自動運転。なぜ手放し運転が容認されるようになったのか

突如「2020年に自動運転を目指す」という目標を掲げる自動車メーカーや周辺産業がたくさん出てきた。驚くべきことに今まで「手放し運転などとんでもない!」と言ってきた国交省や警察も「法律的に禁止しているということではない」とトーンダウン。デモ走行では手放し運転を容認している。なぜこういった動きになったのか? 我が国の政府が「国策」として推奨し始め、補助金も出すように考えているからだ。

ちなみに手放し運転は、運転に関する世界的な基準となっている「ジュネーブ条約」や日本の道交法でも以前から禁止されていない。アクセルやブレーキを含め「適正な操作を行うこと」と書いてあるのみ。だからこそドライバーがアクセルペダルやブレーキペダルを踏まないでも加速や減速を行う車間制御式クルーズコントロールや自動ブレーキも認可されている。ハンドル操作は同じ解釈で、ハンドルをキチンと操作できる機能を持たせれば常時保持の必要は無い。

もちろん手放し運転は違和感が大きい。そこで現時点では「いつでも運転を代われるよう手を膝の上あたりで待機させておく」という自主規制になっている。

10月30日開幕となる東京モーターショーに各メーカー様々なコンセプトの自動運転車を出展してきた。自動運転の技術自体は世界の流れからしても必要で、大いに推奨すべきだと思う。けれど日本が立てた短期目標は、あまりにレベルが高すぎる。というか実現不可能に思える。台場近辺で社会実験しているのは、首都高速などを舞台とし、1)高速道路への流入。2)ジャンクションでの分岐&流入。3)進路変更。4)高速道路からの退出というもの。

政府によれば、これを2020年のオリンピックまでに実現させたい模様。実現可能か? 基本的に無理だと思う。そもそも自動運転を取り入れる理由は大きく分けて二つ。一つ目は「運転技量が低い人でも自由にクルマで移動できる」というもの。終点にはグーグルカーのようにハンドルすら付いていない完全自動運転になる。「年齢などの様々な問題で運転が出来ない」とか「運転は嫌い」という人のニーズだと考えれば良い。

二つ目は渋滞や流れの良い高速道路の一定速巡航などクルマ好きでも飽きる状況で運転を代行してくれ、同時に居眠りや疾病、脇見などでミスをした時に自動車がバックアップしてくれるという補助機能。日本政府が行おうとしているのは前者である。しかし決定的な問題を抱えてしまう。

全てのクルマが自動運転にならない限り、手動運転も混在する。その場合、高速道路への流入など、譲ってくれなければ入れないケースも少なくないだろう。相手側のドライバーが車線変更する際の判断ミスし、接触しそうになる時だってある。そういった時に自動運転装置は対応しきれなくなり、運転を放棄してしまう。

ドライバーが高速道路を満足に走れないような技量だったらどうか。突如非常に難しい状況で運転を任されることに。これは非常に危険。また、ハンドルも付いていない自動運転車が何らかのトラブルで歩行者に突っ込んでいった場合、乗員は見ているしか無い。こんな事故が数件起きたら社会的に認められないと考える。

メディアを見ていると自動運転大歓迎の風潮ながら、完全なる自動運転は「人工知能の判断に生命をゆだねる」ということを意味する。皆さん考えているより高い高いハードルがある。最先端の技術を使っている航空機や、移動速度の遅い船舶でも自動運転は行ってない。一方、ドライバーのミスをカバーするための自動運転はドンドン取り入れるべきだろう。

両者の技術の根幹は同じ。まずは渋滞時に代表される「いつでも止まれる速度域」での自動運転を目指すべきだと考える。