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英仏の選挙を踏まえながら、民主主義とEUの未来を考える(中) ブレグジットの行方とポピュリズムの勢い

工藤泰志言論NPO代表

第2セッションではまず、イギリスが目指す「ソフトブレグジット」について議論が交わされましたが、その実現に向けては大きな困難が待ち受けていることが浮き彫りとなりました。そして、ブレグジットの背景にあるポピュリズムについては、その勢いにやや陰りが見られるとの認識で各氏は一致しましたが、EUが抱える課題の解決ができなければ再燃する危険性があるとの指摘も寄せられました。

出演者:

渡邊啓貴(東京外国語大学国際関係研究所所長)

鶴岡路人(慶應義塾大学総合政策学部准教授)

吉田健一郎(みずほ総合研究所欧米調査部上席主任エコノミスト)

司会者:

工藤泰志(言論NPO代表)

セッション2 ブレグジットの行方とポピュリズム

セッション2は、セッション1でも話題に上った「ソフトブレグジット」についての議論から始まりました。

イギリスが目指すソフトブレグジットは実現困難

まず鶴岡氏が、「ソフトブレグジット」とは何かを解説。「EUの単一市場や関税同盟に残る、またはほぼ残るというものが『ソフトブレグジット』、それらから抜けるものが『ハードブレグジット』だ」と定義付けました。

そして鶴岡氏は、単一市場については、「モノ、カネ(資本)、サービス、ヒトつまり労働者の自由移動がセットになっているのが単一市場だ。他国への労働者の移動だけを制限して、他のおいしいところは維持したいということがイギリスの一番の希望だが、そういう『良いところ取り』は許さないというのがEUからの返答だ」、関税同盟については、「これは域外共通関税だ。つまり、関税同盟から出るということはイギリスとEUの間に関税が復活するということ。経済のことを考えると、できるだけ単一市場、少なくとも関税同盟に残りたいと考えている」とイギリス側の思惑を解説しました。

その上で鶴岡氏は、「移民の制限をするというのが国民投票の時も一番大きなトピックだったから、ここはイギリスも譲れない。そうなると少なくとも単一市場に残る可能性はそもそもない」としました。

これを受けて吉田氏は、イギリス国内ではビジネス界、とりわけ金融業界から、イギリスにとって経済的なダメージがないように、なるべくEUに近づく形でのソフトランディングを望む声が多く、メイ首相にもそれに応える姿勢が見られると指摘。その上で、単一市場への参加は困難である以上、「次善の策として、財だけではなく、サービスも含めた規制の緩和、関税の引き下げ・撤廃を求めていく包括的なFTA(自由貿易協定)をEUと結ぶことを目指すのがメイ首相の考えだ」としました。しかし、EU離脱にあたっては、最大で1000億ユーロにも上るとの試算もある「清算金」の支払いが必要であり、EU側はその支払いがなされない間はFTA交渉に応じない構えであるため、いずれにしてもイギリスにとっては厳しい状況であるとの認識を示しました。

一方、渡邊氏は、「東ヨーロッパからコストの安い労働力が来るということは、EUの南北問題という共通の問題だ」、「そういうEUが共通して抱えている問題から自分だけ降りてしまうというところが、非常に大きな反発を食らっているのだと思う」と現状について分析しました。その上で、「ブレグジットが突き付けた大きな問題を皆と共有するのであれば、ソフトブレグジットのハードルを下げるというのも一つの選択肢としてある。イギリスだけというのは許さないが、全体として基準を少しずつ下げて、イギリスとの折り合いをよくするという妥協の可能性はあるのではないか」と予測しました。

続いて議論は、ポピュリズムの問題に移りました。

勢いが止まったポピュリズム。が、残る再燃の火種

工藤が、欧州における一連の選挙結果を「ポピュリズムの席巻にブレーキがかかったとみてよいのか」と問うと、各氏は一様に肯定しました。

渡邊氏は、これまでは社会に対する不満、権威に対する抵抗という「感情」の勢いが勝っていたが、今は「理性」の勢いがそれを押し返していると指摘。その上で渡邊氏は、「ポピュリズムの根幹にあるのは説明責任の欠如だ。これまではそうした無責任を有権者は追求してこなかった。しかし、今回のフランス大統領選のテレビ討論会でルペン氏には何も政策がないことが露わになったことが彼女の大きな敗因となった」とし、フェイクニュースを無責任に受け入れてきたような人々も、やや冷静な見方を取り戻してきていると分析しました。

さらに渡邊氏は、「ポピュリズムというのは勢いがある時は一気に伸張するが、情緒的なものなので、しっかりした『枠』ができた時には一挙に沈む可能性がある。実際、ルペン氏率いる国民戦線は大統領選の敗北を受け党の結束力が非常に緩み、分裂の可能性がある」と解説しました。

吉田氏は、経済的な観点から分析。欧州の経済成長率は、1月~3月ではプラス0.6%、年率にすれば2%を超えるになり、失業率も9%に低下してきているなど景気回復が加速局面にあることが、人々のEUに対する意識に対してもポジティブに働いていると語りました。

鶴岡氏は、渡邊氏に同意しつつ、その補足として「イギリスとアメリカの混乱状況から学んだことが大きい。フランスでもEU離脱論があったが、イギリスの様子を見て、『本当に離脱するとなったら大変だ』ということが徐々に分かってきた。トランプ政権が誕生したアメリカに対しても、『アメリカ人が馬鹿だっただけにすぎない』と上から目線の議論が非常に多かったが、一連の混乱を見て危機感を持ってそこから教訓を得た」と解説。そして、「実際にこの半年、EUの様々な国でEU支持率が急激に上がっている。それがオランダ、スペイン、オーストリアなどの選挙で、穏健なメインストリーム政党の勝利につながっている」と語りました。

しかし鶴岡氏はその一方で、人の移動や経済格差の問題などに対する人々の不満は依然として大きいため、「独仏中心になってEUを立て直すための議論をしているが、それが成果を生まないとまたポピュリズムが勢いを取り戻すことになる」と警鐘を鳴らしました。

⇒ フランス・イギリスの選挙を踏まえながら、民主主義とEUの未来を考える(上)はこちら

言論NPO代表

1958年生まれ。横浜市立大学大学院経済学修士課程卒。東洋経済新報社で『論争東洋経済』編集長等を歴任。2001年11月、特定非営利活動法人言論NPOを立ち上げ、代表に就任。その後、選挙時のマニフェスト評価や政権の実績評価、東アジアでの民間外交に取り組む他、世界の有識者層と連携した国際秩序の未来や民主主義の修復等、日本や世界が直面する課題に挑む議論を行っている。2012年3月には米国の外交問題評議会(CFR)が設立した世界23カ国のシンクタンク会議「カウンシル・オブ・カウンシルズ(CoC)」に日本から唯一選ばれた。

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