経営者・働く人がコロナ時代を生き抜くために意識すべき3つのこと【吉村慎吾×倉重公太朗】第1回

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今回のゲストは、株式会社ワークハピネス代表取締役会長の吉村慎吾さん。世界4大監査法人の一つであるプライスウォーターハウスクーパースで上場のスペシャリストとして活躍し、世界初の日米同時株式上場を手がけました。株式会社エスプールを創業すると同時に、老舗ホテルのV字回復も行うなど、数々のイノベーションも起こしています。2020年に入ってからは、創業以来18年保有してきたオフィスやセミナールームを捨て、ワークハピネスを「テレワークカンパニー」として生まれ変わらせました。そんな吉村さんに、コロナの影響のある今こそ必要なリーダーシップについて伺いました。

<ポイント>

・「退路を断つ」「未練を断つ」「覚悟を決めさせる」ためのオフィス解約

・平時と非常時でとるべきリーダーシップは異なる

・イノベーションを成功させる秘訣

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■上場審査官として活躍し、自ら創業した会社も上場へ導く

倉重:今回は、「ワークハピネス」創業会長、吉村慎吾さんにお越しいただいております。大物ですけれども、あえて自己紹介いただければ幸いです。

吉村:ありがとうございます。大学を出て、浪人、留年を繰り返して就職場所がなかったので、やむにやまれず資格を取ろうと思って、大学の生協に行ってパンフレットを見ていたのです。そしたらカッコいい男の人がアタッシュケースを持ってヘリコプターから降りてくる絵がバンと目に入りました。それが大原簿記学校の公認会計士講座のパンフレットで、「これだ!」と思って勉強を始めて、公認会計士になりました。

倉重:最初は会計士としてキャリアをスタートさせたわけですね。

吉村:仕事の内容を全く知らず、受かるとも思っていなかったので就職活動をしなかったら、間違えて外資系に入ってしまいました。今のプライスウォーターハウスクーパースというところです。英語を話せず、パソコンも見たことがなかったので、ひどい目にあいました。上司は全員外人という中でなんとかもがいていましたが、やはり「つまらないな」と思ってあらゆる出向の募集に手を挙げていたわけです。マレーシア出向と言われたら、「はい」と手を挙げて、「あなたは英語もしゃべれないのにマレーシアに行ってどうするの」と説教をされました。その中にJASDAQの上場審査官というのがあったのです。それに引っ掛かって、JASDAQの上場審査官として百何十社の上場の審査をすることになりました。

倉重:それで上場について詳しくなったわけですね。

吉村:はい。なぜか「上場のスペシャリスト」ということで戻ってきて、サイボウズの上場や、クレイフィッシュという会社の日米同時上場などを手掛けました。バブルの2000年には「自分も上場してみたいな」と思い、エスプールという会社をつくったのです。

倉重:iモードを活用した人材派遣の会社ですね。

吉村:はい。iモードを活用した人材の短期派遣を始めて、2006年に上場しました。そしたら燃え尽き症候群になりました。6億円を集めて会社をつくったので、「上場するまでは頑張るしかない」と思っていましたが、もともと思いつきで始めたので、目的が薄弱だったのです。

倉重:上場の後、何かしたいという目的がなかったわけですね。

吉村:ありませんでした。上場したら何か見えるかもしれないと思っていましたが、別に何も変わらなかったのです。上場した日の晩は大騒ぎをして、朝まで飲みましたが、数日たつと元の毎日でした。

倉重:なるほど。達成感のようなものが、そこまであるわけではなく。

吉村:達成感は一瞬で終わってしまいます。それで軽くうつモードに入りまして、2週間ぐらい会社に行かずに、「何のために生きているんだろう」「何がしたいんだろう」と考えました。自分が行った4つの小学校を全部回って、1日ブランコに揺られたり、初めてデートした江戸川の土手に1日座っていたり。

倉重:すごく内省していますね。

吉村:中学時代の親友の家をピンポンして、お母さんに驚かれたりもしました。そのうち「自分はみんなとワイワイ新しいものをつくり上げるのが好きだったんだな」と気づいて、上場して2週間で社長を辞め、「ワークハピネス」という会社をつくりました。

