開戦100年、建築家が描いた第一次世界大戦

伊東忠太「塞墺開戦」『阿修羅帖 第一巻』

薄っぺらな史観を超えて

第一次世界大戦が始まったのは、今から100年前、1914(大正3)年7月28日です。この日にオーストリア(オーストリア=ハンガリー帝国)がセルビア(セルビア王国)に宣戦を布告しました。すぐに終わるだろうという大方の予想を超えて、戦火は拡大し、長期化して、最初の「世界大戦」と呼ばれる戦争になります。

最近思います。日本ほど、この第一次世界大戦の重要性が認識されていない国は無いのではないかと。

第一次世界大戦を知ると、世界がだいぶ見えやすくなります。社会主義国家の誕生(ソビエト連邦)も、アメリカ合衆国の国力が世界史を決定したのも、これが初めて。機械技術が距離や時間の感覚を変化させたり、ひねりのない理性や伝統が無力であることを悟ったり、数こそ力の大衆が前面に表れたりと、今と地続きの世界が、100年前から本格的に始まります。

日本にとっての影響も、意外なほどに大きいのです。従来、幕末維新から日露戦争までのストーリーと、第二次世界大戦に至る話が分断される傾向が日本近代史にはあったわけですが、近年の研究の進展は、その間の単純ではないつながりを明らかにしています。

時代の前後を架け渡すという必要以上に私が思うのは、第二次世界大戦後に何が可能になり、何が失われたのかを知る上でも、第一次世界大戦の理解が大事だということです。薄っぺらな戦後史観に囚われなくなりますし、それに代わって、さらに薄っぺらな史観をまとうという失敗も少なくなる。そんな効果も期待してしまいます。

第一次世界大戦の勃発

とはいえ、私の専門は歴史一般ではなく、あくまで建築史。建築というものは、世の中のほとんどのことに少しずつ関わっています。そして、それらの関係性を見えやすくしてくれます。そんな建築を通じて、歴史の厚みに少しでも近づいて行きたいと思います。

ここで一人の建築家に登場してもらいましょう。彼の名は伊東忠太(1867-1954)。オーストリアがセルビアに宣戦布告したとの報道に触れて、いてもたってもいられなくなりました。手元にあった葉書の裏側に紙を貼り、鉛筆で下絵を描いた後で筆をとって、慣れた手つきで着色を施しました。

描き上げたのが、この漫画です。

画像

出典 :『写真集成 近代日本の建築 第8巻 伊東忠太建築資料集 阿修羅帖 第一巻』ゆまに書房、2013(使用許諾済)

「塞」と「墺」については、説明が要りますね。塞はセルビア(塞爾維)で、墺はオーストリア(墺太利)のこと。小さな2か国を、列強5か国(ドイツ、イタリア、イギリス、フランス、ロシア)が取り囲んでいます。これが当時の状況を、上手に物語っています。伊東忠太という人は、こんな象徴化をさせたら巧いのです。

第一次世界大戦の直接の引き金となったのは、良く知られているように6月28日のサラエヴォ事件です。オーストリアの帝位継承者であるフランツ・フェルディナント大公夫妻が自国領内のサラエヴォで、セルビア人の青年に暗殺されたのです。オーストリアはこれを理由に、7月23日にセルビアに対して強硬な最後通牒を送り、7月28日の宣戦布告に至ります。

交錯する各国の思惑

伊東忠太の漫画は、1914年7月28日の力学を擬人化して描いています。

右のオーストリアの背後には、1882年に三国同盟を締結した同盟国(中央同盟国)であるドイツ(ドイツ帝国)がいます。最も大きな体格は強大な軍事力を、拳を振り下ろそうというポーズは野心的な姿勢を表しています。「カイゼル髭」をたくわえた顔は、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世に似ています。

三国同盟はドイツ、オーストリア、イタリアの間で結ばれました。しかし、イタリア(イタリア王国)は、すでに1902年に連合国側のフランスと伊仏協商を結ぶなどしていたため、一歩引いて様子見の姿勢です。こちらの顔はイタリア王のヴィットーリオ・エマヌエーレ3世を彷彿とさせます。

対する左側は、セルビアの後ろに、ロシア(ロシア帝国)とフランスとイギリスが付いています。ドイツに対抗する「三国協商」に基づく連合国です。

しかし、参戦への姿勢は、三者三様なんですね。濃い口ひげのロシア皇帝ニコライ2世はすでに戦う準備を整え、今にも手を出しそう。フランス大統領レーモン・ポアンカレも厳しい表情で、ドイツへの対抗心を露わにしています。これに対してイギリス国王ジョージ5世は、腕を組んで思案中です。

1枚の漫画の中にも、このように各国の思惑が読み取れるのです。

さらによく見ると、ドイツやロシアやフランスの目線は、セルビアとオーストリアの小さな取っ組み合いには向いていません。見据えているのは、互いに背後にいる大物です。こうした列強の勢力争いという性格が、結果的に大戦を後に引けない長期戦に変えることになります。

伊東忠太はその能力でもって、各国の姿勢を描き分けながら、開戦時の状況を一目の下に収めることに成功しています。

建築家の感性がとらえた世界

この後、第一次世界大戦はどのような変転を経るのでしょうか? 伊東忠太は結局、1919(大正8)年10月31日に日本がヴェルサイユ講和条約を批准するまでの間に、500枚の漫画を仕上げ、『阿修羅帖』として限定出版します(国粋出版社刊。ゆまに書房から復刻)。この5巻本には、建築家の鋭敏な感性が捉えた時代の動きや意外な小ネタ、作者の癖まで収められていて、見飽きません。

これからも折に触れて、伊東忠太の漫画から「100年前の今」を考えていきたいと思いますので、ご期待ください。