雇用(契約社員・アルバイト・派遣)の待遇差を是正しようとする政策ですが、「同じ仕事をしていれば同じ賃金」という単純な話ではなく、原則として、日本での同一労働同一賃金は1業務内容、2責任、3配置変更範囲、4その他の事情という4つの要素を考慮して「不合理」か否かで判断されるという、少し複雑な制度になっています(パート・有期法8条)。

 この4つの要素は、後に出てくる最高裁判決の最重要ポイントとなっていますので覚えておいて下さい。

 さて、1.大阪医科薬科大学事件については、アルバイトの大学教室事務職員に対して正社員と同様に賞与(ボーナス)が支給されるか、2.メトロコマース事件については、駅売店販売員の契約社員について正社員と同様に退職金が支給されるか、がそれぞれ問題となっていました。

第3 判決のポイント

 本判決は、非常に具体的な当てはめを行った上で結論を導くという、法律審である最高裁としては珍しい構成になっています。弁護士業界では、特殊な事例における特殊な判断のことを「事例判決」と言ったりしますが、本件はそうではありません。不合理性の考え方について、具体的ケースを用いて一定の水準を提示したものであると筆者は考えています。

1賞与について(大阪医科薬科大学事件)

 同一労働同一賃金紛争では「不合理」か否か問われます。何を持って「不合理」というかは上記4要素から決まるわけですが、少し難しいのは「ある時点」において一見、業務内容が同じであったとしても、職務の難易度や責任の程度、人材育成の観点からの人事異動状況が異なれば、それは4要素が異なることになるので、「不合理」とは言えないという点です。

 さて、判決を見るに、まずは本件賞与の趣旨について「正職員の賃金体系や求められる職務遂行能力及び責任の程度等に照らせば,正職員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から,正職員に対して賞与を支給することとした」と認定します。

 その上で、上記4要素に従い

・職務についてアルバイトは「相当に軽易」である一方、正社員は英文学術誌の編集や病理解剖遺族対応、劇物管理など独自の業務があること(1業務+2責任=「職務」の相違)

・正社員は人事異動により教室事務から病院業務担当になることもあり得る一方で、アルバイトは原則として業務命令により配置転換されることは無いこと(3配置変更範囲の相違)

・そもそも教室事務の過半が簡易作業のため、正社員からアルバイトに置き換えてきた経緯やアルバイト職員から契約社員、正社員への登用制度が設けられていたこと(4その他の事情)

という点を考慮し、賞与を支給しないことは不合理ではないと判断しました。

 

2 退職金について(メトロコマース事件)

 こちらは期間雇用の「契約社員B」について、退職金が出ないことが「不合理」か否かが問題となっています。

 まず、退職金については「職務遂行能力や責任の程度等を踏まえた労務の対価の後払いや継続的な勤務等に対する功労報償等の複合的な性質を有するものであり,第1審被告は,正社員としての職務を遂行し得る人材の確保やその定着を図るなどの目的から,様々な部署等で継続的に就労することが期待される正社員に対し退職金を支給することとした」とした上で、上記4要素に従って

・売店の販売業務という点は同じだが、休暇や欠勤で不在分の補充という「代務業務」、エリアマネージャー業務は正社員のみであること(1・2職務内容の相違)

・配置について、正社員は配置転換があるが、契約社員Bは勤務場所の変更(担当する売店が変わる)はあっても業務内容が変わることは無いこと(3の相違)

・売店業務に従事する正社員は関連会社の再編や契約社員Bからの正社員登用であり、他の部署に配置転換することは困難という組織再編上の事情があること(4その他の事情)

・契約社員Bから契約社員A(現在は職種限定正社員)、そして正社員への登用制度があり、相当数の登用が実際あること(4その他の事情)

を検討し、結論として退職金に関する相違は不合理ではないとしています。

3 林景一裁判官の補足意見

 補足意見とは、多数意見に賛成であるが、意見を補足するものです。裁判官の考え方が強く出る部分なのですが、今回の補足意見は非常に企業実務の実態や人事担当者の想いを良く理解されていると思いましたので、少し紹介します。

