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先端アート展「グレートリセット・スモールリブート~その後をつくる創造力」にチームラボも 主催者に聞く

松下久美ファッションビジネス・ジャーナリスト、クミコム代表
『エンゲージド・ボディ』岡田裕子     写真はすべて公式

 先端的なアートを集めた企画展「グレートリセット・スモールリブート ~その後をつくる創造力(Great Reset, Small Reboots by Artists)」が、2021年10月29日から、今日11月14日まで、横浜みなとみらいのアートセンター BankART Stationで開催中だ。主催者でありキュレーションを手がけた一般社団法人クリエイティブクラスターの岡田智博代表は、「アートによる想像力と創造力を通じて、これからの時代の可能性を提示する作家による『グレートリセット後の創造的リブート』をテーマに、チームラボ、キュンチョメ、Minoru Fujimoto、韓亜由美など14組の先端かつ多彩な面々で展開する企画展だ」と説明する。ダボス会議のテーマにもなったグレートリセットに興味を惹かれ、岡田代表にメールインタビューを実施した。会期最終日になってしまったが、意義深い内容であるため、ここに記録し、記憶に留めておきたい。チームラボの猪子寿之代表によるマニュフェスト原稿にも注目だ。

――テーマに「グレートリセット」を選んだ理由は?

岡田:変化や災難がのっぴきならないかたちで全人類を呑み込む今、多くの人はそのことを「グレートリセット」という言葉で例えている。ある人は畏れ、ある人はチャンスとして踊り続け、また、たくさんの人々は呑み込まれないように日々を生きている。「グレートリセット」は、変化や災難、COVIDパンデミック、シンギュラリティとAIの社会実装、一帯一路に代表される新たな経済圏の勃興と経済情勢の劇的変化と「分断」、地球環境とエネルギー、民間の力での宇宙開発AIの社会実装、そして「人新生」など、私たちはこれまでとは違った世の中へといやが上にも放り込まれる。そしてそれは、「陰謀論」的な言説だけではなく、まさにそんな災禍に吞み込まれてリアル開催が中止となった2021年の世界経済フォーラム年次総会「ダボス会議」のテーマとして掲げられ、グローバルイシューにまで高まった強烈なキーワードとなっていると感じたからだ。

――アートを軸とした企画展の開催主旨は?

岡田:この「グレートリセット」を前に、人々はなすがままでいるのだろうか?と考えたとき、芸術家や作り手の中には、その後の地図を自らの手で、さまざまな人々とともにつくり出して、創造の旗を立てる才能たちがいることに希望を抱いた。そんなつくり手達による手づくり(しかし最先端)の未来へのクリエイティブな取組から、私達一人一人の道しるべとなる羅針盤を探す展覧会としてつくったのが『グレートリセット・スモールリブート』展だ。この、小さいけれども、確実にわたしたちの未来に明かりを灯す創造を、本展から「スモールリブート」(身の丈からの再起動)と提唱し、展示を通じて実感できる場をつくることで、観た方にとってのこれからの糧になればというコンセプトがある。

――キュレーターでもある岡田さんが、テーマに基づいて、4つの「まなざし」をもとに作家を選び、展示を構成しているというが、キュレーションのポイントを解説してほしい。

岡田:「グレートリセット」の時代に生きるわたしたちの糧となる「アート思考」の涵養を狙っている。ここでの「アート思考」とは、多くあるようなアートや作家のあり様を利用して価値を得るための研修的ツールではなく、作家そのものが起こす「スモールリブート」に触れることでそれぞれの方々がより、自らのこれからを築いていける多様な選択肢を得られる思考の涵養を指す。

「まなざし1:アートが構想する未来」では、アートから生まれる創造的な構想力が、物質とデータの両方がリアルになる時代の未来のわたしたちを指し示してくれる。宇宙にまで広がる私たちの生存世界の中で得る精神的やすらぎとは、AIと人間どちらにも心地よいランドスケープとは?わたしたちの気持ちが安らかになる未来を考えるまなざしだ。

