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緊急事態宣言で給料はどうなる!?(労基法上の休業手当支払の要否)

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)
(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

緊急事態宣言の発令により、本日から休業を行う会社も多いのではないかと思います。しかし、その場合の賃金がどうなるかについては、現時点で明確な政府の考え方が示されませんでしたので、現時点における労基法上の問題点について整理しておこうと思います。

今は右だ左だと言っている場合ではない正に「国難」とも言うべき事態ですので、普段は労働者側・使用者側と立場が分かれる労働法界隈ですが、新型コロナウイルス対策という意味では感染拡大をどう防止すべきかという視点から議論していければと考えています。

※以下の議論は、企業が休業した場合の給料のゆくえであり、労働者自らが新型コロナウィルスに罹患したり発熱したケースの議論ではありませんのでご注意ください。

〇労基法の定め

  まずは、休業の場合における労働基準法(労基法)の規定を確認しましょう。会社が休業した場合、民法ではノーワークノーペイの原則(働かなければ賃金は発生しない)という考え方がありますが、労基法はその特則を定めています。

(休業手当)

第二十六条 使用者の責に帰すべき事由による休業の場合においては、使用者は、休業期間中当該労働者に、その平均賃金の百分の六十以上の手当を支払わなければならない。

〇休業手当の要否

つまり、「使用者の責めに帰すべき事由」の場合には「休業手当」を支払う必要があります。そこで、今回問題になるのは、非常事態宣言時に「使用者の責めに帰すべき事由」があるか否かという点になります。

 

1 「使用者の責めに帰すべき事由」あり→休業手当の支払い必要

2 「使用者の責めに帰すべき事由」なし→休業手当の支払い不要

1の具体例としては、一般的には機械の検査による工場ストップ、部品調達難、親会社の経営何のための資材獲得困難など「会社側の事情」ともいえるものが該当します。

2の具体例としては地震・大型台風など天災事変のような、会社側の事情ではない不可抗力によるやむを得ない休業などが該当します。

なお、ここでいう賃金は「平均賃金」の60%。平均賃金は直近3カ月の賃金総額を3ヶ月の「総日数」で割ります。分母が労働日ではなく総日数となるため、1日当たりの単価は一般の方がおそらくイメージされているよりも下がります。

その普段の給料より下がった「平均賃金」の60%ということです。

〇緊急事態宣言後はどうなるか(東日本大震災のケースを参考に)

さて、新型コロナウイルスの例について言えば、緊急事態宣言発令前の企業活動の「自粛」については、何らの法的根拠に基づくものではなく、事実上の要請にすぎませんので、あくあまで休業するのは経営者の「自主的判断」であり、それは「会社側の事情」であるため、休業手当の支払いが必要という解釈が一般的でした。

では、緊急事態宣言後はどのような解釈になるでしょうか。この点についてはおそらく近いうちに厚生労働省がQ&Aを作成すると思われますが、現時点で参考になるのは東日本大震災の時の解釈です。

東日本大震災に伴う労働基準法等に関するQ&A(第3版 平成23年4月27日版)によれば

「労働基準法第26条では、使用者の責に帰すべき事由による休業の場合には、使用者は、休業期間中の休業手当(平均賃金の100分の60以上)を支払わなければならないとされています。ただし、天災事変等の不可抗力の場合は、使用者の責に帰すべき事由に当たらず、使用者に休業手当の支払義務はありません。ここでいう不可抗力とは、

1その原因が事業の外部より発生した事故であること

2事業主が通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事故であること

の2つの要件を満たすものでなければならないと解されています。」

とされています。

具体的なケースで言えば

使用者の責めに帰すべき事由なし・・・工場の倒壊、計画停電時間帯の休業

使用者の責めに帰すべき事由あり・・・計画停電実施時間以外の休業、工場は直接の被害を受けていないが、サプライチェーン寸断により部品調達が困難になった場合(※)

※「原則として」という注釈あり

という解釈になっていました。

〇新型コロナウィルスによる非常事態宣言についてはどうか

では、今回の新型コロナウィルスについてはどう考えるべきでしょうか。いくつか業種を分けて検討したいと思います。

1事業継続を求められている業種

 これらは事業をそのまま継続するので基本的に休業手当の問題になりませんが、時間短縮など一部休業を行う場合には事業主の自主的判断で行うものであり、休業手当の問題となります。

2休業要請を受けている業種

 一方、新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく非常事態宣言に基づき、都道府県知事から休業要請(特措法24条9項。なお、強制力のあるものではない)を受けた業種についてはどう考えるべきでしょうか。強制力がないとはいえ、法律に基づく事実上の効果の高い「要請」です。要請に反して営業を継続すれば、そのことが公表・報道され、企業の信用が棄損される可能性も高く、営業を継続することは事実上困難であり、正に外部的要因による、通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事態といえます。

 したがって、休業要請を受けた業種が「あくまで会社の自主的判断だ」とするのは無理があり、「使用者の責めに帰すべき事由」はないと判断すべきです。

3休業要請されている業種ではないが、入居しているテナント・商業施設が閉館する場合

 次に、業種自体は営業を続けることが可能なものであったとしても、入居しているテナント・商業施設が閉館となってしまってはそもそも営業を継続することが不可能ですので、これも外部的要因による、通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事態、つまり「使用者の責めに帰すべき事由」はないと判断すべきでしょう。