(1)退職金不支給が不合理となる場合はあり得る

有期契約労働者がある程度長期間雇用されることを想定して採用されており,有期契約労働者と比較の対象とされた無期契約労働者との職務の内容等が実質的に異ならないような場合には,両者の間に退職金の支給に係る労働条件の相違を設けることが不合理と認められるものに当たると判断されることはあり得る

→この点は後で解説します。

(2)退職金制度設計に関する企業の裁量は大きい

(不合理性の)判断に当たっては,企業等において退職金が有する複合的な性質やこれを支給する目的をも十分に踏まえて検討する必要がある。退職金は,その支給の有無や支給方法等につき,労使交渉等を踏まえて,賃金体系全体を見据えた制度設計がされるのが通例であると考えられるところ,退職金制度を持続的に運用していくためには,その原資を長期間にわたって積み立てるなどして用意する必要があるから,退職金制度の在り方は,社会経済情勢や使用者の経営状況の動向等にも左右されるものといえる。そうすると,退職金制度の構築に関し,これら諸般の事情を踏まえて行われる使用者の裁量判断を尊重する余地は,比較的大きいものと解されよう。

→退職金制度は各企業により様々であること、特に終身雇用の崩壊により制度そのものを設けるか否かを含めて検討されていることを踏まえ、基本的には労使の自治に委ねられていること、その他社会情勢や経済状況なども考慮して検討し、制度実施のためには長期間の積み立てが必要となるため制度構築の裁量は大きいとしている点は正に退職金制度の本質ともいえる部分でしょう。

(3)今後の対応はライフプランに応じて多種多様であること

退職金には,継続的な勤務等に対する功労報償の性格を有する部分が存することが一般的であることに照らせば,企業等が,労使交渉を経るなどして,有期契約労働者と無期契約労働者との間における職務の内容等の相違の程度に応じて均衡のとれた処遇を図っていくことは,同条やこれを引き継いだ短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律8条の理念に沿うものといえる。現に,同条が適用されるに際して,有期契約労働者に対し退職金に相当する企業型確定拠出年金を導入したり,有期契約労働者が自ら掛け金を拠出する個人型確定拠出年金への加入に協力したりする企業等も出始めていることがうかがわれるところであり,その他にも,有期契約労働者に対し在職期間に応じて一定額の退職慰労金を支給することなども考えられよう。

→そもそもどのように非正規雇用の待遇改善を行うかは労使交渉を通じた労使自治に委ねられるのが基本であるべきことに加え、その改善方法についても単に積み立てた退職金を企業が払うのではなく、確定拠出年金をはじめ外部の資産形成のサポートをするという視点も各企業が実際に行っているところであり、このような企業人事の努力をきちんと評価し、どのような解決が望ましいかについてはそれぞれ検討せよという判示は企業担当者としては熱いものがあるでしょう。これまで、「不合理」とされてきた判決では、企業人事の「過失」として安易に処理されてきた部分であり、理不尽な想いをしてきた担当者も多いであろうことに思いを馳せると、ここまで具体的に最高裁判事が触れた点は感慨深いものがあります。

(4)オマケ(補足意見について)

  反対意見(反対の結論であるという裁判官の意見)について詳細は触れませんが、正社員の4分の1なんだから払ってやれという印象を受けます。しかし、重要なのは本件裁判での認容額の多寡というよりも、日本中の企業に対するインパクトです。すべての企業で4分の1でも退職金支払えとなった場合は明日から一斉に訴訟ラッシュとなるところでした。

第3 今後、企業対応はどうすべきか

 以下では、上記最高裁判決内容を踏まえて、企業としてはどのように対応していくべきかの大まかな考え方について述べておきます。

1 実質的に正社員と同じと言われないように注意

 冒頭述べた通り、本判決は賞与や退職金について、いかなる場合も非正規雇用者には払わなくて良いと述べたものではなく、一定の限界があります。

そこでまず注意すべきは、前掲、メトロコマース事件の補足意見で見たように「有期契約労働者がある程度長期間雇用されることを想定して採用されており,有期契約労働者と比較の対象とされた無期契約労働者との職務の内容等が実質的に異ならないような場合」に該当しないようにすることです。

