Yahoo!ニュース

コロナウィルスに伴う労務管理上の留意点まとめ(企業向け)

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)
(写真:アフロ)

 コロナウィルスに関する報道が連日行われており、企業活動を含めてどのようになるのか、「分からない」ところが最大の恐怖だと思います。そこで、「分からない」ことを少しでも減らすために、コロナウイルス対応として企業が労務管理上検討すべき点について、に企業の皆様向けにまとめて記載しておこうと思います。人事担当者の皆様におかれましては、セミナー等に出席するのも難しい状況だと思いますので、本記事により人事労務対応をご検討頂ければ幸いです。

もちろん医学的には最新情報を常に確認する必要がありますが、人事労務分野(主に労働法分野)においては鳥インフルエンザやSARSの時にも同様の検討がなされており、知見が蓄積されています。

 以下、企業労務管理上の問題を

1 労働時間管理の問題

2 安全配慮義務の問題

3 休業手当の問題

4 人事考課の問題

5 コミュニケーション上の問題

に分けて論じます。

1 労働時間管理の問題

  リモートワークの検討が急速に行われていますが、リモートワークにおける労働時間管理の方法は大別して1通常の労働時間管理、2管理監督者、3裁量労働制、4事業場外みなし労働、5フレックスタイム制度という5種類の管理方法があります。

 (1)通常の労働時間管理

  リモートワークにおいても、PCの挙動は技術的に把握可能ですので、オフィスに居る時と同様に常時監視も技術的には可能です。ですが、筆者としては推奨しません。

 そもそも常時監視をする意味は何でしょうか。オフィスでの中抜け、喫煙、コーヒー入れる、コンビニに行く、ネットサーフィンをしているetcの時間をそこまで厳しく見ているのでしょうか。オフィスに居る時もそこまで厳格にチェックしているということであればもはや別の問題がありそうですが、そうしていないのであればリモートワークにおいて特別な監視を考えてしまうのはなぜなのでしょうか。そこには「自宅で作業」=「サボるのではないか」という価値観が透けて見えます。

 後述のように、リモートワークにおいては「成果」を把握することが重要です。そうであれば、事細かに把握しようとするのではなく、大きな外出以外は無視して良いでしょう(やることをやっていれば)。どこで線引きするかは労使で検討すべきですが30分や1時間単位でしょう。

 その上で、残業は原則禁止(所定時間労働が原則)、必要な場合は報告の上、許可を求めるという運用を行えば足ります。

 なお、企業は「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン」(平成29年1月20日策定)に基づき、適切に労働時間管理を行わなければならなりません。そこでは、タイムカード、ICカードによる客観的労働時間の把握が原則とされつつも、自己申告による場合は実際の労働時間との齟齬などを定期的にチェックせよということになっていますので、PCオフの時間の確認などを随時行えば良いでしょう(後述のように、労働安全衛生法の観点から客観的労働時間の状況把握は行う必要があります)。

また、自宅作業の前に保育園や病院に行く、間で近所の人とランチに行くという場合は、時間単位年休の制度を検討して下さい(労使協定が必要)。

 

 (2)管理監督者

 管理監督者については労働時間の問題が適用除外となっておりますのでオフィスに居る場合と何ら変わりません。深夜支払の必要がある点も同様ですので、深夜時間帯の勤務は原則禁止にすべきでしょう。また、休日割増賃金は発生しませんが、自宅だと際限なく働く可能性がありますので休日労働についても原則禁止とすべきでしょう(安全配慮の観点から深夜・休日労働の制限を行うことは管理監督者性と矛盾しないと解されます)。

 一方で、管理職自身の問題としてコミュニケーションや人事考課をどうするかという問題が別途生じますのでこの点は後述します。

 (3)裁量労働制

 裁量労働制には、企画業務型と専門業務型がありますが、リモートワークへの利用という以前に、そもそも対象業務であるか、行っている業務の納期や遂行方法の点から裁量性があるか、が問題となります(「名ばかり裁量労働」の問題)。対象業務であれば、自宅であれ、オフィスであれ基本的にはやることは変わらないでしょう。ただし、みなし時間が所定労働時間以上の場合、今回のテレワーク対応のみ例外的措置として所定労働時間に短縮する旨の労使協定を別途締結し、実際の作業ボリュームもある程度制限するという対応も考えられるところです。

