「岩手県」に聞くIngress(イングレス)観光イベント成功のコツ。

手作り感あふれる盛岡市のIngressイベントのチラシ

熊坂仁美です。はやりものにはすぐに飛びつくタイプですが、最近ようやくエージェント活動を始めました。出遅れ気味でややあせってます。

「エージェント」とはGoogleの位置ゲーム「Ingress(イングレス)」のプレイヤーのこと。Ingressはいま世界で1000万ダウンロードの大ヒットゲームになっています。

自分で言うのもなんですが、これまでゲームに無縁だった私みたいなアラフィフ女性まで参戦しているのがIngressのすごいところですよね。

ルール自体は単純で、青軍と緑軍の2陣営に分かれての陣取り合戦です。自分の街のお寺や銅像や駅などが「ポータル」(目印となる場所)に設定されているのがミソ。Googleマップを使っているので、リアル感があります。ポータルを探して「ハック」するとパワーチャージされたり、時には攻撃されてダメージを受けたりします。

バーチャルだけどリアル。リアルだけどバーチャル。このまぜこぜ具合がいい感じです。

さて、このIngressですが、最近は自治体や観光関係者が熱い視線を注いでいるそうです。街を象徴するような文化財や銅像、神社仏閣などがポータルになっているので、これを観光地巡りに活用できないかというわけです。

「Ingress×観光振興」。この先陣を切ったのが岩手県です。

先日、NHKの「おはよう日本」で「岩手県庁Ingress活用研究会」が紹介されました。盛岡市で行われたIngressイベントでは県内外から参加者が集まって大盛況だったとのこと。

スマホゲームを手に 街に出る人たち(2015/2/17)

Ingressを運営するGoogleの社内ベンチャー「ナイアンティック・ラボ」の川島優志氏は岩手県の試みに関してこのように語っています。

「実は自治体が研究会を自ら作って活動したというのは日本が初めてなのです。おそらく岩手県の例が世界で初めてだったんじゃないかと、ジョン・ハンケ(著者注:Ingressの開発者)とも話して確認しています。

実際に、岩手県が行動を起こしたことで、今だと横須賀市、中野区、陸前高田市など、さまざまな地域で連鎖反応的にそういうことが起こっています。日本はいま、世界の中でも、世界の他のIngressプレイヤーが見ることのなかったところに到達しようとしている感じがありますね。」

出典:Ingressの核心は「世界をよくするためには外に出ること」--川島優志氏インタビュー(前編)

Ingressと地域活性化において日本は先端を行っていて、その火付け役が岩手ということのようです。これはすごい。

都会とくらべ地方都市はポータルもエージェントも少ないわけですが、そんなハンデをものともせずに世界的事例になっている岩手県はいったいどんなことをやっているのでしょうか。話を聞きに行かねばということで岩手県庁に向かいました。

JR盛岡駅でのIngress画面
JR盛岡駅でのIngress画面

岩手県のIngress「仕掛け人」は、秘書広報室の副室長で首席調査監の保和衛(たもつ・かずえい)という方でした。「岩手県庁Ingress活用研究会」の代表をされています。

昨年夏、Ingressのことを知人から聞き「これは県の観光PRに結びつけられるかも」とピンときたという保氏。そのお話には、自治体がIngressを活用するための考え方、心得、ノウハウ、そしてなにより「知恵」がたくさん詰まっていました。

ポイントをまとめてみます。

誰が主体でやるべきか

Ingressなどという海の物とも山の物ともわからないもの、まして「ゲーム」というエンタメ分野。プロジェクトをやるにしても、どこが担当するかまず迷うところでしょう。広報課?観光課?地域振興課?

ここで保氏が重視したのは「スピード」でした。

役所ですから、担当する課を決め正式に物事を進めていくとどうしても時間がかかります。しかしこういった新しい試みは、やるなら一番乗りでやるべきという、保氏のこれまでの経験からの教訓がありました。一番乗りならメディアがたくさん取り上げてくれるので、県のPR効果も倍増します。そのためにはとにかく速く動かねば。

そこで一番早く立ち上げる方法として、「有志グループ」ということで課をまたいだ職員10人で研究会を立ち上げました。実を言えば、保氏含め、ほとんどIngressをよく知らない、レベル1状態の方ばかり。そこで詳しい方を呼んで内部勉強会を行うところから始めたそうです。

まず何をやるべきか

街のなかに「ポータルをたくさん作ること」。これが最初にやるべきことです。魅力的なポータルがたくさんあればエージェントを惹きつけることができます。

そこでまず、ポータルを増やす(みんなで申請する)ための街歩きイベントを行いました。昨年11月のことです。プレスリリースを打ったところすぐに日本経済新聞社の記者が取材に来てくれて、そこから他のメディアにも波及し、NHKにもつながりました。まさに一番乗り効果。狙い通りになったわけですね。

