【特別企画】法律×経済クロストークvol.5 ~働き方はどう変わるべきか~

労働法の専門家と経済の専門家による「法律×経済クロストーク」、第5回(最終回)は働き方はどう変わるべきかについて。

過去記事はこちらです。

Vol.1https://news.yahoo.co.jp/byline/kurashigekotaro/20180613-00086440/

Vol.2https://news.yahoo.co.jp/byline/kurashigekotaro/20180614-00086442/

Vol.3https://news.yahoo.co.jp/byline/kurashigekotaro/20180615-00086443/

Vol.4https://news.yahoo.co.jp/byline/kurashigekotaro/20180618-00086445/

倉重:そうすると結局根本的な話に戻ってくると思うんですけど、正社員として60歳まで終身雇用で働いていて、その中で保障されつつも残業代もらいながらみたいな昭和的な働き方があったとして、それ自体が変わらないといけない時代にきているのかなというところなんですけど、これは唐鎌さんから見てどう捉えてます?

唐鎌:そもそも「残業代がもらえないと生計が成り立たない」という状況がおかしいことは誰しも直観的に分かるでしょうから、まず給与体系を含めた雇用制度自体を変えていくという方向自体に異論は少ないと思うのです。もちろん、どういう働き方にしたいのかは人によって違っていいでしょうし、その中で典型的な日本型雇用のように「3年に1回異動して、いろんな仕事をしたい」という現在の形態を選ぶ人もいるとは思います。

しかし、あまりにも多くの層がそういった形態の働き方に傾斜し過ぎているのが今の日本だと思うので、もうちょっと自分の磨きたい専門性とか、すごくラフに言うと自分の「庭」を定めて、そこを育てていこうという生き方があっても良いのではないでしょうか。自分の「庭」があれば、その「庭」の中では裁量が効きやすくなるでしょうし、創意や熱意も活かしやすくなると思います。なので、まずは「自分として何を極めていきたいのか」というのを設定し、それを磨いていきやすいような職業社会になるといいと思いますね。

倉重:いまの3年に一度っていうのを掘り下げてみたいんですけど、例えば唐鎌さんの場合だと為替という専門分野があって、15年ぐらいずっと同じ分野でやっているわけじゃないですか。そうすると当然見えてくる景色とかも昔と違うと思うし、自分の裁量の幅というのがどんどん広がっていると思うのですけど、そういった専門性を追求されている方からみて、例えば3年に一度転勤するとか部署が変わる正社員の働き方をどう思いますか。

唐鎌:率直に勿体無いと思うことがあります。やっぱり新しい仕事に就いて、1年目は慣れる。2年目から工夫を考えていって、大体3年目くらいで余裕を持って新しいことをやろうというステージに入れるのではないかと思います。しかし、ご案内の通り、日本型雇用の多くは2~3年で人が総入れ替えになります。そうするとまた、多くの職場で新しい人がゼロスタートになるわけです。極端な話、今は4月1日に日本全体でそういうことが起きているわけですよね。こうした慣行と生産性の相互関係を真摯に分析する時代になってきているように思います。構造的に生産性が上がらない制度要因があるとしたら、今行われているような各種取り組みも効果が減殺されてしまうでしょう。少なくとも慣れない仕事をやることは時間がかかるでしょうから、先ほどの労働生産性の数式に従えば分母が膨らみ、労働生産性が低下してしまう話になるのではないでしょうか。

例えば自分のケースに置き換えますと、私は15年弱、今の経済・金融分析の業務をやっています。やはり、「今、どういうテーマが求められて、沢山読まれるのか」という点は直感的に分かっているつもりですし、それに応じて極力早いスピードで世に情報発信することが私の責務だと思っています。やはり、それは経験からでしか身に付かない部分があると思います。そうなる前に、そしてそういうセンスを持った人がたくさんいるのに、3年経った時点で全然違う仕事に異動してしまったりするというのは、生産性を高めるという議論の中ではやはり勿体無い話と思います。 

