緊急事態宣言の解除を受けて、県境をまたぐ人の移動も6月19日以降に全国解除される。しかし観光ツアーの需要はすぐには戻らず、Yahoo!ニュース のアンケート「県またぎの移動はどうしていますか」の質問に74%が「控えている」と答えている。

県境をまたぐ移動、どうしていますか?(「Yahoo!ニュース みんなの意見」アンケート結果)

観光自粛のあおりをもろに受けているのが、旅行会社の果物狩りツアーで成り立つ観光果樹園だ。6月のサクランボシーズンに入っても団体ツアーの予約が全くない状況が続いている。そんな中、福島市の観光果樹園が攻めの姿勢で突破口を見いだしている。

■果物狩り予約が今年は軒並みゼロに

「いやあ『痛い』どころの話でないよ。(2011年の)原発事故の時より悪いね」。そう語るのは福島市で最大規模の観光農園「あづま果樹園」の吾妻一夫さん。毎年6月のサクランボ最盛期には一日30台のバスを受け入れ、この果樹園だけで約1万人が訪れていたが、今年は予約ゼロ。福島市観光農園協会に加盟するほかの生産者も同じ状況だ。

これまでは、旅行会社から届く「○月○日に何名」という電話やファックスを処理していれば事業が成り立ったが、今年はそれがない。収入が見込めないだけでなく、丹精こめて育てたサクランボを摘んでくれる人がおらず、大量廃棄やむなし、というフードロスの危機にも立たされている。

この窮状をなんとかしようと、ふるさと納税業務を市から受託する「福島市観光コンベンション協会」が行ったのが、サクランボ緊急支援キャンペーンだ。返礼品に500グラムのサクランボが届く1万2000円の寄付額から受け付ける取り組みを開始した。

■盲点だった「地元」に目を向ける

申込みは好調だったが、ここにはひとつ問題があった。観光果樹園はお客さんがサクランボを摘んでくれる、つまり収穫を行ってくれることで成り立っている。商品だけを発送するとなると、サクランボ収穫の人手が必要になるが、予約ゼロの状況ではとてもその人件費は出ない。

そこで考えたのが「地元の人にサクランボ狩りをしてもらう」というシンプルな方法だった。

実は、果物狩りは地元の人はあまりやらない。果物狩りはツアー団体客が主体の「首都圏向けビジネス」であり、地元は対象外なのだ。本来なら地元の果樹の恵みなのだから地元でまず楽しむべきなのだが、そのゆがみに気づく人もおらず、まさに盲点だった。

福島市観光農園協会のサクランボ狩りの料金の平均額は一人30分食べ放題で1600円。それを10分短くし、福島県民向けに1000円、そしてコロナ対応で大変な日々を送る医療従事者に感謝を込めて500円、乳幼児は無料という破格の「サクランボ狩り特別プラン」を発売した。福島が舞台の朝ドラ「エール」にちなんで「エールプラン」と名付けた。

「500円は正直きついけど、医療従事者の皆さんに喜んでもらえたら果樹園としてうれしいし、何もやらないよりははるかにましです」生産者の一人「まるせい果樹園」の佐藤清一さんは語る。

この「エールプラン」は地元で大きな評判を呼び、開始から10日間(6月4日~13日)で1112件、合わせて4448名の申込みがあった。うち医療従事者が47%。この高い比率は、医療従事者向けプランの存在が医療関係の職場で評判となり口コミで拡散したのが理由だ。

「収穫が始まる前は不安でしょうがなかったが、たくさんのお客様に来ていただいてとても嬉しい」と語る「紺野果樹園」紺野淳さん。(写真:福島市観光CV協会)
「収穫が始まる前は不安でしょうがなかったが、たくさんのお客様に来ていただいてとても嬉しい」と語る「紺野果樹園」紺野淳さん。(写真:福島市観光CV協会)