 チームラボの「ミュージアム」には、平均3時間以上人々が滞在するという。来館者はそのなかで自らを開放し、アートの中の時間に浸る。もうすぐ多くの私たちは、“辞令”として、宇宙に行かないといけない時代がやってくる。その時代では、地球から火星までは2年かかるという。月や火星には花鳥風月がなく、殺伐とした環境が広がっている。極限であっても、ペンギンなどの動物が「天然のアメニティ」を与えてくれる、南極どころではない世界。そこで私たちは、必ず10年近い日々を過ごさないといけないのだ。そこで正気になるために耐えられる「アート」こそが、チームラボではないか。

チームラボの猪子寿之代表からは、いつもそれを言うとかいかぶりすぎだと返されるが、今回の展覧会の出展に際し、「岡ちゃん(岡田)、2018年に没になってしまって、わかってくれないんだなあ…と思った原稿があるけど、それ、この話かもしれない」と、あるマニュフェストの原稿を渡された。このパンデミック前に没になった原稿を読んで、なるほど、チームラボにはこういうことを期待しないで、気分良くなりたい人が多いのか、と悟らされる内容だった。しかし、これこそが、チームラボからの「スモールリブート」へのマニュフェストなのだと感じた。そして「マニュフェスト」は、作品ともに同展の会場にひとつの「スモールリブート」のトリガーとして掲げている。

チームラボとの将来への対話

~この問答は2018年に行なわれたものである。

(問い)2030年以降の世界はどのようになっていると思いますか?

(チームラボ)人々は、全てにおいて、意味のあることを求め出すだろう。

例えば「アイスランドの氷の大地の割れ目に流れ込む滝のように、自分の存在を超越した自然の営みが創る景色」、「300年かけて築き上げたハニ族の棚田」のように、自分の存在よりもはるかに長い時間の人々の営みが積み重なって形作られた場所、もしくは「アーティスト達が何らかの意味を見出し、人生をかけて形にしようとした作品群」そのような「意味のあるもの」へ、人々はより強く興味を持つようになるだろう。

一方、世界中で、国民国家を基盤としたローカルな人々と、グローバルに生きる、もしくはさらされる人々の間には、完全な分断が起こるだろう。

日本においてはローカルな人々が圧倒的メジャーであるために、クリエイティブで自由に生きようとする多くの若者は、それとは「違う場」を基盤としていくだろう。

そしてローカルな人々の価値基準は、より純化される。

つまり、科学的な事実、世界の多様な試み、歴史上での人類の多様な生き方は、全て無視され、風土病のような頑な価値基準に純化される。そして、その価値基準からズレている人や、ミスを犯してしまった人を、魔女狩りのように徹底的に裁いていくだろう。

人々が住む都市や街には、滝も棚田もなく、AIにより、ますます暇になっているだろう。

ローカルな人々は、魔女狩りくらいしか意味を見出せず、持て余す時間を魔女狩りに使う。

少しでも他者への想像力があり、科学的な事実や、世界の多様性や、歴史を知るものは、完全な不感症になるか、森の中に住むしかない。

もしくは、アートの中に籠るだろう。

(問い)2030年以降の一般的な一日の過ごし方について説明してください?

(チームラボ)自らアートを創り、その中に籠るだろう。

(問い)シンギュラリティの世界において、どのようにすれば私たちは確実にこの技術の進化をより良い生き方のために活用できるでしょうか?

(チームラボ)もしかしたら、このシンギュラリティの「知性」とは、何かしら答えがある「問題に対する知性」かもしれない。

「知性」には、永遠と答えのない問題に対する「知性」というものがある。

(問い)2030年以降の未来の可能性を最大化するために、今の日本において何ができると考えますか?