当然、全ての人が専門性を持って、職人的に働く必要は無いと思います。一つの組織があった時に、例えば大企業だと特にそうだと思いますが、経営者目線で見たら、全員が専門家でも困るでしょう。なので、50%いや60%の人が今のようなジョブローテーションの育成型人事でキャリアを歩んでいく状況でも問題ないとは思います。ただ、「そうではない働き方もあるよ」という問題提起が今の政府・与党が推し進める労働市場改革の意図に盛り込まれていると思います。そういった政策の方向は応援したいところです。

倉重:やっぱり基本的には昔の昭和的な働き方っていう中では、会社の命を受けて定期的に部署を異動して、会社に自分のキャリアというものを委ねるわけですよね。自分の自律的キャリアという視点が全くない代わりに終身雇用が保障されると。こういうトレードオフの関係にあったのかなと思うんですけど、だんだんと会社の存続自体も給与も怪しくなってくる中で終身の雇用は保障できないとなると、逆にですよ、3年に1回の異動って従い続けてるほうがむしろリスクだっていう見方もあるんじゃないですか。

唐鎌:そういう考え方もあると思います。「安定している。変わらないでいることはむしろリスクだ」という考え方は、やはり老い先が長い若者達が共感するでしょうから、これからはそういう雰囲気がますます強まってくると思います。銀行であろうと製造業であろうと商社であろうと、皆、旧態依然は良くないという問題意識を抱き始めていると思います。

倉重:銀行でも転勤に関しては希望を聞くような制度を入れるっていうニュースもありましたしね。でも一方でこういうこというとね、お前らは弁護士だったり経済の専門家だからこういうこと言えるのだろうと。そういう専門性ない人はどうしたらいいんだみたいなご意見もあろうかなと思うんでしょうけど。

【東京新聞 勤務地限定 進む金融界 1年ごと選択 全社員エリア固定】

http://www.tokyo-np.co.jp/article/economics/list/201805/CK2018052502000141.html

唐鎌:「何がやりたいのか」というのは本人が決めることではないので、私から申し上げられることはあまりないと思います。ただ、「あれがやりたい。これがやりたい」というモチベーションはロボットには無い人間特有のマインドだと思いますから、やりたいことは探さないと損だと思います。

倉重:例えば10年以上社会人をやっていればね、この仕事面白かったなっていうのはあると思うし、あとその何を突き詰めていくかっていうのを考えるのがキャリアオーナーシップということだと思うんですよね。「頑張ったから企業は評価してくれる」と思っても、企業自体がなくなるリスクもあるわけですし。経産省もそういった考え方を推しているかと思います。

唐鎌:国全体がそっちを向いているのは本当にいいことだと思っていて、確か大前研一さんのお言葉だったかと記憶するのですが、「10年同じことやったら専門家になれる」といった趣旨のフレーズを学生時代に目にして、私はその考え方を凄く大事にしてきたつもりです。それは結局なんでもいいと思うのです。盆栽でもいいし、エコノミストでも弁護士でもいいと思うのですが、「一つのことを10年やれば誰だって何の専門家にもなれる」というコンセプトは今振り返るとやっぱり正しかったように思います。もちろん、その専門分野で勝てなくなれば窮地に立たされるわけですが、本来、仕事とはそういうものではないかと思いますし、だから頑張るのだと思います。専門分野の特定は早いに越したことはないのでしょうが、30代でも40代でも遅くはないので、そういった考え方がもうちょっと広範に浸透しても良いのかなと感じています。

倉重:政府は最近副業というのも推していますけど、これって結局はですね、1つの会社に安住することがリスクだぞっていう政府としてのメッセージでもあると思うんですよね。

唐鎌:そうですね。政府があそこまで強調するというのはやはり相応の意図があるのだと思います。今、政策的に言われている「副業」というのは副総理とか副首相の「副」ですけど、実際のところは複数の「複」で、いろんなことに興味を持ったほうがいいですよという意味での副(複)業を押し進めたいという意図があるのではないかと理解しています。「副」業という文字から判断してしまうと、副業のほうが大体二次的なもので、オマケのような印象がどうしてもあります。そうではなくて、自分のキャリアを「複」線化するという意味での複業が今、時代の要請として支持を得ているのではないかと推測しています。

