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モノを売るだけが小売業じゃない!体験型ストア「b8ta」から学ぶ“RaaS”の重要性(中)

松下久美ファッションビジネス・ジャーナリスト、クミコム代表
出品企業・ブランドがダッシュボードで簡単にデータを確認できる仕様に 筆者撮影

次世代交通システムとして知られる「MaaS」(マース:Mobility as a Serviceの略)がモビリティ革命を起こすといわれて久しい。であれば、次世代型小売業の「RaaS」(ラース:Retail as a Serviceの略)はリテール革命の大本命だ。その先駆的企業として知られる米国シリコンバレー発の製品体験型ストア「b8ta」(ベータ)の日本1号店が8月1日、丸井グループの新宿マルイと、三菱地所が手がける有楽町電気ビルに2店舗同時オープンする。ともに1階のグランドフロアという“最恵国待遇”で、日本に開店する小売りの新店舗としては、今年トップ級の注目を集めている。日本事業を率いるベータ・ジャパンの北川卓司カントリーマネジャーと、出店企業の一つでD2C型の代表的存在であるFABRIC TOKYO(ファブリックトウキョウ)の森雄一郎社長との対談を通じて、「b8ta」の特徴やビジネスチャンス、「RaaS」の未来などを聞いた。今回はその中編だ(上編はこちらから)。

――テクノロジーの進化やデジタル化、ECの台頭、そして、生活者の意識の変化や行動変容などにより、リテールビジネスやリアル店舗のあり方や存在意義が大きく変化しています。北川さん、森さんはこれからの小売業のあり方や課題をどうとらえていますか?

北川:これまでの小売業では出店の条件は「立地第一」「ロケーション、ロケーション、ロケーション!」と言われていましたがが、これが変わり、二極化すると考えています。ついで買いで立ち寄っていくような新宿のような一等立地と、中心地からは遠いけれどもわざわざ訪れる価値のあるデスティネーションストアを想定しています。すると、取れるデータも変わってくるし、リテール自体のあり方も変わらなければなりません。カスタマージャーニーも、これまでは「線」のイメージがありましたが、線ではなく、「点」が点在する状態になります。それをデータを基軸としつつ、各々の企業・ブランドがうまく活用することが必要ですし、それが難しい時代だからこそ、「b8ta」に期待していただけているのだと思っています。

28日に開いた記者会見では「b8ta」に出店するメリットをしっかりと説明した。写真はすべて筆者撮影
28日に開いた記者会見では「b8ta」に出店するメリットをしっかりと説明した。写真はすべて筆者撮影

森:かつてのファッションブランドは、デザイナーが企画して、デザインして、生産して、販促して、販売して、で終わっていたものが、今は顧客のマーケティングやSNSを活用、エンゲージエメントの創出、さらにはシステムやロジスティクスなど、やらなければならないことが膨大になっています。「サプライチェーンが長くなった」と理解しています。カスタマージャーニーも直線型ではなく、クロスチャネルでたどり着くようになっています。もはや、ファッションはクリエイションだけあっても、プロモーションだけしていてもダメ。経営の難易度が高まっています。それに対応するには、RaaS型のビジネスモデルを構築し、DX(デジタルトランスフォーメーション)をしなければなりませんし、待ったなしの状態です。社内にデジタル人材を雇用して対応するのか、あるいは、「b8ta」のようなサービスプロバイダーを活用して工数を削減する必要があります。今までの小売業では「A級立地に出店すること」が重要でしたが、企業やブランドにとっての不動産的価値がガラリと変わり、その分、ソフトウエアの価値や位置データのアセットの重要性が高まってきていると思っています。すべてがメジャラブル、計測可能で、それをもとに改善可能になる中で、店舗を出店しつつ、そこで得られるアセットをどう生かすかがこれからのカギを握ると思っています。

――先ほどから、RaaSがキーワードとして出てきていますが、改めて、RaaSのビジネスモデルやビジネスチャンスを教えてください。

北川:RaaSの定義自体が広義で、企業やブランドによって異なると思いますが、「サービスを前面に出したビジネスモデルの構築」がRaaSだと思います。私たちは企業・ブランドからは月額の出品料だけを徴取し、来店された方々に対して「体験」や「出合い」「発見」を提供します。一方で、出品された企業・ブランドに対して「場所」や「機会」「接客」「行動データ」というサービスを提供します。それで売れたとしても売上げはいただきません。新型コロナ禍でリアルな体験の重要性が高まる中で、お客様との接点や体験を創出しながら、OMO(オンラインとオフラインの融合)やデータマーケティングや商品の改良の推進などをサポートするのが私たちの役割で、まさに、RaaSだといえます。