(チームラボ)少しでも他者への想像力がある人、将来「違う場」を必要とする人に対して、アートを創り、皆にそこに籠ることを勧めよう。

『生命は生命の力で生きているII』チームラボ
『生命は生命の力で生きているII』チームラボ

 すでにチームラボは、わたしたちが宇宙に行かされる前に、殺伐とした「グレートリセット」の滓のような時代の中で、同じく中世がそうであった中、人々が正気を得るため、教会や寺院、モスクにアートや装飾に包まれた清浄な空間を求めたような場を、世界中の都市につくり続けているようにみえる。そのことを確認したく、「マニュフェスト」とともに、高精細の映像生成で究極に境界がなくなった四季と花鳥風月が広がるデジタル絵画、そして、世界中の隔離された家々で描いた花を投げあうことができる作品を展示している。

 AIが自動運転する時代、それでも人間はそれを管理するという「運転」をドライバーはしなければならなくなる。これからは、人間とAI、両方にとって良好な環境のデザインが必要になるだろう。建築デザイナーの韓亜由美は、道路空間にドライバーの運転意識を誘導することで、より快適にドライブでき、運転の安全性を高めるデザインを切りひらいた第一人者。AIだけを考えたデザインだと、新東名やアクアラインを代表に、韓が手掛けてきたドライバーのためのデザインは必要のないものになりかねない。人間のための道路デザインとは、AIの時代、無駄なものになるのだろうか?今回、このような連続性からドライバーの意識に訴求する彼女が編み出した「シークエンスデザイン」の源流となる、速度感覚を試す没入型ビデオアート作品を四半世紀ぶりに滞在制作として復刻、改めてAI時代におけるドライバーや乗客にとっての移動環境のデザインを問い直す「スモールリブート」を行なった。この作品は、ドイツにあるメディアアートの古典ともいうべきセンターであるZKMの初期につくられ、展示されたもの。メディアアートからの思考が、土木の世界に新たなデザインをもたらしていたのだ。

『Sensorial Dynamics』 韓亜由美
『Sensorial Dynamics』 韓亜由美

 紅いマネキンたちにまるで古代マヤ文明のような、臓器を黄金にしたジュエリーが施されている。美術家の岡田裕子は、自身の臓器が自由に複製できる再生医療普及の未来、自身の臓器を直接人に与えることができないモラルの向こうに、自身の臓器をアクセサリーとして身につける時代がくるのではと考え、実際に、自身の体内を精密にスキャンした臓器をモデルとして起こし、アクセサリーとする作品をつくった。人体がもたらす蠱惑的魅力と、先端医療での自分の体の生末。未来にいけるファッション、美意識の視野がみえるスモールリブートだ。

 同じく、先端医療に関する岡田のブレーンを友人としてつとめる東京大学の保健学者・武藤香織と一緒になって、その時代のファッションとヘルスケアとの関係を語りあう情報番組形式のビデオ作品もぜひ見てほしい。

――「まなざし1」がすでに深くて面白いが、2~4は?

「まなざし2:未来を憑依するアート」では、この「グレートリセット」の時代、わたしたちはどのように希望を見出すのか?さまざまな「今」を受け止めることで、これからを「いろいろな向き」に魅せてくれる作家がいる。あたかも地から未来を憑依した、作家たちの作品から、わたしたちの日常の「スモールリブート」を起こしていく。

 作家のアメによる、かわいいクマが殺伐とした日常を過ごすショートアニメーションは、毎週、その新作をTwitter上で公開し、アーカイブが作品集となり、何度もリツイートされ、ミームとして漂ってきた。そのクマどもの造形を同じくつくり、できたものを販売すると則売り切れとなる。インターネットで完結するこの『クマども』のセカイは、麻雀やストロング系ドリンク、寝そべりスマホに包まれ、殺伐とした日々のよすががある。COVIDパンデミックで宿り木となる飲食店がなくなり、新しい世代の路上飲みがアンロックされたようなよすがの「スモールリブート」の表象がそこにある。他の出展作家はキュンチョメ。

『クマども』アメ
『クマども』アメ

「まなざし3:未来をつくった創造」では、アーティストによる創作が、これからのライフスタイルやエンタメを創るプロダクトやそのイノベーションのためのヒントになっている。ここでは、このような日本から「未来をつくった創造」の数々を展示、あなたの「アート思考」にヒントを与えてくれるはずだ。