 そのためには、

1.どの程度の期間雇用とするのか予め見通しを付け、例えば5年経過し無期転換後は別の雇用形態であるという整理をする(実務的には3年で区切るという考え方もあろう)

2.正社員と非正規の職務内容、配置変更範囲について具体的な差異を検討しておく

ことが重要となります。

2 4要素に沿った実務対応と説明を

 具体的な差異とは、1業務内容、2責任、3配置変更範囲、4その他の事情という4つの要素から判定を行います。各要素で実務的に検討すべきは概ね以下のとおりです。

【4つの要素における検討事項】

1 業務内容の差異

・業務内容や役割における差異の有無及び程度

・業務量(残業時間)や休日労働、深夜労働の有意な差

・臨時対応業務などの差

2 責任の範囲の差異 

・業務に伴う責任や差異の有無及び程度

(単独で決裁できる金額の範囲、管理する部下の人数、決裁権限の範囲、職場において

求められる役割、トラブル発生時や臨時・緊急時に求められる対応、売上目標、成果への期待度業績や成果に対する責任の有無・程度、責任の差異が人事考課に反映されているか、数字を伴う「結果」について責任を負う立場か、上司の指示を守るなどの「行動」責任を負う立場かなど)

・人事考課の差異

3 配置変更範囲の差異 

・配転(業務や職種変更、転勤)、出向、昇格、降格、人材登用等における差異(実態重視)

4 その他の事情 

 正社員登用制度の有無・実績、労働組合やその他労使間での交渉状況、従業員への説明状況、労使慣行、経営状況、正社員登用等の処遇向上に通じる措置の実施状況や実績、非正規労働者が定年後再雇用された者であるか等

 これら4要素による検討は、条文に従った対応ですので、判決前から重要視されていましたが、本判決により、具体的に正規非正規の差異を検討し、説明できるようにしておく重要性は高まったと言えます。そのため、各企業としてはこれら4要素に従った差異の検討を行うことが改めて重要であると言えるでしょう。

3 労働組合との対話

 労働組合との交渉状況は、上記4要素4「その他の事情」として検討されるものですが、そもそも労働条件は労使自治で決定するのが原則であり、前記補足意見でも「労使交渉等を踏まえて,賃金体系全体を見据えた制度設計がされるのが通例」とされているとおり、労使交渉は単なる一要素ではなく、まず不合理性判断の枠組みを超えた根源的な重要性を持つものです。

 そのため、企業としては、本判決を踏まえ、改めて4要素により正規非正規の差異について検討を行い、その結果を企業内労組に提示して労使交渉を行い、自由に意見を戦わせる中で、より良い制度へと自ら変革していくことこそが労使自治であり、この点が何よりも重要であると考えます。

第4 本件の向こう側にある深堀論点

  最後に、本判決の論評のみにとどまらず、今後の影響まで踏まえた応用論点について検討します。

1 労契法20条とパート有期法8条の議論は同じ

本判決は、いずれも働き方改革法改正前の労働契約法20条に基づく判決ですが、同改正により現在はパート・有期法8条として規定されています。

 そのため、労契法20条とパート・有期法8条は別物なので解釈も異なるという向きもあるようですが、そもそも労契法20条は純然たる民事法規であり行政指導ができないことから、行政指導根拠規定のあるパート・有期法へ移設された経緯、両者の条文構造が共通していることからすれば、両者は関連性があることは明らかです。そのため、適用される法律が異なるから解釈も異なるのだという見解は妥当しないでしょう。

2 訴訟ラッシュは回避できた

メトロコマース事件反対意見のように、4分の1であれ、退職金請求が認められていた場合、退職金の時効は労基法の定めにより5年ですから、各企業は5年以内に退職した全ての非正規雇用についてさかのぼって調査し、退職金支払額の検討に入らなければなりませんでした。仮にそうなれば、明日以降は訴訟ラッシュとなり、コロナ禍も相まって、負担増となる企業においては倒産する企業も出てくることも想定されました。

