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「2016年度予算」をどう評価するか

工藤泰志言論NPO代表

現在、国会で2016年度予算案の審議が行われていることを受け、2月23日収録の言論スタジオでは、小黒一正氏(法政大学経済学部教授)、矢嶋康次氏(ニッセイ基礎研究所経済研究部 チーフエコノミスト)、鈴木準氏(大和総研主席研究員)の3氏をゲストにお迎えして、2016年度予算案についての議論を行いました。

議論では、今年度予算案は財政再建に対する取り組みが不十分であることや、過大な税収見積もりをしていることを問題視する意見が相次ぎました。そして、財政再建に向けては、政治の取り組みだけではなく、それを監視する国民の役割も不可欠である意見が出されるなど、有権者が今夏の参議院選挙を考えていく上で重要な議論が展開されました。

財政再建への取り組みが不十分な今年度予算案

まず冒頭で、司会を務めた言論NPO代表の工藤泰志が、今回の予算案についての評価を尋ねると、出席者からは財政再建の観点から問題点を指摘する声が相次ぎました。

小黒氏は「名目GDP成長率が一定の経済で、財政赤字を出し続けても、財政赤字(対GDP)を一定に保てば、公的債務残高(対GDP)は一定値に収束する」という「ドーマーの命題」を紹介しながら、これを財政赤字が対GDP比で4%、名目成長率が1%という現在の状況に当てはめると、「公的債務残高の対GDP比は400%に収束することになる」と語り、予算案は財政再建に向けた踏み込みが不十分と指摘しました。また、予算案で税収を高く見積もっていることについては、景気循環上、すでに景気の拡張期は終わっている可能性が高いことに注意を促しつつ、「税収の上振れが出たら支出に使わず財政再建に使うべき」と主張しました。

鈴木氏は、リーマン・ショック以降、予算総額が高止まりしていることや、2兆円あまり減少した新規国債発行額も、2007年の25兆円台から比べると依然として高い水準であるなど、予算構造に見られる問題点を指摘しました。さらに、高止まりしている予算の背景には社会保障費の増大があるとした上で、「(財政再建に向けては)今まさにスタート地点にいるのでこれから次第になる」と語りました。ただ、今のやり方は個々の改革を積み上げていくボトムアップ的なやり方なので、これが2020年の基礎的財政収支(PB)の黒字化目標にどうつながっていくかは不透明との見方も示しました。

矢嶋氏は、安倍政権は経済再生を目指しているのか、財政再建を目指しているのかメリハリがはっきりしていないと所感を述べた上で、予算案が過大な経済成長、税収増、円安などを前提としている点について疑問を呈しました。さらに、何をすれば財政再建できるのか、金額や手法のメニューを示さないと国民は分かりにくいと指摘しました。

「1億総活躍社会」がバラマキになる懸念

さらに、安倍政権が掲げる「1億総活躍社会」についても、小黒氏が「希望出生率1.8」も「介護離職ゼロ」も供給サイドを重視し、経済再生が目的のものであり、財政再建に軸足が置かれたものではないと解説すると、鈴木氏はこれまで高齢者世代に配分が偏っていた社会保障費を現役世代にも配分しようとする姿勢には一定の評価をしつつも、高齢者世代への配分を抜本的に見直さないのであれば巨大なバラマキになってしまうと警鐘を鳴らしました。

過大な税収見積もりをせず、着実に「計画」を進めるべき

続く第2セッションでは、最初に工藤が3点の質問を出しました。まず、税収の上振れをあてにしたような予算設計についての評価を尋ねると、小黒氏は、過去の経験から当初の見通しと実際の税収にはズレが生じることが多いと説明しつつ、「そういうズレを考慮しながら予算をつくらなければならないが、それがどこまで厳格にできるか」と課題を述べました。

次に、工藤が、2016 年度は昨年6月に閣議決定された「経済・財政再生計画」の集中改革期間初年度に当たることから、今年度予算案ではどのような改革の努力が見られるのかを尋ねると、鈴木氏は基本的には計画に沿った予算になっていると評価しつつ、「だからといって将来が明るいわけではない」と警鐘を鳴らし、今後も計画を着実に進めることと消費税を確実に10%へ引き上げることの重要性を説きました。