4どちらとも判断されていないグレーゾーン。主に工場・ホワイトカラー系業種

 今回の緊急事態宣言で最もあいまいなのが、多くの日本企業が該当する「営業継続を要請されているわけではないが、業種を特定して自粛を要請されているという訳でもない」という場合です(我々のような法律事務所もそうです)。

 緊急事態宣言時の安倍首相による記者会見においても、可能な限り在宅での勤務を要請する旨の発言がありましたが、結局のところ自粛すべきなのか否かについては明言されていません。

 しかし、今回の緊急事態宣言の趣旨は、新型コロナウィルスの爆発的感染を防ぐため、

8割程度の社会的接触を減らすべき必要があるという社会的要請に基づくものです。

 この場合に、「休業したのはあくまで会社の自主的判断だから」として、「使用者側の責めに帰すべき事由」に該当するとすれば、出社させようとする企業が多くなり、8割の接触も減らすことができず、結果として非常事態宣言の趣旨を達成できないことになってしまいます。国民の生命が脅かされている現在、出勤をなお求める方向に誘導する法解釈を行うべきではありません。

 そもそも、会社は従業員に対する安全配慮義務(労働契約法5条)を負っており、非常事態宣言時における勤務についても可能な限り配慮する必要があります(だからと言って勤務を命じる=違法になるわけではないのですが)。また、休業要請を受けている特定業種ではなかったとしても、「不要不急」な勤務を行っているとすれば社会的批判も免れませんし、このような状態で休業を決断することが「使用者の責め」だと解釈することは社会通念に反すると言わざるを得ません。

 日本は「空気の力」が強い国です。

 非常事態宣言時に「空気」を読まずに、営業を継続した場合のダメージは計り知れないものがあります。

 そうであれば、これら業種についても、非常事態宣言時においては外部的要因による、通常の経営者として最大の注意を尽くしてもなお避けることのできない事態であるため、「使用者の責めに帰すべき事由」はないと考えるべきと筆者は考えます。

 なお、一部報道では「客の激減」により、休業を迫られた場合、「休業手当を払わなくても違法ではなくなる」とのことです(東京新聞2020年4月3日 朝刊「<新型コロナ>緊急事態の業務停止 休業手当の義務、対象外 厚労省見解」)。

https://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/list/202004/CK2020040302000154.html

〇テレワークが可能かは別途検討すべき

 ただし、1点だけ考慮すべき点があります。それは、「テレワークができるか否か」という点です。テレワークにより事業継続が可能なのであれば、休業する必要はないのであり、それは業務の種類によります。業務の性質上、テレワークが可能であるにもかかわらず、「セキュリティ上の理由」や「上司が認めてくれない」といった理由で休業となれば、それは「使用者側の責めに帰すべき事由」ありということになる場合があると解されますのでご注意ください。

 もちろん、現場仕事や接客など、業務の性質上テレワークの実施が不可能な業種についてはこの限りではありません。

5 対象地域外の場合

 なお、今回非常事態宣言が発令された7都府県以外についてはこれまで同様の「自粛」議論となるでしょう。

〇休業手当支払義務がないとしてもできることを

 最後に、「使用者の責めに帰すべき事由」がなく、労基法上の休業手当支払義務がないとしても、「何もしない」でいいのか、というのはまた別の議論です。法律上の休業手当支払義務がある場合は「平均賃金の6割」という基準に縛られますが、法律上の義務ではない賃金支給を行う場合は自由に設計できることになりますので、ここはしっかりと分けて検討する必要があります。例えば、法律上の義務とは「別の」方策として

1法律上の義務に縛られない、独自の手当を支給する

→法律上の義務ではない企業独自の支給であるため、60%でなく、30%でも50%でも、一律定額でもよいです。非常事態宣言後も労使関係は続きます。その時により良い関係でいられるように、使用者は体力と相談して、できることを考えるべきでしょう。

2雇用調整助成金受給を見込んで、休業手当「相当額」の60%は支払う

→労基法上の休業手当としてではなく、独自の給付として休業手当と同額を支給するというものです。助成金の受給は先になりますが、労働者には「今」支払うことが重要ですので、体力がある会社はこちらを検討してください。

3真に事業継続が困難な場合は解雇あるいは会社都合退職として、失業保険給付を受給してもらう

 →体力のない会社については真剣にこの手段を考えざるを得ないフェーズとなってきました。リーマンショックの時に、整理解雇するもこれが裁判所によって認められず、結果として倒産に追い込まれた会社がありますが、企業共倒れでは結局、雇用のパイ自体が維持できません。

などの対応が考えられるところです。首相の会見でも「雇用調整助成金」の話が出てきましたが、現在の助成金制度は書類準備など申請のハードルが事業主にとっては高いことが問題です。

今回のコロナショックは、一企業の自助努力で踏ん張れる限界を超えつつあると思います。そのためには、一企業に対する義務を強化するのではなく、社会全体としてどのように痛みを分かち合うかを議論すべきです。

厚生労働省では現在もなお国会対応やQ&A作成に忙殺されていることと思います。皆さんが頼りです。頑張りに心から敬意を表するとともに、我々は、自分の持ち場で、できることを、できる限りやっていきたいと思います。

今回のコロナショックにおいては、少しでも多くの企業が・一人でも多くの労働者が何らかの形で救われることを願います。そのためにできる方法を企業ごとに検討していきましょう。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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