 そのため、当面、実務が混乱に陥ることはなさそうです。

3賃金原資分配の問題であること(打ち出の小槌はない)

本判決に対する様々な意見を見るに、「非正規雇用の待遇を改善しろ!」というのはごもっともなのですが、検討しなければならない視点があります。それは、「賃金原資は限られている」ということです。つまり、非正規雇用に賞与や退職金を支給するようになれば、その分大幅に売り上げが上がらない限りは総額人件費が変わりません。すると、何かを下げなければなりません。ましてやコロナ禍の今、正社員の賞与すら切り下げる企業が多くみられます。そんな中で賞与や退職金を非正規雇用者に払うということは、正社員に払う予定だったものを切り下げたり、リストラをしたり、今後採用を控えたりしてねん出しなければならないのです。

 当たり前すぎる話なのですが、打ち出の小鎚はありません。支払った分は何かを引き締めなければならないのです。その、「引き締め」に関する議論があまりにも少ないことを自覚する必要があると考えます。

4 最初から契約で決められており、登用試験も用意されている場合にどこまで法が介入するべきなのか

これは法哲学的な話になりますが、法はどこまで企業(私的自治、労使自治)に介入すべきかという問題です。本件は賞与や退職金が出ると契約書に書いてあった事案ではありません。最初から出ないと明記されています。そして、賞与や退職金が支給される正社員を希望するのであれば、そのための登用制度が用意されており、実際に正社員になった方もいるようです。そのような状況下において、非正規雇用に留まっている者に対し、どこまで法が介入して強制的に賞与・退職金を払うべきなのでしょうか。上記賃金原資の問題も併せて考えると、悩ましい問題です。

 なお、このような議論では「労働分配率が低いのだ!」というご指摘も頂くのですが、仮にこれを増やすとすると、増やした分現在のコロナ禍のような危機的状況への蓄えや新規事業への設備投資ができないことになります。コロナ禍で企業が生き残りに必死である中、経営方針・業種転換などを含めて企業裁量を大きくしないと、働き場所である企業自体が生き残れないのではないかと、筆者は思ってしまいます。

5 退職金は積み立てが必要であり、老後への備えも多様化

 補足意見でも触れられていますが、終身雇用の崩壊、人生100年時代の就業長期化、年金2000万円問題等の社会情勢においては、「退職時に退職金を受け取って悠々自適な老後」というライフプランだけが正解ではなく、人それぞれ状況は異なります。そのため、各企業の人事担当者は企業型・個人型確定拠出年金など退職金以外の老後の資産形成サポートを行っているところであり、「退職金を皆に支給する」ことだけがこの問題の解ではありません。

  どのような解決が望ましいのかは、正に各企業において労使が話し合うべき事柄であり、これを一律に法規制で無理やり対応しなかった最高裁の判断は妥当ですが、その分、各企業は改めてこの問題の解を模索すべきでしょう。ライフプランニングの重要性が増してきたとも言えますので、働き手一人一人がマネーリテラシーを持つことも重要です。

6 海外の同一労働同一賃金との比較

  最後に、本判決が海外の同一労働同一賃金と比べて保護が少ないなどというご意見もありましたが、そもそも海外で退職金制度がどれほどあるかという話です。また、日本の場合、最近話題の「ジョブ型雇用」ではなく、業務内容や配置が人事権によって変動する「メンバーシップ型雇用」が多いため、単に仕事内容だけの比較は困難な状況です。そのため、日本においては「不合理」性判断という日本型の同一労働同一賃金が法律で定められており、同一労働同一賃金といってもその中身は全く異なるのです。また、欧州の多くが解雇を金銭解決できる制度・運用が導入されており、総額人件費のコスト管理という観点からも大いなる違いがありますので、この点を同一視して「日本はけしからん!」と論ずることには何の意味もありません。

