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エディー・バウアー日本撤退の深層・真相 閉店発表で売上げ急上昇中 再上陸時の成功のカギは?

松下久美ファッションビジネス・ジャーナリスト、クミコム代表
1998年に新宿サザンテラスにオープンした「エディー・バウアー」旗艦店 筆者撮影

「エディ―・バウアー」(Eddie Bauer)の日本撤退が話題を呼んでいる。全国で展開する56店舗(アウトレットを含む)の閉鎖だけでなく、ECやカタログ通販を含む全事業を12月中に終了するもの。エディー・バウアー・ジャパン(東京都世田谷区、マティアス・エンゲル社長兼CEO)が10月15日にホームページで発表したところ、全品20~40%オフの完全閉店セールを実施していることもあり、「撤退フィーバー」が巻き起こっている。公式オンラインストアでは「※只今ご注文が殺到しており、発送までにお時間を頂いております。予めご了承下さい」とアナウンスするほどの盛況ぶりで、店舗もコロナ禍前をしのぐほど来店客数、買い上げ客数が増えているのは皮肉なものだ。

 外資系ブランドの日本撤退は、2015年の「トップショップ」、2016年の「アメリカンアパレル」、2017年のギャップ傘下の「オールドネイビー」、2019年の「フォーエバー21」「アメリカンイーグルアウトフィッターズ」などがよく知られているが、他にも、「J.クルー」や「リズクレイボーン」「ジグソー」、H&M傘下の「ウィークデイ」「モンキ」、「タルボット」「キャスキッドソン」など枚挙にいとまがない。ヨガを中心とした人気のアスレジャーブランド「ルルレモン」や、ワールドが手がける「ローラアシュレイ」も一度撤退した再上陸組だ。そこに輪をかけたのがコロナ禍で、経営不振に陥る小売店やブランドも多い。

 ただし、アスレジャーブームや健康志向、キャンプなどのアウトドアレジャーの人気などで、スポーツ系やアウトドア系のブランドは好調や堅調なブランドも少なくない。なぜその波に乗れなかったのか。

その一つが、商品戦略の失敗だ。「エディー・バウアー」はシアトルで1920年に誕生した、100年を超える歴史を持つアメリカ発のブランドだ。米国初のダウンジャケット“スカイライナー”を生み出したことを皮切りに、K2アメリカ遠征隊に依頼されて完成した “カラコラムパーカー”や、アメリカ人初のエベレスト登山に貢献したダウンパーカーなどのヘリテージアイテムを持ちつつ、アウトドアを出自としたアメリカンカジュアルテイストのファッションブランドとして事業を拡大してきた。

 しかし、シアトルは常に住みたい街の上位にランクインするほど気候が穏やかで、ハイキングのメッカであるマウント・レーニア国立公園や、世界遺産の温帯雨林と美しいビーチ、万年雪の山というリゾート色の強いオリンピック国立公園などがあり、アウトドアのニーズはありつつも、本格的な機能性やギアとは商品開発面でも一線を画していた。気付けば他のアウトドアブランドはもちろんのこと、SPAブランドやスポーツブランド、そしてダウンウエアを得意とするラグジュアリーブランドなどに囲まれたレッドオーシャンに足を踏み入れてしまっていた。35~55歳の家族を持つ世代をターゲットにしてきたが、顧客像もあいまいになっていた。

 リブランディングを図り、カジュアルラインを中心としつつも、“ファーストアセント”(ハイキング・山登り)、“モーション”(トレーニング・ヨガ)、“トラベックス”(お出かけ・旅行)、“スポーツショップ”(フィールドスポーツ・釣り)、“ウェザーエッジ”(防水・透湿・防風)など、より機能性の高いラインや狩猟やフィッシング向けウエアなどのラインを加えたりもしたが、効果は限定的で、むしろブランドがぶれてしまった。「最近は、アメリカの郊外などでは売れるであろう、ミセス向けの合繊のアイテムや、ヘリテージアイテムを模したモッズコートなども混在し、売り場でミスマッチが起きていた。また、ヘリテージを時代に合わせて新解釈した商材も見受けられず、商売の要であるMD力の不足が露呈している」と残念がるエディー・バウアー・ジャパンのOBもいる。

二つ目は、肝心のエディー・バウアー・ジャパンの業績不振だ。ピークは2008年ごろで、売上高160億円前後、店舗数は60店舗超えとなり、100店舗・300億円を目指すと中期目標を掲げていたが、失速した。「東京商工リサーチ」によると、2017年2月期に売上高115億円に対してすでに当期損失が5800万円と赤字となっていた。2018年2月期は売上高130億円、当期利益1億5200万円の黒字、2019年2月期は売上高125億円、当期利益7600万円の黒字と少し持ち直したが、2020年2月期には売上高115億円に対して当期損失が5億5400万円と大幅赤字に転落。コロナ禍が続いた2021年2月期には売上高が90億円と前期比2割減となり、赤字幅はさらに広がったとみられる。

三つ目は、日米ともに不安定だった経営体制によるものだ。関係者によると、今回の日本撤退理由は「ドイツ本国からの資金援助が打ち切られたため」だ。米国シアトル発のブランドなのに、なぜドイツなのか?それはエディー・バウアー・ジャパンの株主体制によるものだ。

 もともとエディー・バウアー・ジャパンは住商オットー(ドイツのカタログ通販大手オットー社が51%、住友商事が49%を出資する合弁会社)が70%、米国エディー・バウアー社30%の出資比率で1993年に設立された。その後、2008年に住商オットーが合弁関係を解消し、独資本100%となったタイミングでオットージャパンに社名を変更。エディー・バウアー・ジャパンの70%の株式を持つのはオットージャパンという状況が10年以上続いてきた。

