【松浦民恵×倉重公太朗】第2回「働き方改革で忘れてはいけない人材育成の視点」

倉重:さて、今回は、働き方改革の中で残念な例というか、駄目な例も、当然、見聞きされているのではないかと思いますが、これはいかがですか。

松浦:そうですね。駄目ということではないのですが、悩ましいなと思うことはあります。例えば、労働時間を短くする、あるいは生産性を短期的に上げるために、失敗しないためにはどうしたらいいか、という発想になってくるところがあります。具体的には、短時間で成果にたどり着けるように、手戻りしないようなマニュアルを作る、あるいは、部下を早く正解にたどり着かせるために上司が早めに手や口を出す。そういうことをせざるを得なくなっているとすると、人材育成の観点から心配になる面があります。

 人材育成はすごく重要で、それが長期的な生産性向上につながってくる面があるがゆえに、私が危惧しているのは、そうやって早く正解にたどり着かせる、あるいは失敗しないようにマニュアル化することで、人材育成に弊害が出てくるのではないかという点です。

 ですので、失敗をたくさんさせることによって長時間労働化することは避けなくてはいけませんが、数限りある失敗を、丁寧に拾って、それを育成につなげていくことが、今後より重要になってくるのではないかと思います。

 今までは、とにかく長い距離を走れ、あるいは、とにかくたくさんバットを振れ、というようなやり方の人材育成をやってきた面がありますが、例えば、走り方をこう変えるともっと速くなれる、あるいは、ここの筋肉に気を付けて素振りをするとより効果的だというように、別のやり方で、短い時間の中でどうやって人材育成していくかを併せて考えないと、単に失敗しないように、あるいは先に正解にたどり着かせるということでは、人は育たなくなってくるのではないかと思います。

倉重:まさに今仰った「短い時間での育成」というのは、たぶん若い労働者の人も気付いているのではないかと思っていて、現に、今までの先輩たちのように自分はキャリア・経験を積めるのかが不安だと、気にしている人も実際にいたりしますよね。

松浦:そうですね。あと、職場での勉強会などもやりにくくなってくるかもしれません。私は若い頃、民間企業の人事にいたときがあって、労働条件の設計をするセクションだったのですが、ベテランの先輩たちが一気に異動されて、若手ばかりになって、これからどうしようという時期がありました。その時期に、当時の課長がケーキをポケットマネーで買ってくれて、ケーキを食べながら若手に教えるような勉強会を定期的に設けてくれたのです。

倉重:いい上司ですね。

松浦:その勉強会で、それこそ資料の作り方から賃金設計、組合交渉など、いろいろなことを基礎から体系的に教えていただきました。

倉重:それは、その課長さんが個人的にやっていたのですか?

松浦:そうです。この勉強会での学びは、その後にものすごく活きました。

倉重:それは活きそうですね。

松浦:労働時間短縮の中で、従来の人材育成のやり方を見直し、取捨選択していかなければならないと思いますが、こういう勉強会がなくなっていくとすると残念に思います。

倉重:そうですね。社内にいてPCを開いていたら、労働時間とカウントされる可能性が高いと言って、人事であればあるほど、そういうことに気を付けて、「じゃあ、もうやめて早く帰ろうか」と、なりかねないですね。

松浦:働き方改革で労働時間が短くなっていくことによって、人材育成のウェイトがある程度個人にシフトしていく可能性があります。それ自体必ずしも悪いことではなく、もちろん個人が社外でいろいろな人脈をつくって成長の機会を自分でつくることも有益ですけれども、今私が申し上げたような職場の中でこそ学べる機会が過度に制限されると、人材育成力が弱まってきてしまうのではないかと危惧しています。

倉重:プレミアムフライデーで飲みに行ったらいいのですかね。

松浦:プレミアムフライデー……フライデーは基本忙しいですよね。

倉重:そんなことはしていられないですね。

松浦:どういうフライデーなのだろう、と思って。

倉重:せめて水曜日にしてくれよ、と。

松浦:そこは、それぞれが決めればいい話ですよね。

倉重:仰る通りですね。

松浦:上からフライデーと言われなくてもいいように思いますけれども。

倉重:今は、キャッシュレスフライデーでしたっけ。

松浦:ノーコメントで(笑)。

倉重:そうですね。あとは、来年から中小企業も上限規制適用という形になってくるので、大企業はスタートしていますけれども、中小企業という意味では、また少し視点が変わってくるのではありませんか。特に労働時間関係の対応はなかなか大変なように思います。

松浦:総じて規制に敏感な大企業に比べて、規制がなかなか利きにくいのが中小企業です。

 大企業が時間外労働時間の上限規制に厳格に対応する一方で、大企業が「これやっておいてね」と、下請けの中小企業にしわ寄せがいくような事態は避けなければいけません。そういう意味では、中小企業の労働時間を、より慎重にウォッチしていくべきだと思っています。

倉重:労働時間削減の取り組みで業務効率化をする中で、外注できるものをあぶり出して外注をしようという取り組みは、実際にあるわけですけれども、外注された先はどうなのかという話ですね。

松浦:そうです。

倉重:それが中小企業であれば、当然、上限規制の適用が労働者にかかってきますが、さらにその先がフリーランスであれば、どうするのかという話もあります。

松浦:そうですね。やはり規制というのはとても難しくて、よかれと思って導入された規制であっても、抜け道を完全にふさぐのが難しい場合もあって、どこか別のところにしわ寄せが出てくる懸念は常にあります。そこは謙虚に、慎重に見ていかなければいけないところだと思います。

倉重:なるほど。これから来年以降、その辺が問題になりそうだということですね。

松浦:はい。

(第3回へ続く)

【対談協力】

松浦 民恵(まつうら・たみえ)氏

法政大学キャリアデザイン学部 教授

1989年に神戸大学法学部卒業。2010年に学習院大学大学院博士後期課程単位取得退学。2011年に博士(経営学)。日本生命保険、東京大学社会科学研究所、ニッセイ基礎研究所を経て、2017年4月から法政大学キャリアデザイン学部。専門は人的資源管理論、労働政策。厚生労働省の労働政策審議会の部会や研究会などで委員を務める。著書、論文、講演など多数。