最後に、工藤が、軽減税率の1兆円の財源問題を尋ねると、矢嶋氏は消費税引き上げが社会保障充実のために決定されたという経緯を振り返りつつ、「本来なら、税と社会保障の一体改革から財源を捻出するのが筋であるが、そうした議論が全くない」と指摘。そして、全体像を示さず、賛否が分かれている問題を参院選後に先送りすることで、結局、国債発行で1兆円を調達することになってしまうのではないか、との懸念を示しました。

ここで10%に引き上げなければいつ上げるのか

続いて、工藤は消費税の10%への引き上げの是非について、有識者アンケートでは経済状況に関わらず上げるべきとの見方が減少傾向にあることを紹介しながら尋ねました。

これに対して鈴木氏は、公共事業によるGDP押し上げや円安効果が薄れつつあるとした上で、設備投資や消費が想定よりも悪くないこと、実質国民所得(GNI)が5四半期連続でプラスであることなどを紹介し、「こういう状況で上げられないのであればいつ上げられるのか」と訴えました。また、消費税増税を定めた社会保障・税一体改革関連法の「景気弾力条項」を削除したのは安倍政権である以上、延期を正当化する理由付けは相当難しくなるとの見方を示しました。さらに、少子化対策や年金など10%への引き上げを前提とした政策が多くことを指摘し、延期によって政策全体の体系が崩れることへの懸念を示しました。

矢嶋氏は10%への引き上げが財政再建の「踏み絵」のようになっている現状に対する違和感を示しつつ、本来の趣旨通り、社会保障の観点から引き上げの是非を考えていく必要があると語りました。

小黒氏も、鈴木氏と同様にここで引き上げるしかないとの見方を示し、さらに2006年、小泉政権時に「歳出・歳入一体改革」を打ち出せたのは与謝野馨経済財政担当相、柳沢伯夫自民党税調会長など政治家にパワーがあったと振り返りつつ、今の政治に対しても覚悟を求めました。

政治だけが奮起するのではなく、国民の側からも監視をすべき

最後の第3セッションでは、財政再建の可能性について議論が行われました。工藤が「果たして財政再建はできるのか。有識者アンケートを見ても『すでに困難』との見方が増えてきている」と問いかけると、小黒氏は財政赤字の削減をしなければならないのに、今はその前段階であるPB赤字の削減目標達成も難しくなっていると指摘。さらに、「経済・財政再生計画改革工程表」はかなり広範で網羅的なものになっているので、「これを推し進めるためには政治の強力なリーダーシップが必要であるが、選挙後、どれだけ本気で動けるか。2016年後半が重要になってくる」と改めて政治の奮起を促しました。

鈴木氏は2013年1月の「政府・日本銀行の共同声明」において、政府が「財政運営に対する信認を確保する観点から、持続可能な財政構造を確立するための取組を着実に推進する」としたのだから、この原点に立ち返るべきと主張。さらに、経済財政諮問会議専門委員として自身も携わる「経済・財政再生計画改革工程表」については、確かに課題は多いとしつつも、「やるしかない」と語りました。

矢嶋氏は、政治家の言葉にはよく裏切られるとした上で、「我々がすべきことは政治がどこまで財政再建に取り組んだのか、フォローアップをすることだ。マニフェストについても同様で国民側がしっかりと進捗を確認していく必要がある」と述べました。矢嶋氏はさらに、財政再建を進めていく上で特に重要な3つのポイントとして、「情報開示」、歳出キャップやペイアズユーゴー原則などの「ルール」、さらに各省庁に予算の効率化を促すための「インセンティブ」を挙げました。

議論を受けて最後に工藤は、今回の議論が今夏の参議院選挙を考えていく上で重要な意味を持ってくると語り、このような議論を続けて政治が「解決策から逃げないようにしなければならない」と述べて、白熱した議論を締めくくりました。

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言論NPO代表

1958年生まれ。横浜市立大学大学院経済学修士課程卒。東洋経済新報社で『論争東洋経済』編集長等を歴任。2001年11月、特定非営利活動法人言論NPOを立ち上げ、代表に就任。その後、選挙時のマニフェスト評価や政権の実績評価、東アジアでの民間外交に取り組む他、世界の有識者層と連携した国際秩序の未来や民主主義の修復等、日本や世界が直面する課題に挑む議論を行っている。2012年3月には米国の外交問題評議会(CFR)が設立した世界23カ国のシンクタンク会議「カウンシル・オブ・カウンシルズ(CoC)」に日本から唯一選ばれた。

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