 メイン作品は「nubot」だ。10年前の東日本大震災の直後、多くの人がさまざまな場所に「避難」した。その中のひとつのアーティストが、東京との間で仕事を続けるためにつくったロボット、それがnubotだ。ハンドメイドのぬいぐるみの顔の部分にスマートフォンを装着、ダイヤルトーンで身振り手振り動かすことができるリアルなアバターは、遠隔会議だけでなく、離れた家族との会話、会えない近しい人とのコミュニケーションを大いに盛り上げたという。このコミュニケーション力に着目し、nubotを引き受けた林智彦さんは大手広告代理店を辞めnuuoを創業、2013年まだ日本では知られていなかった米国テキサスで開催されるスタートアップの巨大カンファレンス SXSW に乗り込み、日本人で初のインタラクティブビジネスの優秀スタートアップに選ばれ、シリコンバレーで創業した。クラウドファンディングも創世記のこの時代、全てが早すぎ、結果として nubot は時代の狭間に埋没してしまった。スマートフォンが肉体の一部のような存在となり、その上、パンデミックの今こそ、多くの人が意味を感じられたこのロボットに改めての「スモールリブート」を込めて展示している。他の出展作家は、EXCALIBUR、galcid、Jason Scuderi (lasergun factory)、Minoru Fujimoto、marimosphere、Whatever Inc.。

『nubot』(ロボット) nuuo
『nubot』(ロボット) nuuo

「まなざし4:もうひとつの未来文明」では、今とは違う文明の姿も、もしかしたら、あったかもしれない。そういう存在をあるひとは「オーパーツ」などといって、不思議がり、あくなき好奇心をかきたててきた。このような、もしかしたら、別の文明があったなら、もしくは、別の文明になってしまったら?という謎かけをしてくれるアーティストの作品を展示した。私たちのとっての視覚芸術の歴史が、日本の伝統文化が、作品を通じて揺るがされるように思える。

 最も若い数寄屋職人でもある建築家の佐野文彦は、その若い感性で世界中からひっぱりだこ。そんな佐野は、京都から巨石や巨木を港区の高層ビルだけでなく、ドバイや中国にまで持っていき、伝統に裏打ちされた和の空間をつくりだしている。世界のどんな場所にでも塊を持っていく、その運ぶ際の仕組み、一見不安定そうだが、安定し、存在感を放つ石や巨木に「もの」の力を感じるという。

 巨額の資本がデータとして飛び交い、富豪であってもその巨万が質量のない数字の羅列である「グレートリセット」のゲームプレーヤーたち、しかし、その欲望は重い質量を持つ自然物であることは変わらない。「文化を尊ぶ」人間の本質を表象する、伝統からのもうひとつの見立てに感じられる。他の出展作家は後藤映則。

『物質 均衡』 (伝統アプローチのインスタレーション)佐野文彦
『物質 均衡』 (伝統アプローチのインスタレーション)佐野文彦

――最後にメッセージを。

岡田:圧倒的な「グレートリセット」にあって、わたしたちにはたくさんの「スモールリブート」の方法がある。そして、この展覧会も作家にとっての「スモールリブート」となり始めている。時代精神の表象と、そして創造の場から、これら数多の「スモールリブート」のバタフライエフェクトがどうなるのか、期待してやまない。

岡田智博一般社団法人クリエイティブクラスター代表理事。

PROFILE:テクノロジーアートが一般的に定着する前から、その萌芽に着目、2005年以降、先端的表現を世間と共有する企画展を独自企画で開催。南は石垣島から北は北海道、海外は台湾や東欧セルビア等各地で、新しい表現の社会実装に平素は取り組んでいる。また、2021年から東京藝術大学で教養教育の充実化を図るコーディネーターを担当。

ファッションビジネス・ジャーナリスト、クミコム代表

「日本繊維新聞」の小売り・流通記者、「WWDジャパン」の編集記者、デスク、シニアエディターとして、20年以上にわたり、ファッション企業の経営や戦略などを取材・執筆。「ザラ」「H&M」「ユニクロ」などのグローバルSPA企業や、アダストリア、ストライプインターナショナル、バロックジャパンリミテッド、マッシュホールディングスなどの国内有力企業、「ユナイテッドアローズ」「ビームス」を筆頭としたセレクトショップの他、百貨店やファッションビルも担当。TGCの愛称で知られる「東京ガールズコレクション」の特別番組では解説を担当。2017年に独立。著書に「ユニクロ進化論」(ビジネス社)。

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