倉重:夜の仕事であるとか、肉体労働、もちろん必要なことなんだけど、自分のキャリアにとってどんな副業がいいかっていう視点が必要ですよね。金がいいだけじゃなくてね。現実的にはキャリアにつながり、会社に新しい視点を取り入れてくれるような副業なら人事としても推進したいのですが、お金のためだけに深夜・早朝働くとなると長時間労働の問題もありますからね。

唐鎌:そうです。お金だけではなく、世界観や見識を広めるという意味でのキャリアパスの複線化が必要だと言われているのだと思います。

倉重:ということで今まで円安、正社員を中心とする働き方ですね、いいものとされてきたものが本当にこれでいいのかと。そういうことを経済法律の両視点からお話してきたわけですけれども、改めて価値観がだんだん昭和平成、それから次の時代と変わっていく中で、経済・金融の専門家の目から見て、まとめをお願いします。

唐鎌:はい。冒頭申し上げた通りなのですけども、長年、日本経済を語る上では、「日本の景気が良くなるには円安が必要」という通説に議論の余地はありませんでした。「円安なくして景気回復はない。円高になったら世の中終わり」、そのような雰囲気が漂いやすかったように思います。しかし、過去5年間、アベノミクスの下で円安・株高を強固に推し進めた結果、「それだけでは駄目だよね」という機運はやはり強まったように感じています。

実際、私がこの仕事をしていて、5年前に「円安のコストも考えるべきだ」ということを言ったら結構厳しいご意見を頂戴したりもしました。しかし、今は賛同してくれる人が5年前に比べれば明らかに多くなったと思います。既存の価値観が徐々に変わり始めているという兆候は明らかにあると思いますね。

倉重:私も5年前に「なぜ景気が回復しても給料が上がらないのか」という本を書いて、その時にも一部データを唐鎌さんに提供してもらったりしながら議論させてもらったりしたけれども、正社員の雇用保障を弱めるべきだという話をしたら、「何を言っているんだこの経営者の犬が」みたいなコメントを多数いただきました。

 でも、だんだんと日本の正社員の雇用保障はこれでいいのか?っていう議論が少しずつ広がっていると思うんですよね。やっぱり終身雇用、その前提となる年功序列を改めて議論し直す必要がある時期にきていると言えるでしょう。年功序列というのは基本的に毎年職務遂行能力が高まるっていうフィクションなわけですけども、このフィクションって本当に必要なのかというのが問われている時代で、レベルアップなければそこに高い給料発生しないよと。当たり前の話が露わになりつつあるのだろうなと思います。まさに時代の転換点だからこそ、いろんな問題も出てきているのかなと思いますね。

唐鎌:やればやっただけ生産性が上がり、人材価値も上がる。そのような仕事も世の中にはあるとは思います。あると思いますけど、そうではないケースが多数だからこそ今、「生産性が低い。伸ばさなくてはならない」という風潮が強まっているのだと思います。そうした風潮を時の政府が応援してくれる点で、現状は良い方向に向かっていると思います。

倉重:なるほど、少しずつでも変わっていければ日本経済まだチャンスはあるというところですかね。今日はどうも、ありがとうございました。何かしら皆さんの気付きになれば幸いです。

(終わり)

対談協力 唐鎌大輔氏(みずほ銀行国際為替部チーフマーケット・エコノミスト)

1980年東京都出身。2004年慶應義塾大学経済学部卒業後、JETRO入構、貿易投資白書の執筆などを務める。2006年からは日本経済研究センターへ出向し、日本経済の短期予測などを担当。その後、2007年からは欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向し、年2回公表されるEU経済見通しの作成などに携わった。2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)国際為替部。公益社団法人 日本証券アナリスト協会検定会員。2012年J-money第22回東京外国為替市場調査 ファンダメンタルズ分析部門では1位。2013~2016年同調査では2位。著書に『欧州リスク: 日本化・円化・日銀化』(東洋経済新報社、2014年7月)、『ECB 欧州中央銀行: 組織、戦略から銀行監督まで』(東洋経済新報社、2017年11月)。連載にロイター外国為替フォーラム、東洋経済オンラインなど。その他メディア出演多数。所属学会:日本EU学会