28日に開いた記者会見では、北川カントリーマネジャーがRaaSに注目が集まる理由なども説明した
28日に開いた記者会見では、北川カントリーマネジャーがRaaSに注目が集まる理由なども説明した

――これまで、RaaSは服やバッグのレンタルサービスなどの文脈でよく使われていましたが、データ活用という部分も重要なキーワードになりますね。

森:僕たちが掲げるRaaSは「データの最大化」です。「FABRIC TOKYO」や「STAMP」では、一度来店いただければデータがウェブサイトで登録されるので、後日、来店しなくても再び自分のサイズや好みに合ったオーダースーツやオーダーシャツ、ポロシャツ、「STAMP」ではオーダージーンズをスマホなどから簡単に購入することができます。しかもそのデータユーザーの体形データだけでなく、ライフスタイルデータや趣味趣向を含めたパーソナルデータであり、われわれはそれを10万件以上保有するプラットフォームになっています。店舗で取得したそれらのデータの価値を最大化し、ユーザーの利便性を高めることがビジネスのポイントであり、まさにRaaSであり「小売りのサービス化」だと思っています。2015年ごろ、オンラインは浅く広くの時代になり、競合が真似することも可能になると危機感を抱きました。それで2016年に渋谷のマルイにリアル店舗を出店したところ、そこから得られる知見が深くてとても価値があるものだと気付き、データや情報をリアルで取得してオンラインの購買モデルに転換しました。これこそOMO(オンラインとオフラインの融合)型のD2Cブランドであり、データを深くとって、顧客体験やブランド体験に転換することで、リピーターが増え、LTV(ライフタイムバリュー)が高いブランドになれている要因です。そして、日々の着こなしサポートや、クリーニング・保管サポートなど、月額398円から加入できるサブスクサービスも順次投入し、ファッションのサービスプロバイダー化を進めているところです。

――なるほど! ちなみに北川さん、「b8ta」の名前の由来は?

北川:有名テック企業の製品からスタートアップ企業で生まれたばかりのβ(ベータ)テスト中の製品まで、今までの小売店では体験できない最先端製品ばかりをラインナップしたことが、社名であり店名の由来です。

森:この「ベータテスト」という言葉、いいですよね。われわれはアパレル企業でありながらIT出身者も多く、エンジニアリング企業でありIoT企業でありコンテンツ企業だと思っています。もの作りについても、そのエリアにいるお客さまの反応やなぜ買っていただけないのかなどを把握しながら、アジャイルで改善していくようにしています。「b8ta」有楽町で体験いただける、3Dスキャンにより3秒で全身500万カ所を完全無人で採寸できる「STAMP」のオーダーメードジーンズも、最初はバージョン0.1で発売しました。昨年9月にベータ版としてローンチしましたが、その後、生地を良くして、パターンを良くして、ポケットの位置を良くして、携帯拭きを内蔵させたり、色を増やすなどして、ようやく2.0までバージョンアップしてきました。服の世界ではバージョンアップはあまりされてこなかった考え方かもしれませんが、ソフトなどでは当たり前のこと。「b8ta」に期待しているのはまさにその部分のサポートなんです。いろいろなフィードバックをいただき、買っていただけない理由を取得して改善して、より良いブランドを創っていきたいと思っていますし、ここにファッション業界、小売業界の課題解決の糸口があると思っています。日本のアパレル小売りは勘と度胸と経験で商売してきて「再現性がない」ことが課題でした。これだけ生活者のニーズが目まぐるしく変わる中で、半年前とも半年後も違う時代や顧客にどうアジャストし続けるか。そのヒントが「b8ta」にはあるので価値があるお店でありサービスだととらえています。

(後編に続く)

ファッションビジネス・ジャーナリスト、クミコム代表

「日本繊維新聞」の小売り・流通記者、「WWDジャパン」の編集記者、デスク、シニアエディターとして、20年以上にわたり、ファッション企業の経営や戦略などを取材・執筆。「ザラ」「H&M」「ユニクロ」などのグローバルSPA企業や、アダストリア、ストライプインターナショナル、バロックジャパンリミテッド、マッシュホールディングスなどの国内有力企業、「ユナイテッドアローズ」「ビームス」を筆頭としたセレクトショップの他、百貨店やファッションビルも担当。TGCの愛称で知られる「東京ガールズコレクション」の特別番組では解説を担当。2017年に独立。著書に「ユニクロ進化論」(ビジネス社)。

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