「もったいない」復興五輪

東京オリンピックはまだ開催中だが、福島市で行われたソフトボールと野球の試合は7月28日で全3日間の日程を終え、駅周辺で待機していた警備の車や警察官の姿も見なくなった。「町に静けさが戻った」と書きたいところだが、当初予定されていた関連イベントもパブリックビューイングも感染拡大防止のためすべて中止、さらに有観客だったはずの試合も土壇場になって無観客となり、最初から最後まで静かなオリンピックだった。「静けさが戻った」のではなく、市民にとっては「静けさしかない」復興五輪だ。

「一言で言ったら、もったいなかった」と悔しがるのは、福島市のNPO法人「うつくしまスポーツルーターズ」で事務局長をつとめるスポーツボランティア斎藤道子さん。2年半にわたり、オリンピック福島開催におけるボランティアのリーダーとして準備を重ね、研修なども行ってきた。無観客が告げられた7月10日はまさに本番に向けて研修を行っていた日だったという。

「せめて子どもたちを球場に入れて、オリンピックの雰囲気だけでも味わってもらいたかった。試合会場では英語でアナウンスが流れ、オリンピックならではの独特の空気があった。あれは他のゲームでは作り出せないし、ましてテレビ観戦では伝わらない。福島の子どもたちの心に残る一生の思い出を作るチャンスだったのに残念」と齋藤さん。

ボランティアの面接も担当したが、ほとんどの人が震災を経験し「福島の今に目を向けてほしい。発信力のあるオリンピックを通じて支援のお礼を伝えたい」という想いを持った人ばかりだったが、観客や関係者に町案内をする「シティキャスト」と呼ばれる都市ボランティアは訓練は受けたものの出番のないまま終わった。

このままだと、「被災地福島の今を発信する」という目標も何ら果たせぬまま、単に会場の一つとしてオリンピックが行われたというだけで終わってしまう。

福島市民が勇気づけられたエリクセン監督の言葉

そんなとき、市民のやりきれなさを吹き飛ばすような報道が流れた。東京新聞の原田遼記者による「取材メモ」だ。

ソフト米代表監督「福島の桃、デリシャス」ホテルで6個(7/22 東京新聞)

https://www.tokyo-np.co.jp/article/118577

「福島の人々がファーストクラスの運営をしてくれた」。ソフトボール米国代表のエリクセン監督の言葉だ。

22日、福島あづま球場での日程を終了。会見で「復興五輪」の意義について私が聞くと、回答は熱を帯びた。「コロナ対策でメディアが外に出られず、福島が美しく、安全なことを世界に伝えられなかったことが残念」と悔やんだ。そして「桃はデリシャスだった」と笑った。ホテルで6個も食べたという。

これほど開催地に寄り添った言葉を、まさかアメリカの監督から聞けるとは思わなかった。その少し前、福島県の食材を避けるため大韓体育会が給食センターを作り、給食支援団が「安全な食材」で弁当を作る、などといった腹立たしい報道が流れたばかりだったから余計にうれしいニュースだった。

桃の生産は福島市の基幹産業で、この時期はまさに最盛期だ。今年の桃は天候が良かったせいで甘みもたっぷりだ。6個というとひと箱分で日本人ではとても無理だが、大きな身体の監督にとってはあっという間だったのかもしれない。桃にかぶりついて次々に食べている監督の姿を想像すると微笑ましく、心からうれしい。

福島市民ならずともうれしくなるこの記事はTwitterやFacebookなどSNSでたくさんシェアされ、多数のニュースサイトで配信された。Twitterでは #福島の桃はデリシャス のハッシュタグが登場、市民の間でもちょっとした流行語になり、全国に向けての福島の桃の最高のPRになった。

福島の桃を「目の前で吐かれた」女性は今

そこで思い出したのが5年前、ある若い女性に起きた出来事だ。5年前はまだまだ原発事故による風評被害が色濃かった頃だ。

2016年、福島の桃のキャンペーンクルー「ミスピーチ」だった上石(あげいし)美咲さん。当時福島大学の学生だった上石さんは桃のPRのため関東地方のデパートで試食販売をしていた。中年の女性から「おいしいねえ。これはどこ産?」と聞かれ、うれしくなって「福島です」と笑顔で答えた。その瞬間、女性は口に入れた桃を吐き出し、立ち去ったという。

ショックで身体がすくみ、言葉が出なかったという上石さん。それ以後、復興に向けてさまざまな人が頑張っていることをきちんと伝えられる人になりたいとキャンペーンクルーをもう1年続け、学業の合間に地元ラジオのDJなど発信活動を行った。

大学を卒業後、東京で会社員をしている上石さんにこの記事の感想を聞いた。

「すごくうれしい記事でした。放射能がどうとかではなく、シンプルに美味しい、と監督に思っていただけたのが伝わりました。同様に、東京にいるとみなさん思ったより気にしていなくて、福島の桃が美味しいから選んでくれていると感じます。それはこの10年、農家さんはじめいろんな方が風評払拭のために一生懸命PRをしてきて、それが積み重なった結果なのだと思います」

コロナ禍により、オリンピックの発信力を使って復興アピールをすることができなかった福島。しかし「捨てる神あれば拾う神あり」の言葉通り、その想いを掬ってくれる人と、それを伝えてくれる人が現れた。これこそがオリンピックの発信力なのだろう。

「福島の桃、デリシャス」。

震災10年目の復興五輪で生まれたこの言葉は、福島の桃が「支援のために買ってもらう」ステージから、「美味しいから買う」次のステージに入ったという合図なのかもしれない。

福島市の桃生産者・樅山和宏さんもこの記事に勇気づけられた一人だ。(2021年7月28日 筆者撮影)
福島市の桃生産者・樅山和宏さんもこの記事に勇気づけられた一人だ。(2021年7月28日 筆者撮影)