コースを考えるのも重要なタスクです。イベント開催にあたり、研究会では盛岡市内に2時間程度で回れる3つのコースを用意しました。一つは観光ガイドつきのコース。残り二つは参加者がポータルを探して勝手に動き回れるコース。

3つのうちダントツ人気がガイド付きコースだったそうです。予想した通り、参加者はIngressを楽しむだけでなく観光要素も求めてるのです。

地元の協力者を募る

ポータル申請イベントが終わろうとしていたとき、予期せぬことが起きました。前出の川島氏からTwitter経由で「岩手県の取り組みを支援する」という連絡があったのです。そのあとすぐに「ポータル大量発生」といううれしい事態となりました。

ポータルの承認には数ヶ月かかると言われていたので、雪が解けた春ごろに観光イベントを開こう、とのんびり構えていたそうです。でもせっかく大量に増えたポータルをすぐにも活かしたい。配慮してくれたGoogle社への感謝の気持ちも表したい。

そこで春に行う予定だった観光イベントを前倒しにし、2月14日のバレンタインデーに「ハック&キャンドルin盛岡」を開催しました。毎年この時期に恒例行事として行われていたキャンドルイベント「もりおか雪あかり」とジョイントさせる形です。

県内だけでなく全国から来て欲しいので、首都圏からも日帰り参加できるようにタイムテーブルを組みました。街歩きだけでなく初心者講座やトークイベント、名物わんこそばの割引、参加者交流会など、Ingressと盛岡観光を両方楽しめるオプションも用意。

開催にあたってはわんこそば屋さんやお土産物屋さんなど事業者に協力を仰ぎました。

ここが重要、と保氏は力説します。

役所だけで行ってもうまくいきません。自治体はあくまで場を提供するというスタンス。

市民エージェントはじめ、歴史を研究するグループ、飲食店や土産物店、交通関係など地元の事業者、ボランティアの学生など、様々な方に協力を仰ぎ、連携しながらみんなで盛り上げなければイベントは成り立ちません。

観光イベントの成果

PRにはお金はかけず、ホームページとFacebookでの告知でしたが、メディアが取り上げてくれたこともあって、県外からの40人を含む160人が集まりました。

参加者にどこから来たか、受付でシールを貼ってもらってアンケートを取ったそうですが、首都圏からずいぶん来ていることがわかりますね。

参加者がどこから来たかを地図でアンケート
参加者がどこから来たかを地図でアンケート

ほとんどが男性だろうという予測でしたが意外に女性が多く3割。年齢層は20代から30代の若い層が中心だったそうです。

Ingressというゲームを通して、従来のPR手法ではリーチできなかった層にダイレクトにアプローチできる可能性が大きいと保さんは語ります。

ちなみに始めた当初は60ほどだった盛岡市のポータル数は現在は800ほどあるそうです。

地域の魅力をよりアピールするために

「Ingress」というGoogle社提供のゲームにただ乗っかるだけではなく地域色を出していきたい。せっかく参加してくれた方に盛岡の歴史や魅力をより理解していただきたい。研究会はそう考えました。

そこで2月のイベントではオリジナルのゲームも用意しました。Ingressの機能を使った謎解きゲームです。

Ingressでは「ミッション」と呼ばれるクエストのようなものを随時追加できる機能があります。エージェントはスマホの画面から様々なミッションを選ぶことができ、完了すると「ミッションメダル」をもらえるのです。この機能を使って「南部利直隠し財宝事件」という架空のストーリーを考えました。解いていくと地図上にヒントが現れるようにするなど工夫やオチもあります。

専用ガイドブックを作成し、オプションとして当日希望者に配布しました。参加者は謎解きの捜査をしながら街歩きができるわけです。今までに48人がこのオリジナルゲームに挑戦、アンケートを見ると参加者の満足度も高かったようです。

Ingressに表示されるミッションについて解説する保氏
Ingressに表示されるミッションについて解説する保氏

「Ingress上に地域オリジナルのゲームを載せる」。これはIngressでの地域活性化を考える上では非常に重要な考え方ではないでしょうか。プラットフォームとしてIngressをとらえ、その力を借りつつ「南部利直隠し財宝事件」のような新たなコンテンツを生み出していく。利用者の心をつかめば、集客できる新しい観光資源になっていくでしょう。

お気づきかと思いますが、一連のIngressの活動で予算というほどの予算はかかっていません。ホームページは県のページ、2月の観光イベントにしても、県の関連施設を使い、そのコストも参加者の交流会を開くということで配慮してもらったとのこと。参加者に配ったガイドブックなども通常の事務費からの支出だったそうです。

まず自治体内に研究会を立ち上げ、メンバーはエージェント活動をしながら勉強する。そしてポータルを増やす。協力者を募ってイベントを開催する。

岩手県が歩いたステップは他の自治体も大いに参考になるのではないでしょうか。

「今後は盛岡をモデルとして、県内の他エリアに横展開していきたい」と語る保氏。被災地である陸前高田市でも今、同様の動きがあるとのことです。