 (4)事業場外みなし労働

 出張等ではなく、テレワークに事業場外みなし労働を用いる場合のポイントは以下の2点です(厚生労働省「情報通信技術を利用した事業場外勤務の適切な導入及び実施のためのガイドライン」(以下、「テレワークガイドライン」)参照)。

1即応義務が無いこと

2常時監視・指示をしないこと

 「1」について、上記ガイドラインでは「情報通信機器を通じた使用者の指示に即応する義務がない状態であること」とされています。つまり、チャット・電話・ビデオメッセージ等で常時「即レス」を求める状況にないようにすべきということです。

 「2」については、「「具体的な指示」には、例えば、当該業務の目的、目標、期限等の基本的事項を指示することや、これら基本的事項について所要の変更の指示をすることは含まれない。」とされています。つまれ、あれやこれやと細かい作業状況を常時監視するような状態ではもはや労働時間把握をしているに等しいので、事業場外みなし労働を用いることは出来ないということです。業務指示は基本的に成果で行うこととしましょう。

 なお、「みなす」時間については、基本的に所定労働時間を用いると考えられますが、業務内容によっては「通常必要となる時間」が変わってくると思いますので、その場合には労使協定により必要な時間を設定すべきでしょう。

 (5)フレックスタイム制

 テレワークにフレックスタイム制を用いる場合、コアタイムを設けるか否かという問題があります。テレワークの場合はコアタイムを無しとするいわゆる「スーパーフレックス」も検討できるでしょう(ただし、深夜早朝はダメ)。

一方で、コアタイムありのフレックス制を適用し、在宅+通勤によりオフピーク通勤を行うことも可能となります(11時~3時をコアタイムとしてその間のみ出社、それ以外は在宅で、など)。

 以上、テレワークであるからといって基本的には特別なことはないのですが、事業場外みなしを用いる場合はその運用に留意する必要があります。

2 安全配慮義務との関係

 使用者は安全配慮義務を負っており、これはテレワークであっても何ら変わりません。テレワークについては業務とプライベートの境目が曖昧になりがちであるため、長時間労働や不規則な深夜労働は防止する観点から原則として所定労働時間の労働とすべきでしょう。

これに加えて、働き方改革関連法による労働安全衛生法の改正により、PC、タイムカード、ICカードによる客観的労働の状況把握が義務づけられています。

 テレワークについてはタイムカードやICカードは考え難いため、例外的な場合として自己申告でも許されるのか?という問題点があります。

 ここで参考になるのは経済産業省グレーゾーン解消制度「勤怠管理ツールによる労働時間把握について」平成31年3月27日回答です。これによれば、

「労働者が事業場外において行う業務に直行又は直帰する場合などにおいても、例えば、事業場外から社内システムにアクセスすることが可能であり、客観的な方法による労働時間の状況を把握できる場合もあるため、直行又は直帰であることのみを理由として、自己申告により労働時間の状況を把握することは、認められない。

また、タイムカードによる出退勤時刻や入退室時刻の記録やパーソナルコンピュータの使用時間の記録などのデータを有する場合や事業者の現認により当該労働者の労働時間を把握できる場合にもかかわらず、自己申告による把握のみにより労働時間の状況を把握することは、認められない。」

とされています。

 つまり、PCによるオンオフの挙動が把握できるのであれば、客観的労働時間の状況も把握できるであろうということです。悩ましいのは、業務専用PCを貸与している場合であれば良いのですが、自宅PCにて作業をしている場合、業務関連行為を行っているのか、プライベート行為を行っているのかがPCオンオフからだけでは分からないということです。その場合は、所定労働時間を原則としつつ、作業ボリューム・メール送信時刻などから判断せざるを得ないでしょう。