 そして、あまり知られていないが、コロナ禍の2020年7月末に大きな動きがあった。オットージャパンを有志がMBO(従業員による事業買収)し、8月13日にノース・モール(東京都中央区、前之園世紀代表取締役CEO)に社名を変更。ライフスタイル雑貨、アパレル、ファッショングッズの通信販売と、法人向け通販ビジネス支援サービス、通販型保険販売代理店事業を主力事業として新たなスタートを切っている。この時、「エディー・バウアー」の事業は残され、旧オットージャパンの完全親会社であるドイツのオットー・アジア(正式名称はOTTO-ASIA Beteiligungs-Verwaltungs GmbH)が70%の株式を所有することになった。

 米本国もこの十数年、経営不振が続き、経営体制が大きく変わってきた。2003年に当時の親会社が破綻(はたん)し、2005年に再建手続きを終了したが、リーマン・ショック後には再び業績が悪化し、2009年に日本でいうところの民事再生法に当たるチャプター11(連邦破産法第11条)を申請して倒産。投資会社のゴールデン・ゲート・キャピタル(GOLDEN GATE CAPITAL)が買収し、グループ会社のPSEBが運営してきた。

 そしてコロナ禍の今年5月、米ブランド管理会社のオーセンティック・ブランズ・グループ(AUTHENTIC BRANDS GROUP、通称ABG)が新たに買収し、新体制がスタートしている。このABGは「ブルックス・ブラザーズ」「フォーエバー21」など、破綻企業を次々とグループ傘下に獲得しており、ABGと不動産大手デベロッパーのサイモン・プロパティーズが共同出資したスパーク・グループ(SPARC GROUP)が、製造・販売・店舗やECの運営などを手がけることになった。

 このように、昨年100周年を迎えた長寿ブランドだが、本国も日本も経営体制が安定しているとは言い難い状況が続いてきた。「これでは未来を見据えた施策が打ち出せるはずがない」と前述のOB。「店舗で在庫を尋ねた際に、ECとの在庫連動はしていないとの回答があった。サプライチェーンやOMOなどのデジタル施策への戦略的投資もできなかったのだろう」と明かす業界関係者もいる。

 今回は米本国が新体制になったことも、ドイツのオットー社が日本撤退を決める後押しをしたとみられる。ただし、現在の完全閉店セールの割引率は20~40%で、投げ売り的な売り方もしていないこともあり、水面下では次の事業主が決まっているのではないかとみる業界関係者もいる。

「エディー・バウアー」のヘリテージである、米国発のダウンジャケット“スカイライナー”(左)と“カラコラムパーカー”(中)、“ダウンパーカー”(右)  筆者撮影
「エディー・バウアー」のヘリテージである、米国発のダウンジャケット“スカイライナー”(左)と“カラコラムパーカー”(中)、“ダウンパーカー”(右)  筆者撮影

 ではもし、日本に再上陸するとしたら、どのような施策をとるべきなのか? 「今一度、唯一の資産であるヘリテージラインを高級化させたり、クリエーターにブランドを変身させるストーリーしかないと思う。今の価格帯は中途半端なので、価格は3倍で、イメージも一新すべき」と前述のOBは語る。

 ブランドを良く知る他の業界関係者は、「1994年に日本1号店を自由が丘に出店したが、実は1号店の候補地は原宿であり、スタートからつまづいていた。正しい立地での正しい事業、正しいブランディングが重要だ」としたうえで、「アウトドアブランドの『ザ・ノース・フェイス』がタウンユースで一気にブランドを伸ばしたのは、実は大人気の定番リュック“ヒューズボックス”の存在が大きい。『ユニクロ』のフリースや、『トリンプ』の天使のブラなど、そのブランドのステージを大きく変えるほどのインパクトのある商品、一点突破できる商品の存在が不可欠だ。『エディー・バウアー』のそれはきっと“スカイライナー”であり、ブランドの建て直しのカギを握るはずだ」と指摘する。

 素材高や、コロナ禍による生産の遅れや海運の混乱による輸送費の急騰などにより、サプライチェーン危機が伝えられる中、グローバルブランドとしてオペレーションを再確立する必要もある。マーケティングの重要性も増している。店舗とECの相乗効果の発揮も期待される。

 日本撤退発表後の店頭では、「俺もしばらく来ていなかったからあまり強くは言えないが、好きだったので、撤退は残念だ」「サイズ展開の幅が広いので、安心して一人でも買い物ができるいいブランドだったのに」「撤退後も、日本語で買い物ができるサイトを用意してほしい」などと販売スタッフに声をかける買い物客の姿を多く見かけた。フレンドリーな接客も魅力の一つだったことは間違いない。新生「エディー・バウアー」の新たな挑戦を待ちたい。

ファッションビジネス・ジャーナリスト、クミコム代表

「日本繊維新聞」の小売り・流通記者、「WWDジャパン」の編集記者、デスク、シニアエディターとして、20年以上にわたり、ファッション企業の経営や戦略などを取材・執筆。「ザラ」「H&M」「ユニクロ」などのグローバルSPA企業や、アダストリア、ストライプインターナショナル、バロックジャパンリミテッド、マッシュホールディングスなどの国内有力企業、「ユナイテッドアローズ」「ビームス」を筆頭としたセレクトショップの他、百貨店やファッションビルも担当。TGCの愛称で知られる「東京ガールズコレクション」の特別番組では解説を担当。2017年に独立。著書に「ユニクロ進化論」(ビジネス社)。

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