倉重:上場してすぐキャリアチェンジしたわけですね。

吉村:「本当にやりたいことをやるほうがいいな」と思ったのです。ホテルの再生もしたことがあります。20年間一度も利益が出なかったホテルの売上を1年で1.5倍にしました。

倉重:V字回復ですね。

吉村:そうしたら1年で退任しないといけなくなりました。エスプールの社長として上場の準備をしながら、ホテルの社長もしていたので、「2つの会社の社長をしながら上場はできません」と言われたのです。すでに経営は立ち直っていたので「ホテルを辞めます」と言ったら、社員が盛大な退任パーティーを開いてくれました。「社長にいろいろなことを教わりました。その中で一番教わったのは、働くって楽しいということなんです」と言って、みんな泣いていたのです。

倉重:それは今につながりますね。

吉村:そうです。僕は社会に出る前から「楽しいことしかしない」と決めていました。学生の頃はディスコやパチンコ、スキーばかりしていたら、浪人、留年してツケが回ってきたのです。借金も含めてそのツケを返していくという人生でした。そのうち、好きなことをしていても、ツケが回ってこなくなりました。自分が好きでやっていることが、社会の役に立つという傾向が出てきたのです。

倉重:いい循環ですね。その「好きなことをずっとしていたい」という発想は、生まれつきですか。

吉村:子どもの頃、母子家庭で姉と3人で6畳一間に住んでいたのです。風呂なし電話なしという環境で、母親が生活のために本当に苦しそうに働いていました。母は「世の中は敵だらけ。ちょっと気を抜いたらやられる」という心配をしていたのです。

倉重:女手一つで子どもを育てながら生きるのは大変ですよね。

吉村:それもありますが、常に不安を抱えていたのです。「プールに行きたい」と言うと、「溺れるからいけない」と首を振り、「友達についてデパートに行きたい」と言うと、「風邪をひくからいけない」と引き止められました。子どもを守るために慎重になってしまったのでしょうけど、すごく嫌でした。それが反面教師となって、「起きるかどうか分からないことを心配しても仕方がない」と考えるようになったのです。そうしたら社会に出て、1年で借金が800万円までいったのです。

倉重:よくきちんと返しましたね。

吉村:それはもうウルトラCで、会社に内緒の副業でM&Aの仲介を行い、手数料で一発で返せました。

倉重:一発で返せるのがまたすごいですね。その後創業されたエスプールは時価総額880億円までいきましたよね。

吉村:はい、短期派遣事業から多角化して現在は「わーくはぴねす農園」という水耕栽培農園を活用した障害者雇用支援事業が好調でESG投資銘柄として評価されています。

倉重:ゼロからつくった会社がそこまで大きくなったのに、それを投げうって始められたのが今のワークハピネスですね。

■「オフィスを捨てる」という決断

吉村:もともと「濃厚接触型」の研修会社だったワークハピネスですが、コロナを機にいきなり解散して、「集合研修はもう一切やめます。100%リモートで研修を提供します」と宣言しました。

倉重:これまでワークハピネスは、チームでグループディスカッションをするような研修がメインの事業だったわけですね。それはもう100%やらないと決めて、本社もなくされました。それを決断したのは何月でしたか?

吉村:4月13日です。

倉重:緊急事態宣言が出てすぐですね。

吉村:その前から「100%テレワークで住む場所を選ばない会社にしたい」と思っていたのですが、そこまでの宣言ができていませんでした。社員の一部にも「緊急事態宣言が解けたらまた元通りにしたい」という人もいたのです。

倉重:そういう人のほうがむしろ多いのではないですか?

吉村:はい。ですから「退路を断つ」「未練を断つ」「社員に覚悟を決めさせる」という意味で、オフィスを解約したのです。その代わり、「みなさんは世界中のどこに住んでもいいですよ。生活費が安くて広い部屋に引っ越したいのであれば、高知などがおすすめですよ」と言っていました。

倉重:某有名ブロガーさんも言っていらっしゃいますね。

吉村:そうです。イケハヤさんに続けと(笑)。季節によって夏は北海道、冬は宮崎というのもいいですよね。地方だと拠点を2つ維持できますよ。僕のゴルフ好きの友人も、那須に別荘を買うと言っています。軽井沢は高いけれども、那須だったら結構安いですしゴルフ場も近くにあるそうです。

倉重:いいですね。私もそうしようかと半分くらい本気で思っています。

■コロナ下で発揮すべきリーダーシップとは

倉重:事業の大転換ということで、まさにコロナ渦におけるリーダーシップを発揮されています。経営者がいまとるべきリーダーシップは平時とは違うということですよね?