3 その他労務管理上の問題

 (1)そもそもテレワークを命ずることが可能か

 テレワークは「就業の場所」を命ずる旨については、就業規則に記載があることが望ましいことは言うまでもありません(労基法15条、テレワークガイドライン)。

では、就業規則に記載が無い場合は一切できないのかというと、そうではなく、コロナウィルスに対する労働者への安全配慮、労務提供の前提である通勤(オフィスに来る義務)を免除するという観点からは就業規則の記載が無くとも命ずることは可能と解されます。

 実際、テレワークガイドラインには「テレワークを行うことが可能である就業の場所を明示することが望ましい」と記載されるに留まり、「しなければならない」とはなっていないこと、就業規則を変更しなければテレワークを命ずることが出来ないと考えることは不合理であること、そして社会情勢からして、就業規則未記載のテレワーク命令を労基署が違法として指摘するとは考えがたいでしょう(繰り返しますが、記載した方が好ましいことには争いがありません)。

 (2)休業手当の問題

  「コロナウィルスに罹患した」ことが確定した場合や、確定していなくとも「39度の高熱が出ており動けない」場合には、労務提供が不能ですから労基法26条の「使用者の責に帰すべき事由による休業」に該当しませんので、休業手当を支払う必要はありません(厚生労働省 「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け) 令和2年2月21日時点版」「3」、「問2」)。

 では、37.5度程度の発熱がある場合についてはどう考えるべきでしょうか。

 この点、厚生労働省は「例えば熱が37.5度以上あることなど一定の症状があることのみをもって一律に労働者に休んでいただく措置をとる場合のように、使用者の自主的な判断で休業させる場合は、一般的には「使用者の責に帰すべき事由による休業」に当てはまり、休業手当を支払う必要があります。」(「3」、「問4」)としています。

 しかし、本稿執筆時点の状況下において「37.5度以上の発熱が4日以上続く」ことが新型コロナウィルスの相談目安とされている中で37.5度の発熱があるというのは感染発症初日である可能性があります。その状況下においては単に使用者の自主的判断で休むレベルの話なのでしょうか。仮に、37.5度の発熱が使用者の自主的判断レベルであるとすれば、それは自主的判断が無ければ「出勤せよ」ということを意味します。この社会情勢でこれは正しい判断と言えるでしょうか。

 また、平熱がそもそも低い人にとっては、37.5度は相当高熱の場合もあり労務提供がそもそも不能といえる場合の方が多いのではないでしょうか。そして、周囲への感染可能性を考えれば、新型コロナだろうが、インフルエンザだろうが、風邪だろうが、出社することにより周囲の労働者へ感染する可能性もあります。

 厚生労働所省の上記QAは「37.5度の熱程度では出社すべし」という昭和時代の価値観に基づいて作成されているように読めるため、筆者としては大反対です(この点はまた別途書きます)。

 具体的に、休業手当が必要な線引きをどうするかは企業内の労使で検討すべきですが、基本的には37.5度というのが一つの線引きにはなるでしょう。

 他方で、法的に休業手当の支払が要らないからと言って、企業として何もする必要がないかといえばそうではありません。

まず、4日以上の欠勤となる場合は傷病手当金の支給があり得ますので、そちらの手続案内も行うべきでしょう。

 また、労基法上の休業手当が支払われない場合でも、これに準じて本年限りの特別休業手当(6割や健保との差額支給)を検討したり、就業規則上の(法律以上の)休業手当支給の検討、有給休暇の利用、時効に係って失効した有給の特例利用など企業人事が打てる手はあります。このような非常事態の際は企業人事の労働者に対する向き合い方が問われる時です。法律上の義務に拘泥するのではなく、何が必要かを真摯に検討すべきでしょう。

 なお、同一労働同一賃金的な問題として、正社員は月給制で欠勤の際も賃金減額は無いが、パート・契約社員は「そもそも時給が発生しない」としている場面も、法的な義務はともかくとして、格差是正の検討ポイントにはなるでしょう。

(3)テレワーク導入費用の問題  

 これは法的義務ではありませんが、テレワークを行うに際し、ネットワーク環境やモバイル機器、セキュリティ構築など、テレワーク環境の整備に一定の費用が掛かる場合があります。この費用は誰が出すのかという問題で、直ちに会社が支給する法的義務はありませんが、労働力不足により労働者から「選ばれる」企業を目指すべき時代においては一定の助成を行うことが望ましいですし、生産性の観点からも、特にネットワーク環境の統一化を図ることが極めて効率的です。

