渦中の香港民主派メディア創業者は「ジョルダーノ」も創業。ユニクロ柳井社長にSPA化を決断させた人物だ

ファッション業界ではジミー・ライ氏として知られる黎智英氏(写真:ロイター/アフロ)

民主派の地元紙「蘋果日報」(アップルデイリー)と週刊誌「壱週刊」(ネクスト・マガジン)を発行する香港の壱伝媒国際集団(ネクストメディア・インターナショナル・ホールディングス)。その創業者の黎智英(リー・ジーイン)氏(71)らが国家安全維持法違反の疑いで逮捕されたとの報道に、アパレル小売業関係者にも衝撃が走った。というのも、黎氏は香港発のSPAブランド「ジョルダーノ」(GIORDANO)の創業者であり、英語名であるジミー・ライ(Jimmy Lai)氏としてよく知られる人物だからだ。30年以上昔のことだが、「ユニクロ」(UNIQLO)の成功モデルであるSPA(製造小売業)化に大きな影響を与えたことでも有名だ。今回の逮捕劇とは全く関係ないが、「ジョルダーノ」の足跡と現状、そして、「ユニクロ」(ファーストリテイリング)がアパレル専門店世界ナンバー2に手に届くところまで成長するきっかけとなった出来事をここに記しておきたい。

*ちなみに、この記事の投稿直前、11日深夜に民主活動家の周庭(アグネス・チョウ)氏(23)が、続いて、12日未明に黎氏が保釈されたと複数のメディアが報じている。

SPAの用語は、米国ギャップ(GAP)社が1986年度の株主総会で、ミラード・ドレクスラー(Millard Drexler)社長兼CEO(当時。のちのJ.クルー社長兼CEOでアップルの社外取締役も務めた)が自社のビジネスモデルを「Speciality Store Retailer of Private Label Apparel」と説明し、これを「繊研新聞」の山崎光弘記者が「SPA」と略し、「製造小売業」と注釈をつけたという成り立ちがある。

そのSPAの概念を先んじて実現し、「ギャップ」とともに隆盛を誇っていた米国の「リミテッド」に商品を供給するサプライヤーとして活躍していたのが、ジミー・ライ氏だった。1970年代に香港でアパレル工場を設立してカジュアルウエアの生産に着手。1981年に高級志向の“プレミアムカジュアルブランド”として「ジョルダーノ」を発売開始。1986年にはより幅広いターゲット層に向けてリーズナブルなカジュアルブランドとしてリブランディングを遂げ、アジアを皮切りに中東やインドにも店舗網を拡大するなど快進撃を見せることになる。

一方、それまで紳士服専門店を展開していたファーストリテイリング(当時は小郡商事)の柳井正会長兼社長は1984年に、カジュアルウエアを仕入れ販売する「ユニクロ」の1号店を広島に出店していた。しかし、当時は小売店で販売する衣料品の価格はメーカーに握られていたことや、委託販売が中心で、売れ残れば返品できるためリスクは少ないが、儲け(粗利益)も低いというジレンマがあった。

そんな中、欧米や生産拠点である香港などをしばしば訪れていた柳井氏は1986年にジミー・ライ氏を訪問。リスクをもって自ら商品を作って自社で販売し、中間マージンを省くことと、価格決定権を自ら持つことの大切さを学んだ。また、完成度が高かったポロシャツをOEMで作ってもらい、販売したのが、「ユニクロ」のSPA化の始まりであった。さらに、「リミテッド」のサプライヤーでもあったジミー・ライ氏が、セーター1品番で150万枚の注文を受けていることを知り、「服ってこんなに売れるのか」と気付かされたという。小規模・多ブランド型ではなく、「ユニクロ」1本でビッグブランドを作ろうと志すきっかけにもなった。

1948年12月生まれのジミー・ライ氏と1949年2月生まれの柳井氏は当時、38歳の同い年だったが、ジミー・ライ氏はすでに大成功者で、ロールスロイスに乗り、家で熊を飼っていたという。「彼にできるなら、僕にもできる」と大いに勇気付けられたとも柳井氏。そして、のちにこのSPAというビジネスモデルが、「ユニクロ」の最大の成功要因になり、世界第2位のアパレル専門店に手が届くところまで成長する原動力となったわけだ。

その後、ジョルダーノ・インターナショナルは1991年に香港市場に上場。ジミー・ライ氏は1994年に会長を辞任し、1996年には保有株式を売却し、経営から退いている。ちなみに、2006年にファーストリテイリングが買収を提案したこともあった。

直近の2019年度の売上高は48億5200万香港ドル(約664億円)で、営業利益は3億9700万香港ドル(約5億4300万円)。現在は約30カ国・地域に2375店舗を展開している。中国大陸が902店舗(うち、直営店261、フランチャイズ641)で、売上高、店舗数ともに最大市場になっているのは皮肉な話だ。

日本には1992年に初進出したが、認知度が上がらずに撤退。2001年に再上陸するもこれも失敗。ジョルダーノ・ジャパンをWEGO(ウィゴー)に売却。その後、2011年にWEGOとフランチャイズ契約し、「3度目の正直」として日本での事業展開を行っているところだ。

かつてはユニバーサルスタジオや、原宿交差点そばに路面店を構えていたが、現在は北千住メトロピア店、アルデ新大阪店、サンステーションテラス福山店、イオンモール沖縄ライカム店の4店舗とオンラインストアで販売中。WEGOの「ジョルダーノ」のホームページには、「ブランドコンセプトは清楚/シンプル/モダンクラシック/永久性/個性。スタイルを問わないシンプルベーシックで、快適なデザインのデイリーウェアーを高品質、低価格で提案。形、カラー、素材ともにバリエーション豊かに取り揃え、あらゆるシーンで活躍します」とある。

これはまさに、デモクラティック・ウエアのコンセプトである。ジミー・ライ氏は衣料品の分野でも、気骨のあるデモクラティックの先駆者であったことがわかる。