【濱口桂一郎×倉重公太朗】「労働法の未来」第2回(「日本型」同一労働同一賃金の欺瞞(後編))

倉重: 同一労働同一賃金の問題について、抽象的な役割期待ではダメだとした上で、例えば基本給に関しては、役割の違いを具体化するものは何かというと、正社員はどういう評価指標で人事考課されているか、一方で非正規のほうはどういう評価項目なのかということが重要だと思っています。

これはちょうど、日本郵便事件の判決でもそういう評価項目があります。例えば、正社員などですと「他の社員と」、「他の部署と連携をとれているか」、「いろいろな仕事ができるか」、「コミュニケーションができるか」などです。そういった、要は、将来幹部社員になるための評価項目になっています。

一方で、非正規雇用の契約社員のほうを見てみると、「あいさつができるか」、「言われたことができているか」、「時間が正しいか」など、そういった、全く見るべきポイントが違うのです。これはまさに役割の違いというのをブレイクダウンした、一番具体化したものが、評価項目だろうなと、個人的には思っています。今そこを本に書いているのです。ただ、まさにちょうど書いている時に、先生のこの記事を読んだものですから、「これはやはり間違っていないな」と思った次第でございます。

濱口:もし実践論的に、何かアドバイスするとしたら、「両方同じ制度にしろ」というのが安全です。とにかく両者の賃金制度を統合した上で、とはいえ同じ制度にしても、将来の役割期待が異なることによって、評価項目が異なってき得るのです。「このタイプの人については、この評価項目で」、「このタイプの人については、この評価項目で」、ですけれども、「あくまでも基本的には同じ制度の中で」ということです。これは安全策としては非常に分かりやすいです。恐らく水町さんは、そういうふうにしろと言われているのだと思うのですが、それは水町理論に過ぎません。

倉重:法律は全くそのような形になっていないです。

濱口:法律上も、それに基づく指針も、そうしろと読める文言はどこにもないです。

倉重:ないですね。これには、何者かの抵抗が入っていますね。

濱口:不思議な世界です。

倉重:この指針案がちょうど平成30年の11月に出ていました。その時の直後の一部報道では、退職金についても、「新たに指針に規定」などと書いてありましたけれども、退職金はわずか1行だけですよね。「この指針に原則となる考え方が示されていない退職手当についても不合理と認められる場合の対処が求められる」と書いてあるだけです。では、何が不合理なのか指針の考え方はさっぱり分かりません。

退職金についても基本的には(退職金と賞与と、基本給は同じく)先ほどの「注1」の理論と同じく、役割期待のところを具体化した説明がつけばいいのかなと個人的には思っております。退職金はいかがお考えですか。

濱口:一番日本の雇用システムの根幹に関わるようなことを、うまくすり抜けて、形式的に書けるところだけ書いているようなものになっています。水町理論は言ってみれば、制度さえとにかく統一すれば、あとは理屈の付け方ですと言っているようなものです。基本給で、同じ制度にした上での、理屈の付け方のところに裁判所がどこまで介入するかというと、多分あまりしないでしょう。

倉重:本当に賃金制度の中の適用問題、つまり中身の話になってしまいますよね。人事権濫用の話ならまだしも、何が「妥当か」ということを裁判所が決めるのは難しいでしょうね。どちらに転ぶかというところですね。基本給をベースに評価も入れて、ポイントを積み立ててというところも多いと思います。そういうところは、基本給と同じ考え方かとも思います。ただ、本当にそれもさまざまな制度があるので、一概にどうとは、なかなか言えません。

この不透明な判断を、また企業に全部責任を押し付けるというのが、きついと思うのです。

ちょうど昨年、日本郵便(東京)事件の高裁判決が出ました。その判決の中では、過失論が新たに加筆されていました。要は、1審では「不合理だ」イコール「過失があって、不法行為だ」という構成なのです。その過失は本当にあるのかということも、法曹業界では結構話されています。裁判官同士や弁護士同士でも、結論を出すのが難しい分野について、それを、企業の一担当者が気付いて、即人事制度を修正しなかったら過失なのかという議論をして、高裁などで、主張されたようです。

判決を見ると、「ただ、この問題は労働組合からも指摘され、そして法律は周知されていたのだから、過失あり」みたいな、そういう悲しい認定になっておりました。結局、それは最終的には、企業がリスクをしょいこんでやらなければいけないということなのです。これからどういう方向に展開していくのでしょうか。

濱口:本当は、思いもよらないことで過失だと言われないために、事細かなガイドラインを作るのだという、触れ込みだったはずです。

倉重:はずでしたよね。

濱口:その触れ込みのガイドラインが、99.99%役に立たないようなものになっているというのは、なかなかシュールな世界です。

倉重:そうですね。あとはもう今後の司法判断に委ねられたというところなのでしょうね。

濱口:ちょっと話は飛んでしまいますが、今回の同一労働同一賃金に限らず、前々から企業の意思決定の安全性、言い換えれば、何をどういうふうにしたら合理的だと認めてもらえる可能性が高くできるのかという問題意識は、もう10年以上前から論じられています。十数年前の労働契約法制研究会の時に出された過半数組合や労使委員会を使う案です。あのときは労働条件の不利益変更の問題でしたが、過半数組合や労使委員会がそれを認めた場合には、その不利益変更は合理的と推定しようという案でした。あれは結局実現しなかったのですが、少なくとも、一つの合理的な制度設計のありようだったと思うのです。ところが、あれをつぶしてしまったために、何をどうやっても、例えば多数組合とじっくり協議して納得させたけれども、一部に文句を言うやつが出てきて、裁判所に持って行ったら、文句を言ったほうが勝つという可能性は、常にあるのです。

倉重:そういうことですね。よく分かります。

濱口:私は一連の話だと思っているのです。私が同一労働同一賃金について、労使団体などいろいろなところでお話をさせていただく時に、必ず言っていることがあります。それは、何が合理的で、何が合理的でないかという判断基準は、やはり集団的な労使関係の枠組みで決めるべきだということです。まずはそこで働いている人たちの多数が合理的だと認めることが重要です。

もちろん、それが最終的というわけにはいきません。司法が最終判断を下すわけですが、司法が判断するときに、労働者の多数が納得しているのだから、それは合理的だと認定することが望ましいのです。個人的には、十数年前に挫折したこの問題を、今回やる機会だったのではないかと思っていました。

倉重:まさに前回荻野さんも対談で仰っていたのですが、新時代の労使関係、特別多数労組であるとか労使委員会の考え方が今後重要になりますからしっかり法制化したかったですね。

濱口:ですけれども、残念ながらそれはついに入りませんでした。派遣のところだけ、まことに使いづらそうな労使協定方式が入りますが、肝心の直接雇用のパートや有期については入っていません。本来から言えば、パートや有期を入れた組合であればその過半数組合の、それがないのであれば、非正規も含めた従業員の過半数代表の意見をきちんと聞き、それに基づいて動いていくようにすれば、先ほど言った、99.99%の企業にとっても有用だったはずです。「客観的具体的な実態に照らして不合理なものであってはならない。」という闇の中を、これでいいのか、あれでいいのか、よく分からないままやるのではなく、少なくとも、そこで働く従業員の大多数がそれを合理的と認めているということで、その合理性を認定するような仕組みが入れば、相当これはいいものになったであろうなと思います。

(第3回へつづく)

【対談協力 濱口桂一郎氏】

1958年生れ

1983年 東京大学法学部卒業、労働省入省

2003年 東京大学客員教授

2005年 政策研究大学院大学教授

2008年 労働政策研究・研修機構統括研究員

2017年 労働政策研究・研修機構研究所長