4人事考課の問題

 「テレワークでは人事評価ができない」と嘆く声が聞こえますが、これは労働時間で人事考課を行っているか業務プロセス自体が把握できていない可能性が高いです。テレワークにおいて(本来はこれに限らないのですが)重要なのは何時間PCの前に座っていたかではなく、どのような成果を出しているかです。つまり、所定労働時間内の労働である限り、時間では無く成果で人事考課を行うのが原則でしょう。

 そうすると、むしろ成果が顕在化することにより「労働時間は長いけども具体的成果がない」というケースがあぶり出されることになります。

 また、人事考課のうち行動評価については部下の様子が見えないので難しいという意見もあります。確かに実際にどのように業務遂行しているのかという行動部分が見えないので、やはり成果により判断するのが基本とはなりますが、ビデオ電話やチャットの様子から行動評価を行うことも可能です。

 もちろん、前提としてテレワークに馴染む業務の切り分けが重要ですし、どうしても「その場に居ないと出来ない」現場性が高い業務もあるでしょう。しかし、一度固定観念を取り払って、「テレワーク化出来る部分は無いか」と改めて検討することが重要です。筆者の例ですが、弁護士の秘書はテレワークに馴染まないと考えられてきましたが、いざ本気で考えると、来客対応のお茶出しはペットボトルを用意すれば済むし、電話やメールも家で対応できる。請求書発行や日程調整業務も可能です。

 なお、とあるコメントで「自社では会社に行かないと営業資料にアクセスできないからテレワークは出来ない」との意見がありましたが、これは単に会社が外からのアクセスを禁じているだけの問題であり、業務の性質上テレワークに馴染まないということではありません。

5 コミュニケーションの問題

  テレワークで「フェイストゥーフェイス」に比べてコミュニケーションが・・・という声も聞こえます。しかし、テレワークにおいてもチャットによる業務指導、ビデオ通話による「1on1」面談も可能です。つまり、ツールが異なるだけでやることは同じなのです。

  ただし、敢えて言えば、管理職は「意識」してコミュニケーションを行うことでしょう。「リモート=放任」ではなく、オフィスにいるとき以上に意識的なコミュニケーションが必要な場合がありますが、そこは労働者のタイプ次第です。大切なのは、相手がパフォーマンスを発揮する上で、どういう接し方が最適なのかを見極めることです。

その上では、業務指示のチャットだけではなく、意識的にチームでのコミュニケーションとして雑談をしてみたり、ビデオ通話による会議をしてみたり、オンラインランチミーティングをやってみても良いでしょう。

 なお、テレワークの実務的効率化のポイントとしては在宅勤務ツールを共通化することが挙げられます。例えば、ヘッドセットを全員が利用するだけでビデオ会議の快適さが格段に向上します(一人でも外部マイクの人がいるとハウリングしたりノイズが入って不快になる)。また、使用ソフト、PC・ネットワーク環境も共通化すべきでしょう。

「ビデオ会議ではヘッドセットを全員が使う」程度の対策であればそう難しいことではありませんので、明日から実施してみて下さい。

6 まとめ

  以上、コロナウィルスに伴う労務管理上の問題点を記載しました。一部筆者の個人的見解の部分もありますが、少なくとも言えることは「これまでムリだった」という思考停止ではダメなことです。未知の脅威に対して正しく備えるために、企業人事としてできることをゼロから改めて考えてみて下さい。

 そして、今回のコロナ対応だけではなく、災害対応にもこれを生かし、今後の事業継続のため、業務の根本的あり方から見直しを行うことができれば、結果として「働き方改革」が思いもよらない形で達成されることになるでしょう。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒業後司法試験合格、オリック東京法律事務所、安西法律事務所を経てKKM法律事務所 第一東京弁護士会労働法制委員会外国法部会副部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)理事 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 労働審判等労働紛争案件対応、団体交渉、労災対応を得意分野とし、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

倉重公太朗の最近の記事