第5 まとめに代えて

  同一労働同一賃金の問題は、日本型雇用の崩壊に伴う、移行期であるが故の問題であるともいえます。メンバーシップ型雇用における「メンバー」と「メンバー外」の争いから、緩やかに「ジョブ型」に移行しようとする中で、「ジョブ」とは何なのか、業務とは、責任とは、人材配置の在り方とは、という根本が問い直されています。

  不透明感が増すこれからの時代、未来を担う若者が働きに出る頃、せめて日本がまっとうな労働市場があるためには、今の時代に合わせた「新・日本型雇用のグランドデザイン」を提示する時機に差し掛かっているといえます。

  本判決をきっかけに、このような日本型雇用の根本について考える人が一人でも多く現れることを切に願って、夜なべして本稿を書きました。。。

【オマケ:識者のコメント】

 本判決は、今後の実務に与える影響が極めて大きい重要判決ですので、本件訴訟の担当弁護士や私以外の弁護士の意見も載せておきます。

倉重・近衛・森田法律事務所 パートナー弁護士 近衞大(メトロコマース事件担当)

「会社側の代理人として、退職金についての会社の主張が全面的に認められたことは喜ばしい。しかし、同判決も、一般論として、非正規社員に退職金制度を設けなくとも不合理ではないという判断ではないことには注意を要する。非正規社員と会社の正社員との人材活用の仕組みにどのような相違があるか、その相違が正社員の退職金を含む手当の趣旨との関係でどのように紐付けされているかの精査が必要となる。やっている仕事が違うから、だけではなく、違うからこの手当の趣旨は妥当しないのだ、という論証が重要といえる。退職金については、職務の内容や責任の程度等の人材活用の仕組みが違うというだけではなく、会社固有の「その他の事情」、例えば登用制度の有無や、当該業務についての非正規社員採用の経緯、制度を設けた正社員に対する長期雇用のインセンティブの具体的な内容などが、会社として説明できるかが問題となろう」

倉重・近衛・森田法律事務所 パートナー弁護士 荒川正嗣

「本判決(メトロコマース事件)は、同日に言い渡された大阪医科薬科大学事件とともに、最高裁として非常に大きな判断を示した。

いずれも退職金又は賞与の複合的な趣旨や性質を認定しつつ、それらが正社員に支給される目的が、正社員としての職務を遂行し得る人材確保、定着などにあることを認定する。そして、そのような目的の退職金又は賞与の支給対象となる正社員と、職務の内容等に相違があること等を理由に、有期労働者に対する不支給は不合理でないとしている。

従来、下級審の判断には、当該待遇の趣旨や性質をいくつかに切り出し、そのうちのいずれかでも有期労働者にも妥当すれば、当該待遇を施さないことについての合理的理由がない限りは、当該相違が不合理とされ、職務の内容等の相違や、当該待遇がなされる目的はさほど考慮されていないのではないかと思われる例もあり、両事件の原審もそのような判断をしていた。今回の二つの最高裁判決は、そのようなアプローチをとらず、上記のとおりの判断をしており、妥当であろう。

なお、両事件ともに、現在は廃止された労契法20条の解釈適用を巡るものであるが、同条を引き継ぐ形で法改正により設けられたパート・有期労働法8条の解釈適用にあたっても、今回の最高裁の判断は当然に妥当するものと解される。」

番町総合法律事務所 弁護士 河本みま乃

「本件は、労契法20条に関して初めて訴訟提起されたものであり、当初から裁判所も当事者もその解釈について手探りで議論をしてきた。いまだに、混乱状態は解消しきれていない。比較対象従業員の設定方法は未だ決着を見たとはいえないし、ひとたび訴訟となった場合、裁判上の主張立証方法と同等かそれ以上に、仮に会社が敗訴した場合に備えた各制度の見直しの要否、波及効の有無や程度といった点に目を向ける必要がある。同条違反は実態として、単なる不法行為責任に留まらない。現状、多くの会社の人事労務担当者はコロナ禍の対応などで苦慮しているが、無用な紛争を回避すべく、今一度正規と非正規の相違を洗い出し、その相違にどのような趣旨、目的があるのかを確認していく作業が急務である。」

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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