吉村:リーダーシップ理論には歴史があります。初期のリーダーシップ理論は、リーダーの特性論でした。「リーダーは背が大きい」「声が大きい」などの特質があるはずだという研究が行われましたが、共通の特徴は見つかりませんでした。その次に手掛けられたのは、リーダーの行動理論です。例えば「目標を示す」「人の話をよく聞く」などの行動について研究されたのですが、「これはどうも正解ではない」ということになりました。なぜかというと、状況によって取るべき行動は変わるからです。今、リーダーシップ理論の最先端の理屈は、「状況適応理論」です。

倉重:変化に対応するということですか。

吉村:そうです。平時のリーダーシップは、全員を突撃させて、経営者は後ろで責任だけ取るというやりかたでした。でも戦時下に入ったら、「ゴー」ではなくて「フォローミー」です。「自分が先頭で突撃するからついてこい」というのが、最新のリーダーシップ理論です。

倉重:なるほど。やはり平時と戦時下は違うのですね。

吉村:違う行動を取らなければいけません。僕はコロナに関しては3月に分析して、「これは収束までに数年かかる」と思いました。感染症としては、ワクチンや特効薬ができたら収束するかもしれないけれども、社会面での収束は相当時間がかかると感じたのです。国民全員がコロナを気にせず「風邪のようなものだ」という気持ちになるのが本当の収束です。

倉重:インフルエンザと同じような扱いになればいいわけですね。

吉村:そういう気持ちにならないと、特効薬ができても、「まだそれは信じられない」とか「副作用があるかもしれない」と疑います。みんなが3密を避けるという状況は、下手をしたら永遠に続くかもしれません。

倉重:確かに、終わらないかもしれないですよね。

吉村:アウシュビッツの強制収容所で最後まで生き延びた人の特徴は、根拠のない楽観をしなかった人たちです。最初に死んだのは、「クリスマスになったら開放されるはずだ」という根拠のない楽観を持っていた人たちでした。それの繰り返しで、「ニューイヤーになったら開放されるはずだ」と楽観していたのに解放されなかった人たちは、失望し、免疫力が下がって亡くなっていきました。最後まで生き延びた人たちは、根拠のない楽観をせず、使命感を帯びていた人たちです。

倉重:生きる目的があったのですね。

吉村:医者や看護婦、世話係などが生き延びたのです。ですから、私は全従業員に根拠のない楽観をさせるのは良くない思い、「これは一生続くと思ったほうがいい」と話しています。お客様のほうから「今まで通り研修してください」と頼まれることもありましたが、誰を講師として行かせるのかを話し合ったときに、年老いた親御さんと同居している人が多かったのです。そうすると志願兵を募るような話になってきます。それを毎回強いるのも、社長として良くありません。やはり命が一番と思った時に、「もう100%テレワークに切り替えよう」ということになりました。

倉重:なるほど。戦時と平時という話ですが、何をもって平時と判断するのでしょうか。例えばコロナ前でも「ITやAIの進化・深化によって今後どのようになるのかは全く分からない」と言われていましたよね。未来を見通しにくいという意味では、今後ずっと戦時なのかなとも思ったりするのですが、いかがでしょうか。

吉村:本当にずっと戦時だと思います。この20年の間に、同時多発テロや大震災、リーマンショック、コロナなど、未曾有と言われるようなことが何度も起こりました。こういう災害が起きることを前提に経営し、答えが見えない中で果敢に責任とリスクを取っていくリーダーシップが求められています。

倉重:そういうリーダーシップは、どうしたら持てるようになりますか?

