電話が怖い それでも「働く」をあきらめない

電話が怖いほど、他者とのコミュニケーションに不安が高い若者がいる(写真:アフロ)

若い世代に対する就労支援、その民間団体の歴史を紐解くと、目の前の若者に合った「働く」をともに探すことが原点にあったと言える。

根底にあるのは、その若者が安定して働けることであり、雇用契約や処遇待遇もひとつである。そして、それと同じくらい大切なものとして、本人が向いている仕事と納得できているか。心身ともに健康でいられる関係性や環境があるか。本人と「働く」をかなり総合的にとらえながら、あるかどうかわからない解を探す旅に出るように伴走する。

それは正社員であることも、最初はアルバイトからということもある。しかし、どうしても見つからないとき、一緒に会社を作ることもある。それは日本国内に留まらず、海外で生きていく道を作った事例も多数ある。

しかし、これらが実現できた背景には、一定程度、親に資力があったことは否定できない。海外での研修費用を出せたり、大学や専門学校への進学も子どものためならと出せる親だからこそ、本人が自分の「働く」を見つけるためのコストをかけられるからこそ、支援者も若者の可能性を広く考えることができた。

しかしながら、資力ある家庭の子どもだけではなく、むしろ、経済的に苦しい家庭であったり、そもそも家庭が拠り所にならない若者へも民間団体の門戸が開かれてきた。もっとも大きいのが、2000年代初頭に国が若者支援の予算をつけてきたことだろう。

自治体も国の動きに呼応するよう、独自の取り組みを始めた。誰もが手探りのなかで始まった若者支援も、私が知る限り当初は比較的自由度が高く、「やってみなければわからない」というチャレンジが許される空気があった。

それから20年近くが経過し、予算や仕様は変化してきた。特に顕著なのは、困っている若者にどれだけ出会うことができたのかという部分が、事業を通じて彼らがどうなったのか。端的に言えば、正社員になれたのか。雇用保険が発生するレベルで働くことができたのかだ。

ここらへんの議論はすでに多くなされているが、税金を活用する事業においては、いまだ「雇われる」以外の成果をうまく設定できていない。

本日、東京都立川市では「第31回よいと祭り」が開催された。例年と同じようにNPO法人育て上げネットでは、若者とともに屋台を出店し、焼きそばやフランクフルト、タピオカミルクティーを販売した。

祭り屋台の定番とも言えるブースの傍らに、数点のアクセサリーが販売されていた。そして、そこには浴衣に身を包む女性がいた。ときおり見に来るお客さまとうまくコミュニケーションを取っているのは育て上げネットの職員で、彼女はなんとか会話をしようと、傍目からも努力をしているように見えた。

彼女は長く社会に参加することができず、育て上げネットに来た。対人関係が苦手で、集団になるとコミュニケーションは取りづらくなる。一対一であれば、それなりに話はできるが、やはり緊張度は高い様子だ。

彼女は働きたいと思っている。そして誰かの助けが必要だと考えたため、自らの意思で就労支援機関に通うわけだが、「雇われる」をゴールにしたとき、それはかなり遠い目標においた方がよさそうだ。

職員に聞いたところによれば、働きたい気持ちがあるが、電話が苦手。苦手というより、緊張し過ぎてできなくなってしまうと言う。立ち話をしている範囲では、そこまで話すことが苦手とまでは見えないが、電話のような非対面で応答速度が求められる電話ができない。

電話ができないから働けないわけではないが、それほど緊張度が高まってしまうのであれば、面接や、実際の職場でもつらくなってしまうのかもしれない。

就職支援のセオリーとしては、カウンセリングで悩みを整理したり、「コミュニケーションセミナー」で課題をやわらげていく、小集団のかかわりのなかで不安を解消し、履歴書作成や面接練習を経て、就職活動を続けていくことになる。

しかし、彼女には特技があった。それがアクセサリーを作ることだ。私はアクセサリーについて知見がないが、少なからず女性の意見を聞くと、一般的に流通する商品とそん色がないということだ。

就労支援の原点は、目の前の若者に合った「働く」をともに探す旅である。そして、彼女と職員が見つけたのが、フリマアプリを立ち上げ、彼女の商品を市場に出すというものだった。職員も彼女もやったことがないなかで、いろいろ試行錯誤をしながら同一商品を二点出した。

そして、それはすぐに売れた。彼女は追加で同じ商品を出すと、しばらくしてすべて売れた。そこから彼女はいくつかのアクセサリーを制作し、フリマアプリ上の自分の店舗に並べている。

先日、米国からの視察が育て上げネットにあった際、若者支援の現場を見学されていた方々が、彼女の商品を目にしたところ、その場で何点もの商品が購入され、彼女のもとには少なくないお金と、お客さまとのコミュニケーションが生まれた。

本日、彼女のアクセサリーは屋台に小さく並べられ、複数点が買われていった。偶然、私も彼女の商品が購入されている場面を見た。彼女はお金を受け取り、何かお客さまと会話を交わしていた。

就労支援の現場では、少しずつこのような「働く」の形を支援者と若者がともに探し、実現していく流れが出てきている。これに対して、予想通りの質問も多く受ける。

「それで安定して稼ぎ続けることはできるんですか」

いつも回答に困る。なぜなら、それはわからないからだ。安定収入につながることもあるかもしれないし、まったくうまくいかないかもしれない。そもそも本人が続けるかどうかもわからない。ただし、ひとつだけ言えるのは、彼女のようにチャレンジしてみると、「働く」に対する考え方が「雇われる」を越えていくこと、そして選択肢が生まれることだ。

アクセサリーが売れて、彼女に大きな変化があったと言う。それは、アルバイトをやってみたいと、実現に向けて自ら動き始めたことだ。

職員によると、好きだったアクセサリー作りは、「働く」の範囲ではないと他者からも、自らも考えており、雇われることができない自分に自信を失い、自尊心が傷ついていた。しかし、インターネットを通じて見知らぬ誰かが彼女のアクセサリーを希望した。それが彼女の自尊心を回復させ、失っていた自信を取り戻し、改めて前に進もうと思わせたのではないかと言う。

彼女には選択肢がある。雇われる以外の道も持っている。いま、彼女はアルバイトをするという目標に向かいながら、アクセサリーの製作販売を続けている。もう少し社会は「働く」ことを拡張して考え、それを支援の場に活かしていくことに寛容であってもいいのではないか。雇われることもいい、そして、そうでない「働く」もまたいいと思うのだ。