このプランの企画運営を担当した福島市観光コンベンション協会の吉田秀政事務局長は、大反響の理由をこう語る。

「やってみて驚いたのは、地元で良質なサクランボを作っているにもかかわらず、県民の皆さんの認知が非常に低く『サクランボと言えば山形』と思い込んでおられる方がとても多かったことです。このキャンペーンによって、山形まで行かなくても地元でサクランボ狩りができるということが広まりました。でも反響が大きかった理由はそれだけではなく、サクランボ農家さんの窮状に、県民の皆さんの助け合いの精神が働いたのだと感じています」

■各果樹園の予約数にあからさまな差が出る

しかし、ここでまた新たな課題が浮き彫りになった。わずか3日で定員に達した果樹園もある反面、申込みが1件のところもあるなど、予約数に大きな差が出たのだ。この理由は、告知サイトに掲載された果樹園リストだった。掲載順に上から埋まるわけではなく、申込者はリストにリンクされているGoogleマップの口コミを確認するので、評判のいいところ、情報発信がきちんと行われているところから埋まっていったのである。申込み状況は組合員全員で共有しているので、どこが埋まってどこが入らないかは一目瞭然だった。

旅行会社経由の団体客だけを扱っているぶんにはSNSやインターネットの対策は必要ない。しかし、いざ個人客を相手にするとなると、オンラインでの発信や口コミが明暗を分ける。そのことを身をもって知ることとなったが、生産者のほとんどがデジタルが苦手で、Googleマップの仕組みすら理解できていなかった。

急いでGoogleマップ対策をしなければならない。有志の生産者たちの要請により観光コンベンション協会主催で研修が行われ、Googleマイビジネスの登録やGoogleフォームの使い方などを学んだ。

キャンペーンでネットの重要性を痛感した果樹園経営者3名が集まり、講師を呼んで講習を行った。(写真:福島市観光CV協会)
キャンペーンでネットの重要性を痛感した果樹園経営者3名が集まり、講師を呼んで講習を行った。(写真:福島市観光CV協会)

これまでなかなかアナログから脱却できなかった観光果樹園業界だが、参加者からは「やってみると意外に簡単」という声も聞かれ、数日後には申込み用のGoogleフォームを使いこなし、自分なりにアレンジする生産者も現れた。

■動きを受けて福島市が果樹園の負担を補助

こういった観光果樹園の積極的な動きを受け、自治体も動き出した。新型コロナからの観光再生を目的に福島県が行う県民限定1泊5000円の宿泊割引を行うキャンペーンが始まり予約が殺到しているが、これに「エールプラン」を組み合わせて相乗効果を狙う「さくらんぼエール宿泊プラン」を福島市が16日から開始する。福島市内にある三つの温泉(飯坂、土湯、高湯)の宿泊施設を利用すれば、サクランボ狩りが1000円のさらに半額の500円になるというものだ。サクランボ狩りをしない場合でも、加盟果樹園に行けば1500円分の買い物につき1000円の割引が受けられる。つまり利用者は実質500円で1500円のサクランボが買える。これによって出血割引を覚悟していた果樹園の負担が軽減され、果樹園に足を運ぶ人をさらに増やすことになる。

まず果樹園が動き、それを見て自治体がサポートするという今回のケースは、受動的な気質と言われる福島市としては珍しいことだ。これまでは、まず自治体が主導して補助金を出し業界を助けるという流れがほとんどだった。

首都圏中心の集客から地元へ。アナログ一辺倒からデジタルへ。官主導から民主導へ。新型コロナは観光業界にとってたしかに大きな打撃だったが、様々な側面で「シフト」が起きたことは大きな収穫だったと言えるだろう。

■コロナ渦を乗り越え、コロナと共存する

しかし、サクランボはまだ序章にすぎない。7月には主力商品「モモ」のシーズンに入る。観光バスが戻らない中、「ふるさと納税」「地元向け割引きプラン」という今回のサクランボの手法だけでは団体客の消滅は賄いきれないだろう。では、次にどんな手を打てばいいのか。コロナ渦を乗り越え、コロナと共存するための試行錯誤は続いていく。

東日本大震災による原発事故で過酷な風評被害を受け、それを乗り越えてきた福島の生産者。震災10年の節目を来年に控え、より一層打たれ強くなったその本領を発揮するときが来たのかもしれない。