吉村:覚悟ですね。それと、自然のことわりをよく理解し、歴史を深く知ることです。万物流転、諸行無常、変わらないものは何一つないことをよく理解する。組織は虚構にすぎません。長い歴史を見たら永続している国家もないのですから。

倉重:確かにそうですね。

吉村:また、人はいつか必ず死にます。誰かに迷惑をかけてしまって、その人が自殺したとしても、人間は遅かれ早かれ死にます。そこに関しては、もう達観していくしかありません。

倉重:この対談でも、以前800年続く相馬藩の第34代当主の殿様と対談しましたけれども、ちょうど福島県なので、「東日本大震災や原発事故をどう思われますか」と聞いたら、「相馬藩800年の歴史の中ではワーストワンではないね」ということをおっしゃっていました。歴史に学ぶというのはそういうことなのだろうなと思いました。

吉村:そうですね。さらに言えば、その相馬藩も、ホモサピエンスの二十数万年の歴史からしたら、24時間でいうところの1分前ぐらいの話ですよね。ハラリの『サピエンス全史』にも書いてありましたが、結局人類がここまで来られたのは、虚構を信じる力が大きかったのです。企業という目に見えないものを、みんなで守って盛り上げていく力によって進歩してきました。そういう意味では、しょせん人間がつくった虚構でしかないわけで、会社をつぶしてしまうことにそれほどプレッシャーを感じなくてもいいのかもしれません。勝敗は時の運でコントロールできませんが、価値観を守る戦いだけは百戦百勝できます。例えば昔、星稜の松井に対して5打席連続敬遠して勝った高校野球のチームがありました。あれを見て、「こういうことをして、うれしいのかな」と思ったのです。実際にそこのピッチャーは、二度と表舞台に出てこなくなりました。彼らの人生は、まだまだ続くわけです。高校で終わりではありません。あれで負けたらどうなっていたのだろうと、いつも思います。

倉重:敬遠して、負けたらということですか。

吉村:敬遠して負けたら後悔がすさまじいと思います。僕もずっとスポーツをしていました。高校時代はバスケットをしていて、県体会の最後の試合で強豪校にハーフタイムまで勝っていたのに後半守りに入って負けたのです。自分の価値観と違う戦い方をして負けて、すごく後悔しました。

倉重:今でもずっと引っ掛かっているんですね。

吉村:はい。いまだに泣きながら起きることがあります。仕事においても、成功するビジネスと失敗するビジネスがあります。致命傷を負ったことはありませんが、後悔したビジネスは、「もうかるから」と思って始めたものなのです。それで失敗したときは壊滅的な打撃を受けます。でもやりたくて始めたことは、最後までやめないので必ず勝つのです。自分自身はイノベーターとしていろいろな事業を成功させてきました。「イノベーションを成功させる秘訣は何ですか」と言われたら、「勝つまでやめないことです」と答えます。

倉重:やりたいことだからこそ、勝つまでやめないという戦い方ができるわけですね。

吉村:逆に言うならば、勝つまでやめたくないテーマが見つかるまで取り掛からないことです。

(つづく)

対談協力:吉村 慎吾(よしむら しんご)

株式会社ワークハピネス 代表取締役会長

https://www.telework.workhappiness.co.jp/?fbclid=IwAR2FCIMYrPGQMzvOpN7rRj6ZbxcIaauIfWDvvVdEvBKwyWk8yZL3tboaOj8

プライスウォーターハウスクーパースにて世界初の日米同時株式上場を手がける。

株式会社エスプール(東証1部上場)を創業

その後、老舗ホテルのV字再生、水耕栽培農園を活用した障がい者雇用支援サービスなど、数々の常識を覆すイノベーションを成功させる。

現在経営するワークハピネスは、3年前からフルフレックス、リモートワークをはじめとした数々の新しい働き方や制度を実証。

2020年4月には自社のオフィスを捨て、全ての管理職を撤廃。

フルリモート、フルフレックスに加え、フルフラット、No オフィスな組織で新しい経営のあり方や働き方を自社でも模索し、実践を繰り返している。

自社の成功や失敗の体験を生かし、大企業の働き方改革や事業変革で多くの実績を持つ。

イノベーションに関する著書多数。多くの企業で次世代幹部育成の課題図書となっている。